43-黒竜
私と師匠、魔法使いは力を合わせ、どうにか竜を倒した。
「私たち、本当に竜を倒したんですか?」
「頭を潰され、ピクリとも動かないな」
「初手から最大の魔法を全力で撃ち込む。この手に限る。しかし、オレ一人の力では成し得なかった。二人には感謝している」
竜は後ろ半身を岩石に潰され、頭を氷塊に潰されて絶命した。
心臓を取り出すため、私と魔法使いは炎の魔法で氷塊を溶かした。溶けた水で周囲が水浸しになる。
その後、師匠は竜の心臓を摘出しようとしたけど、鱗と強靭な筋繊維に阻まれて上手くいかなかった。そこで魔法使いが魔法で生成した刃を持ち、代わりに竜の心臓を摘出した。
「師匠、これって……」
真っ赤な血が滴り、切り離されてもなお僅かに脈動を続ける竜の心臓……。不気味さもあったけど、底知れぬ生命力も感じるような……。
師匠は魔法使いから竜の心臓を受け取り、大き目の瓶に入れて中を薬液で満たした。そして封をした後、まじまじと観察する。おや? どうも師匠の顔が険しい。どうしたどうした?
「すみません、魔法使いさん。この竜では力不足のようです」
え、師匠、今なんて? 弱い? いや、充分強かったけど。負号魔力炉を作る素材にするには、まだまだ弱かったってことなの? えー……。
「何だって? それって、この竜が弱すぎるって意味か? オレたちが力を合わせ、どうにか討ち取ったあの竜が?」
「はい、そうです。負号魔力炉の素材に足る心臓なら、この薬液が黄金色に濁るはずなんですが……」
見ると、竜の心臓が浸けられた薬液は血で赤く濁っていた。黄金色ではない。
「とは言え、この心臓自体は充分に強力な魔物のものです。せめてもっと強力な魔物の血液があれば……」
ええー。じゃあどうするんですか? もっと強い魔物を求めて、旅を? やだー……。
「今後どうするかは置いておいて、今は休もう。オレはもう、さっきの戦闘でくたくただ」
「賛成です。私もクタクタですよ」
問題はさておき、私たちは休憩することに。それぞれ平らな岩に腰を下ろし、体を休める。
「ところで、どうして竜って翼があるのに飛べないんでしょうね? 師匠、知ってます?」
と、すぐ隣に座る師匠に質問した。
「飛ぶも何も、あんな巨体であの程度の翼じゃあ、そもそも飛べないだろ」
「じゃあ何で翼なんて生えてるんでしょうね」
「魔物の生態はよくわからん。まあ、体温調節とか攻撃用の翼なんじゃないか? と言うか、地を這ってるだけでも強いのに、空なんて飛ばれたら敵わん」
確かに。
ばさ、ばさ……。
ん? 空から何かが飛んでくる。
巨大な鳥の魔物? いや、爪の生えた四つ足、長い首、爬虫類を思わせる尻尾。そして鱗と翼膜で構成された独特の翼……。
「師匠、もしかしてあれ……」
それは竜だった。巨大な竜が空から舞い降り、さっき私たちが倒した竜の亡骸の隣に着地した。
威圧感のある巨躯、金属光沢を放つ黒い鱗、原色に近い真っ赤な瞳、業物の剣のように鋭い角と爪。そして翼の付け根からは黒煙が立ち昇り、禍々しい雰囲気だ。
その黒竜は首をもたげ、鼻先を竜の亡骸に近付ける。まるで同族の死で心を痛めているような……。
「ルヒナ、魔法使いさん!」
師匠の一喝で私たちは肩を並べ、臨戦体勢に入る。相手は魔物だ。戦闘は避けられない。それなら先手を取って──。
「『伏せよ』」
黒竜の口から、地を這うような低い声が発せられた。それと同時に私たちは尋常ではない力によって上から押さえつけられ、地面に倒れ伏した。水で濡れた地面が冷たい。
って言うか、竜が喋った? 魔物のはずなのに……。知能を持ち、言葉を話すなら魔人? 魔人に属する高位の竜?
じっ……。
黒竜は首を上げ、私たちを睥睨する。その目つきは鋭く、視線が物理的に体を貫いているような錯覚さえ覚えた。
「様子を見に来てみれば……。これをやったのは、お前らか?」
黒竜は竜の亡骸を見て、そう問うた。
「『答えよ』」
またあの、万物を従えるような威圧的な声……。命令に従わなければならないなんて程度のものじゃない。まるで物理法則が書き換えられたかのように、そうするのが節理のように……。
「私がやりました」と、口が動きそうになってしまう。でも上からの力によって肺を押され、声を発せられない……。
「……そうだ。オレがやった」
答えたのは魔法使いだった。確かにトドメを刺したのは彼だけども。
「今更、呪いの子が殺されたところで……。我は……」
呪いの子?
「『燃えよ』」
竜の亡骸が炎上し、一瞬で焼失した。あまりの高火力に、骨も灰も残らない。火葬にしたにのか。心臓を摘出した後でよかった。
「オレたちをどうする気だ? 殺すのか? その竜の仇討ちに……。その竜を殺したのはオレだ! 他の二人は弟子で、見学をさせていただけだ!」
魔法使い、私たちだけでも助けようと……。そうです、私と師匠は何もしてません!
「一部では、我ら竜は災いの象徴だとされているらしいな。竜殺しをした村は滅びるとか、竜の素材を用いた鎧を着た者は死ぬとか。その謂れの由来が我だ。我は竜に仇なす者を敵とし、殺している」
竜は災いの象徴……。そんな伝承みたなものがあるのか……。私は初耳だ。
ぼう……。
黒竜の背後に黒いローブを纏い、刈り取り用の巨大な鎌を持った長身の骸骨が現れた。骸骨は宙を浮き、音もなく鎌で黒竜の首を刈ろうとする。あれも魔法使いの無詠唱魔法? 呪文を唱えずに発動できる魔法は、こういう不意打ちでこそ真価を発揮する!
「『滅びよ』」
骸骨は青い炎で全身を焼かれ、消え去った。骸骨は黒竜の死角に居たはず。なのに……。
「ごふっ!」
魔法使いが突然吐血した。何をされたのかはわからない。魔法を破壊された反動? とにかく、彼はもう魔法を使うことはできなそうだ。
「今更獣に落ちた同族が一人殺されたところで、心は痛まない。しかし、見過ごしていいという話でもない。運が悪かったな。我の目の届くところに居たことが」
嘘……、殺される……。上からの力に抑えられつつも、頑張って顔を横に向ける。師匠は観念した様子で目を伏せていて、魔法使いは吐血が止まらない。
どうしよう、どうしよう! どうしたら……!
「貴方、足は痛みませんか!?」
灰が潰れそうな力で押さえつけられている中、渾身の力で振り絞って出したのがその言葉だった。
「何?」
黒竜が期待通りの反応を示した! どうやら図星のようだ!
「それか、足から広がった痛みが全身に広がってきてるとか! 激痛で夜も眠れないとか!」
「貴様、なぜそれがわかる……?」
黒竜の翼の付け根から立ち上る黒煙──最初はそういう竜なのかと思ったけど、私は最近、同じようなものを見た。
異術師にしか見えない黒煙を肩から登らせる病、単金病。罹患すると足の痛みから始まってそれが全身に広がり、最後は激痛に苛まれて夜も眠れなくなる。
黒竜は単金病に罹っていたのだ! っていうか、黒竜の肩って翼の付け根なんだ!
「それは単金病という、怪異由来の病です! 異術師の目には、貴方が翼の付け根から黒煙を出しているのが見えます! それが単金病の見分け方です! 罹患すると足の痛みから始まってそれが全身に広がり、最後は激痛に苛まれて夜も眠れなくなります! 今の貴方も、痛みで苦しんでるんじゃないですか!?」
記憶を掘り起こし、師匠から習ったことを必死で思い出す。一言でも間違えば、死ぬ。そう思いながら。
「怪異、異術師……。そういうのが存在するとはしっている……。怪異由来の病か……。それなら、『声の力』でも『聖杯の水』でも癒えないい訳だ」
「それじゃあ、やっぱり……」
「この痛みを、貴様は治せるのか?」
「治せます」
師匠が。




