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剣と魔法と怪異譚  作者: 岩クラゲ
無詠唱の魔法使い
42/61

42-竜討伐

ルヒナたちは無詠唱の魔法使いの実力を見た。

 小屋に戻りって丸テーブルに着き、私と師匠は魔法使いとの話し合いを再開した。

 ちなみに魔法使い曰く、さっき特大の魔法を放って魔力を消費したので、少しの間は魔法の暴発は起こらないとのこと。


「さて、異術師よ。オレの魔法は見ただろう? 君にあの力を封じることができるかね?」


 一人で大型の魔物の群れを殲滅した光景を見た後なので、魔法使いの一挙手一投足から強者の雰囲気が出ているような気がする。


「魔力を消費させる方向でいこうと思います」


 と、事務的に受け答えをする師匠。


「ふむ。確かに魔力が無ければ魔法は発動しない。それはオレも試したことだ。そして、失敗した」

「負号魔力炉という物があります。近年、異術師が新たに開発した技術です」


 負号魔力炉……。物々しい名前だ。


「物自体はリンゴくらいの大きさで、身に着けた者の魔力を吸収し続けます。負号魔力炉を身につ着けていれば常に魔力不足の状態になり、魔法は暴発しないかと」

「魔力を吸収する道具は君たちが開発する以前からあったし、オレも試してみた。しかし際限なく魔力を吸収するので、魔力が枯渇し死ぬ危険があった。だからって魔力が減少するたびに着け外するなんて……。それに、寝ている間だって見ている夢がきっかけで魔法が暴発することだってあるんだ。そもそも、常に命が危険に晒される生活なんてまっぴらごめんだ」


 いつ魔力を吸い尽くされて死ぬかわからない生活……。それだったら、辺境で一人隠居生活を送ってた方がマシだな。


「異術師の最新の研究により、人は魔力が減少すると、無意識に魔力を体の内に留めようとする力を働かせることがわかったんです。これを保留力とでも言いましょうか。保留力は個人差はありますが非常に弱く、あってないようなものです」

「ほう、それは初耳だな。魔法学界の研究者でも、そんなもの見つけたという報告はなかったぞ?」

「怪異を用いて発見したそうです。負号魔力炉は持ち主の魔力減少と共に吸収力が低下し、最終的に保留力と拮抗するのです。要するに、持ち主の魔力量を魔法が発動しない程度に抑えることができます」

「ふむ、それなら……。試してみる価値はあるかもしれないな」

「それなら、まずは負号魔力炉を作るための素材集めからですね。素材には、強力な魔物の心臓と血液が必要になります」


 強力な魔物……。あ!


「師匠、さっき強そうな魔物の群れを殲滅しちゃいましたけど、一匹くらい残しておいた方がよかったんじゃ……」

「いいや、ここで言う強力な魔物ってのは、一匹で砦を落とせるくらいの奴だ。さっき見たデカいトカゲじゃあ……。魔法使いさん、砦を落とせるくらい強い魔物に心当たりとかないですかね」


 砦を落とせるくらいって……。こんな村の近くにそんなのがいる訳……。


「竜とかでいいか? さっきの平野を超えた先にある山脈に棲みついてるのが一匹いるんだが」


 いるらしい。そう言えば村長が、竜がどうとか言ってた気がする。

 竜とは個体にもよるけど、一匹で砦を落とし、町を焼く強力な魔物だ。村の近くや街道に竜が出た場合、普通なら領主がまとまった兵士を送り込んで追い払ったり、冒険者が討伐に赴いたりするみたいだ。まあ、それは人間族の話で、ドリアードの場合は一般人が束になって返り討ちにしてるんだけど。


「で、その竜についてだが。オレが──」


 魔法使い曰く、何か月も前からか平野の先の山脈に一匹の竜が棲みついたらしい。周囲の野生動物や魔物を狩っているようだけど、時々村の近くにも来るとか。その度に魔法使いが追い払っているとか。


「今は異術師にドリアードという、心強い味方がいる。この機会に、竜を討伐しに行くか」

「え、私も行くんですか? こういうのってー、おとこのひとのしごとなんじゃないですかー」

「あんたも来るんだよ。俺の弟子だろ」

「と言いますか、竜退治って領主か冒険者の仕事なんじゃないですか?」

「村長は領主に竜のことで掛け合ったようだが、村から離れた所に棲んでいるので問題無しと判断されたようだ。それと、冒険者に依頼を出すにも金がかかる。オレが依頼料を出してもよかったんだが、冒険者ってのは仕事が適当でな。オレでも撃退するのがやっとの竜を倒せるかどうか……。最悪、村を焼いて略奪を働いて帰っていくって場合もある。それでギルドには、『村は竜に焼かれていました』って報告するとか」


 うわあ、無能領主だ。そして盗賊まがいなことをする冒険者……。


「竜討伐……。まあ、俺とルヒナが協力すれば、何とかなるでしょう」


 かくして私たちは、明日竜の討伐に向かうことになった。



 ◆



 私と師匠は小屋を後にし、宿の部屋に戻った。その頃にはもう夕方になっていた。


「ルヒナ、もう手を解いてもいいんじゃないか?」

「あ、そうですね」


 そう言えば、師匠と手を繋いだままだった。私は障壁の鎧を解除し、手を放す。


「……」


 さっきまで師匠の左手を握っていた自分の右手を見つめる。


 くんくん……。


 そして手の平の臭いを嗅いでみた。


「おいおい、何やってんだよ……」

「いえ、変な臭いが手についてたら嫌だなあと思いまして」

「失礼な! ……俺は代謝が極端に低いから、そんなに体臭はないはずだろ?」


 と、恐る恐る尋ねる師匠。


「確かに、臭いはないですね」


 くんくん。


 あ、師匠も自分の手の臭いを嗅いでる。失礼な。


「……ほのかに花の香りがする」

「そりゃあそうですよ。ドリアードの体臭は花の香り、体液は蜜の味ですから」

「え、そうなのか? 普段からいい香りするなあとは思っていたが」

「ふふん」


 私は髪をばさっとかき上げ、花の芳香をまいた。


「俺が花粉症じゃなくてよかったよ」

「花粉は撒いてませんよ!」


 その後師匠は明日の竜討伐に備え、戦薬を作り始めた。私はベッドに腰を掛け、その様子を観察する。


 ごりごり、ぐつぐつ……。


 相変わらず、すり潰したり煮込んだりしてるなあ。

 そんなこんなで夜まで作業は続き、戦薬が十二本完成した。



 ◆



 竜討伐前、私たちは魔法使いの家に集合することになっていた。


「簡易魔法、障壁・鎧」


 ばしゃ。


 彼の魔法の暴発に備え、私は障壁の鎧を、師匠は防御効果があるという薬液を頭からかぶった。昨日は魔法の暴発に対し万全の備えをしていたけど、実際にはこの程度の備えで充分だとわかっていた。

 岩山を超え、魔法使いの家へ。


 こんこん。


「魔法使いさーん、いますかー?」


 ぎぃ。


 返事もせず、魔法使いがドアを開けて出てきた。彼は魔法使いっぽい上等なローブを纏い、手には売ればいい金になりそうな宝石が埋め込まれた杖を持っていた。これが戦闘用の装備みたいだ。


「さあ、これから竜の討伐だ。このオレでも手を焼いていた相手だから、気を引き締めていけよ?」


 ローブをひるがえし、歩き出す魔法使い。その後ろ姿には、強者の風格があった。



 ◆



「はあ、はあ……。少し待ってくれ。一回……、休まないか? なあ、異術師? なあ……?」


 岩山を降り平野を半分ほど歩いたところで、魔法使いが根を上げた。

 私たちの返答を聞く前に彼は無詠唱魔法で岩の椅子を形成し、腰を下ろした。急いで移動していた訳ではないのに魔法使いは息も絶え絶え。さらに額には年配者特有の濃い汗がにじみ出ていた。


「ふー、疲れた……。二人とも、疲れてるだろ? 休憩にしよう」

「いえ、私は別に……。師匠はどうですか?」

「俺もまだ平気だ。だがまあ、休みたいなら休もうか」

「いいよなあ、二人は。若くて、体力があって……。オレはもうすぐ五十歳だから、体力がもう……」


 ボコ、ボコ。


 私と師匠の目の前に岩の椅子が形成された。無詠唱魔法によるものか。魔法使いは、私たちにも座れと言っているらしい。それじゃあ、座るか……。


「魔法使いさんって、もし普通の生活が送れるようになったら、まず何をしたいですか?」


 と、休憩中の小話がてら聞いてみた。


「そうだな……。まずは筋として、村人たちには会って礼を言っておくべきだろうな。こんな厄介者の面倒を、今まで見てくれてた訳だからな。……いや、とは言え、どうだろう。村には行かない方がいいかもしれないな」

「どっちですか……」

「オレはいつ魔法を暴発させるかもわからない、危険な厄介者だぞ? 村人たちから疎まれてるに決まってる」


 何と卑屈な。


「ですが魔法使いさんは、魔物を退治して村に貢献してるじゃないですか。今だって、そのお礼で食料を貰ってる訳ですし」

「ああ。余り物みたいな野菜とか、倉庫の隅に転がってるような保存加工した肉とかな」


 この人は都で良い暮らしをしてただろうからわからないみたいだけど、あれだけの食料を用意するのは小さな村では大変なことだ。


「村人は魔法使いさんのこと、嫌ってないとは思いますけどねえ」

「いいや、嫌ってるさ。オレが都に居た時の中傷の嵐と言ったら……。人間、どいつもこいつも同じさ。どうせ、あの村人たちだって……」


 そっか。無詠唱魔法を身につけたせいで危険人物となり、都で……。壮絶な過去があったことは、想像に難くない。


「……さて、そろそろ出発しよう。よっこらせっと」


 魔法使いは額の汗を拭いて立ち上がる。

 私と師匠は彼に続き、竜が棲む山脈へ向かった。



 ◆



 山脈の切り立った斜面に道なんて無く、五十歳に近い魔法使いがまたばてるかと思ったけど、そうはならなかった。


 ぱきぱき……。


 先頭を歩く魔法使いが岩石系の魔法を無詠唱を使い、足元の岩を階段に変えていったのだ。これは登りやすい。


「縄張りの主張か、たまたま付いたのか、岩肌に竜の爪痕が残っているな……」


 魔法使いはブツブツとつぶやきながら、岩肌に付いた鋭利な五本線の爪の跡をなぞった。これが竜の爪痕か……。その大きさからして、竜は相当な体躯を持っているようだ。というか、岩を切り裂く爪って……。

 戦闘前、障壁の鎧をより強固なものに張り直そう。


 ピカ……。


 魔法使いの手の平に一本の光の矢が生成され、一瞬だけ一時の方向を示して消えた。また何かしらの魔法を?


「探しの矢の魔法によると、竜の巣はあっちの方だな。おっと……」


 光の矢が示した方向には、行く手を遮る大岩が転がっていた。左右は岸壁に挟まれ、迂回することはできない。しかし魔法使いが手をかざすと、岩は中心部からボロボロと崩れ、反対側まで通じる穴を開けた。当然のように、足元に散らばった岩の残骸は石畳に変化する。


「師匠、改めてあの魔法使いさん、凄い人みたいですね」

「そりゃあ、都で名を馳せてたみたいだからな。天才の中の天才だ。あんたはいつも人間族を見下してるが、あの男を見て考えを改めろ」

「はい? どうしてですか?」

「だって、人間族にだってあいつみたいなずば抜けた天才がいるんだぞ? 多分あいつ、あんたよりも強いぞ」

「確かに彼は強いですが、だからって人間族全体の評価が覆る訳はありませんよ。師匠は同族に、エルフよりも強い魔法使いがいると言って自慢して回るんですか? 他人の自慢ほど恥ずかしいものはありませんよ。他人、悪事、苦労──この三つがこの世で最も恥ずべき自慢話です」

「ぐぬぬ……」


 お? 反論が無ければこの討論、私の勝ちだが?


「おい、二人とも」


 私と師匠が言い争っていたら、前を行く魔法使いに咎められた。こんなことしてる場合じゃないか。


「二人とも、休憩にしないか? ずっと階段を登っていて、足腰が悲鳴を上げている」


 今は休憩をする場合らしい。



 ◆



 私たちはその後も休憩を挟みつつ、山を登っていった。そしてとうとう、竜が棲まう洞窟の前に辿り着いた。私たちは岩陰に隠れ、様子を窺う。

 周囲の岩壁には竜の爪痕が無数に付いていて、地面には獲物となった魔物や動物の骨がごろごろと転がっている。洞窟は大きく口を開け、奥行きはなく、入ってすぐの所で竜が身を丸めて寝ていた。


「簡易魔法、障壁・鎧」


 私はこっそりと障壁の鎧を張り直した。


「予想はしていましたが、結構な大きさですね……」

「ちなみにルヒナだったら、あれに一人で勝てそうか?」

「無理ですね」

「お、意外とあっさり認めるんだな」

「ごねても仕方ないですからね」


 竜は貴族の屋敷ほどもある巨大な体躯を持ち、緑色の鱗は金属光沢を放っていた。四つ足の先に生えた爪は鋭く、業物の剣を思わせる。さらに翼の先にも、大槍の穂先のような棘が生えている。


「あの竜は魔法が効きにくい種類だ。だからオレも苦戦した。一方で、ドリアードは魔法に秀でた種族であると聞く。今のオレたちの最大の武器は、魔法だ」


 魔法が効きにくい竜に、魔法でどう戦うか……。魔法使いには何か作戦があるのだろうか。


「だから、魔法防御を上回る高火力の魔法を叩き込んで倒す」


 え、何その脳筋作戦?


「二人とも、攻撃の準備をしてくれ。時間はかかりそうか?」

「俺はいつでも」

「師匠に同じく」


 師匠は戦薬の瓶を構え、私は脳内での魔法の詠唱を完了させた。


「やれ!」

「簡易魔法、着火・球!」


 白熱する超高温の火の玉が竜を包み込む。それと同時に上空から無数の雷の槍が降り注ぎ、洞窟に飲み込まれていった。あれは魔法使いの魔法か。


 パリン!


 師匠が投擲した瓶が地面で割れ、その周囲に赤黒い炎の大蛇を三匹生成した。三匹の炎の大蛇は炎と雷が渦巻く洞窟に特攻し、爆炎を上げた。熱波と衝撃波が私たちの所まで届く。


「……って、流石にやりすぎじゃないですか!? 心臓と血液が必要なのに、これじゃあ竜が消し炭になっちゃいますよ」

「いいや、まだだ……」


 慌てる私とは対照的に、魔法使いは冷静に洞窟を見据えていた。


 ブオッ!


「グァアアアアア!!」


 竜は翼で炎を払いのけ、天に向かって雄叫びを上げた。流石に竜も無傷ではなく、体中の鱗がはがれ、所々に深い火傷を負っている。


 ずずん……。


 竜は後ろ足を引きずりながら、洞窟から出ようと……。


「簡易魔法、着火・球!」


 私は特に鱗が剥がれている右前足を狙って火球を生成、魔法使いは手元に炎の槍を出現させて投擲した。竜の動きは止められたけど……。


「って、あれ? 師匠は? あ!」


 いつの間にか師匠が消えたと思ったら、私たちの攻撃を避けるように岸壁に沿ってコソコソと歩き、洞窟に近付いていた。そんな所で何を? 危ないですよ?


 ぱりん!


 師匠が投擲した瓶が洞窟の入り口上部に当たって割れ、中の液体を撒き散らした。すると岩にひびが入って洞窟が崩落し、大量の岩石が竜の後ろ半身を押し潰す。


「よし、いいぞ異術師!」

「魔法使いさん、今のうちに!」


 師匠は懐から出した葉っぱを口に含むと、全身を落ち葉に変えて消し去った。まるで奇術みたいだ。自分は退避するから、全力の攻撃を撃ち込んでくれということか。


「好機!」


 魔法使いが両手を上げると周囲に転がっていた骨が宙に浮き、雪崩のように竜に押し寄せて動きを抑えつけた。

 さらに上空に天を覆うほど巨大な氷塊が出現。自由落下とは思えない速度で落下し、竜を推し潰す。

 やったか!?

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