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剣と魔法と怪異譚  作者: 岩クラゲ
無詠唱の魔法使い
38/61

38-無詠唱魔法

夢の怪異を解決したが、二人は村を出た後に道を見失ってしまった。

 深い霧によって迷い、街道を見失ってしまった私たちはこの三日間、草原を東へ東へと歩いていた。師匠曰く、とりあえず東に行けば国を南北に突っ切る大きな街道に出るかもしれないとのこと。


「ルヒナ、腹は減ってないか?」

「まだまだ平気です。お水も沢山飲んでますし」


 私は半分植物のドリーアドなので、水と日光さえあれば何日かは生きていける。その水にしたって日光を魔力に変換して魔法で生成しているので、晴れの日が続く限りほぼ無尽蔵で得られる。食料面での問題は無いに等しい。それに夜は師匠が見張りをしてくれるので、ぐっすり眠れる。その師匠は半死半生──半分死んで半分生きているような状態なので、食事も睡眠も必要としていない。私以上に生存能力が高いとも言えるかも。実際、二十日間も飲まず食わずで生き延びてたし。


「……」


 よくよく考えたら私たちって、優れすぎじゃない? 普通の人間族が旅に出るなら、日々の食事は必須。大量の食糧を担いでひいひい言いながら歩かなきゃいけないし。あ、馬車って手もあるか。 さらに夜は交代で見張りをしないといけないから、寝不足になりがちだ。旅をするだけでも、ちょっとやそっと想像したくらいじゃ足りないほどの苦労があるんだろうなあ。


「……人間族って、脆弱ですよね」

「いきなりどうした」



 ◆



 四日目の朝、私たちは街道沿いの村に行きついた。

 腰の丈程度の柵で囲まれた小さな村で、所々に見張りの櫓が建っている。そして村の向こうには、大きな岩山がそびえ立っていた。

 ちなみに師匠曰く、村を通る街道は前に言っていた国を南北に通る大きな街道ではないらしい。それよりも細い街道とのこと。まあ何にせよ、街道を見付けれてよかった。

 柵を跨いでもよかったけど、一応、木材を組んだだけの簡素な入り口をくぐって村に入る。

 そこからは特に問題無く事が進んだ。師匠はまず村長宅へ行き、村長に面会した。村長は白ひげを蓄えた柔和そうな老人だった。

 師匠は彼に対し、自分が異術師であること、怪異が原因と思われる病気や現象で悩まされている人がいたら解決してやれること、怪我も治せることなどを話した。ここの村長は異術師について少しは知っていたようで、快く私たちを受け入れてくれた。

 早速村長宅の一室を借り、診察を開始することに。師匠はテーブルに各種器具や薬品を並べ、私は魔法で生成した水を用意したり、椅子を並べたりした。

 そうこうしている内に、一人目の患者がドアを叩いた。患者は若い女性で、ここ一年間ずっと同じ内容の夢を見続けているとのことだった。その夢の内容は、自分が蛇になって行商人のお供をしていると海に落ち、大海原で鮫との激闘を繰り広げた末、夕日に導かれて神になるというものだった。

 支離滅裂すぎて逆に何の変哲もない夢だけど、それを一年間見続けてるとなると……。


「その夢は、昼寝をしている時も見ますか?」

「仮眠程度なら夢は見ませんが、熟睡していると蛇の夢を見ますね……。だからって寝不足になるとかはないんですが、不気味で不気味で……」

「夢に出てくる行商人に心当たりは?」

「いいえ、知らない人です。少なくとも、この村で見かける顔ではありません」

「日常的に、川魚を好んで食べますか?」

「確かに魚は好きですが、それが夢とどんな関係があるんですか?」

「原因となっている怪異を特定するのに必要な質問なんです」

「そもそも怪異って……。噂程度には聞いてましたが、訳が分からないですね……」


 彼女は怪異について少しは知っているようだけど、半信半疑って様子だ。顔をしかめ、師匠をいぶかしんでいる。


「昔から根菜類をよく食べていますか?」

「大根やカブなんかはよく食べますね。家の畑で、昔から栽培してますので」

「ここ一年で、みぞおちの辺りにホクロが新たにできたりは?」

「あ! できました! ちょうどみぞおちの所にホクロが。ですが、どうしてそれを……」


 女性は占い師に最近の出来事を言い当てられたみたいに驚いた。


「それでは、そのホクロを見せてください。形状と色の濃さを確認したいので」

「え、えっと……」


 女性はタートルネックのワンピース型の服を着ていた。みぞおちを見せるためには、スカートを胸の上まで捲り上げないといけない。

 彼女は私の方を一瞬だけ見た後、意を決してスカートの裾に手をかけた。同じ部屋に女性が居るのを見て、少しの安心を得たみたいだ。

 女性は一瞬だけ腰を浮かせてスカートを捲り上げ、さらに裾を胸の辺りまでせり上げた。下も上も赤だった。


「そのまま、胸を張ってください。はい、そのままじっとしていてください」

「……」


 師匠はホクロの観察を行い、原因となる怪異を特定して薬を出した。

 女性は師匠の診察に対して半信半疑という様子だった。そりゃあ私から見ても、何やってるのか意味不明だったからねえ……。

 ちなみに、治療費を支払うのは例の夢を見なくなったらでいいということになった。


「師匠、もう少し上手く診察した方がいいですよ。患者さんからしたら意味不明な診察をされて、『用法用量を守ってこれを飲めば治ります』って薬をポンと渡されても……」

「一般人に怪異の説明をしたって……。いや、まあ……、善処する」


 次に診察室を訪れたのは太った少年だった。彼は半年くらい前から、咳と共に口から綿の塊が出てきて困っているらしい。師匠は問診の末、それが二十日糸という怪異だと特定した。

 そう言えば前の村でも、そんな怪異と遭遇したような……。でもあれって、乾燥地帯で発生しやすい怪異だったような……。そんな疑問を頭に浮かべていると、師匠が少年に身の上について質問した。曰く、少年はもともと荒れ地の町に住んでいたけど、両親が死んで母方の実家があるこの村に引っ越してきたそうだ。じゃあ、二十日糸は荒れ地の街に居た時に……。


「それじゃあ椅子を並べてベッドの代わりにするから、上の服を脱いで横になってくれ」


 ああ、そうだ。二十日糸の治療法と言えば……。



 ◆



 少年の治療後、私は少しだけ師匠に感心した。相手が男でも、以前の村で少女に行ったような治療を──薬液を素手で胸部に塗り込む治療をやってのけたのだ。少年は二十日糸特有の胸の苦しさが無くなって元気になり、師匠にお礼を言って診察室を出て行った。

 相手がまだ子供なのこと、親を亡くして大変な時期でもあることから、治療費は貰わなかった。


「いてて……。薬で肌荒れが……」

「お疲れ様でした、師匠」


 その後も怪異由来の病人や怪我人が診察室を訪れ、師匠の治療を受けていった。そのたびに師匠は治療費を要求したけど、値引き交渉で負ける場面が多々あった。


「患者はさっきので最後か。半日で二万ロアか。儲けたな。これに加えて、村長の口添えで宿代もタダにしてもらえたし」

「六人の患者を診察、治療して二万ロアって、安すぎませんか? エレナ教会での治療だったら、もっとお金がかかるんじゃないですか?」


 ものにもよるけど、ベルメグン公国の治癒院だったら一人の診察だけで二万ロアくらいかかった。


「とは言え、薬代は充分まかなえたぞ? 今回使った薬の原料は、その辺で拾える物ばかりだったし。それに簡単に作れるし」


 はあ……。この人は……。


「少しよろしいですかな、異術師殿。フガフガ……」


 いつの間にか村長が部屋に居て、声をかけてきた。この人、高齢のせいで口が回らず、何を言っているのかわからない時がある。フガフガって。


「村の患者はさっきので最後だったんじゃが……、病気と言うか、悩みを抱えておる者がまだおってのう……。異術師殿の力で、何とかしてほしいのじゃが……」

「悩みですか……。俺に解決できるかどうかわかりませんが……。その人は、何で悩んでいるんですか?」

「奴は、無詠唱の魔法使いなんじゃ」


 あー、なるほど。どういうことか見えてきた。


「無詠唱の魔法使い? それって、呪文を唱えずに魔法を使えるとか言う手練れの……。そんな凄い人が、どんな悩みを……?」


 師匠は魔法への造詣が深くないので、初めて怪異を知った一般人みたいな反応をした。


「師匠って、無詠唱魔法についてはどれくらい知ってます?」

「そりゃ文字通り、呪文を唱えずに魔法を使える技術だろ? でも魔法の詠唱って、一言二言だよな。『簡易魔法、着火』みたいな。その程度省略したとこでっていう」

「やれやれ……、その程度の知識ですか」


 私は両手に皿を持ったようなポーズをし、目を伏せて首を左右に振った。やれやれって仕草だ。


「魔法使いは口頭での詠唱の前、脳内でも別の呪文を唱えてるんです。その呪文は高等な魔法になるほど複雑で長くなります」

「へー。それじゃあ例えば、簡易魔法の着火だとどんな呪文を脳内で唱えてるんだ?」

「簡易魔法の場合、脳内詠唱はかなり短いですね。着火の魔法だと、■■■■■■です」

「……え、なんて?」


 鳩が矢で射抜かれたような顔になり、頭に疑問符を浮かべる師匠。呪文が上手く聞き取れなかったようだ。


「■■■■■■ですよ、■■■■■■」

「フィアス……? フィアトス……? アキニルス? 何て発音してるんだ?」

「やれやれ……、この程度の呪文も聞き取れないなんて。師匠って本当に魔法の才能無いですねえ」


 そんな話をしていると、村長がフガフガ言い出し……。


「■■■■■■、■■■■■■。こんな発音かのう」

「村長さんの方がちゃんと発音できてますね」

「くそう……。ぐぬぬ……」


 師匠は歯を食いしばり、悔しがった。それとは対照的に、どこか得意げな顔を見せる村長。


「とまあ、高等な魔法になっていくほど脳内呪文は長く、複雑に、判読困難になっていくんです。当然、脳内で詠唱するにしても時間がかかってきます。無詠唱魔法では、そんな脳内詠唱も省略できるんです。覚えた魔法であれば、思い浮かべただけで発動できます」

「本来なら脳内で呪文を唱え、口頭で呪文を唱えて魔法を発動するところを、それらを全部省略して……。頭で考えただけで魔法を発動できるって、改めて強すぎだろ」


 と、能天気なことを言う師匠。本当、怪異には詳しくても魔法には詳しくないんだなあ。


「ええ。それが問題なんです」

「問題?」

「魔法の暴発です。少し考えただけでも魔法が出てしまうので、戦場では味方との連携なんて取れませんし、日常生活にも支障が出ます」

「あ、確かにな。どんなに強くったって、いつ破裂するかわからない炙った栗みたいな奴と一緒には戦いたくない。一人で戦ってくれって感じだ。共同生活なんてなおのこと……」

「無詠唱魔法を完璧に扱えたのは、ドリアードの長い歴史の中でも五人だけだったと言われています。他種族ではもう少しいるみたいですが。村長さんが言う無詠唱の魔法使いというのも、魔法の暴発で悩んでるんじゃないですか?」

「ふがっ!?」


 村長はいつの間にか眠りの船を漕いでいたようで、急に話を振られて驚いた。


「そ、そうじゃ。無詠唱の魔法使いはドレンという壮年の男じゃ。かつては都で名を馳せた魔法使いだったらしく、『魔道帝』という二つ名で呼ばれていたとか。多くの強力な魔法を納め、一人でエルフの部隊とも渡り合えたとか。そしてドレン殿はある時、さらなる力を求めて無詠唱魔法に手を出してしまった。稀代の天才でも、無詠唱魔法は扱いきれんかった。戦場で、日常生活で、彼がどうなったかは想像できるじゃろう……。ドレン殿は都を追放され、この村に流れ着いた。今では岩山に小屋を建てて、隠居生活を送っとるよ」


 かつては都で煌びやかな生活をしてただろうに、今はこんな僻地で……。


「いくら岩山を隔ててるとは言え、無詠唱の魔法使いが隣で生活してるって怖くないですか? エルフとも渡り合えるほどの魔法使いなら、暴発する魔法も相当なものでしょうに……。私が村人だったら、立ち退きを要求してます」

「ここの岩山の岩は魔法に強い物らしくっての。ちょっとやそっとじゃ砕けたりせんのじゃ。それに、ドレン殿は腐っても天才魔法使いじゃ。その実力を活かし、村の周囲に出る魔物を退治してもらっとる。それに、何カ月か前に岩山の向こうの山脈に竜が棲みついての。儂らは村の移転を考えていたんじゃが、ドレン殿がフゴフゴはフガフガフガ」


 最後の方はよく聞き取れなかったけど、状況は概ねわかった。

 さて、これを聞いて師匠はどうするか。魔法の暴発なんて、異術でどうにかできるものなんだろうか。


「とは言え、ドレン殿は強力な魔法をいつ暴発させるかわからん危険な男じゃ。こんな話をしておいて何じゃが、防御に使える魔法か何か持っていなければ無理には……」

「……ふむ。……ルヒナ、障壁の魔法の鎧って、俺にもかけることは可能か?」

「可能ですが、防御力は羊皮紙並みに落ちますね。手を繋いで一緒に障壁の魔法をかければ、防御力の減衰はそこまで起きません。まあそれも、上乗せする魔力次第ってところはありますが」

「とは言え、減衰するには減衰するのか……。それなら……」


 無詠唱魔法使いのお悩み解決かあ。また面倒なことになりそうだ。

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