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剣と魔法と怪異譚  作者: 岩クラゲ
夢と現実
36/61

36-大きかった師匠

村長のギャグは不発に終わった。

「う、うーん……」

「お、起きたか」


 師匠? うん……?

 そうだ私、赤紙魚に夢を食べらるのが嫌で師匠に見張ってもらってたんだ……。


「……おはようございます、師匠。それと、ありがとうございます」

「ありがとうございます?」

「私の夢を守ってくれて」


 私は両手をついて上体を起こし、眠気眼で目の前に座っている師匠を見つめながらそう呟いた。


「……ところで、いい夢見れたか?」


 師匠は何かを取り繕うかのように、そう質問した。夢かあ……。


「よく覚えてませんが、気持ちのいい夢を見たような気がしますね。あと、師匠も出てきましたよ」

「いい夢が見れたならよかった。ところで、夢の中の俺はどんな感じだった?」

「凄く大きかったです」

「凄く大きかったです!?」


 そりゃあもう、雲を突き抜けるほどの巨人となっていた。


「さて、それじゃあ今日は……」

「いや待て、その夢の内容を……。いや、やっぱりいい。言わなくていい」

「何を取り乱してるんですか」


 その後私と師匠は準備を整え、赤紙魚探しに出発した。

 外は今日もいい天気。風は少し冷たい。


「赤紙魚がどこに群生しているか、目星はついてるんですか?」

「普通は古い書庫なんかで見かける怪異なんだが、この村にそんな場所はない。それに絵や夢まで食らいうとなると、今まで見たこともないほどの数が群れを作ってるだろう。赤紙魚は質量のある怪異だ。そんな群体が一か所に集まってたら、木造の家なんてすぐに潰れちまうだろうな」

「それじゃあ民家にはいないと」


 私は改めて村を見回した。

 家々はどれも木造で小さく、古い。それなりの大きさがあるのは村長宅くらいだ。


「軽めの送風の魔法を当てただけでも、一瞬で瓦礫になってしまいそうな家ばかりですね」

「赤紙魚は人の生活圏内では書庫に棲みつくが、野生だと湿った洞窟や倒木の中に潜んでることがある」

「野生でも赤紙魚が? 野生には赤紙魚の餌となる非現実性なんてありませんよね」

「野生の赤紙魚が何を食ってるかは謎だ」

「謎って……」

「怪異ってのは、わからないことの方が多いからな。それじゃあまず、岩山を調べに行こうと思うが、その前に……」


 師匠は背負っている薬箱に手を回し、側面の板を押した。すると上に口を開けた収納が開いた。そんな便利なのあったんだ。

 師匠はそこから手探りで瓶を一本取り出した。ちなみに板を再び押し込むと収納は閉じた。面白い機構だ。


 ぴちゃぴちゃ……。


 師匠は瓶の中の液体を手にかけ、よく揉み込んだ。


「虫除けの薬だ。これで赤紙魚の遠隔からの餌食を防げる。あんたも、手に塗り込んでおけ」


 そう言って師匠は開いた瓶の口をこちらに差し向けたので、私はその下に両手を置いた。

 注がれた薬液を手洗いでもするみたいに、よく塗り込む。


「虫除けってこれ、手以外にも薬を馴染ませた方がよくないですか?」

「手に付ければ全身に効果が現れる薬だ」


 また何とも不思議な。



 ◆



 私と師匠は村の近くの岩山を登る。

 道なんてものはなく、ただ歩きやすい斜面を選んで登っていった。


「村を覆うほどの餌食の範囲……。赤紙魚の群れは、そこまで村から離れた所にはいないと思うが……。お、これは」


 岩山を少し登った所に、斜面をチョロチョロと流れるか細い小川があった。


「赤紙魚は湿気を好む。この小川の上流を探してみよう」

「はあ……」


 師匠はまだ余裕がありそうだけど、私には若干の疲れが見え始めていた。徹夜の疲れが一日で取れる訳がない。


「ところでさ、昨日、村長宅の女中の子に説教しただろ?」


 先を歩く師匠がそんなことを言ってきた。


「説教? ああ、村から出たいなら強くなれとか言ってましたね。あの時、説教にかまけて女の子の頭をポンポン撫でてたらドン引きしてましたよ」

「そんな気色悪いことしねえよ。……ただ少し、自己嫌悪に陥っててな」


 自己嫌悪?


「あんな子供に強くなれとか言ってたのに、俺はどうだったんだって話だよな。俺が異術師の弟子として旅に出たばかりの時は、師匠におんぶにだっこだったてのに」


 師匠の言う師匠ってのは師匠に異術師としてのノウハウを教えた、女性で年下の師匠のことか。

 そう言えば、当時の師匠の師匠って何歳だったんだろう。


「別にいいんじゃないですか? 異術師の弟子と異術師の同行者は立場が違いますよ。将来、異術師となって益を上げるか、即戦力かです。ところで、どうして急にそんな話を?」


 「俺、ちょっと自己嫌悪でさあ」とか、普通は人に話したりしなくない? 私に慰めてほしいんだろうか。やなこった。


「その点、あんたは手がかからないよな。充分強い」


 思いがけず褒められた。棚からパンケーキみたいに。


「そうそう。私は強くて美しいですよね」

「そこまでは褒めてない。美しいを付け足すな」

「出会う人出会う人、私のことを『可愛い!』『美しすぎる!』って褒めてくれますよ? 師匠もたまには、私のことを可愛いって言ってくださいよ」


 可愛いと言われて嬉しくない女子はいない。そして容姿を褒められることで得られない栄養があるのだ。全能感というか、充足感というか。


「……」


 師匠は足を止めて振り返り、私の顔をまじまじと見た。

 おっと、今の私の顔には、僅かな疲労の色がにじみ出ているぞ。こういう時は……。


「えへへ……」


 にへらを笑い、疲れを感じていても「まだ大丈夫」といった雰囲気で微笑みかける、健気な女の子を演出した。


「顔はいいんじゃないか?」


 師匠はそっけなくそう言い捨て、登山を再開した。

 くそう、いつか可愛いと言わせてやる……。

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