35-村長、渾身のギャグ
村長の筋トレは無駄に終わった。
村を脅かす怪異の正体の目星がついた。
その検証のため、村長の協力が必要になった。
「という訳で村長、面白いことをしてください」
師匠は居間でくつろいでいた村長に事情を話し、面白いことを要求した。
「え、え? 急に言われましても……。面白いことなら、異術師さんとお弟子さんとでやればいいじゃないですか」
「俺たちは村に来て日が浅いので、怪異の影響を受けていないと思われます」
「えー、ですが……」
「協力してくれるって言いましたよね」
「くっ……」
村長は結局、師匠に説得されてしまった。
「それでは異術師さん、お弟子さん、見ていてください。これが村の子供たちの間で流行している、超面白抱腹絶倒ネタです」
村長は直立姿勢からゆっくりと右腕を挙げ、数秒遅れてから左手で自分の右耳を摘まんだ。
そして急に眼を見開き、こう叫んだ。
「花を見ている小鳥さん、おやつの時間が始まるよ! ぴーぴー! ぴよぴよぴー!」
「……」
「……」
私と師匠は真顔になった。
これが村の子供たちの間で流行している、超面白抱腹絶倒ネタ? 私は微塵も面白いとは思えなかった。
元ネタか何かがあって、それを知ってたら面白いのかな。
「笑みが顔に出る水準ではないですが、面白いですね」
「くっ……!」
師匠の一言で村長は顔を真っ赤にし、羞恥のあまりその場で体を丸めてしまった。
「思ったんですけれど、師匠がさっき話してた怪異って、面白いものを見ても面白いと思えなくなるような影響を及ぼすんですよね? それじゃあ、怪異の影響を受けていない私たちが面白いであろうものを見ても、検証にならないんじゃないですか?」
「あ、言われてみればそうだな」
村長、無駄骨!
「ですが今のネタ、俺には面白さが伝わりませんでしたが、村の子供たちの間では面白いものとして認識されてるんですよね?」
「はい、そうです……。一昨日の朝も隣家の子供が、わたしに今のネタを見せに来ました。そして、自分で披露して自分でお腹を抱えて笑ってました」
そんなに面白い……?
「ネタはどうあれ、面白いと感じることができるならトヨメ草が原因じゃないな……」
見当が外れたので、私たちは居間を出て部屋に戻ろうとした。その途中の廊下で、女中の子と出くわした。
「さっきの村長様のネタ、間違ってたの。だから二人には面白くなかったのかも」
この子、さっきの居間での一連のやり取りを聞いてたみたいだ。
「正確には、右腕を動かし始めたのと同時に右ひざを上げなきゃいけないの。そして台詞は、『花見をしている小太りさん、奴の時間が始まるよ! ぴーぴー! ぴよぴよぴー!』なの」
「……」
「……」
ごめん、それでもやっぱり面白くない……。
「俺たちにそれを言いに?」
「ううん、違うの。二人が勘違いしてるかと思って」
勘違い? 私たちが何を? 勘違いの心当たりが無いな。
「昔、家族みんなで岩山に生える薬草を取りに行ってたの。だけどその時、犬の魔物の群れに襲われたの。村の近くだから安全だろうって、油断してた。私は村で一番かけっこが速くて、逃げれたんだけど……。他の家族は……。それから私を村の誰が育てるかってなったの。でもどの家も余裕がなくって……。それで村長様が、女中として私を引き取ってくれることになったの」
養子じゃなくて女中……。こんな小さな村だから、働かざる者食うべからずってことなのかな。
「村長様には感謝してるの。昨日の夕食の時の二人の雰囲気、村長様に良くない印象を持ったみたいだったから……。それで……」
村長への感謝……。その言葉に、私は少し引っかかった。
「ですが女中さんは、夕食の時は何も食べてなかったじゃないですか。ちゃんとご飯、貰ってます?」
「お客さんがいる時は、女中が同席しちゃダメなの。同じ食卓に着いて、同じものを食べちゃダメなの。二人がご飯を食べ終えた後、私は余った食材で『まかない』を作ったから心配しないで」
彼女の顔をよく見ると、口の端にパンくずが付いていた。確かにご飯は食べてるらしい。
お客さんがいる時は同席禁止かあ。人間族全体なのか、この村独自のものなのか、それが女中のマナーなのかな。
「村長様が私を異術師さんの旅に同行させようとしたのは、この村よりかはいい暮らしができるかもって思ったからじゃないかな? 食い扶持を減らしたいって気持ちも、あったにはあったのかもしれないけど……」
「貴女としては、私たちと一緒に旅してみたいですか?」
旅は危険だ。物凄く強い師匠とそれ以上に強い私だから何とかなってはいるけど、人間族の子供じゃあ……。
それに、師匠は私以外の弟子は取らない主義だ。
寿命の関係で自分よりも先に死んでしまうから。そして、大切な人が目の前で死ぬのが嫌だから。そんな理由があるから、旅の同行者も受け入れないだろう。
ただ、旅への同行が本人の意思にもあるのか、聞いてみたかったのだ。
「私は旅、出てみたい……。この村は貧しくて、未来が無いから。村長様には感謝してるけど、それとこれとは別なの」
子供に未来が無いと言わしめるなんて……。まるでベルメグン公国みたいじゃないか。
「だから荷物持ちでも、料理でも、何でもする。どう?」
女中の子は師匠を見上げ、つぶらな瞳で訴えかけた。
「駄目だ。俺は弟子も、旅の同行者も取らない主義なんだ。このルヒナ意外にはな」
やはり師匠の意見は変わらなかった。
改めて考えたら、私がこの子に希望を持たせて落したみたいな感じになっちゃってたな。
「異術師さんにはもう、そんなに綺麗なお姉さんがいるけど、一人相手で満足できなかった時、二人目として、どう?」
ピキンッ……!
急に師匠が凍り付いた。空気的な意味で。え、どうしたどうした?
「私、すぐ大きくなると思うの。それとも異術師さんは、今くらいのがいい人?」
ピキピキンッ!
「だから師匠、何で凍り付いてるんですか!」
状況がまるでわからない。
女の子が意味不明なことを言ったと思ったら、師匠が空気的に氷漬けになって……。
「ルヒナ、今のやり取りは忘れてくれ、気にしないでくれ、無かったことにしてくれ」
「忘れるも何も、今の話の意味が分からなかったんですが」
「ああ、流石は長命、少子化、性欲皆無なドリアード……。無垢でよかった……」
「師匠は何を言っているんですか」
師匠はしゃがみ込み、女中の子と視線の高さを合わせた。
「お嬢ちゃん、一応聞いておくが、あの村長との関係からその知識を得た訳じゃないよな?」
うーん、質問の意味が分からない。「その知識」って何?
「村の女の子たちから聞いたの」
「ならよかった……」
しかし女中の子は、今の質問の意味を理解できたようだ。
そして師匠は返答を聞いて、何故か安堵していた。
「……俺はあんたを旅に連れては行けない。どうしても旅に出たい、村を出たいって思うんなら、もっと大きくなって、身一つでも生きていける力を身につけないとな。生活力とか、生存能力とか、戦闘能力とか」
「わかった。私、強くなる。そして強く生きる」
「よし、いい子だ。えらいぞ」
私は強い。ドリアードの中では最弱だったけど、それでも並の魔人なら簡単に倒せるくらいには強い。人間族を見下せるくらいには強い。
そんな私でも、未来が無い国から出られずに、将来への不安を抱えながら日々を嫌々と過ごしていた。
今の私が過去の私に言葉を送れるなら、こう言うだろう。「国も何もかもを捨てて新しい生活を始めたけど、案外何とかなってるよ」と。
……いや、これは無責任か。師匠と出会って今の生活があるからこそ言える台詞だ。
……実際はどうだろう。師匠と出会わず、異術師の弟子にもならなかったら、この人間族の国で私はどんな生活をしてただろう。村を魔物から守る仕事をしてた? 冒険者をしてた? それでも何とか生きれてたかな?
師匠と女中の子のやり取りを見て、ふとそんなことを思ってしまった。
「あ、そうだ。これを異術師さんに渡そうと思ってたの。忘れてた」
女の子は懐から、メモ帳ほどの小さな紙の束を取り出した。
「村長様がくれた紙で作った、私の絵本。私だけの絵本。異術師さん、昨日の夕食の時、本が見たいって言ってたから」
確かに師匠、そんなことを言ってたな。本に巣くう怪異がいるとかどうとかって。
「その絵本、見てもいいか?」
「どうぞ」
師匠は絵本を受け取り、ページをパラパラとめくる。
私は前かがみになり、絵本を覗き込む。
紙に黒炭で稚拙な絵が書かれており、ページとページで整合性があった。
ある程度の物語としてまとまっているようだけど、文章が無くて内容はよくわからないな。
原っぱの真ん中に村があって、畑を耕してる人がいて、女の子たちが遊んでて……。おや? 次のページは空白で、その次のページから室内のシーンになった。ページが飛んでる?
その後も絵本を読み進めていったけど、そんな空白のページがいくつかあった。
「目当ての怪異は巣くっていなかったな。怪異がいれば、本に魚のようなシミがいくつもできてるはずなんだが」
そう言って師匠は本を閉じた。
「ところで、途中途中で空白のページがあったのはどうしてなんでしょうね」
「そりゃあ、子供が描いたものなんだから、ページ抜けくらいはあるだろ」
師匠、ちょっと子供をなめてませんか?
「ううん、違うよの。ちゃんと描いたの」
え、描いた?
「描いたのに、気付いたら真っ白になっちゃってたの」
「描いた絵が真っ白に……? 師匠、これって怪異の仕業なんじゃないですか?」
「お嬢ちゃん、この絵本には何が描かれているか、詳しく教えてくれ」
師匠は改めて絵本をめくり、一ページ目から何が描かれているのか女の子に尋ねていった。
「最初は、この村を描いたの。この畑に水やりをしてるのは、隣の家のお兄さん。クワを持ってるのは村外れのおじいさん」
あ、それ、クワを持ってたんだ。釣り竿かと思った。
「このページは、リテットちゃんとジュニエラちゃんと私が一緒に遊んでいるところ」
リテットとジュニエラというのは、この子の友達かな。
「次のページは空白になってるが、本来なら何が描かれてたんだ?」
「街の教会では治癒魔法に適性がある人を探してて、いろんな村や町に人を送ってるの。そういう設定なの。そしてこの村に来た教会の人が、私に適性を見出したってところ。その次のページは諸々のことは一旦置いておいて、普段通りに家事をしている私よ」
「それじゃあ、ここは……」
そうして師匠は全てのページで内容を聞き終えた。
絵本の内容をまとめると、村で平凡に過ごしていた女中の子には実は物凄い才能があって、街の教会に行って試験をしてみたらその才能は他を圧倒してて、女中の子が少し何かするたびに周囲が涙を流して驚くというものだった。
◆
「現実的な夢を見させる怪異が判明したぞ」
師匠と部屋に戻った後、私たちは再び作戦会議をした。そして今回の元凶の怪異が判明したと、師匠が宣言したのだ。
「『赤紙魚』とう怪異がいる。普通の紙魚と似た体の形で、体表が異様に赤い」
紙魚は小さくてカサカサ動き、本をかじる害虫だ……。その見た目も動きも気持ち悪い……。怪異でも似たようなのがいるんだ……。
「赤紙魚は古い書庫の天井や壁の隙間に棲みついて、遠隔的に周囲の非現実性を食らうんだ」
「非現実性?」
「嘘や空想とかだな。普通は本に書かれたフィクション部分の文章の文字を食らい、文字抜けや誤字を引き起こすんだ。普通の虫としての紙魚と同じ方法で対処が可能だ」
「虫としての紙魚も古本などの紙を食べ、文字抜けを引き起こしますが、その怪異版って感じですね」
「そして赤紙魚は群れると、餌食範囲と餌食判定が増大するんだ」
「餌食範囲ってのは、より遠くの非現実性を食べられるってことですよね? それじゃあ、餌食判定というのは?」
「文字だけでなく、非現実的な絵も食えるようになるんだ。ちなみに絵の上手い下手は関係なく、何を描いたかが要点となる」
「それじゃあ、さっき見た絵本の空白も……」
「ああ。現実を描いたページは食われず、非現実を描いたページだけが食われて真っ白になってた。普通は一部だけ食われて、あんなに丸ごと食われるなんてことは稀なんだがな。そしてこの村では絵どころか、餌食範囲が夢の中にまで拡張している」
夢は言うなれば、非現実性の塊みたいなものだ。
夢の中では空を飛んだり、お菓子の家に住んだり、世界を救う英雄になったり。そんな非現実性を食べられ、残った現実的な要素で夢が再構成されたから……。
「夢の中の非現実性が食べられて、現実的なものになったと……。でも何だか、段階をいくつか飛ばしてる気がしますね。絵の次がいきなり夢って……」
「夢ってのは割と無防備な領域だからな。餌食になっても不思議じゃない。赤紙魚が夢まで食うなんて事例は初めてだが」
その時私は嫌な想像が頭をよぎり、背筋に寒気が走った。
「待ってください……。今寝たら、私も夢の非現実性を赤紙魚に食べられるってことですよね……。うわ、きもっ! 寝てる間に虫にかじられるって、想像しただけで気持ち悪いです!」
「いや、直接体をかじられる訳じゃないんだから……」
「だとしても気持ち悪いです! 私、昨日は徹夜してて今めちゃくちゃ眠いんですが!」
私は目を><の形にして、拒絶の意を示した。
「もう一晩くらい起きてられそうか?」
「無理です! 寝なくても平気な師匠と一緒にしないでください」
今からでも村を出て、赤紙魚の範囲外へ行って野宿しようかな。
「夢の強度を上げれば、赤紙魚は寄ってこないかもな」
え、夢に強度とかあるの?
「夢の強度を上げる方法はいくつかある。今この場でできる一番簡単な方法だと、南の方を頭にして寝て、寝姿を誰かが見続けるってのがあるが……」
「それじゃあ、その方法でお願いします。南ってどっちでしたっけ」
「ドアの方だな」
「ありがとうございます」
私は寝袋を敷き直し、障壁の立方体を作って眠る準備を整えた。
「それじゃあ師匠、寝てる間、私をずって見ててくださいね。夜の見張りが私の見張りになるだけなので、負担ではないですよね」
「負担じゃあないが、あんたはいいのか? 人によっては寝顔を見られるのを嫌がるものだが」
「え、何を今更。師匠は夜の見張りと称して、私の寝顔をチラチラ見てたと思ってましたよ」
「いや……、そこまでは見てない」
寝顔を見られるのを極端に嫌う人もいるみたいだけど、私はそこまで気にしないなあ。いや、見られる相手にもよるか。
「それじゃあ師匠、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
その夜、私はベルメグン公国での職場の夢を見た。
ドリアードは年老いると体が樹木化し、下草刈りなどの世話無しでは朽ちてしまう。私はそんな樹木化した者たち──エントたちの世話を仕事としていた。エントたちが文字通り林立する職場で、下草を刈ったり水やりをしたり……。やること自体は簡単だけど、仕事量は途方もなく多い。歴代のエントたちが植わる森は広大で、働けど働けど……。しかも重労働で低賃金な上、少ない収入も税で半分が消える……。そんな日々を過ごしていたある日、頭が天を突くほど巨大な師匠がベルメグン公国に現れ、全てをめちゃくちゃにした。街も森も、山も川も、全てが礫塊と化した……。そして一頻り暴れた後、巨大師匠は唯一生き残った私を両手で大事そうにすくい上げ、右肩に乗せてくれた。地上のなんやかんやは置いておいて、高高度から見た西方大地の景色は綺麗だった。




