34-村長、必死の筋トレ
ある村の人々が、夢が現実的なものになる現象に悩まされていた。
怪異の解決のため、師匠は村長に協力を求めるが……。
村を脅かす怪異の正体を知るため、師匠は村長に筋トレ──腹筋百回、腕立て百回、村の周囲を走って百周──を要求した。
「九十九、ひや……、く……。ぐはっ……。はあ、はあ、はあ、はあ……」
村長は腹筋百回、腕立て百回をしたところで力尽きた。もう村の周囲を走り回る体力は残ってないだろう。
朝から始めて休み休み運動をしていたので、外はもう暗くなっていた。……って、いくら何でも時間かかり過ぎでしょ。体力無いなあ。
「村長様、これを」
女中の子が村長にタオルを手渡した。
村長様呼び……。それじゃあこの子、村長の娘さんじゃないのか。
「異術師さん、わたしはもう、村の周りを走り回るような体力は……。時間も時間ですし……。これから体を拭いて寝間着に着替え、寝ようと思いますが、いいですか?」
「ええ……、お疲れ様。今日はゆっくり眠ってください。それと、寝る時は俺たちも寝室に居てもいいですか?」
「いいですけど。それで何かわかるんですよね?」
「はい。原因の怪異を突き止めるのに必要なことです」
かくして村長は身支度を整え、寝室のベッドでぐっすりと眠った。疲れていたので、眠りは相当深そうだ。
その寝室のベッドの横にあるソファに私と師匠は並んで座り、村長の様子を観察した。
「師匠、村長さんを酷使した意味って何だったんですか?」
「体力を使い果たさせ、ぐっすりと眠ってもらうためだ。そうすれば、夢に悪さする怪異が現れるはずなんだ。『夢ミミズ』、『枕の沼の草』、『ユミエダイヌ』って怪異が候補だな。夢に関する怪異はいくつかあるが、現状の条件に合致するのはこの三つくらいだ」
「ぐっすり眠っている村長さんのもとに、そのどれかが現れると」
「もしかしたら、三つとも現れたりしてな」
◆
私たちは、村長を見張り続けた。
しかし深夜が過ぎ、夜が明け、日が昇っても怪しいものは何も現れなかった。
「ふわぁ……。あ、おはようございます、異術師さん、お弟子さん」
村長、何事もなく起床。彼は昨日の運動のせいで筋肉痛になっていたので、師匠が湿布をあげていた。
その後、師匠は村長に見当立てていた怪異が現れなかったことを話した。
「……という訳で、村長のもとに怪異は現れませんでした。これからの予定としては……」
「あ、その話は朝食を食べながら話しませんか? わたし、お腹が空いてお腹が空いて、どうも話が頭に入らなくって……」
そう言えば村長、昨日は疲れ果てて昼食も夕食も食べてなかったな。
朝食は女中の子が用意してくれた。
彼女は慣れた手つきで料理を作り、あっという間に三人分の朝食を完成させた。
出されたのは器型に形成された黒パンに野菜スープを注いだもの。スープを飲んだ後、ふやけて柔らかくなった黒パンを食べるらしい。
私 「いただきまーす」
村長「いただきます」
師匠「いただきます……」
私たちは食卓に着き、朝食をいただいた。
私も師匠も食事は必要ないけれど、だからって断る必要もない。
「……」
私たちが朝食をとる食卓の横で、女中の子はただじっと立っているだけだった。
彼女も一緒に食べればいいのに。あの子は後でご飯を食べるのかな。
「えーっと……。それで村長、あんなに運動してもらっておいて申し訳ないんですが、何の成果も……」
と、申し訳なさそうに話す師匠。
「あ、いいんです、いいんです! お気になさらず。それに成果が何も無しって訳ではないですよ。少なくとも、例のユミズミズ……? とかっていう、三つの怪異が原因ではないってわかったじゃないですか」
昨日の運動がほとんど無駄骨で終わったのに……。村長、前向きな性格だなあ。
「とりあえず、今日は弟子と一緒に他の怪異の線を当たってみます」
「はい、お願いします。必要があればわたしも協力しますので。あ、ですが筋肉痛がきついので、また運動して汗を流すとかはできませんが」
「村長はゆっくり休んでいてください。……ちなみに、この村に本を持っている人はいますかね? 夢に関する怪異の候補として、可能性は低いですが『さねうつつ』というのがあるんです。本に住みつく怪異で、人口密集地によく発生するんですが……」
「こんな小さな村で、本を持ってる人なんていませんよ。そもそも、読み書きができるのはわたしくらいのものですし、わたしは本なんて持ってませんし。それに、ここは人口密集地でもありませんし」
「そうですか……」
「ところで村長さん、今回の一件が解決したら、報酬の方は……」
話が一区切りついたのを見計らって、私は報酬の交渉を切り出した。
すると師匠がずいっと顔を近づけ、耳打ちしてきた。
「おい、ルヒナ。金の話は」
「この前、リリアンさんが言ってたじゃないですか。タダ働きをしたら異術師がなめられるって」
「もちろん、俺だって報酬は受け取ろうと思ってたさ。この一件が解決した後でな」
私たちが小声で討論をしていると、村長が「あのー……」と声をかけてきた。
「報酬ですが、こんな小さな村なので貯えがなくって……。この村は半ば自給自足で、税も食糧で納めてるくらいで……。お金で払うにしても、五百ロアくらいしか……。食料でいいならいくらかお渡しできますが」
「いいえ、食料はちょっと……。俺たちは極度の小食でして」
師匠は食事が不要だし、私も今ご飯を食べたから、しばらく何も食べなくても平気だしなあ。
ちなみに出されたご飯はまあまあ美味しかった。質素な材料で最大限の美味しさを引き出したって感じ。
女中の子、料理の腕があるみたいだ。いい材料を使ったら、もっと美味しいご飯が作れるだろう。
「そうですか……。あ、それじゃあ報酬はこの子でどうでしょう!」
村長はまるでいい考えでも思い付いたかのように、女中の子を差し出した。
「はい? その子を……? 俺たちに?」
「……」
これには流石の師匠も目を白黒させた。文字通り、目が黒と白だし。
私も驚きのあまり、言葉を失った。
そんな私たちなどお構いなしに、村長は話を続ける。
「この子はよくできた子ですよ? 家のことは大体やってくれますし、何も言わなくても気を遣って動いてくれます。それに何より、料理が美味い! あ、ですがお二人は小食でしたね……。そうしたら、荷物持ちにでも使ってやってください」
女中の子は身を売られそうになっているというのに、顔色一つ変えず佇んでいた。って言うか、こんなことで売られるって……。
「え、いや……。ええ……。どうします? 師匠」
突飛な出来事に困惑し、師匠に意見を仰いだ。私には判断しかねるので、師匠の決定に任せよう。というか、どの道最終決定権は師匠にあるんだし。
「いいえ、お断りします。異術師の旅は少なからず危険が伴います。そんな十にも満たないような子供には酷でしょう。それに、その子が足手まといになる可能性だってあります」
師匠はきっぱりと子供の受け取りを断った。
さっきとは打って変わって冷静になったその口調につられ、私もいくらか平静を取り戻す。
「そうですか? この子、こう見えて身体能力もなかなかのものですよ? 魔物の群れに襲われても、生き延びられるくらいには」
「ルヒナ、見せてやれ」
言葉は足りなくても、何を求められているかはわかる。
私はテーブルに肘をついて天井を指さし、手に魔力を込めた。
「簡易魔法、着火・球」
私は指先に極小で超高温の火球を生成した。
高熱により赤ではなく白色に発光した火球は漏れ出たよ熱により、木製のテーブルをチリチリと乾燥させる。
「ま、魔法……! そんな小さな火の玉なのに、鉄でも溶かしそうな……。それが、お弟子さんの……」
「見た目は小娘ですが、俺の弟子は強いんです。旅に同行すると言うなら、いざという時は敵を返り討ちにし、時には相方も守れるくらいでないと」
私は蝋燭の火を消すかのように火球に息を吹きかけて消した。
息を吹く必要はなかったんだけど、格好つけだ。
「ええ……。お弟子さんはとんでもない実力をお持ちで……。確かにこの子では力不足のようですね。そうなると……」
「報酬は五百ロアでいいですよ。ルヒナも、それで納得してくれ」
「はい。その報酬でいいと思います」
流石の私も、無い所から取りたてようなんて思わない。
とはいえたった五百ロアでも、一ロア単位で折半しますからね。
◆
その日の師匠の行動は、はたから見たら訳が分からないものだった。
岩山で拾った石を砕いたり、井戸水を沸騰させたり、木の枝を燃やしたり……。そんな子供のままごとみたいなことをしていたら、日が暮れてしまった。
「師匠、夢関連の怪異を調べてたんですよね? 手がかりか何か見つかりました?」
「いいや、微塵も無かった。少しでも可能性があるものから調べていったんだが、さっぱりだ」
「それじゃあ……」
「今の俺の知識では、この村で夢に悪さをしている怪異を見付けられないかもしれないな……」
その日の晩も村長宅でご飯をご馳走になった。
料理は朝食べたパンの器の野菜スープだったけど、今回は少しだけお肉が入っていた。
ちなみにこの日も、女中の子供は夕食には同席しなかった。
そして食後は村長宅で借りた空き部屋へ。
この村には宿屋は無いらしい。私と師匠は床に寝袋を敷いて座り、作戦会議を開始した。
「本当にもう、夢関連の怪異で心当たりは無いんですか?」
「無い。もしかしたら新種の怪異って可能性もあるが……」
今日一日考えてみて、私の頭には一つの仮説があった。
「今回の怪異って、夢に関わる怪異が原因ではないんじゃないですかね」
「何だと? どういうことだ?」
「師匠がこれだけ探しても見つからないなら、全く別の怪異が夢に影響を及ぼしているとか。本来なら夢関連の怪異ではないですが、夢の中の何かに作用するような……。対象が夢そのものではなく、夢に作用する一要素……。眠りとか意識とか……。って、言ってる意味、わかりますかね? 上手くまとめられなかったんですが」
私の仮説を聞いた師匠は目を丸くして驚いていた。いや、驚きというよりも感心してるって様子だ。
「感心した……。あんた、なかなかいい勘をしてるじゃないか」
えっへん。
「夢そのものではなく、夢の中の何かの要素に作用して、夢を現実的なものに作り変える怪異か……」
「そういう怪異に心当たりはありますか?」
「いや、漠然とし過ぎていて何とも……。ふむ……」
「例えば、楽しさを奪う怪異とかが夢から楽しさを奪って、現実的なものにしてるとか」
そんな怪異がいるかどうか知らないけど。
「確かに楽しさ……。と言うか、面白さを奪う怪異は存在するな」
あ、いるんだ。
「『トヨメ草』というネコジャラシに似た怪異だ。トヨメ草が生えた地域では何をやっても面白いと感じられなくなり、生活がつまらなくなってしまうんだが……。夢にまで作用するとは聞いたことがないぞ」
「突然変異で夢にまで作用するようになったとか、考えられませんかね」
「検証してみてもいいかもな。村長に協力してもらおう」
また村長がえらい目に遭うのかな……。




