33-霧と夢と現実
師匠とルヒナは検問に引っかかり、門前払いされてしまった。
魔人たちに動きがあった。
草原を突っ切る街道は大きな湖を沿うようにして南東に折れた。
今日も美味しい日差しがさんさんと降り注ぐ、いい天気だ。湖面のさざ波が日光を反射し、魚の鱗のように煌めいている。
「師匠、見てください! 綺麗ですねー」
私は湖面の反射を逆光で浴び、その場でくるりと回ってみた。
景色と私の美顔があいまって、さぞ美しいに違いないけど、師匠はノーリアクション。
「湖、その向こうの山脈、この気温と風向き……。霧が出るかもな。さっさと街道を進むぞ」
「そんなに急がなくてもー」
霧が出た。
そりゃあもう濃い濃い、真っ白な霧だ。
前後不覚どころか、自分が履いている靴の色さえわからない。
「ルヒナ、はぐれないように手を握っておいた方がいいと思うんだが」
「そうですね。師匠、手を」
霧の中から師匠の手が差し伸べられた。私はそれを放さないよう、両手でしっかりと、ぎゅっと握る。
「……やっぱり、この霧の中を歩くのは危険だな。今日はここで野宿しよう」
「えー、またですか?」
「ほら、準備準備」
私は昨晩と同じように草の上に寝袋を敷き、障壁の立方体で囲もうと……。
「師匠、今日は私と一緒に障壁の中で休みませんか?」
「……いや、いいよ。外で見張りをしてる」
「この霧じゃあ、見張りも何もないでしょう。それに、こんなに何も見えないんですから危ないですよ?」
「まあ、あんたがいいなら……」
私は師匠に隣に座るよう、手で促す。
「もっと近くに来てください」
「こうか?」
「簡易魔法、障壁・六枚」
「え、六枚?」
普段なら底面を除いた五枚で障壁の立方体を張るのだけど、今日はそれにもう一枚加え、立方体の内部を半分に仕切った。私のエリアと師匠のエリアで二等分だ。狭いけど、身を丸めれば充分寝られる。
「……まあ、そうだよな」
「どうかしたんですか?」
「いや、何でもない」
結局夜になっても霧は晴れず、私たちはそのまま眠った。
◆
「……ルヒナ、起きろ。起きろって。この障壁を解除してくれ」
「う、ううん……?」
「もう朝だぞ。霧も晴れた」
「あさ……」
「起きて、周りをよく見てみろ」
師匠に起こされ、私は眠気眼を擦りながら周囲を見回す。
霧はきれいに晴れていて、視界は良好。朝日も美味しかった。
「え、あれ……」
目の前に村があった。
腰丈程度の柵で囲まれた小さな村で、所々に見張り用の櫓が建っていた。そして村の向こうには険しい岩山がそびえたっている。
「濃霧でわからなかったが、俺たち、いつの間にか村の目の前まで来てたみたいだ」
「もう数歩だけでも歩いてたら、村だったじゃないですか。野宿した意味……。ドワーフの言葉に、こんなのがあるみたいですよ? 『宝石の手前で彫るのをやめる』って。もう少し物事を進めていたらよかったのにって意味です」
「愚痴るなって」
私は障壁を解き、師匠と共に村へ。
柵を乗り越えてもよかったけど、一応木材を組み合わせただけの簡易的な入り口から入った。
こんな朝だけど、鍬や鎌を片手に畑仕事を始めている人がちらほらいた。
師匠は目の前を通りかかった、鍬を担いだ青年に声をかける。
「おはようございます。朝からせいが出ますね」
「お、誰だい? 旅の人?」
「いいえ、俺は異術師でして。……って、異術師って知ってますか?」
「異術師? 異術師ってあれだろ? 怪異とか言う訳わからんものを祓うっていう……。おーい、皆! 異術師だってよ!」
「はい?」
青年が声を上げると、わらわらと周囲の村人たちが集まってきた。
ここの村人たちは異術師のことを知ってるみたいだけど……。
「え、異術師? その白髪のお兄さんが? 一応、村長に報告する?」
「誰かー、村長呼んで来てー」
「隣の女の子はお弟子さん? 可愛いね」
「あんちゃん、そんな美人さんと旅してるってかい? 羨ましいねえ!」
「ちょうど困ってることがあったんだ。解決できそうか?」
「異術師? 本当? ちょっと夢がさあ」
「ちょっと皆ー、異術師さんが困ってるでしょー」
「おーい、村長呼んできたぞー」
師匠が大勢の村人に詰め寄られて困惑していると、一人の青年が三十代くらいの男を連れてきた。あれが村長? 村長にしてはかなり若いな。
濃い金髪にもみあげから連なる髭が特徴的で、中背ながらどっしりとした体格をしている。
「すいません、すいません皆さん、道を開けてください。あ、あなたが異術師さんですか?」
「あ、ああ……」
「それじゃあぜひ、わたしの家へ。この村は問題を抱えてまして……。夢が……。あ、とにかく、家で話しましょう! ね、ほら! こっちです」
村長に急かされ、私たちは村長宅の客間へ。
私たちがテーブルに着くと、十にも満たないくらいの女の子が三人分の白湯を用意してくれた。
あんなに小さな女の子が女中さん? いや、村長の娘さんかな?
「村の皆さん、異術師のことは知っているようで」
と、師匠。
「ええ。もちろん、わたしも知っていますよ? 怪異とは剣も魔法も通じない存在で、一般人には見ることもできない。そんな怪異に対処するのが異術師だとか」
おお。この村長、異術師に詳しい。
「それでさっきもチラリと聞いたんですが、何か問題を抱えているようで」
「ええ、そうなんですよ。この村は怪異が原因と思われる、奇妙な問題を抱えていて……。一年くらい前から、夢が……、ですね……」
夢?
「村人全員が、現実的な夢を見るようになったんですよ」
「現実的な、ですか……」
師匠は少し考え込むような仕草を見せた。夢に関する怪異のあてを、記憶の中から探っているようだ。
「夢って、空を飛んだりお菓子の家に住んだり、そんな空想的なものじゃないですか。ですがわたしたちが見る夢は、そんな要素が一切無いんです。夢の中でベッドから起き、いつも通りの畑仕事や家事をし、眠ると現実で目が覚めてさっきまで見ていたのが夢だったと知るのです」
そう言えば私、昨日はどんな夢を見たっけ。師匠がすぐ隣にいる状態で寝たからか、夢の中に師匠が出てきた気がする。
「寝ても現実、覚めても現実。それで寝不足になるということはないんですが、皆不気味がっていて……。これ、間違いなく怪異のせいですよね?」
「怪異が原因と見て間違いないでしょうね。それにしても、夢と現実の区別がつかないのは怖いですね。どうせ夢だからと思って嫌な相手を刺したら、現実だった。そんなことが起こりかねません」
と、怖いことを言いだす師匠。
「え、そんなこと、考え付きもしませんでした……。幸い、この村ではそんな事件はまだ起きてません。これからも起きないと思いたいですが……。異術師さん、解決できるんですよね……?」
「夢に関する怪異にはいくつか心当たりがあります。ものによっては簡単に解決できると思いますよ? それで、村長にも協力してほしいんですが、いいですか?」
「ええ、もちろん! 村人の抱える不安を取り払えるなら、わたしは協力を惜しみません!」
若いからか、ハキハキとして元気な村長だ。それに村人思いでもある。
「それじゃあ村長、これからすぐに腹筋百回、腕立て百回、そして村の周囲を走って百周してください」
「え?」
師匠は村長に無理難題を突き付けた。




