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32-門前払いとお喋りの夜

幽鬼の一件が片付き、師匠とルヒナは旅を再開した。

 草原を突っ切る街道を、今日も今日とて私と師匠は歩いていた。天気は良好、日差しが美味しい。

 しばらく歩くと、次の街が見えてきた。前の街よりもだいぶ小さく、外周を囲む城塞の高さも半分程度。門には検問の兵士がいて、検問待ちの人が十人くらい並んでいた。


「小さい街ですね」

「大きな町だな」

「え?」

「え?」


 私と師匠で意見が割れた。

 検問に並んでいる間、私たちはここが小さい街なのか大きな町なのかで議論したけど、収拾がつかなかった。

 結局結論は出ず、前に並んでいる青年に答えを委ねることになった。


「ねえ、おにぃさぁん……。ここってぇ、『小さい街』ですよねえ?」

「おい、猫なで声を出すな。ずるいぞ、それ」

「にゃぁん」

「おい、ルヒナ!」


 こういう時は「南風と真夏の太陽」の童話よろしく、搦手で攻めた方が有利なんですよ。


「緑髪のお嬢さんが言う通り、ここは『小さい街』です!」


 公平なジャッジの結果、ここは小さい街で決定した。師匠、ざまあ。



 ◆



 私たちが検問を受ける番になった時、問題が起きた。


「何だこれ? 相棒、知ってるか?」

「赤い宝石が埋め込まれたネックレス? イジュツシの証し? イジュツシって何だ?」


 師匠は身分証として銀の装飾に赤い宝石が埋め込まれたネックレスを見せたけど、検問の兵士たちは異術師を知らなかったのだ。

 このままでは街に入れない。師匠は兵士に交渉を試みたけど、受け入れてもらえなかった。


「やっぱりここは通せないよ。これも街を守る兵士の仕事だからね。悪いね」

「そうですか。それじゃあ最後に少しだけいいですか? この街で奇妙な病が流行ってたり、変な噂が流れてたりしますか?」


 師匠は街で怪異が悪さしてないか気にしていた。


「街には教会があって、治療の腕がいい神父様がいるから病気知らずだよ。……それと噂かあ。最近聞いたのだと、商人ギルドのお偉いさんが浮気したとか、教会が運営する宿屋に有名な貴族が宿泊したとか、そんなのだな」

「そうですか、大事無さそうで何よりです」


 師匠は軽くお辞儀をし、踵を返して検問を後にした。え? え? 引き返すの? 街には入れないの?

 私はスタスタと歩く師匠の後を追いかける。


「いいんですか、師匠? 街に入れなくって……」

「仕方ないだろ、検問の兵士がダメって言うんだから。怪しい奴を街に入れる訳にはいかないからな」

「怪しい奴って……」


 改めて師匠の容姿を見る。

 絶世の美女を連れた白髪黒目の変な男……。確かに怪しい。


「ルヒナ、今、失礼なこと考えなかったか?」

「師匠はかっこいいなあって考えてました」

「嘘つけ」

「それで、今日はこれからどうするんですか? 次の街だか村に向かいますか?」

「それもいいが、うーん……。微妙な時間だな」


 師匠は空を見上げながら、そう呟いた。

 空はまだ茜色にはなっていないけど、日はだいぶ傾いている。


「今日は城塞の外で野宿するか」

「えー……」

「膨れるな。ほら、あの辺で休むぞ」

「あの辺?」


 師匠が門から離れた所にある林を指さした。

 よく見ると、その林の陰にはいくつかのテントが張られていていた。焚火で鍋を煮ている人や、馬の世話をしている人、輪になって集まって話し合いをしている人などなど……。


「師匠、あの人たちは?」

「俺たちみたいに、街に入れてもらえなかった奴らだ。身分証を持っていなかったり、身分証が信用ならなかったり、門前払いされた理由はいろいろだ」


 かくして、私たちはテントの一団から少し離れた所に寝袋を敷いた。

 そして私はいつもの通り、障壁の魔法で立体の防護壁を張る。


「今更ですけど、テントの集団の近くに陣取って大丈夫ですかね? 寝込みを襲われたりしません?」

「あんたは障壁を張ってるし、俺は一晩中見張りをしてる。それに人の近くの方が、魔物の襲撃があった時に助けてもらえるし、こっちもすぐに助けてやれる」

「さいですか」


 そしてあっという間に夜になった。

 テントの方では商人らしき集団が鍋を囲い、談笑している。お鍋、美味しそう。


「はあ……。お金はあって、壁の向こうには宿もあるのに野宿って……」

「野宿はこれが初めてじゃないだろ? 今更……」

「はあ……」


 私は障壁越しに夜空を見上げ、溜息をついた。満点の美しい星空だ。地の底に広がる星空の美しさには到底及ばないけど。


「眠くないです」

「そうか」

「私が眠るまで、何か面白い話をしてくださいよ」

「面白い話か……。面白いかどうかわからないが、以前、同じ十日間を繰り返す街の怪異を解決した話でも……」

「え、何ですかそれ。面白そう」

「当時の俺は──」



 ◆視点変更◆



 世界各地には魔人族が勝手に、そして秘密裏に作った隠れ里が存在する。

 ドレミナント王国の山奥にある魔人の隠れ里に、立派な墓が一つ増えた。それはアギルギーという魔人の墓であり、この隠れ里が彼の故郷だった。

 アギルギーの遺体を運び、盛大な葬儀の後に埋葬したのは山羊頭の魔人だった。

 彼はアギルギーの信奉者であり、その証しとしてはだけた黒いローブから覗く胸元にはアギルギーの似顔絵──角の生えた熊の顔──の刺青が入っていた。葬儀の時の勢いで彫ったものだ。


「アギルギー様……。どうして、どうして……!」


 山羊頭の魔人の名前はエアスキーという。

 彼はアギルギーの墓標の前で跪き、底知れぬ殺意を燃やしていた。相手はもちろん、敬愛してやまなかったアギルギーを殺したであろう、緑髪の魔法使い──ルヒナだ。

 エアスキーはとある荒れ地でルヒナと交戦し、重傷を負いながらも転移の魔法でどこかの山奥に逃げ延びた。そしてその山の砦で、アギルギーの遺体を発見してしまったのだ。

 エアスキーはアギルギーの傷跡から、ルヒナが手にかけた者だと推察。近くの村を襲って緑髪の女の目撃情報を集めたところ、「何日か前、緑髪の女を見かけた」、「その女が山の砦に向かうところを見た」という情報を得た。そうしてエアスキーはルヒナがアギルギー殺害の下手人であると確信したのだ。


「皆、聞け!」


 エアスキーは勢いよく立ち上がると同時に、腕を振り払って振り向いた。

 彼の眼下に映るのは、膝をついて首を下げる魔人の軍勢。その数は優に二百を超えている。

 エアスキーは魔人族の中でも──アギルギーよりは低いが──それなりに高い地位にあり、三桁の配下を動かせるだけの力を持っていたのだ。


「アギルギー様は最高だった! 物凄くかっこよかった! 超絶強かった!」


 エアスキーはアギルギーを一頻り褒めた後、「仇である緑髪の魔法使いを探し出せ」という命令を出した。

 配下の魔人たちは秘策道具を持たされて三々五々に散り、各地の村や町へ向かっていった。当然、魔人の人探しが穏便で済むわけがないことは想像に難くない。


「待っていろよ、クソ緑髪女ぁ……。絶対に殺してやる……! この手で……!」

「エアスキー様、少しよろしいでしょうか?」


 拳を握って憎しみを肥やすエアスキーの隣に、犬頭の魔人が現れた。


「何だ?」

「本当なら部下たちを解散させる前に言えばよかったのですが……。エアスキー様が仇とする緑髪の女とは、もしやドリアードではないでしょうか?」

「ドリアードだと? 西の国に引き籠っているという、あの種族か?」


 ドリアードは素で強いので、魔人族はベルメグン公国には立ち入れなかった。

 またドリアードは国から出ず、他国との国交をほとんど絶っていた。隣国の人間族でさえドリアードのことを知らない者もいるくらいなので、魔人族なら尚更知らなかった。


「あまり知られておりませんが、ドリアードは緑色の髪、金色の瞳、そして『長い耳』が特徴であります」

「確かに、奴の瞳は金色だった!」


 エアスキーの頭から感嘆符が飛び出た。


「しかし、長い耳か……。確かに耳の形は変だったような気はするが、少なくとも長くはなかったな。うむ、耳は長くはなかった」

「そうでしたか。ドリアードであればエルフと同じく、『長い耳』が特徴なのですが……。それなら単に緑髪で金色の瞳の人間族でしょうか……」


 魔人族はドリアードのことを知らな過ぎて、一部の情報が間違って伝わっていることもあるようだ。


「相手が何族かなんて関係ない。総出で緑髪の女を探し出す。それだけだ。それに、秘策道具もあるしな」



 ◆視点変更◆



 所変わって、ここはアレクたちが訪れた幽鬼騒動のあった街。

 ここの街を治める商人ギルドの幹部たちは異術師ではないが、怪異への理解が深かった。先日見つけた幽鬼騒動の黒幕のアジトには怪異由来の薬や素材が置かれており、素人がそれらに気安く触ると危険であることを彼らは理解していた。

 そこで異術師であるリリアンに、アジトの片付けの依頼が出された。

 彼女は地下水路へ赴き、先日も足を踏み入れた黒幕のアジトへ。


「改めて、よく個人でここまで設備を整えられたもんだ。各種薬品やら、器具やら……。とりあえず下手したら厄介なことが起こる物は処理して、そうじゃないのはアタシが貰っとくか。その辺は細かいこと言われてないし。それと、この大量の研究資料……。面倒だが、異術師の本部に送ってやるか。異術の研究の大きな進展になるはずだ」


 リリアンの目の前にあるのは、山積みになった幽鬼の研究資料だった。

 人工的に怪異としての幽鬼を発生させる方法や、死体の強化方法、幽鬼の操り方などなど……。


「幽鬼を発生させたり操ったりって研究は既にあったけど、それをここまで完成させてるなんてね。しかも個人で……」


 リリアンは研究室で一通りの処理作業を行った。

 そして一区切りついた後、奥の部屋へ。そこは黒幕の妻と娘の絵画が壁一面に飾られ、彼女らの遺品が並べられた部屋だった。


「……あの黒幕の異術師、あんなだったけど、妻子を思う気持ちは本物だった。黒幕を捕まえることを選択したルヒナちゃんを責める筋合いはない。あの場では、アタシもその選択に賛同した訳だし……。それに、あの子の選択は社会的には完全に正しいものだった。だけど、やっぱり全員が幸せになるような、丸く収まるような選択があったんじゃないかって考えちまうよ……。アタシはあの時、どうするのが正解だったんだい……?」


 リリアンは娘の遺品であるクマのぬいぐるみを撫で、感傷に浸るのであった。

 黒幕の異術師の裁判は、数日後に控えている。



 ◆視点変更◆



 私は障壁の立方体の中で寝袋を敷いて寝っ転がり、師匠は障壁を背にして腰を下ろしていた。

 満点の星空の下、お喋りを続けて深夜になちゃったけど、まだまだ話題は尽きない。


「師匠って、私と初めて会った時のこと覚えてます?」

「ん。どうした、急に」

「ほら、その村の村長に騙されて、いろいろあったじゃないですか。それで最後、師匠は領主に村長のことを報告するみたいなことを言ってましたが、あれって……」

「……忘れてた」


 忘れてたって……。


「やっぱり。そんなだから異術師がなめられちゃうんですよ」

「長いこと生きてるせいで怒りや悲しみの感情が希薄になってるっていうか、いろいろなことに無頓着になってるっていうか……。まあ、あの村がある領からは出ちまってるし今更だな。引き返すのも面倒くさい」

「ですが、五十年後でも百年後でもいいので、またあの領に赴くことがあったらちゃんと領主に報告してくださいよ」

「その頃にはもう、あの村長は死んでるだろ……」


 そんな他愛も無いことを一頻り話した後、私は眠くなったの就寝した。

 明日は朝一で出発するらしい。次はどんな村だか町に行くことやら。

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