31-異術師対異術師
幽鬼の事件には黒幕がいた。
黒幕の提案に乗せられそうになる師匠とリリアンだったが、ルヒナの発現により決心を固める。
そして戦いが始まった。
地下水路にて、師匠とリリアンさん対異術師の男、私対三体の巨大幽鬼の戦いが幕を開けた。
「簡易魔法、着火・球!」
私は左の手の平に小さな火の玉を作った。これは攻撃用ではなくランプの代用だ。光源を作り、私は師匠たちの戦いの邪魔にならないよう距離を取る。
「簡易魔法、着火! こっちです!」
そして水面から上半身を出して突っ立っている幽鬼たちに右手で熱火線を放ち、気を引いた。
案の定三体は私に気付き、ザバザバと波を立てながらこちらに歩いて来る。
それにしても、流石は強化された幽鬼だ。通常威力の着火の魔法じゃあ、当たっても皮膚が焦げるだけか……。
ざぶん、ざぶん……。
巨大幽鬼の動きは緩慢だった。私はそのまま通路を後退し、奴らを誘導しつつ師匠たちから距離を取るとしよう。
さて、その師匠たちは大丈夫だろうか。
ずらら……。
リリアンさんの周囲に二十を超す黒い手が出現し、それらが男に向かって殴りかかった。いや、飛びかかったと言うべきか?
バリン! バシャ!
男は懐から取り出した小瓶を床に叩きつけ、中の赤い液体をぶちまけた。すると黒い手は男の寸前で動きを止め、ドロドロと溶解した。
黒い手はリリアンさんとリンクしてるから、破壊のダメージが操作元に還元されるんじゃないかと思ったけど、リリアンさんは平気そうだった。しかし、十八番の黒い手が潰されて歯噛みしている。
パリンッ! パリンッ!
師匠は火炎瓶を投擲したけど、男は最低限の動きでそれらを避けた。
火炎瓶は男の後方で割れ、床や壁で炎を上げた。
「ただ投げるだけでは、僕には当たりませんよ?」
だんっ!
男が床を踏み鳴らすと、石でできた無数の蛇が周囲の床から発生し、師匠とリリアンさんに襲い掛かる。
リリアンさんは新たに出現させた黒い手で石の蛇を捌いたけど……。
「いで、いでででででで!」
師匠は体中を石の蛇に咬まれていた。毒とかなければいいけど……。と思っていたら、師匠の体が咬まれた個所からボロボロと崩れ、その場に山積みの土塊を作った。怪異か何かを利用して身代わりを?
取り残された蛇は一か所に集まって絡み合い、何かをしようとしていたけど、その前にリリアンさんの黒い手によって潰された。
「師匠はどこに……。あ!」
異術師の男の背後では師匠が投げた火炎瓶の炎が燃えていた。その炎の中から立ち上がるように師匠が現れ、背後から男に襲い掛かった。
「おっと」
しかし男は寸前で奇襲を回避。サイドステップを踏んで師匠から距離を取った。
これが異術師同士の戦いか……。見ていて意味が分からない。搦手に次ぐ搦手……。私が苦手なタイプだな。幽鬼相手でよかった。こっちの方が単純明快だ。
「簡易魔法、着火!」
火力を上げた熱火線で巨大幽鬼の一体の頭を貫く。貫通した熱火線がその背後の壁に当たって少し崩しちゃったけど、仕方ないか。
ざばっ!
巨大幽鬼は大波を立てて貯水池に沈んだ。残りは二体……。
「……ふう」
ここ数日、日光の届かない地下に居たから魔力の残りが心許ないな。今くらいの火力をもう二発か……。撃てなくはないけど、それ以降の戦闘は厳しくなりそうだ。
……そうだ、閃いた!
「ほーら、こっちですよ!」
私は巨大幽鬼を誘導し、二体を同一直線状に並ぶようにした。
そして火力を上げた熱火線を放つ。熱火線は手前の巨大幽鬼の頭部を貫通し、背後の巨大幽鬼にも当たった。しかし威力が減衰していて、二体目を貫くには至らなかった。
まあ、流石に二体同時に倒すのは無理か。三体目は普通に倒そう。
「簡易魔法、着火!」
熱火線は三体目の頭部を貫いた。
よし、これで全員撃破。師匠たちの加勢に行こう。魔力の残りは心許ないけど、牽制程度ならできるだろう。足手まといにはならないと思う。
ざば、ざば……。
「え?」
最初の二体は倒れたのに、三体めの巨大幽鬼は頭部を失ったまま歩き続けていた。いや……。
「頭部が、再生して……」
風穴を開けたはずの頭部が再生していた。そんなのあり!?
もう一発熱火線を……。というのは愚策か。おそらくコイツは他の二体とは違う特別製で、頭部を破壊されても再生できるのだろう。
それならどうする? 一番単純なのは、再生ができなくなるまで攻撃し続けることだろう。日の下ならそれもできたけど、地下に居る今は無理だ。先にこっちの魔力が底を尽きるかも。
そもそも、半ば無制限に再生し続けるなんてことができるものなの?
二つめの戦い方としては、頭部以外の弱点を探すこと。体のどこかに再生の核となる部分があって、そこを潰せば倒せるとか。だけどそうだとして、核はどこって話よ。いっそのこと簡易魔法、着火・球で全身を一気に焼失させれればいいんだけど、今はそんな大量の魔力は……。
ぶおっ!
巨大幽鬼が右腕を振り上げて、私を潰そうとしてきた。
緩慢な動きだったので余裕で回避できたけど、腕が振り下ろされた床は轟音を立てて爆散し、大きく陥没した。展開した障壁の壁ならともかく、今体表に張っている障壁の鎧じゃあ、あんなのをモロにくらったら……。
ざば、ざば。ざばん……。
巨大幽鬼は貯水池から上がり、通路に出てきた。こうやって立たれると、その巨大さがよくわかる。
今私は左手に着火の魔法で炎を灯しているけど、その明かりでは巨大幽鬼の頭部まで照らしきれない。
相手は再生能力によって常に万全の状態。一方私の魔力は有限で、大きめの魔法は使えたとしても、あと一回が限界だ。その大きめの魔法で仕留めなきゃいけないんだけど、どうすれば……。
「グオォォォオオオ……!」
巨大幽鬼は地を這うような低い声で雄叫びを上げ、両腕を振り回して手当たり次第に周囲を破壊した。壁や立体水路が砕け散り、大小の瓦礫が降り注ぐ。
私は今、体表に障壁の鎧を張っているから瓦礫が当たっても平気だけど、生き埋めになったらひとたまりもない。
瓦礫の雨を掻い潜って、巨大幽鬼から距離を取る。
ザァアアアアアア……。
上部にある立体水路が破壊され、巨大幽鬼が頭から水を被った。
……いいこと思い付いた!
「簡易魔法、石礫・柱!」
私は貯水池に向かって横方向に石柱を伸ばし、対岸の通路まで突っ込ませて橋のようにした。
そしてその上を駆ける。
「グォオオ……」
よし、そのまま来い!
巨大幽鬼は私を追い、再び貯水池に飛び込んだ。大きな波が立ったので、障壁を展開して押し寄せる水を防いだ。濡れるのが嫌で反射的に障壁を張って魔力を消費しちゃったけど、まあいっか。
「よし、いい具合ですね」
私は巨大幽鬼を見据え、今日最後の大魔法を放つ。
「簡易魔法、冷気!」
ありったけの魔力を込めた冷気の魔法だ。巨大幽鬼は貯水池ごと氷漬けになった。貯水池は底まで凍り、氷の膨張によって周囲の壁には亀裂が入った。
巨大幽鬼は頭の上まで真っ白に凍り、ピクリとも動かない。倒せないなら動けなくしてしまえばいいんだ。
「う、ちょっとフラフラする……。魔力使いすぎ……」
魔力を使いすぎれば眠くなるし、さらに使えば気絶する。そして魔力が完全に枯渇したら死んでしまう。
ギリギリのところで魔力をセーブできてよかった。
「さて、師匠たちは……」
私は貯水池の氷上に降り立ち、元の通路へ。まさか師匠たち、やられてないよね。
「お」
異術師の男は自身の上着をロープ代わりにして縛られ、布切れで猿轡をされていた。
一方、師匠とリリアンさんは無傷みたいだ。
「勝ったみたいですね、師匠、リリアンさん」
「ああ、何とかな」
「ルヒナちゃんの方も、何とかなったみたいだね」
私は若干苦戦したけど、こちらの二人はまだまだ余裕がありそうな雰囲気だ。
「ところでその男、もう抵抗とかしないんですか? 完全に降参してます?」
「俺たちでしっかりボディチェックをしたから、もう怪異由来の薬やら何やらは持ってない。それに、筋力を弱らせる薬を使ってあるから、逃げだしもしないだろう。ただ……。いてっ! この!」
げしげしっ。
男は隙を見て師匠の脛を蹴っていた。その度に師匠も蹴り返し、何とも幼稚な喧嘩みたいな状況に……。
「さあ、さっさと地上に戻って、商人ギルドにコイツを引き渡そう。って、いってえな! リリアン、黒い手でコイツを拘束して連れて行ってくれ。蹴られて敵わん」
私たちは黒幕の男を連れて地上に戻り、その足で商人ギルドへ。そしてギルドで事情を話し、男の身柄を引き渡した。
彼は監獄に送られ、取り調べを受けた後に裁判にかけられるだろう。幽鬼を使って人殺しをしていたとなれば、極刑は免れないかもしれない。
◆
数日後、私たち三人は商人ギルドへ赴いた。
リリアンさんは幽鬼討伐の報酬と黒幕捕縛の追加報酬を貰った。
そして師匠と私は最初にリリアンさんから提示されていた報酬の三十万ロアを貰い、さらに追加報酬も丸々貰った。報酬は師匠と折半し、最終的に手に入った額は合計で四十万ロアだった。大儲けだ! 手取り四十万! こんな大金、ベルメグン公国で働いてた時にだってお目にかかったことはない!
報酬を受け取った後、私たちは商人ギルドの幹部と思われる若い男から、事の顛末を聞かされた。
やはり黒幕は例の異術師の男で、単独犯だったらしい。
犯行に至る前の素性も明らかになっていて、冒険者に家族を殺される前は街で異術師をしていたらしい。妻子を殺されたのががきっかけで彼は地下水路に潜り、商人ギルド転覆の計画を練ったり幽鬼製作の研究などをしていたそうだ。
そして手始めに改造幽鬼で地下水路の浮浪者を襲った。すると浮浪者は散り散りになって身を隠したので、今度は大量の幽鬼を生成して襲わせた。その後の展開は私たちが知る通りだ。
ちなみに、私が氷漬けにした巨大幽鬼は男の支配が外れたのか、氷が溶けた後もじっとして動かないらしい。そのままにしておくと腐って病気やら害虫が湧くので、地下水路に残した巨大幽鬼含む死体は全て冒険者に処理させるそうだ。低賃金で。
◆
三日後の朝、私と師匠は出発の準備を整え、リリアンさんと別れて街を出た。
正門での別れ際、彼女はずっと手を振ってくれていた。
「……」
私と師匠は東へと伸びる街道を歩いていた。
さんさんと降り注ぐ日差し、草の青い匂いを運ぶ風、どこまでも続く草原地帯……。歩いていて気持ちがいい。日の光も美味しいし。
「……」
しかし、師匠は終始浮かない顔だった。
「師匠、まだあの時のことを気にしてるんですか?」
師匠もリリアンさんも、異術師の男の話に乗らなかったこと、見逃さなかったこと、そして彼を捕えてしまったことで、ここ数日ずっと悩んでいた。
あの時は私の独断と勢いで事を進めたけど、本当はどうすればよかったのか、どうするのが正解だったのかと……。
「やり方はどうあれ、あの男の目的自体は悪ではなかった。街の人々を守りたい、悲惨な事件を無くしたい……。俺だって……。俺もリリアンも、あの場では勢いで男を捕えることを選択しちまったが……」
「まったくもう、大の大人がウジウジと……。私は師匠が何でもできる人だと思ってますよ。人々の怪我を治したり、いろんな怪異に対応したり。ですが、『万能』でも『全能』でもありません。浮浪者も殺させない、街の治安を回復させる、悲惨な事件を起こさせない、ついでに浮浪者が出ないよう、皆に一定水準以上の生活を保障させる。全て出来たら訳ありませんよ。ですが、そんなの不可能でしょう? 世界はそんな都合よくできてません。それなら、並べられた不正解の中から正解ではないとわかった上で一つ選択するしかないじゃないですか」
「……」
「ほら、元気出してください!」
私は師匠の肩をバンバンと叩いて元気づけた。それでもなお、肩を落として浮かない顔の師匠……。でも大丈夫。こういう時、人間族の男を元気にする魔法の言葉を、私は知っている。
「大丈夫? おっぱい揉む?」
「あんたなあ……。はあ……」
「人間族は性を商売にしていると聞いたことがあります。娼館とか言うんでしたっけ? 次の街で娼館があったら、寄ってみてはどうですか?」
「性欲が無いのにそんな所に行っても、金が無駄になるだけだろ……」
「じゃあ、どうやったら元気になるんですか? 美味しい物でも食べます? 高級な宿のフカフカなベッドで寝ます? 私はそれで元気になりますが」
「三大欲求が無い俺がそれをやってもなあ……」
「生の喜びを実感できないって訳ですか。半死半生ってのも、難儀ですねえ」
人はどんなに最悪な状況でも、生きていくしかない。昔の私もそうだった。あの街の市民とベルメグン公国に居た時の私──どちらの生活が最悪かは単純に比較できるものじゃないけれど。……ギリ、私かなあ?
そう言えばこれを聞いたのは何百年前か。曖昧な記憶の中で、何処かの誰かがこんなことを言っていた。「世の中、良い奴も居れば悪い奴も居る。それだけだ」と。きっと、あの街だって……。
◆視点変更◆
「あっちじゃあ、あっちじゃあ……」
「本当にこの辺なのか?」
「もう昼だぜ? 腹が減ったから、このまま見付からないようだったらここに置いて行くぞ、クソババア」
「いやじゃあ、冒険者があ、冒険者が娘をぉ……。うああああああ……」
「クソ、うるせえなあ」
二人の男に左右から肩を支えられ、通りを歩く老婆が居た。彼女は以前、アレクたちが遭遇した老婆であり、左右の男もその場に居合わせた二人組の冒険者だった。しかし今は老婆が取り乱すという理由から、剣は持ち歩いていない。
「うああああああん! 娘! 娘がぁ! 娘……? 娘の名前は何じゃったか……。思い出せん! 盗まれたあ! 冒険者が娘の名を盗んだんじゃあ!」
「本当にうるせえなあ」
「だけどこうやって叫んでれば、こいつの孫が聞きつけるだろ。この辺に家があるって言ってたし」
「家がって……。それ本当か? どこまで信用できるか」
男たちが辟易しながら通りを歩いていると、正面から一人の若者が駆け寄ってきた。彼もまたアレクが以前に遭遇した若者で、老婆の孫だった。
「ああ、やっと見つけた……! お二人が祖母を連れて来てくれたんですか!? 本当に、本当にありがとうございます!」
若者は深々と頭を下げた後、改めて二人の男たちの顔を見ると目を丸くした。
「あれ? お二人とも、何処かで会ったような……」
「何日か前、このババアに絡まれた」
「あの時は取り乱して剣を抜いちまってな……。覚えてねえか?」
「あ、あの時の! あの時のお二人でしたか!」
二人の男は老婆を若者に預け、やれやれと言って肩を鳴らした。
「今朝、そのババアが冒険者本部に押しかけてきてな。武器を持った男たちを目にして、喚き散らしてたんだ。剣を抜いて切りかかろうとする奴も居てな。なだめるのに苦労したぜ……」
「本当、俺たちがあの場に居合わせなかったら、どうなってたことか……」
「そんなことが……。お二人とも、ありがとうございます! どうお礼をしたらいいか……」
若者は老婆の肩を支えたまま、再度深く頭を下げた。
「お礼とかいいから。お前もババアの世話とかで大変だろ?」
「その代わり、もうそのババアから目を離すなよ? いいな?」
そう言い残し、二人の男は去っていった。
彼らは最近、比較的割のいい依頼を完遂し、懐はいつもより暖かくなっている。これから昼飯を食べに、街に繰り出すのであった。




