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剣と魔法と怪異譚  作者: 岩クラゲ
第二部、浮浪者と冒険者編
30/61

30-金、命、選択

一向は依頼主である商人ギルドに呼び出された。

そこで幽鬼発生事件には、黒幕がいると示唆される。

 商人ギルドに呼び出された翌日、準備を整え、私たち一行は何度目かになる地下水路へ降り立った。通路のあちこちには私たちが倒した幽鬼の残骸が転がっていて、腐敗臭を放っていた。


「臭いですね……。幽鬼、焼いといた方がよかったんじゃないですか?」

「焼くのは事が済んだ後にしよう。燃やすにしても、今は薬や魔力が勿体ない」


 と、師匠。


「師匠、消臭の薬とか持ってます?」

「帰ったら作ってやるよ。……っと、まだ幽鬼がうろついてるな」


 私たちは遭遇した幽鬼を倒しつつ、地下水路を地下へ地下へと進んでいった。


「この辺でいいな」


 師匠は宿で作った黒い薬を垂らし、床に手の平大の円を描く。結構きれいな円だ。


「それって、どんな効果がある薬なんですか?」

「これは複雑な魔法に反応する薬だ。黒幕が魔法使いなら、幽鬼を操るために複雑な魔法を使ってるはずだからな」


 と、師匠。


「黒幕は魔法使いである可能性の方が高いんですか? 異術師じゃなくって?」

「いや。単に魔法使いの方が見つけやすいからさ。だからまずはそっちの線を潰す。黒幕が異術師で、怪異を駆使して身を隠していたら見つけるのには骨が折れるからな」

「魔法使いの方が見つけやすいですか……。魔法使いだって、身を隠す魔法を持っていそうなものですが」

「この薬はその『身を隠す魔法』自体にも反応する。怪異は魔法じゃあ対処できない。まあ、相手が怪異も織り込み済みで対策をしてくるような魔法使いだったら、俺たちじゃ手に負えないがな。そうじゃないことを祈るしかできない」

「怪異は魔法では対処できるのかそうじゃないのか、どっちなんですか」

「異術も魔法も習得してる奴が最強ってことだ。さて……」


 床に描かれた円を見つめたけど、何も変化は起こらなかった。


「ここはハズレだな。次だ。はあ……」


 腰に手を当て、溜息をつく師匠。


「師匠、この薬を使用する場所はどうやって選定を?」

「適当だ」

「さいですか……」


 その後も私たちは地下水路を進み、幽鬼を倒しつつ各地で魔法の探知を実施した。

 師匠の黒い薬が尽きたので、途中からはリリアンさんが床に円を描いた。リリアンさんの描く円は師匠のよりいびつだった。


「……っと、アタシの薬も尽きたね。ここまでやって、成果は無しと。じゃあ今日はもう切り上げて、明日は異術師の探索に移行するかね」

「あれ? その黒い薬、もう一本作ってませんでしたか?」

「三本目は魔術師の痕跡を見つけた時に使うためのものだよ。ま、帰り道で、魔法使いの杖でも落ちてたら使ってみようかね」


 そうして地下水路の勝手知ったるリリアンさんの案内で、一同は帰路へ。その途中で水路が水没していたので、例のようにリリアンさんの先導で迂回した。そして迂回した通路の先に、それはあった。


「師匠、リリアンさん、これは……」


 床と壁の境目に入ったひび割れから赤い煙が出ていて、それは天井に当たると一瞬だけ金色になって消えていた。地下水路で発生した変な気体が噴出している訳ではないだろう。明らかに怪異だ。


「これは異術師が使う隠匿の術だね。一般人にはこの煙は見えない。……とりあえず、解除してみるよ。ルヒナちゃん、見てな。この手の術は、近くで破裂音をさせると解除されるんだ」

「破裂音ですか」

「手を叩くだけでいい。まあ、叩き方にはちょっとコツがあるけど」


 パン、パパン! パン!


 リリアンさんが赤い煙の近くで手を叩くと、目の前の石の壁が頑強な鉄の扉に変化した。あの煙で扉を隠していたのか。


「こんな地下水路に異術師の術……。状況からして、今回の黒幕は異術師とみて間違いないだろうな。リリアン、例によってその扉を開けてくれないか? 罠があるかもしれないから、黒い手を使って」

「あいよ。二人とも、下がってな」


 鉄の扉から距離を取る一同。あれ? でも鍵とかかかってないのかな。


 がちゃがちゃ。


 リリアンさんの黒い手が扉を開けようとしたけど、やっぱり鍵がかかってきたみたいだ。押しても引いても、扉は開かない。


 ガギン!


 しかし、そんなことはお構いなしに力づくで開けてしまった。石壁が砕け、鍵の機構が意味をなさなくなった。リリアンさんの黒い手、改めて凄い力だ。


「よし、開いたね」


 と、得意げなリリアンさん。

 隠し部屋は地下水路の一室を利用して作られていて、床はタイル張りだったけど、壁と天井は通路と同じく石造りだった。

 ここに黒幕の異術師が隠れ潜んでたんだろうけれど……。


「一見すると、魔法使いの研究所みたいですね」


 巨大なフラスコに赤や緑の液体が入っていたり、大鍋が置かれていたり、本や書類が山積みになっていたり。そして研究設備とは反対側には、ベッドや暖炉、保存食を入れた樽など、生活に必要な物が一通り揃っていた。研究室で寝泊まりしてたのか。


「こりゃあ凄いな……。幽鬼についてこんなに研究してたのか……。リリアン、そっちの資料はどうだ?」

「こっちのも幽鬼のことばっかりだ。怪異としての幽鬼を作り出す方法に、特定の死体に憑りつかせる方法……。その後で支配下に置き、好きなように操る方法まで……。ここにある資料だけでも、異術は大きく進展するよ」


 師匠とリリアンさんは床や机に山積みにされた資料に目を通し、その研究成果に感嘆していた。黒幕の異術師、今回の計画のために相当な準備をしてたみたいだ。


「おや?」


 部屋の隅に木の扉があった。不用心かなと思いながらも、その扉を開けて中に入ってみる。


「うわ……」


 部屋の中にあったのは、大量の女性ものの衣服や化粧品、子供のおもちゃ、子供用の家具などなど……。

 そして壁には隙間なく女性の肖像画が飾られていた。何、この部屋。


「あれ?」


 肖像画に描かれているのは二人の女性だった。三十代くらいの女性と十代未満の女性の肖像画が、それぞれ何枚もある。年齢から考えて、二人は母と子? そう考えたら、部屋に置かれてる服やおもちゃも……。


「おい、ルヒナ、勝手に動くな。危ないだろ」

「探索ならアタシがするからさ」

「本当にそうですよ。危ないったらありゃしない」


 え、誰? 背後から師匠とリリアンさんに声をかけられたと思ったら、最後に知らない男の声がした。

 驚いて振り返る前に視界が歪み、一瞬の浮遊感の後、景色が変わった。いや、転移させられた? 転移魔法? だけど黒幕は異術師らしいし、もしかして何かの怪異を?


「ルヒナ、リリアン、無事か?」

「ああ、ただ転移させられただけみたいだ」

「私は無事です」


 転移後も三人揃っていた。無事を確認するのも束の間、私たちは肩を並べて周囲を警戒する。

 転移先は地下水路の開けた通路だった。リリアンさんが掲げたランプの明かりが周囲を照らす。高い天井とそこを交差する立体水路、通路の隣の水を湛えた貯水池、壁の穴から流れ落ちる水、朽ちた木箱の座残骸……。


「まさか、隠れ家を見付けられるとは……。場所を変えさせてもらいましたよ」


 通路の先の暗がりから、さっき聞いた男の声がした。

 私たちは声がした方向に意識を集中させ、戦闘態勢に入る。師匠は片手に赤い液体の入った瓶を持ち、リリアンさんはランプを宙に浮く黒い手に預けて格闘家のような構えを取る。私はすでに簡易魔法、障壁・鎧を張っていたけど、念のため張り直した。


 コツコツコツ……。ぺたぺたぺた……。


 靴の音と素足で歩く音を立て、二つの陰がランプの明かりの前に姿を現した。


「こんにちは。いえ、地上は夜なので、こんばんはの方がいいですね」


 一人は若くて細身の男だった。こんな地下水路には似つかわしくない、貴族の家の執事みたいな服を着ている。


「ヴァアア……」


 そしてもう一人は青白い肌の幽鬼だった。隣の男の倍近い身長があり、筋骨隆々でいかにも強そうだ。体中に縫合の跡がある。ちなみに下半身は包帯を巻いてちゃんと隠していた。


「大柄で体中に傷跡がある幽鬼……。あれが最初に浮浪者たちを襲い、冒険者を返り討ちにした個体だろうね。アタシが聞いた情報そのままだ。ただし、正確には傷跡じゃなくて縫合の跡か……。上手く取り繕っていはいるが、よく見ると体が左右不対象で歪んでいる。おそらく、複数の死体を継ぎ接ぎして一体にしたんだろうね。中身の怪異としての幽鬼にも、手を加えられてるかもしれない。人為的に作られた改造幽鬼……。状況からして、アイツが黒幕の異術師だろうね」


 異術師……。特殊な能力や奇妙な魔法を使う魔人なんかとは戦ってきたけど、異術師と戦うのは初めてだ。

 師匠やリリアンさんの戦い方を見るに、同じ異術師であるあの男も搦手を使ってくるだろう。先手を取るか、相手の出方を見るか……。

 私たち三人の緊張の糸が張り詰めるのとは対照的に、男は飄々とした態度だった。


「まあまあ、待ってください。僕は話し合いに来たんですよ。貴方たち三人と戦うつもりはありません。二対三ですよ? 数の時点で不利でしょう? そもそも、最初から戦うつもりなら、闇討ちしてましたよ。異術師らしくね」


 彼の言うことは最もだった。私が敵だったら、この地下水路の闇に紛れて不意打ちしてるし。


「じゃあ何が目的だ? その口ぶりからして、こっちの事情は調査済みみたいだが……。俺たちに金を渡して、幽鬼討伐から手を引けとでも言うつもりか?」

「500万ロアくらい貰えるなら、考えてやらなくもないですよ?」

「ルヒナは黙ってろ」

「あいにく、今の僕に用意できるお金は500ロアしかありませんね。最近はカツカツでして」

「話になりませんね」

「ルヒナは黙ってろ」


 「コホン」と、男が咳払いをした。これから本題に入るようだ。


「僕と協力して、この街を変えませんか? 商人ギルドの手から、自治権を領主に返えすのです。動機は察せますよね?」


 自分の街がこんな有様になっているから、現状を変えたいってことか……。確かに利益を優先して市民の暮らしを蔑ろにした商人ギルドよりは、領主の自治の方が良いだろうけど。


「それでまずは治安を回復させるために、その特性の幽鬼や量産した幽鬼を使い、浮浪者を殺して回ってたと? 地道なことするねえ」


 と、挑発的な口調で煽るリリアンさん。


「まずは目の前の問題からですよ。地下水路を綺麗にしたら、次は地上の街です」

「そんなことしたって、根本的な解決にはならないよ? わかってるのかい?」

「その次は冒険者どもを先導し、冒険者ギルド、そして商人ギルドに反乱させます。彼らは常日頃から二つのギルドに搾取され、不満で一杯ですからねえ。そうなれば冒険者ギルドは解体され、商人ギルドも力を失うでしょう。そして商人ギルドは、街の自治権を手に留めておくだけの財力も失います」

「冒険者を先導って、そんな上手くいくはずがないでしょう。その計画、ガバガバすぎませんか?」


 と、私も煽る。


「できますよ。僕は異術師です。そのための怪異も、手の内にあります」


 怪異……。確かに人の感情を操作するような怪異があっても不思議じゃないか……。師匠も、人の気持ちを落ち着かせる怪異由来の葉っぱを持ってたし。


「もちろん、僕の計画は今話した分だけではありません。もっと緻密に計画を練り上げています。一人でも計画は実行できますが、異術師二人の協力があれば、事はさらにスムーズに運びます。冒険者どもの反乱時に出るであろう犠牲も、かなり少なくできるでしょう。もちろん、お二人には陰で動いていただきますので、身元がバレる心配もありません。たとえ計画が失敗しても、逃げ延びられるよう手は打ちましょう。どうですか?」


 私は横目で師匠とリリアンさんの様子を窺った。


「……」

「……」


 二人とも無言のまま、臨戦態勢を崩さない。しかし、先制攻撃を仕掛けようとする様子もない。もう少し、男の話を聞く意思があるようにも見える。


「私の妻と娘は冒険者に殺されました。彼らの動機は想像がつくでしょう?」


 妻と娘……。それじゃあさっき、隠れ家の一室で見たあの肖像画は……。


「貴方たちもこの街で過ごしていたなら、裏路地なり地下水路なりで、『そんな死体』を目にしたことがあるはずです。この街は異常ですよ。この現状を、僕なら変えられます。そして貴方たちの協力があれば、その計画はよりスムーズに、確実に進むでしょう」

「……」

「……」


 二人とも、反論もせずに黙ったままだ。男の話を聞いて、明らかに迷っている。

 命の価値は相対的。私たちの目の前にある天秤には、市民と浮浪者の命がかけられている。

 もちろん、市民にだって悪い奴や犯罪者はいるだろう。浮浪者にだって、善良な心を持っていながらその身分にみをやつしてしまった者だって居るはずだ。市民にも浮浪者にも、良い人もいれば悪い人もいる。

 だけど、私たちが地下水路で見た少女は? この街の現状が彼女を殺したのは間違いないだろう。あんなことが起こっていいはずがない。この男は、そんな悲劇を無くそうと言っているんだ。だけど……。


「そもそも、この依頼を受けたのは地下水路の幽鬼が地上に出て被害を及ぼすのを危惧したからではありませんか? 心配ありません。僕の術によって幽鬼は完全な支配下にあります。市民には危害を加えません。彼らの生活を脅かす浮浪者を殺すだけです。それなら、依頼そのものの意義は無くなりますよね? どうしますか? それでも貴方たちは浮浪者を守ると言うのですか? 街の治安を脅かし、善良な市民の命を理不尽に踏みにじる、不潔極まりない彼らの……」

「簡易魔法、着火」


 私の人差し指から放たれた熱火線が幽鬼の頭部を焼失させた。

 一瞬の間を置いて、その青白い体が前のめりに倒れる。


「な、え……? 僕のとっておきの幽鬼が、こんな……」

「ルヒナ?」

「ルヒナちゃん?」


 この場にいる三人の異術師が驚愕の眼差しを私に向ける。


「あの男の言うことは倫理的にはアレだけど、正直、アタシは揺らいだよ。やり方はどうあれ、アタシにだってこの街をどうにかしたいって気持ちはあるからね……」

「俺はあいつの計画に手を貸すなんて御免だ。だが、例の少女の姿が脳裏をよぎってな……。一瞬だけ、ここであいつを見なかったことにしようと思ったよ……」


 二人とも、思った以上に心が揺らいでいたみたいだ。

 はあ、まったく……。私は髪を手で払い、凛とした態度でこう告げた。


「師匠もリリアンさんも、難しく考えすぎですよ? この男を商人ギルドに突き出せば報酬が手に入るんですよ? それなら、迷う必要はないじゃないですか」


 私は心に迷いを生じさせた師匠とリリアンさんに渇を入れるように、はっきりと宣言した。


「……ったく、俺の弟子は」

「ルヒナちゃんらしいね」


 二人は一瞬、あっけの取られた顔をした後、口元を緩めてそう言った。そして改めて戦闘態勢に入る。もう顔に迷いは見られない。


「……そうですか、交渉決裂ということですね。僕の予想はよく当たるんです……。貴方たちは僕の計画に賛同してくれると予想していたのに……。こんなこともあるんですね……。僕の予想が外れることが……」


 男は両手で顔を覆って隠しているけど、指の間から覗く目には明らかな怒気が見える。向こうもやる気になっているようだ。


「さあ、あの男を私たち三人でのしてしまいましょう。三対一で、こちらが有利です」

「いいえ、三対四ですよ!」


 ざばん……!


 通路の隣にある貯水池から水しぶきが上がり、家ほどもある三つの大きな影が現れた。いびつな人型で、体中が縫い目だらけ、そして皮膚は異様に青白い……。三つの陰は、大量の死体を継ぎ合わせて作られた幽鬼だった。


「俺とリリアンは異術師の男を相手にする! ルヒナはあのデカい幽鬼を相手にしてくれ! できるか?」

「楽勝です!」


 師匠とリリアンさん対異術師の男、私対三体の巨大幽鬼の戦いが始まった。

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