29-商人ギルドからの呼び出し
突如、地下水路で幽鬼が大量に発生した。
一向はその対処に当たった。
地下水路での討伐後、私たちは宿に戻った。
師匠とリリアンさんは薬の在庫の確認をし、私は自室で寝た。
そして翌朝、商人ギルドの者と名乗る男がリリアンさんを呼び出しに来た。商人ギルドと言えば、リリアンさんに幽鬼討伐の依頼を出したとこだけど……。
「わかったわかった。まあ、来るとは思ってたよ。アレクとルヒナちゃんも一緒に来てくれるかい?」
リリアンさんの反応を見るに、彼の素性は確からしい。私たちは男の言葉に従い、この街の商人ギルド本部へ。ちなみに天気は曇りだった。
「そう言えば、どうして商人ギルドが幽鬼の討伐なんて依頼を出したんでしょうね。そういうのって、領主の仕事なんじゃないですか?」
と、隣を歩くリリアンさんに聞いてみた。
「こういう大きな街だと、力をつけた商人ギルドが自治をすることがあるんだよ。商人ギルドが領主に大金を払い、自治権を買ってるんだ」
「へえ、そんな制度があるんですね」
「領主はお金が欲しいなら、街に高額の税をかければいいのに」って質問しようと思ったけど、そんなことしたら単に街から人が減るだけか。自己完結した。
「着きました。ここです」
そう言って商人ギルドの男が示したのは見上げるほど高く、それと同じくらい横にも大きな建物だった。大きな一枚ガラスの窓が等間隔に並び、玄関の扉には「うがー」って口を開けた怒り顔の獅子の装飾が施されている。
ここが商人ギルド本部か……。私たちは男の案内で中に入り、吹き抜けのホールを抜け、階段を上がり、二階の奥の大きな扉の部屋の前へ。
ぎっ……。
中に入ると、床から天井まである大きな窓を背に、恰幅の良い老人がどっしりと机に構えていた。彼の地位はわからないけど、商人ギルドのお偉いさんであることは間違いないだろうな。
「リリアン、今日はどうして呼び出されたのかわかっているな?」
私たちが挨拶をする前に、老人は高圧的にそう言い放った。
「はい。幽鬼の大量発生のことですよね? それに関しては、アタシとここにいる二人の仲間とで掃討にあたっています」
「そうじゃない!」
そうじゃないなら何? 急に怒鳴る人、私嫌い。
「この大量発生は未然に防げなかったのか? 手を抜いていたから、こんなことが起きたんじゃないのか? まだ街に被害はないが、あの幽鬼どもが地上に出てきたら……」
それじゃあこんな所に呼び出さずに、私たちを幽鬼の掃討に行かせてくださいよボケ。
「はっきり申し上げますと、幽鬼の大量発生の予想は不可能でした。そもそも幽鬼という怪異の特性上、今回のような大量発生は有り得ないのです」
「リリアン、それは言い訳ではないだろうな?」
老人の目つきがさらに鋭くなる。嫌い嫌い嫌い。
「幽鬼とはそもそも、攻め落とされた廃城や、野党に焼き払われた廃村なんかに発生する怪異です。その場所で死んだ者の無念が吹き溜まりに集まり、幽鬼となるのです。そしてその幽鬼がその辺の死体を操って、魔物として知られる幽鬼となるのです」
怪異としての幽鬼と魔物としての幽鬼。その区別をしておかないと、話がこんがらがる……。
「幽鬼が人死にがあった土地で発生するくらいのことは、儂も知っている。この街の地下水路も無法地帯で、人死にも日常茶飯事だ。幽鬼が現れても不思議じゃないだろ」
「大量の人死にがあった土地でも、死体がその辺に転がっていても、そこに人が住みつくと幽鬼は発生しません。生者の生気に当てられ、死者の無念が霧散するのが原因だと言われています。死者が生者に勝る道理はありませんからね」
「地下水路には浮浪者が住みついているから、幽鬼が現れるはずがないと?」
「いいえ、地下水路は広大です。人が住みついていても、どこかで死者の無念の吹き溜まりもできるでしょう。しかし、今回のように大量の幽鬼が発生するほどとなると……。そもそも、廃城や廃村でもこんなに幽鬼が湧くことは珍しいくらいです」
「だが、現に大量発生は起こってるじゃないか」
「アタシは、裏で糸を引く者がいると考えています。動機は私怨や、街の治安への不満などかと」
裏で糸を引く者……。今回の騒動が人為的なものってこと?
横目で師匠を見ると、その顔には驚いたような様子は見受けられなかった。師匠も黒幕の存在を予想してたみたいだ。
「では、そいつが幽鬼を生み出していると? そんなことが可能なのか?」
「異術師であれば可能かと。それに、幽鬼を生み出すような魔法が無いとは言いきれません」
「黒幕は異術師か魔法使いか……」
老人はしばらく逡巡してから口を開いた。
「……地上で暮らす善良な市民が幽鬼に襲われない内は、お前の主張を信じてやろう」
「ありがとうございます」
お礼を言って、軽く頭を下げるリリアンさん。
「まあ、市民が浮浪者の危険に晒されている中、今更幽鬼が襲いに来てもと思うかもしれないが、そういう話ではないからな?」
「はい、もちろん承知しています」
「では引き続き、幽鬼の掃討にあたれ。そして、黒幕が居たならそいつを捕まえてこい。その時は『対人』、『捕縛』ということで追加報酬を与えてやる」
「はいっ」
老人との話し合いが終わり、私たちは商人ギルド本部を出た。
そして少し離れた建物の陰で息をつく。
「はー、疲れた……」
「話し合いをしたのはリリアンだが、一緒に居た俺も疲れた……」
「怒りに任せて手を上げなかった私、偉い。可愛い」
「いや、態度は高圧的だったにせよ、あの爺さんが言ってたことは真っ当だったろ。なあ、リリアン?」
「まあね」
あ、そう言えばさっきの話で……。
「リリアンさん、私と師匠は幽鬼の討伐の依頼を手伝ってる訳です。報酬は、貴女が騎士団長から貰った報酬の半分」
「ん? ああ、そうだね」
「ですが、その背後には黒幕が居るかもしれないとわかりました。そして、さっきの商人ギルドの老人は相手が変わったことで、追加報酬を出すと言ってました」
「ルヒナさあ……」
隣にいる師匠が私を睨んでいるけど、華麗に無視。
「ああ、そういうことね。ルヒナちゃんが言いたいことはわかるよ。もし追加報酬が貰えたら、それは全部あげるよ。アタシが想定してた以上に、二人には働いてもらってるからね」
「やった!」
◆
宿に帰る前、師匠とリリアンさんは雑貨屋を梯子して買い物をした。
買ったのは蝋燭や塩、小皿など、はたから見たら一貫性の無い物ばかりだった。しかも怪異が宿っているのを見定めていたのか、商品を一つ一つためすがめつしながら買っていた。店員はそんな二人の様子を不思議さ半分、嫌な顔半分で眺めていた。
そして宿に帰り、師匠とリリアンさんは共同で調薬をし、私はその作業を見学した。ちなみに調薬をしているのはリリアンさんの部屋だ。何となく、彼女の部屋が作業部屋兼会議室みたいになっている。
がちゃがちゃ……。ゴリゴリ……。
師匠は買った小皿を粉々に砕き、リリアンさんは蝋燭を溶かして塩を混ぜ込んでいた。その蝋燭は安物のようで、部屋には獣の油の臭いが漂った。
そうして瓶三本分の、真っ黒な薬が出来上がった。
「師匠、その薬は?」
「商人ギルドで黒幕がどうとかって話をリリアンがしただろ? そいつを炙り出すための薬だ。よし、こいつを持って地下水路に行くぞ」
それじゃあ、黒幕との対峙も有り得る訳か。
相手は魔法使いか、異術師か……。
できれば前者であってほしい。魔法同士のぶつかり合いであれば、私が火力で勝るはずだ。
しかし敵が異術師となると……。異術師である師匠やリリアンさんは怪異由来の不思議な薬や技を使う。敵となる異術師も、相当な搦手を使ってくるだろう……。
「師匠、もしも敵が異術師だった場合、私はどう戦えばいいですかね?」
「その時は俺とリリアンが戦う。あんたは離れて、自分の身を守っていてくれ」
「はい、その時はお願いします!」
と、私は快活に返事をした。
「自分が戦わなくてもいいとなったら、急に元気に……。まあ、いいけどさ……」




