28-幽鬼がいっぱい
ルヒナたちはリリアンから、街が抱えている冒険者の問題を聞かされる。
地下水路に大量の幽鬼が現れたらしい。
私、師匠、リリアンさん、兵士の四人は大急ぎで地下水路への入り口があるレンガの家へ向かった。
どんどんどん!
「おい、開けて! 開けてくれ! 頼む!」
「仲間がやられちまった! 例の幽鬼とか言う魔物が!」
レンガの家に入ると、地下へと続く階段側から誰かが鉄の扉を叩いていた。
「ったく、今回は出してやるが……!」
兵士が鉄の扉を開放すると、二人の男が飛び出してきた。そして彼らはレンガの家をバタバタと出て、路地の向こうへ姿を消した。
「あんなふうに、地下水路から浮浪者たちが地上に逃げ出してるんだ。大量の幽鬼が現れたって言いながらな。それで、あんたらにはその掃討にあたってほしいんだが、大丈夫そうか?」
私たち三人は目で答え、地下へと続く階段を降りた。背後で鉄の扉が閉められる。私たちはそのまま階段を下り、地下の広大な空間へ出た。リリアンさんがランプを掲げると、その明かりに照らされて蠢く影が一つ……。
「グァオオオオオオ……」
片足を引きずり、呻き声を上げながら歩く、異様に肌が青白い男……。もしかして、あれが幽鬼? 初めて見た。
「見ろ、ルヒナ。あれが幽鬼だ。死体を動かす怪異はいくつもあるが、あんなふうに肌を青白くするのは幽鬼だけだ」
「アタシに任せな」
リリアンさんは側に出現させた黒い手にランプを手渡した。そしてフリーになった両手を前に向けると、幽鬼の頭の左右に黒い手が更に二つ出現。そしてリリアンさんが力強く合掌すると、黒い手も同じ動きをして左右から幽鬼の頭を潰した。
どす黒い頭の内容物が床や壁に勢いよく飛び散る。
「幽鬼は死体を操る時、頭に巣くうんだ。だから倒す時は今アタシがやったように頭を潰すか、全身を焼き尽くすのが効果的なんだよ。首を斬り落とせば体は動かなくなるが、頭は噛みついてくるから気を付けた方がいい」
ご教授ありがとうございます。
私の横で師匠もランプを取り出し、明かりをつけた。
「それじゃあルヒナ、あの幽鬼はあんたが倒してみろ。遺体損壊とか考えなくていい。魔物だと割り切れ」
師匠が明かりで示した通路の先には、幽鬼がもう一体居た。その幽鬼はこちらに気付き、片足を引きずりながらカクカクと歩いて来る。
遺体損壊かあ……。相手は元々人間族だからって、人によっては気後れするのかな。幽鬼はもう完全に元とは別物になってる訳だし、私はそんなに気にしないけど。
それじゃあ、頭を狙って……。
「簡易魔法、着火」
熱火線が幽鬼の頭を貫き、再び動かない死体に還した。
「思っていたより弱いですね、幽鬼って。こんなのに冒険者たちはやられてたんですか?」
「幽鬼の強さはピンキリだ。今のは元から損壊していた死体を操っていたから弱かったが、強くて新鮮な死体を操る幽鬼はあんなもんじゃない」
師匠はそんな忠告をしつつ、ランプの明かりで周囲を警戒した。
「そう言えば師匠、暗視の薬は使わないんですか?」
「あの薬はちょうど切らしてる。薬の原料も、この辺じゃ手に入らない。まあ、暗闇なのは幽鬼も同じだ。むしろ、目や耳が腐りかけてる奴の知覚能力は低いだろう」
「ほら二人とも、幽鬼はまだまだ居るよ。気を引き締めな」
ランプを持つ黒い手が上昇し、更に広範囲を照らす。
流れる水を挟んで反対側の通路、崩れたテントの陰、曲がり角──至る所に幽鬼が居た。
リリアンさんの黒い手が幽鬼の頭を潰し、師匠の火炎瓶が幽鬼を焼き、私の熱火線が幽鬼を貫く。私たちはそんなふうに幽鬼を掃討しながら、地下水路を進んでいった。その途中で、不自然に重厚な鉄の扉を見つけた。
「師匠、リリアンさん、これ見てください。この扉だけ変じゃないですか? もともと地下通路に設けられてたって感じじゃないって言うか……」
「ここの浮浪者が設置したんだろうねえ。こんな重厚な扉を設けるとしたら……。最悪、売春部屋って可能性もある。アタシが開けてみるよ」
「うわ、最悪……。嫌なこと思い出しました。昨日見たあの子……」
「気をつけろよ、リリアン。罠があるかもしれん」
リリアンさんは少し離れた所から黒い手を使い、鉄の扉を慎重に開けた。鍵はかかっていなかったようだ。
部屋の中に入ると、そこは武器庫だった。樽や木箱に入れられた剣や槍、壁に掛けられた盾。それに数本の斧や鉄槌が床に転がっていた。
「アレク、リリアン、ここで少し休んでおかないか? 黒い手を出してて、少し疲れた」
「その黒い手、使うと疲れるんですね。私は休むのに賛成ですが、師匠はどうですか?」
「ああ、休憩にしよう」
師匠は幽鬼や浮浪者が入ってこないよう、鉄の扉を閉めた。
リリアンさんは黒い手を消してそれが持っていたランプを床に置き、その横で胡坐をかいた。私はその隣に座り、師匠は扉の横の壁を背に腰を下ろした。
「それにしても、どうしてこんなに沢山の武器が地下水路にあるんですかね」
「浮浪者相手に武器を転売して稼ぐ、現役冒険者がいるんだよ。武器は冒険者の証しが無いと買えないからね。ここは転売武器の倉庫だろうねえ」
と、リリアンさんが説明してくれた。
「それじゃあここの武器、壊しておきますか? 浮浪者に売りさばかれないように」
「今はそんなことに力を裂いてる場合じゃないよ。目的を間違えないようにね」
確かにその通りだ。危ない危ない……。
「ところでリリアンさん、私たち、適当に地下を進んでますけど、帰り道ってわかりますか?」
「ああ、わかるよ。地図で言うとこの辺だね」
そう言ってリリアンさんは懐から地下水路の地図を取り出し、通路の一角を指で示した。本当、凄い方向感覚だなあ。
「……」
リリアンさんの額に滲んだ汗に、ランプの明かりが反射している。
「本当、アレクとルヒナちゃんがこの仕事を引き受けてくれて助かったよ。アタシ一人じゃあ手を焼いてた」
「それもこれも、元をたどればリリアンさんが黒球に閉じ込められた師匠を助けに来てくれたおかげですよ」
「ああ、助かったよ。礼を言う。俺は餓死はしないとはいえ、暗い中にずっと閉じ込められてたのは気が滅入った」
あれ? リリアンさんは騎士団長から依頼を受けて師匠を助けに来た。そしてすぐに、私たちに幽鬼の依頼を持ちかけて……。それじゃあ時系列的には、幽鬼の依頼を受けた後に師匠救出の依頼を受け、後者を優先したことになる。
「助けてもらっておいてこんなことを言うのは何ですけど、リリアンさんは幽鬼の依頼があったのに師匠の救出を?」
「ルヒナ」
え、何ですか? 師匠が咎めるように私の名前を呼んだけど、どうしてだろう。
「……いいよ、アレク。話す。変に勘繰られたくないしね」
「あんたがいいなら……」
?
「地下水路で幽鬼が浮浪者を襲ってる最中、アタシがアレク救出に出向くってことは、要するに命を天秤にかけたって意味さ。浮浪者の命と異術師の命をね……。アタシはこの街での治安の変遷をこの目で見てきた。市民が犯罪に巻き込まれ、アタシ自身も危ない目に遭いそうになったこともある。それもこれも、浮浪者とそれを生み出した冒険者ギルドのせいさ。そんな奴らと、これからも多くの命を救ってくれるであろう貴重な異術師。どちらに天秤が傾くかなんて、わかりきってるだろ?」
それはもちろん、異術師の命でしょうね。
「まあそんなこと言っても、アタシは道中で魔物に出くわして足止めされ、救出に行くのが遅れちまった訳だけどね。要救助者が半死半生のアレクじゃなかったら、異術師側の天秤の重さが零になってたよ」
「せめて遺体だけでもと思って助けてみたら、生きてて驚いただろ?」
と、茶化す師匠。
「ああ、驚いたよ」
「私も驚きましたよ」
閑話休題。少しの間、沈黙が流れた。
「……リリアン、体力は回復したか?」
「すまん、もう少し休ませてくれ」
その後、私たちは休憩を終え、幽鬼の掃討を再開した。
それまではフラフラと歩くだけの弱い幽鬼ばかりだったけど、動きが素早かったりガタイが良かったり、凶暴な幽鬼とも出くわした。しかしそれでも、私たちの敵ではなかった。
「簡易魔法、着火」
私は鎧を着込んだ大男の幽鬼に熱火線を放ち、その頭を兜ごと焼いた。
「ルヒナ、リリアン、そろそろ地上に戻ろう」
「ああ、そうだな。幽鬼も結構減ってきたし」
「え、帰るんですか? 私はまだ余力がありますよ?」
日の光は射さないけど、ため込んである魔力はまだまだある。余裕余裕。
「充分な余力がある内に帰るんだよ。これまでの幽鬼はどれも雑魚だった。冒険者を返り討ちにしたっていう幽鬼じゃないだろう。余裕がない状態で、そんなのと出くわす訳にはいかない」
あー、確かにそうかも。私たちは出くわす幽鬼を倒しつつ、来た道を引き返した。
帰路では割と強めの幽鬼と遭遇し、私が応戦した。折り返し時点では魔力に余裕があったけど、ちょっと消耗してきたかも……。地上に出たら日光浴がしたいなあ。
◆
「どうだった、リリアン? 下の幽鬼どもは始末できたか?」
レンガの家に帰ると、開口一番に兵士が問いかけてきた。
「複雑で広大な地下水路だ。全体でどれくらいの幽鬼がいるかなんてわからない。だが、アタシら三人で六十以上の幽鬼は倒したね」
そんなに倒してたんだ。数えてなかったや。
「ところで、アタシらが地下にいる間、ここから地上に出ようとする幽鬼はいなかったかい?」
「いいや。幽鬼どころか浮浪者も来なかったよ」
「……そうか。とりあえず、今日は休んで明日また掃討を再開するよ」
「じゃあ気を付けて帰れよ、もう夜だから」
夜かあ……。日光浴をして魔力を快復したかったんだけどなあ。




