24-老婆と若者と冒険者
リリアンの受けた幽鬼討伐の依頼を、師匠とルヒナも手伝うことになった。
街のとある雑貨屋にて。
「これとこれと、あと、これをくれ」
「瓶ばっかり買って……。お客さん、こんなに何に使うんです? あ、いや、言いたくないなら別にいいですが」
「薬を入れるのに使うんですよ。あ、包まなくても大丈夫です。この薬箱にそのまま入れていくんで」
幽鬼討伐には明日行くことになった。仕事に備え、私たち三人は街の雑貨屋で必要物資を買い漁っていた。
師匠は瓶をいくつも買い、リリアンさんは薬の原料にするのかハーブを何種類か買っている。一方で私は……。
「師匠、このリボン可愛いです! 買ってください!」
「あんたには騎士団長から貰った報酬を半分やっただろ。自分で買え」
「え、こんな可愛い女の子にプレゼントを贈るチャンスなんですよ?」
「それがどうした」
「いいよいいよ、ルヒナちゃん。アタシが買ってあげるよ」
「わーい! ありがとうございます、リリアンさん」
私は周囲にハートマークを漂わせ、猫なで声でリリアンさんにお礼を言った。
「俺の弟子を甘やかさないでくれ……」
私はさっそく買ってもらったリボンを髪に結び、ポニーテールにしてみた。商品として置かれているお店の鏡で自分の姿を確認する。おお、ポニーテールの私も最高に可愛い。私が男だったら惚れているところだった。
「似合ってるじゃないか、ルヒナちゃん」
「おーい、買う物買ったんだから、もう行くぞー」
師匠に急かされ、私とリリアンさんは雑貨屋を後にした。
「この後はどうするんですか?」
「俺は宿に戻って調薬をしたいな」
「その前に飯を食いに行かないかい? ドリアードはほとんど食事をしないし、アレクは腹は減らないが、飯が食えないって訳じゃないだろ? アタシが奢るからさ、なあ?」
「いいですねえ、ご馳走になります」
「いいや、俺とルヒナの分は俺が払うよ」
そうしてこの街を知っているリリアンさんの案内で、私たちは定食屋へ向かった。聞くところによると、彼女はこの街を拠点に異術師としての仕事をしていて、もう長いらしい。
「そうだアレク、この街にいる間はできるだけルヒナちゃんの側にいなよ? 一応ね」
「それはどうしてだ?」
「前よりは良くなったとはいえ、この街はまだまだ治安が悪いからねえ。変な虫にたかられないようにしなってことよ」
「やだー、ししょー、わたしこわーい」
「ルヒナが虫を潰しちまわないよう、気にかけておくよ」
改めて街を見渡す。白亜の高級そうな建物、整然と並んだ街路樹、高そうな服を着こんだ通行人たち、幅の広い石畳の道を行き交う馬車。街の雰囲気は高級そうというか、小綺麗な感じだけど、よく見ると道端にはゴミが落ちていたり、大通りから一歩入った裏路地には浮浪者の掘立小屋が散見した。大きな街特有の治安の悪さが伺える。
「あんた、冒険者だね!? 冒険者だね!? 娘を、娘をよくも……! 返せ!! 娘を返せー!! あたしの大切な娘を、どこにやったー!!」
「おい、何だよこのババア!」
「頭おかしいんじゃねえか? おい、放せって! ズボンが千切れる!」
「すいません、すいません! ほら、ばあちゃん、落ち着いて……。家に帰ろう?」
道の反対側の歩道で、何やら騒ぎが起きていた。剣で武装した二人組の男に縋って喚いている老婆と、それを宥める若者……。どういう状況だろう?
「クソ、このババア! いい加減にしろよ!」
男の一人が剣を抜き、大きく振り上げた。それは流石にマズいでしょうに。
「気持ち悪いんだよ、この……! ……って、あれ?」
振り上げた剣は突然宙に現れた黒い手に掴まれ、止められた。その手の力はかなり強いようで、男がどんなに力んでも剣はビクとも動かない。
「すいません! 今すぐばあちゃんを引き剥がすんで、剣は仕舞ってください……!」
「いや、仕舞おうにも動かなくって……。何だ、これ?」
「おい、何やってんだよ相棒。動かないってどういうことだ?」
「娘ー!! 娘ー!! うああああああ!!」
どうやら彼らには、宙に浮く黒い手が見えてないようだ。あれは怪異か何かか。
ぐぐっ……。
横に居るリリアンさんを見ると、彼女は男たちに向けて手をかざし、宙を握っていた。ちょうど、目に見えない棒状の何かでも握っているかのように……。
「あの黒い手、リリアンさんが怪異か何かを利用して?」
「ああ、そうさ。アタシが剣を止めてるから、アンタらが騒ぎを止めに行ってくれ」
えー、めんどくさー。
「行くぞ、ルヒナ」
師匠は馬車が通らないのを確認してから道を渡り、私もそれに続く。
「まあまあ皆さん、落ち着いてくださいよ。ほら、剣を納めて」
師匠はそう言いながら男たちの仲裁に入り、いつの間にか手に持っていた赤い葉っぱを握って潰した。すると周囲に蜂蜜の香りが漂い、落ち着いた気分になった。もしかしてあれ、前の町で師匠が説明した気分を落ち着ける葉っぱかな。
「ん? あ、ああ……。誰かは知らんが、確かにあんたの言う通りだ。剣はやり過ぎだな……。すまん」
「って言うか後ろの子、可愛すぎだろ。めっちゃいい香りするし」
「娘、娘……。うわぁああああああん……」
「ほら、ばあちゃん、こっちこっち」
気分が落ち着き、皆その場を収めてくれた。その様子を見てリリアンさんは剣を掴んでいた黒い手を消した。そして男は剣を鞘に納め、老婆は若者によって引き離された。
「ったく、何だったんだよ……」
「もう人に迷惑かけんなよ!」
二人組の男は悪態をつきながら去っていき、老婆は道端で丸まって泣き出した。
「ありがとうございました。二人があの男たちを宥めてくれなかったら……」
「いえいえ、俺らは当然のことをしたまでですよ」
「お礼くださ「当然のことをしたまでですよ」
私の台詞に師匠が台詞を重ねて掻き消した。この程度でお礼は貰えないってことか。まあ、この程度で異術師がなめられるとかどうとかって話にはならないか。そもそも、異術師って名乗ってないし。
「それにしても……。人は老いると時々、奇行をすることがありますが、流石に今みたいなのは……。その……、重症ですね……」
と、老婆と若者を心配する師匠。
「……僕の祖母は奇行に加え、心も病んでましてね。冒険者を見るとああなるんですよ……」
どうやってこの老婆は、冒険者とそうでない人を見分けてるんだろう。さっきの二人組の男たち、服装は一般人とそんなに変わらなかったし。
「……祖母は娘を──僕の母を冒険者たちに殺されましてね。それはもう無残に……、身勝手な理由で……。本当、あれは人のする事とは思えませんでしたよ……」
若者は言葉の最後で、足元に座って泣きじゃくる祖母を見下ろした。
年を取って奇行に走り、そのうえ心の病を抱えている老婆……。一緒に暮らすのはさぞ大変なことだろう……。
それにしても、冒険者が犯罪かあ。冒険者って荒くれ者の集まりみたいなイメージあるし、そういうことも起こるのか。
「貴方の背負ってるの、薬箱ですか……? もしかして、薬売りとかですかね? こういう状態を治す薬でもあれば……」
若者は再び師匠に目を向けてそう言った。老人のこういう症状って、治す治せないってものなんだろうか。
「……」
「……」
師匠は首を振り、いつの間にかその横に来ていたリリアンさんも目を伏せた。心の病は異術師でも治せないのかもしれない。
◆視点変更◆
時は遡って数日前、青々とした草が風になびく原っぱに二人の若い男が立っていた。
「僕は、夢を見ているのか……?」
一人は金色の長い髪が特徴的な線の細い青年で、銀の刺繍が眩しい豪華な服を着ていた。
彼はここの領主であり、貴族としての身分は子爵だった。ちなみにこの国の貴族の身分は上から順に公爵、伯爵、子爵、騎士であり、騎士の中にも領地のある無しで階級が分かれている。
「夢から覚める薬でも処方しましょうか? 領主様」
領主の隣に佇む男は小柄で、黒に近い土色の短髪だった。彼は領主とは対照的にシンプルな服を着ていて、大きなカバンを背負っていた。そして職業は異術師だった。
「……もう一度、どうしてこうなったのかを説明してくれ。頭がこの現実を受け入れられそうにない……」
原っぱは領主の足元で途切れていて、その先は真っ黒な汚泥が地平線の彼方まで広がっていた。そこは泥暗雲という怪異によって滅びた、かつてのベルメグン公国だった。
「先日、ドリアード唯一の国家であるベルメグン公国を泥暗雲という怪異が襲いました。泥暗雲自体は難しい怪異ではないのですが、その量は凄まじく、一日の内にベルメグン公国を覆って全てを黒い汚泥に変えてしまったのです。木も土も石も人も……。ベルメグン公国の異術師は何をやっていたのか……。そもそもあの国は国交をほぼ絶っていて、異術師同士の交流も無く……」
異術師は淡々とそう語った。
「それで君たち異術師が、対処に当たってくれたと……。この国を……。いや、人間族の諸国家を守るために……」
「ええ、そうです。ドレミナント王国に押し寄せんとすせる泥暗雲を見た我ら異術師はこの国境線に集結し、水際でその浸食を抑えました」
「君たち異術師がいなかったらと思うと、背筋が凍るな……。やはりこの国は、異術の発展にもっと力を入れるべきだ。こんなのを見てしまったら、もう……」
一陣の風が吹き、領主の長髪がカーテンのようになびく。
「それで、エルフの国の方はどうなったんだ? あの国もベルメグン公国と国境を接していたが」
「情報が錯綜しており、確かなことは言えませんが、あの国は泥暗雲による被害を少なからず被ったようです。エルフの異術はまだまだ発展途上ですので」
「そうか……。さて、それじゃあこの持ち主のいない汚泥の土地をどうするか……。ドリアードは滅んでしまった訳だが……」
「それなのですが、どうやらドリアードに生き残りが居るという噂が」
「何?」
◆視点変更◆
「それで、アンタがドリアードの生き残りだってのかい?」
路上での騒動の後、私たちはとても食事会をする気分になんてなれなかったので、その足で宿に帰った。
そして何となく、リリアンさんの部屋に三人で集まった。その時、私はリリアンさんから身の上について尋ねられたのだ。そりゃあ、国から出ないことで有名なドリアードが一人でこんな所に居たら気になるよね。リリアンさんは、「別に無理に答えなくてもいいが」と気を遣ってくれたけど、別に隠すことでもないしなあ。
私は意見を求めて師匠を見た。その顔には「別に話してもいいんじゃないか?」と書かれていた。
そして私は彼女に、ベルメグン公国が怪異によって滅んだこと、その一件で私は死にかけたこと、私がドリアード唯一の生き残りかもしれないってことを話した。
「それは……、つらかったな……。ルヒナちゃ……」
話終えた後、リリアンさんは口を抑え、大粒の涙を流して泣いてしまった。どうして貴女がそんなに泣くの?
「わかるよ、アタシも魔人に故郷を焼かれた身だからね……。アタシだけが命からがら生き残って……。つらいよね、悲しいよね……」
リリアンさんは私のことを何もわかっていないようだ。彼女には悲しい過去があったみたいだけど、私はそこまで泣くほど悲しみは感じていない。もちろん多くの同族が死んで心は痛んだけど、それは結局多くの同族が死んだ以上の心の痛みにはならなかった。
命の価値は相対的なもの。私にとって一番大切な人は私自身だったのだ。私は、私が死んだらとても悲しい。
「うぅ……。ひっぐ……。アタシとルヒナちゃん、生い立ちが似てるよ……。アタシは故郷を焼かれ、その時の怪我で死にかけて……。それがきっかけで、怪異が見れるようになったんだ……。瀕死のアタシは偶然通りかかった異術師に拾われて……」
冷めた私の態度とは対照的に、リリアンさんは感傷に浸っていた。
もしかして、私がおかしいのかな。故郷を失ったら、普通はこんなに悲しむのかな。師匠だったらどうなんだろう。彼は実家には全然戻ってないみたいだけど、故郷を失ったらやっぱり悲しむのかな。
師匠を見ると複雑そうな顔をしていて、その表情から感情を読み取ることはできなかった。
ベルメグン公国滅亡の情報は、まだ全国には知れ渡っていません。




