23-幽鬼を倒そう
師匠救出後、ルヒナとリリアンは彼の秘密を聞いた。
半死半生のアレク──厄災によって魂を砕かれた後に人工の魂を入れられ、半分死んで半分生きたような状態になった男。
翌日、私と師匠はリリアンさんに呼び出され、彼女の部屋に集まった。
「アレクにルヒナちゃん、これから依頼主である騎士の所に行くよ」
「依頼主?」
「それ、何の話ですか?」
私と師匠が頭に疑問符を浮かべていると、リリアンさんは溜息混じりで説明をする。
「アタシにアレクの救出を依頼した騎士だよ。アレクを救出した証明として、元気そうなアンタを直接会わせに行かなきゃいけないんだ」
リリアンさんに依頼をした騎士──あの赤髪髭面の子爵のことか。彼は魔人の魔法で閉じ込められた師匠の身を案じ、街で異術師を探し、リリアンさんに師匠救出の依頼を出したのだ。
「そう言えばそんな流れでしたねえ。それじゃあ師匠、リリアンさん、いってらっしゃい。私は部屋で休んでいるので」
「いや、アンタも来てくれよ。アタシとアレクで事足りると思うが、一応な?」
こんこん。
そんな話をしていると、誰かが部屋のドアを叩いた。
リリアンさんがドアを開けると、そこには例の子爵が立っていた。ここは野営地ではなく街なので、彼は豪勢ではあるが落ち着いた服装だ。
「よう。リリアン……、だっけか? 依頼の報酬を持ってきた」
「き、騎士様!? わざわざ……。と言いますか、どうしてアタシの取ってる宿がわかったんですか!?」
「この街は俺の領地にあり、この街の目は全て俺の目、この街の耳は全て俺の耳だ。お前らの所在くらい、すぐにわかる。それで……」
子爵はあっけに取られているリリアンさんの肩越しに師匠を見た。
「しかとこの目で確かめた。確かに救出依頼は達成したみたいだな。と言うか、これだけ日にちが経ったのによく生きてたな……。リリアン、これが報酬だ」
依頼の達成を確認した子爵は、リリアンさんに報酬の入った小袋を手渡した。「ジャララ」という金属音から察するに、結構な量の硬貨が入っているようだ。
ずいっ。
子爵が一歩踏み出したので、リリアンさんは横に避けた。そして彼は師匠の前まで来て、懐から小袋を取り出した。
「これはお前らの分だ。まだ報酬を渡してなかっただろ?」
ジャララ……。
その金属音……。お金だ! こっちも結構な量が入ってる!
「ですが子爵、俺は路銀程度でいいと……」
あ? 何言ってるんですか師匠! まさかその大金の受け取りを断るつもりじゃないでしょうね!? ぶっ殺しますよ!?
「だが、何年分の路銀だとは言ってないだろ? ……ってのは冗談だ。これは恩だと思ってくれ。今回の一件でお前が有能だってわかったからな。これを受け取れば次何かあった時、頼み事をしやすいだろ?」
「……恩の押し売りですか。ですが、貴方が俺に用がある時、どうやって探すんです? 俺は一か所に留まってませんよ?」
「簡単に探し出せるさ」
子爵、戦闘能力もさることながら優れた諜報能力も持ってるのか。
師匠は失礼のないように断るにはどうすればいいか考えている様子だったけど、私が全力で子爵の味方をしたことによって結局報酬を受け取った。
「何と言うか、弟子からの言葉の援護射撃が……。まあ、受け取ってくれてよかったよ。それじゃあな」
子爵は踵を返し、スタスタと帰っていった。
「どうするかなあ、この金……」
「何言ってるんですか、あれだけ野営地で頑張ったんですから正当な価値の報酬ですよ。今日は豪遊しましょう、豪遊!」
そんな話をしていると、リリアンさんが「少しいいかい?」と言って話に入ってきた。
「報酬で思い出したよ。アレクに言いたいことがあったんだ」
「俺に? 報酬で?」
「アンタについての噂で、半ば無料で治療や人助けをするとかってのがあったんだよ」
「あ、それ本当ですよ。報酬は村に居る間の衣食住でいいとか言ったり、人助けをしてもお金を貰わなかったり」
「それ、やめてくれないかい?」
半ば無償で治療や人助けをするのをやめろ? もしかして、リリアンさんって私の味方?
「……理由を聞かせてくれるか?」
「食事も睡眠も不要なアンタは、生活費がかからない。だから金なんてそんなに必要ない。だから報酬はそんなに受け取らない。そんなふうに思ってるかもしれないが、それじゃあ異術師全体がなめられるんだよ。『異術師なら低賃金で働いてくれる』とかって思われちまう。普通の異術師は生活のため、人並みに金がかかるんだ。それに、家族を養わないといけない奴だっているだろう。アタシの言いたいこと、わかるよな?」
「……ああ、わかる。今まで気にしたことはなかったが、言われてみればその通りだな」
「別に、金がない奴を見捨てろなんて言ってるんじゃないんだ。ただ、金がある奴からはちゃんと報酬を貰っとけ。自分のためじゃなく、他の異術師のためにも……。な?」
「ああ、わかったよ……」
真剣な眼差しで真摯に訴えかけるリリアンさんに対し、師匠は伏し目がちで返事をした。
師匠一人が人助けの安請け合いをしたところで──ってことにはならないよね。師匠の一生は長い。長いことやっていけば、その影響は大きいものになる。
「それじゃあ、アンタらに大口の依頼だよ!」
リリアンさんはさっきとは打って変わって、快活な調子でそう言った。
「アタシは今、この街の商人ギルドから面倒な依頼をされててねえ。それを手伝ってほしいんだよ。報酬は、アタシが今さっき騎士から貰った金の半分だ。えーっと……」
リリアンさんは大金の詰まった小袋の中身を確認する。
「三、四、五……。六十万ロアあるから、アンタらの報酬は三十万ロアだ」
「三十万ロア!?」
私の黄金色の瞳がさらに爛々と輝いた。三十万ロアだなんて、私にとっては大金だ! 外食で豪遊して高級な化粧品を買って可愛い服を買いあさってもお釣りがくる! 老後のための貯金もできる!
「ルヒナ、目が金貨みたいになってるが、その報酬が貰えたとしても俺とあんたで折半だからな? あんたの取り分は十五万ロアだぞ?」
「それでも嬉しいですよ!」
「お、おう……。やる気があって何よりだ……。と言うか、依頼を受ける前提で話が進んでいるが……。リリアン、その依頼の内容ってのは何なんだ? 一応、それを聞いてから決めたい」
「アタシが依頼されたのは、地下水路に出没する『幽鬼』の討伐だ」
ユウキ?
「それは怪異ですか?」
「幽鬼ってのは死者の恨み、つらみ、妬み、嫉み、苦しみ、怒り、悲しみ、その他もろもろの負の感情が集まって発生する怪異だと言われてる。怪異としては青白い湯気みたいな見た目で、強力になるほど人の形に近付いていく。そして幽鬼は手頃な死体に憑りついて操り、目に付いた生物を殺して回るんだよ。幽鬼に意思があるって訳じゃなく、死体にこびりついた精神の殺傷衝動を刺激してるって言われてるねえ。強さはピンキリで、操った死体の身体能力に依存してる。……とまあ、こんな感じだよ」
「ちなみに操った死体は一般人にも見えるから、幽鬼は魔物としても数えられてるな。魔人族が創造したんじゃないから厳密には魔物じゃないんだが、人に害を及ぼすって点で同類とされてる」
リリアンさんの説明を師匠が補足してくれた。よし、異術師としてまた少し賢くなったぞ。
「この街は古い歴史があって、地下には大昔の水路が張り巡らされてるんだよ。そこに浮浪者が住みついて、地上の街の治安を脅かしたりして問題になってた。そんな地下水路に幽鬼が出現したんだ。まあ、無法地帯みたいな場所だから殺す殺されるが日常化してたんだろうねえ。負の感情の吹き溜まりができても不思議じゃあない。その幽鬼が浮浪者や冒険者を殺して回ってたんだ。しかもそいつはべらぼうに強くて、冒険者が討伐に向かっても生きて帰って来なかった。それで、幽鬼は厳密には怪異だからって、アタシに依頼が来たって訳さ」
「それは問題だな……」
「え、何が問題なんですか?」
師匠は険しい顔をしているけど、私には何が問題なのかわからなかった。
「浮浪者が居なくなるのはいいことじゃないですか。ただ地下に暮らしてるだけならまだしも、街の治安を脅かしてたそうですし」
「いや、命の価値は相対的とかって話はしたが……。街の治安をか……。治安の悪化がどの程度かにもよるが、難しい話だな……」
と、さらに険しい顔になって考え込む師匠。
「いや、今は地下を歩き回ってるからいいが、その幽鬼が地上に出てきたら大問題じゃないか」
あ、確かにそれはそうか。
「で、アタシの依頼を手伝ってくれるかい? 弟子はやる気みたいだが」
「師匠が請け負わなくても、私一人でリリアンさんに協力します」
「……わかった、俺も手伝おう」
「ナイス、師匠! そうこなくっちゃ!」
かくして、私と師匠は幽鬼討伐に協力することになった。
「ところでリリアン、今まで言うタイミングがなかったんだが……」
「ん? 何だい?」
「あんた、弟子を取ってみる気はないか? 怪異は見えないが、熱意はある奴なんだが」
「顔が良ければ考えてみるよ」
「じゃあ無理か……」
一瞬、何の話かと思ったけど、以前行った廃城の村での一件か。師匠はあの時、異術師に憧れる少年に、弟子を取りたがってる異術師がいたら紹介してやるって言ってたな。まだ覚えてたんだ。
今更ですが、お金の単位はロアです。




