表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣と魔法と怪異譚  作者: 岩クラゲ
第二部、浮浪者と冒険者編
22/61

22-師匠の秘密と人工魂

師匠が黒い球に閉じ込められて二十日が経過していた。

生存は絶望的だった。

そこに、異術師であるリリアンが現れ、黒い球を解除する。

すると、師匠はまだ生きていた。

 師匠救出後、私たち三人は撤退する部隊と共に近くの街まで移動した。そこは城塞に囲まれた大きな街で門では検問が行われており、師匠とリリアンさんは例の異術師の証しを兵士に見せていた。私は身分を証明する物を何も持っていなかったけど、師匠が身元保証人になってくれた。

 そして一同はリリアンさんが取っている宿の一室へ向かう。その道中、師匠がこんなことを言い出した。


「あんな閉所で二十日間も過ごすのは流石にきつかった……。異術師の証しを擦って光源にしてたが、あれが無かったら完全に闇で……」

「黒球の中にいる時、外の音は聞こえてませんでした?」

「聞こえなかったな。あ、いや、僅かにガンガンと壁面を叩く音は聞こえた」


 それはおそらく、子爵がハンマーで黒球を叩いていた時の音だ。黒球に施された物理対策を貫通して聞こえてたんだ……。


「とにかく、精神面での疲労を取りたい」


 二十日間飲まず食わずで監禁されてて、精神的に疲れただけで済むって……。やっぱり師匠は何かがおかしい。


「それに俺は代謝がほとんど無いとは言え、二十日間も体を拭かずにいるとな……。リリアン、宿に着いたらまず風呂に入っていいか?」

「ああ、いいよ。宿屋の者にデカいタライとお湯を用意させる」

「リリアンさん、その必要はありませんよ」



 ◆



「簡易魔法、障壁・五枚。簡易魔法、水球。簡易魔法、着火」


 リリアンさんが宿泊している宿の部屋は割と広く、大きなベッドにテーブルを囲うソファまであった。そして窓辺には観葉植物まで置いてある。

 私は一息ついた後、床の上に障壁の魔法で上面を除いた立方体を形成した。そこに水球の魔法で水を入れ、着火の魔法の火で水面を炙る。


 ほかほか……。


 白い湯気が昇っている。よし、障壁を湯船にしたお風呂の完成だ。


「へえ、器用なことができるんだねえ。ほら、これはアタシからのサービスだよ」


 いつの間にか私の隣に立っていたリリアンさんが、湯船に黄色い粉を一つまみ入れた。粉はサラサラと溶け、周囲にほのかな花の香りが漂った。


「疲労回復、血行促進、美肌効果もある粉だよ」

「いい物を持ってますねえ」


 私もそれ、欲しい。


「師匠、お風呂湧きましたよー。私たちは廊下に出てますねー」

「おう、ありがとう」

「障壁の淵、尖ってるんで気を付けてくださいね」


 私とリリアンさんは廊下に出て、部屋側の壁を背に並んで寄りかかった。


「ちゃんとした場所で話したいと言うから宿まで来たのに、今度はお風呂ですか。まったく、師匠は……」

「まあまあ。アレクは二十日間も監禁状態だったんだよ。一息つかせてやろう」

「ところで、リリアンさんは師匠のことを知ってるみたいでしたね。旧知の仲なんですか?」

「いいや。直接会ったことはないが、噂は知ってたよ。呪われたような白髪に、闇のように黒い瞳──半死半生のアレクってのは、異術師の間じゃそこそこ知られてる」


 半死半生……。どういう意味だろう。


「師匠って、そんな噂になるほど凄い人なんですか?」

「凄いというよりも、長いって感じかな」

「長い?」

「あの男はもう長いこと異術師をしてるらしいんだよ。だから方々で話が残ってる。やれ、村を救っただとか、やれ、領主の奇病を治療しただとか、いろいろとねえ。アタシが聞いた話だと、八十年前にはもう異術師として人助けをしてたとか」

「八十年前……。師匠って何歳なんでしょう……」


 師匠は白髪だけど、少なくとも八十歳以上には見えない。


「本当、何歳なんだろうねえ。噂によると、年を取らないだとか、食事も睡眠もしないだとか言われてるよ。アタシは噂程度にしか信じてなかったが、まあ、食事をしないってのは本当かもねえ。今回、アイツは二十日間も飲まず食わずで生きてた訳だし」


 確かに師匠が食事や睡眠を取ってるところ見たことないかも……。私が見てない所で飲み食いし、仮眠を取ってるくらいにしか思ってなかったけど、今考えたらそんなことする理由も無いし……。


「あと、アレクは絶対に弟子を取らないって話も有名だったよ。独り立ちした異術師は大体、弟子を取る。弟子は知り合いの異術師から紹介されたり、方々を回っている時に怪異が見えるようになっちまった奴を拾ったりと、いろいろだね。弟子を取らないと周りから、『弟子を取れ、弟子を取れ』ってうるさく言われるしねえ。お見合いを勧める親族みたいに。それでもアレクの場合、頑なに弟子を取らなかったらしい」

「確かに師匠、前の村でそんな話をしてたような……。自分は弟子は取らない主義だとかどうとか」

「なのに、アンタはあのアレクの弟子だと言うじゃないか。もしかして、顔採用かい?」

「あー、どうですかねえ……」


 そう言えば軽いノリで師匠の弟子になったけど、採用理由は何だったんだろ。ちゃんと聞いてないや。


「おーい、入っていいぞー」


 ドア越しに師匠が声をかけてきた。

 私とリリアンさんが部屋に入ると、師匠はソファに座ってくつろいでいた。ちなみに師匠の服装は入浴前と変わっている。流石に二十日間も着ていた服から別の服に着替えたか。

 そして窓は開け放たれ、湯気で湿気た空気を外に追い出していた。


「……って、あれ? 師匠、障壁の湯船のお湯はどうしたんですか?」


 見ると、湯船のお湯がすっかり無くなっていた。よく見ると、タオルで拭き取られたように壁面には水滴すら残っていない。


「飲んだんですか?」

「んな訳ねえだろ! 葉っぱにして窓の外に捨てたんだ。この街の裏路地とか結構汚かったし、落ち葉が一枚増えたところで誰も気にしないだろ」


 お湯を葉っぱに……? また怪異由来の薬か何かを使ったのかな? まあ、今更師匠が何をやっても驚かないけども。

 私は用を済まして残った五枚の障壁を解除した。


「さて、そろそろ話してもらいますよ。師匠の秘密」

「外では話せない、ここでは話せないって言って、散々渋ってたねえ。アタシも、半死半生のアレクの噂の真相は気になってたんだよ」


 私は師匠の左斜向かい、リリアンさんは右斜向かいのソファに座り、師匠に詰問した。


「別に渋ってた訳じゃないが……。それに秘密とは言っても、弟子であるルヒナにはいつか話そうと思ってたことだ。ただ、どこから話したものか……」

「この際なんで、丸々話してください」

「そうだな……。あれは百何十年前か……、俺はこのドレミナント王国の片田舎で生まれた」

「は!? 百何十年も前!? そんな昔から……」

「え? たった百何十年前? 年取らないとか聞いてたんで、もっと昔かと……」


 短命な人間族と長命なドリアードの差か、リリアンさんと私は真逆の反応を示した。


「家は農奴だったが、富国政策のおかげでそれなりに金はあった」


 農奴ってのは、その土地に縛られた農民のことだっけ。居住地の自由が制限されてて、他所に逃げて見つかったら処罰されるとか。採集民族であるドリアードに農民はいなかったから、馴染みのない言葉だ。

 ……って、富国政策? 文脈からして、国民の生活が良くなるような政策でも取られてたのかな。くそう、羨ましい!


「家庭教師から読み書きを習い、十歳の頃には文字には不自由しなくなってたな。それで十代中ごろ、俺は病気になって死の際にあった」

「それはまた急に……。何の病気ですか?」

「さあな、病名は聞かず終いだった。ただ、生きるか死ぬかの危険な病気だった」


 病気で死の際に……。まさか……。


「臨死体験をした者は、稀に怪異が見れるようになる……。もしかして、師匠はその時に?」

「ああ、そうだ。意識を失って病床に伏している時、死の際で地の底に広がる星空を見たんだ。両親は大金を叩き、教会で俺を治療させた。神父の治癒魔法やら薬やらのおかげで、俺は一命を取り留めることができたよ」

「よかったですね」

「だが、その後がマズかった。教会の治療室で目を覚ました俺は、両親と神父の前で死の際で見たものを話しちまったんだ」

「地の底に広がる星空をですか? どうしてそれがマズかったんですか?」

「ああ、そりゃあ確かにマズいねえ……」


 リリアンさんまで神妙な顔つきになり、そんなことを呟いた。この国では、地の底に広がる星空について言及するのが悪いことだという共通認識でもあるのかな?


「前にも話さなかったか? この国ではエレナ教ってのを国教にしててな。その教えによると、死後に魂は天に昇るとされてるんだ。魂が地の底に沈み、そこに星空が広がってるなんて話はエレナ教の教えに反している」


 あ、そう言えば前の町で、そんな話を聞いたかも。今思い出した。


「俺の家は割と信心深いとこあったから、特になあ……。それから俺は親にも教会にも疎まれるようになった。教会に疎まれるってことは、その村全体から疎まれるようなもんだ。居心地が悪かったなあ。その上、怪異まで見れるようになっちまった。当時の俺は怪異なんて存在を知らなくてな。他人には見えないものが見えるようになって、俺は頭がおかしくなったんじゃないかと思ったよ。幸い、そうなったのが分別の付く年頃だったから、見えないものが見えると周囲に吹聴して気味悪がられるなんてことにはならなかったが」


 師匠も師匠で、大変な思いをしてたんだなあ。


「そんな時、たまたま異術師が村に来たんだ。その人は俺の噂を聞いて、俺の元に来た。そして、怪異や地の底に広がる星空について話してくれた。とりあえず、自分と同じく見えないものが見える人に出会えて安心したのを覚えてる。そしてその異術師は、俺を弟子にしたいと言ってきた。家や村での居心地の悪さを感じてた俺は、その提案を承諾したよ。家は農奴だったが、その異術師──師匠が領主にかけあってくれたんだ。異術師はまだまだ権力が無かったとは言っても、農奴のガキ一人くらい、どうこうできる。それから十五年くらいは師匠と共に各地を回り、異術を学んだ。そして俺が独り立ちして方々を旅するようになった後、師匠は内勤になり、ある研究に専念したんだ」

「たった十五年で一人前になるって、早いですね」

「いいや、十五年『も』だ。俺は覚えが悪かったからな。独り立ちするのに、平均よりも時間がかかった方だ」


 人間族の感覚からしたら、十五年はそんなに長いんだ。


「ちなみにリリアンさんは、一人前の異術師になるのに何年くらいかかったんですか?」

「アタシは八年くらいだったかねえ。平均より早い方だったよ。まあ、物覚えがいい時期に弟子入りしたってのもあった」


 そう言えばリリアンさんって、何歳くらいなんだろう。見た目の年齢は師匠よりは若そうだし、私よりも年上そうだ。


「俺が独り立ちしてから数年後、この国を怪異の厄災が襲った。『破滅の厄災』って、リリアンは聞いたことないか?」

「アタシが生まれるよりもだいぶ昔の出来事だが、知ってるよ……。と言うか、異術師なら誰だって一度は耳にしたことがあるだろ、破滅の厄災……。人間諸国が丸々滅びるかもしれないって危機だったとか」


 ドリアードが国交をやめて国に引き籠っている間に、隣国ではそんな出来事が……。こっわ。


「破滅の厄災を食い止めるため、国中の異術師が集結して対処に当たった。その時、俺と師匠も再開したんだ。そして異術師たちはその最恐最悪の怪異を前に考え得る手を尽くしたんだが、状況は好転せず……」


 ごくり……。


「そんな中、俺は捨て身で特攻し、この身を犠牲にして厄災の怪異を封じ込めたんだ」

「破滅の厄災は一人の異術師の犠牲で解決したとは聞いていたが、アンタだったのかい。こりゃあ、驚いたねえ……」


 驚愕するリリアンさんとは対照的に、私はキョトンと小首を傾げた。


「え、そんなあっさり? 国が滅びるレベルの怪異が、人一人の犠牲でどうにかなるものなんですか?」

「人一人犠牲にすれば、何とかなることまではわかっていたんだ。だが、どう犠牲になるかは未知だった。死ぬのは確定してたんだが、どんなふうに死ぬのかわからなかったんだ。臓物をぶちまけて死ぬのか、足先から徐々にすり潰されて死ぬのか……。最悪を引いちまった場合、どんな苦しみが待っていることやら……。こんなことを言うと当時の異術師たちが尻込みしてるみたいに聞こえるかもしれないが、まあ、いろいろあってな。昔の異術師は今以上に肩身が狭かった。自分たちを虐げる人々のために犠牲になる価値あるのかって思うのも当然だろ?」


 その気持ち、少しわかるかもしれない。私もベルメグン公国では虐げられる側だったからなあ……。こんな世界、滅んでしまえとも思っていた。そんな私が当時の異術師と同じ状況に置かれたら、きっと……。


「師匠は──アレク師匠はよく、自分の身を犠牲にできましたね……」

「俺の師匠にいいとこ見せたいと思ってたのかもな。それで、俺は死んだ。運良く、あっさりとな」

「だが、アンタは今こうして生きてるじゃないか」


 あ、そうだ。リリアンさんの言う通りだ。怪異に特攻して死んだはずなのに、どうして師匠はこうして生きてるんだろう。


「俺は魂を砕かれて死んだんだ。肉体的な死でも、精神的な死でもなく、魂の死だ。しかし幸運なことに、俺の師匠は人工魂の研究をしてたんだ」

「人工魂? 初めて聞く単語ですね。リリアンさんは知ってますか?」


 そう言って私は正面に座るリリアンさんに目くばせする。


「その名の通り、人工的に魂を作る研究だとか……。だが何年も新たな成果を上げられずに、とうの昔に研究は中止されたとか。アタシはそれくらいしか知らないねえ」

「俺の師匠はモヌケになった俺の体に、人工魂を入れてくれたんだ。そうして、俺は生き返った。師匠には感謝しても感謝しきれないよ」


 師匠は自分の胸に手を置いて、感慨深そうにそう言った。だから師匠は、今こうして……。


「しかし、生き返りは不完全だった。俺は半分生きて、半分死んだような状態になったんだ。半死半生──生きるために必要な三大欲求、食欲、睡眠欲、性欲が無くなり、それらをする必要もなくなった。そして代謝が極端に低くなり、年も取らなくなった」


 だから何十年も前から異術師をしてるって噂が残ってたり、飲まず食わずでも平気だったり……。しかも不老って……。


「師匠、その体便利そうですね。とか言ったら、怒ります?」

「おい、ルヒナちゃん」


 リリアンさんが私の発言を咎めた。……確かに、今のはデリカシーが無い発言だったかも。


「別に、そうでもない。ただ、悲しいことはあったな。俺より五つ年下の師匠を看取っちまったんだ。彼女は俺よりも後に死ぬものだと思ってたのに……」

「……」

「……」


 てっきり師匠の師匠は年上の男性だと思っていたけど、年下の女性だったのか……。だけど、たった五歳差でどちらが先に死ぬかどうとかって……。いや、たかが五年と言っても人間族にとっての五年だ。その差は大きい。それに、女性の方が男性よりも長生きするとか言うし。


「……とまあ、俺の体にはそんな秘密が隠されてましたとさ。他に何か聞きたいことは?」

「なあ……、今の話、やっぱ人には言わない方がいいよね? もちろん、最初から人に吹聴してやろうって気はないけどさ」

「別に絶対に秘密にしろとは言わないが、必要が無ければ黙っててほしい。ルヒナも、不要なら人に話すなよ?」

「はい」


 不老、弟子を取らない……。師匠はもしかして……。


「私からも質問、いいですか? 師匠が弟子を取らなかったのって、もしかして半死半生なことと関係があるんですか?」

「弟子を取らないことで有名なアンタが、どうしてこの子を弟子にしたのかはアタシも気になってたよ。どうして急に弟子を取る気になったんだい?」

「それに関してはだなあ……」


 師匠は私の方を見て、一呼吸おいてから話し始めた。


「弟子を取る気になったというよりも、今まで弟子を取らなかった理由の方が大きいな。俺は不老だから、弟子を取っても絶対に先立たれちまう。それに、俺は師匠を看取ったことをまだ引きずっててな……。嫌なんだよ、親しい人が目の前で死ぬのは」

「それでアンタは、ずっと弟子を取らずに……。生きる時間の差か……」


 リリアンさんが神妙な顔で師匠を見つめている。

 そう言えばリリアンさんは独り立ちした異術師みたいだけど、弟子はいるのかな。


「ルヒナを弟子に取ったのは哀れみとか、助けた後に右も左もわからない国に一人で放っぽり出すことはできないとか、そういう感情もあったが、それ以上にドリアードだったからだ。長命種なら、早々に死に目を見ることはないからな」

「ルヒナちゃんとも、いろいろあったみたいだね……」


 確かに私は人間族なんて比にならないほど長命だけど、不老の師匠とどっちが長生きするんだろう。師匠って文字通り、本当の不老なのかな。


「それに弟子にしてみてからわかったんだが、こいつは生意気でなあ。親しくなるもクソもない。ある意味、気楽に付き合える」

「私ほど師匠をしたっている人はいませんよ。師匠サイコー、師匠サイコー」

「あんた、俺が黒球の中に閉じ込められてる時、俺自身の心配よりも俺が死んだことで不安定になる自分の生活の方を心配してただろ」

「え、師匠って心を読めるんですか? それとも、怪異由来の心を読む薬でも飲みました?」

「ぷっ……。ふふ……」


 私と師匠のやり取りを見ていたリリアンさんが口を抑えて笑っていた。その顔には、「アンタら、ある意味お似合いだよ」と書かれていた。


「ふふふ。師匠はそんなことを言ってますが、私は覚えていますよ? 廃城の村で私が尖塔から落ちた時、師匠は身を投げ出して私を守ろうとしたことを」

「ひゅーっ。アンタ、そんなかっこいいことしたのかい。男だねえ」


 リリアンさんの口笛は壊滅的に下手だった。


「それって、私が大切な人だからですかあ?」


 私は両手を太ももの間に置き、両腕で胸を挟み込み、上体をくねらせ、上目遣いで師匠を見つめた。可愛さと妖艶さを交えた最高のポーズをくらえ!


「あの時は体が勝手に動いたんだ。仕方ねえだろ」

「……」


 師匠を動揺させてからかってやろうと思っていたけど、予想外の返答に虚を突かれてしまった。どう反応していいかわからず、体が固まる。

 私と師匠はお互いに目を合わせたまま、無言の時間が過ぎる。アンニュイな師匠の顔が、今は妙に近い気がした。


「なんだい、この空気……。えー……、おほんっ」


 リリアンさんの咳払いで、止まっていた時間が動き出す。


「次の質問、いいかい? アンタは異術師の弟子になって村を出たそうだが、それから実家とは?」

「それまで育ててもらった分と、大金叩いて治療してもらった分の恩はあるからな。家二つ買えるくらいの仕送りをして、それっきりだ」


 ん!? 私は聞き逃さなかった! 家二つ買えるくらいの仕送り!?

 おそらく、異術師として稼いだお金だろう。今の師匠は半ば無償で治療や人助けをしてるけど、やっぱり異術師ってその気になればめちゃくちゃ稼げるんだ! めちゃくちゃ稼げるんだ!


「病気で倒れる以前から家には不満があってなあ。いつかは家を出ようとは思ってた。たまには里帰りすべきなんだったんだろうけど、どうしてもなあ……。家は妹が継いだみたいだが、今はどうなってるかわからん」

「ま、家庭の事情は人それぞれさね。……あ、これも気になったんだが、アンタのその呪われたように真っ白な髪は不老になった影響かい? 年は取らなくても髪は白髪になったみたいな」


 あ、それ、私も気になってた。


「これに関しては不老と言うよりも人工魂の影響だな。俺は元々、濃い茶髪に茶色の瞳だったんだが、人工魂を体に入れた後、両方とも真っ黒になっちまったんだ。黒髪は俺のセンスに合わないから、反対色の白に髪色を変えてる」


 え、そんな理由?


「あ、師匠師匠。これも気になってたんですけど──」


 そんなこんなで、私とリリアンさんはこの機会にと、師匠のことを根掘り葉掘り聞いた。ちなみに師匠は甘いものは好きじゃないらしい。それと牛肉や豚肉よりも鶏肉が好きらしい。

 そして日が傾いた頃に質問会はお開きになり、私と師匠はリリアンさんと同じ宿でそれぞれ部屋を取った。



 ◆



 その日の夜、そろそろ寝ようかと思っていたら師匠が部屋に来た。


「どうしたんですか、師匠? 夜這いだったら八つ裂きにしますよ?」

「弟子であるあんたには、もう少し俺のことを話しておこうと思ってな」


 そう言って師匠はソファに腰を下ろし、私はベッドに横になった。


「……いやあんた、それが人の話を聞く姿勢かよ。片肘ついて横になりやがって……」

「ここは私の部屋で、私は今寝るところでした」


 師匠は、「いや、だから?」とでも言いたそうな顔をしていたけど、その台詞は口からは出てこなかった。


「……話したかったのは俺が半死半生になった後のことだ。人工魂を入れられた唯一の成功例だった俺は数年間、被験体として師匠の実験に協力してた。ただ、俺の成功例を最後に人工魂の研究は新たな成果を上げられなかった。そして、上は研究資金を打ち切ったんだ」

「最後の成功例? あ、そう言えば人工魂ってのを体に入れられて半死半生になった人って、師匠だけなんですか? 上手くやれば、『不老』を売って大儲けできそうですが」


 不老は長命種であるドリアードからしても魅力的なものだ。私だって一生この美しさであり続けたいし。


「俺だけが唯一の成功例だな。と言うのも、魂を入れ替えるには既存の魂を破壊しなきゃならない。しかし、ピンポイントで魂だけ破壊するだなんてのは人為的には不可能なんだ。厄災の怪異に特攻して、魂を砕かれるなんて死因を引き当てる以外に方法は無い。それに、魂を肉体から引き剥がすには肉体を死ぬまで破壊する必要がある。そして、一度破壊された体には人工魂は入らない。肉体を生前同様に修復しても無理だったし、老衰した直後の死体でも無理だった。『健全な魂は健全な肉体と精神に宿る』みたいな話なんだろうな。……あ、さっき『肉体を破壊して修復した』とか言ったが、それは刑を執行された直後の死刑囚の死体を使ったんだからな。人道に反した実験はしてないと、一応言っておく」


 うん。師匠とその師匠が実験のために人を殺したなんて、最初から思ってなかった。


「……それで、研究が中止された後はどうしてたんですか?」

「俺の師匠は自費で研究を続けてたよ。そんなに人工魂の研究にこだわる理由は、結局教えてもらえなかった。人工魂は究極的には、死者の蘇生も可能かもしれないって代物だったから、彼女には生き返らせたい人でもいたのかもしれないな。それで俺は方々を回り、異術師として働いて研究資金を稼いだよ。……当時の俺は正直言って、クソだった。あんたみたいな感じだった」

「クソと私を並べないでください」

「高額の治療費をむしり取り、金の無い奴は見捨ててた」

「クソですね」

「ああ、クソだよな……」


 師匠の顔に自己嫌悪の色が見えた。忘れようにも忘れられない、嫌な過去みたいだ。


「俺は師匠の研究を成功させたかったんだ。だが、大金を見て察した師匠は受け取る額に上限を設けた。最初に大金を渡した時の師匠の顔は今でも……。ま、そんなこんなで資金調達と研究の日々が五十年くらい続いた訳だ。だが結局、人工魂の研究に進展は無かった。そうして師匠は老衰し、俺が看取った……。彼女の遺言はこうだった。『人工魂の研究は閉じた分野だった。だから君は絶対に手を出すな。それよりも、私が研究にかまけて異術師としての仕事をしてなかった分、君は人助けを頑張ってくれ』」

「……」


 五十年も研究して進展が無いなら、人工魂の研究は本当に閉じているんだろうな。それでも、その遺言が無かったら師匠は人工魂の研究を引き継いでいたかもしれない。師匠の師匠の意志を継ぐために。そして、師匠の師匠を生き返らせるために。永遠に……。


「あんたは俺が半ば無償で治療や人助けをすることに不満を持ってるだろうが、まあ、そういう理由もあるんだ。……あんた、異術師になって大儲けしたいとか考えてるだろ?」

「……師匠はその考えを否定しますか?」


 ベッドに横になってくつろいでいた私は座り直し、強い視線で師匠を見据えた。この考えは曲げないぞという意志を、目で示した。


「別に、否定はしないさ。あんたが一人前の異術師になった後は、金がある奴だけでも救ってやれ」


 あ、それでいいんだ。てっきり、困っている人はすべからく救ってやれとか言われると思った。


 ぎし……。


 話が一区切りついたところで、師匠はソファに深く座り直して天井を見上げた。


「人助けを頑張る……。とは言え、今回のはよくなかったなあ」

「今回の?」

「野営地で負傷兵を助けたことだよ。もしもあそこが魔人じゃなくて隣国と戦ってたとしたら、俺が兵士の怪我を治したことで敵国の兵士が……」

「え、何を言ってるんですか?」


 自分が治療して元気になった兵士が敵国の兵士を殺したらどうとか言いたいんだろうけど、馬鹿げた話だ。


「師匠は敵まで救う気ですか?」


 その言葉を聞いて、師匠は一瞬だけ驚いた顔を見せた。


「いや、敵って言ったって同じ人間族だぞ? 隣国のエルフとかかもしれないけど」

「その敵が自国の人々を殺すかもしれないんですよ?」

「!」


 師匠の背景に電撃走る。


「命は等価値とかって話なんでしょうけど、違いますよ。命の価値は相対的なものです。自分にとって親しい人は大切ですし、自分に害なす者や不利益しかもたらさない者は無価値かそれ以下です。エルフとかは生きてる価値ありません」

「それは……、その通りかもな。あと、あんたはエルフ嫌いすぎな」

「自国の人と他国の人。優先すべきはどちらかなんて、明確じゃないですか。まあ、愛国心が無かった私が言うのもあれですけど」

「……そこまで考えたことはなかったな。なあ、それじゃあ──」


 その後も話し合いは続き、眠くなってきたところでお開きになった。師匠は「有意義な話し合いだったよ」と満足そうに言って、部屋を出て行った。

命の価値は相対的。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ