21-師匠の二つ名
魔人たちは拠点を潰されて散り散りになり、強襲作戦に移行していた。
何度目かの強襲の際、師匠は魔人の魔法によって黒い球体に閉じ込められてしまう。
翌朝、私は師匠救出のために奮闘した。
「簡易魔法、着火! 簡易魔法、水球! 簡易魔法、冷気! 簡易魔法、送風! 簡易魔法、石礫!」
ありったけの魔法を叩き込んでみたけど、黒球はビクともしなかった。
魔人が死んでも解除されない魔法……。あいつは死の間際に、師匠を道連れに……。
師匠なら怪異由来の訳のわからない薬か何かで黒球の魔法を突破できたかもしれないけど、肝心の薬箱は宙に浮いた時に落としてしまっていた。
「弟子、朝からずっと魔法を放っているだろう。もう休め。兵士の中には魔法使いも居る。この黒球の魔法が解けないか見させておく」
子爵がそう声をかけてくれた。
「師匠がこうなってしまって、不安なのはわかる。だが、今は休んでおけ」
不安かあ。でも子爵が思っている不安とは少し違うかも。今の私の心にあるのは師匠自身の安否の心配というよりも、師匠が死んだら右も左もわからないこの国でどう生きていけばいいのかという不安だ。
あーあ。どこかの大金持ちが私を一生養ってくれればいいけど、そんなことは起こらないしなあ。
◆
そんなこんなで、二十日が経った。
この辺を脅かしていた魔人は掃討され、軍は近くの街へ引いていった。
野営地は片付けられ、これから最後の部隊が撤収作業を終えるところだ。街へ行くならこれが最後のチャンスかあ。師匠はもう、中で死んでるだろうしなあ。
師匠の薬箱を脇に置き、黒球の前でそんなことを考えていた。
「お、その緑の髪……。アンタが例の異術師の弟子だね?」
後ろから声をかけられ振り返ってみると、そこには背が高くて横にも太い女性が立っていた。彼女は赤髪のウェーブヘアで、雰囲気から男勝りな印象を受ける。そして背には大きなナップザックを背負っていた。
「貴女は?」
「アタシはリリアン。アンタの師匠と同じ、異術師だよ。街でとある騎士に依頼されて、ここまで来たのさ」
「とある騎士? 依頼? もしかしてその人、赤髪の?」
「ああ。赤髪で壮年の男だったねえ」
きっとあの子爵だ。先に町に戻っていたし。
「『戦を手伝ってくれた異術師が敵の魔法で黒球に閉じ込められた。自軍の魔法使いではその魔法を解けなかった。異術師なら何とかなるんじゃないか』ってんで、街で異術師を探してたんだよ。そんで、アタシに白羽の矢が立ったって訳。けど、ここに来る途中、魔物と遭遇して足止めをくらっちまってねえ。到着が遅れちまったのさ。この黒球の中じゃあもう……。せめて、骸だけでも回収しとこう」
そう言って異術師はナップザックから薬やら道具やらを取り出し始めた。
「この黒球の魔法、解除できるんですか?」
「それを今から調べるのさ」
彼女は黒球の表面に黄色い布を張ったり、筆で薬を塗ったりした。
何をしてるのかはわからないけど、それで何かがわかるらしい。
「騎士から話は聞いてたんだが、アンタ、本当にドリアードかい?」
リリアンさんは作業の手を止めず、手元から目を離さないまま話しかけてきた。
「はい、そうです。ドリアードのルヒナです。見ての通り、最高に可愛いです」
「昔話で聞いてた通りの美人さんだねえ、ドリアードは。こんなに可愛い弟子を取ってたなんて、その師匠はさぞ幸せだったろうねえ」
「そうですかねえ」
それにしてもこの人、ベルメグン公国が滅んだことに言及しないな。察して私に気を遣っているのかもしれないけど、話しぶりからしてそんな感じはしない。
ベルメグン公国が怪異に襲われた時、動ける異術師が対処に当たったと師匠は言っていた。でもこの人は、あの事件自体を知らないみたいだ。
「お、この黒い球がどういう魔法かわかってきたよ……。魔法対策と物理対策がバッチリ施されてるねえ。こりゃ魔法使いでも戦士でも、どうにもならない訳だ」
「私の魔法でも、子爵がハンマーでガンガンやってもビクともしませんでしたからねえ、その球。リリアンさんなら、それを何とかできるんですか?」
「かなり硬い魔法だが、永遠に持つ訳じゃない。見たところ、持ってあと半年って感じだよ。だが、中に閉じ込めた者を餓死させるには充分だ。それで魔法も物理も通じないなら、経年劣化させればいい。簡易魔法、水球」
リリアンさんは左の手の平に拳大の水球を生成し、そこに各種薬品を混ぜ込んだ。そうして黄色に変色した水の球を黒球にかけると、黒球はお湯を注がれた氷のようにトロトロと溶解し、消え去った。
「よう」
そこには何事もなかったかのように佇んでいる師匠が居た。二十日間も飲まず食わずだったのに、生きてる……。
「閉じ込められてた異術師って、アンタだったのかい……。その白髪、半死半生のアレクだね?」
どうやらリリアンさんは師匠のことを知っているようだった。で、何? 半死半生って。
異術師リリアン。
豪放磊落、快活、男勝りな性格です。




