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アニエス嬢はご苦労されてます  作者: ちゃ畜
呪われた美少女と義姉の奇行
99/227

99、寄宿学校の新たな姫と王宮の手違い


「俺は、ああいうキスも……それ以上のことも、アニエス以外とするつもりはない。姉弟として、親友として大切に思ってくれるのは嬉しい。でも……それだけじゃもう苦しいんだ。アニエスを独占したい。俺だけを見てほしい! ……俺はアニエスが好きだ。……将来、俺の隣に立つ人にしたい。俺のお嫁さんにしたいくらい、本気で」



 エースは、昨日の告白を反芻し頭を抱えた。

 頭を抱えたい事象は他にもこの女の姿になってしまったというのもある。

 あの後アニエスは何も答えずに立ち上がった。


「エースゆっくり休んでね? 私、もう王宮に戻らなきゃ……!」


 そう言って焦点の合わない目で慌てて王宮に帰ってしまった。

 エースはそれを引き留めることも出来ず、ただただ、勢いでやってしまったという後悔が胸に迫る。


(よりにもよって単なる告白ならまだしも……あんなのほぼプロポーズじゃないか!? そんなのを義理の弟に……しかも女の姿でされたら戸惑うに決まってるだろ!)


 エースは長い長い冷たい溜息を吐く。


「若旦那様、確かに女の子の姿で学校に行くのはお辛いと思いますが、ファイトです!」


 ナイジェルがてっきり女姿のことを嘆いているのかと思って慰めてくれた。

 だが今、胸を覆う(もや)はそれとは別である。


「うちのクラスは適応力も高いし、心配しなくても大丈夫だと思うよ」


 収容所暮らしを無事に昨日で満了し、今日から晴れてシャバに出てきたアレクサンダーも、同じことで悩んでいるのだろうと思いそう言う。

 まさか、エースがアニエスにプロポーズしただなんて(つゆ)ほども考えていない。


「……ありがとう」


 取りあえずエースは礼を言った。

 エースは去年初めに着ていた制服の燕尾服(えんびふく)を着て、(そで)(すそ)を折り、髪を一つに結んで学校に向かっていた。


 女になったからと言って、何もドレスを着なきゃならないという法律は無い。

 エースの心は体の影響は受けず、きちんと男の子だった。


 で、問題のクラスでは……。


「と、言うわけで、休暇中に事故で(しばら)く女性になる呪いをエース君が受けた。みんなその辺りを重々理解して心して接してくれ!」


 担任が前で事の次第を説明した。


 同級生たちの視線がやたらと痛い。……そりゃあそうだ、この学校唯一の女子になってしまったのだから。


 一限目が終わると、エースと学校で特に気の合うトーマスが駆け寄ってきた。


「エース!! なんだよそれ、超かわいいじゃん!」


 エースはゲンナリした心地で答える。


「何が可愛いだ!! ちっとも嬉しくない。僕の中身は男のままなんだから!」


「「「僕っっ……!!」」」


 どうやらクラスの何人かの男子のハートに、女子の一人称『僕』は刺さるものがあったらしい……。

 トーマスが話しかけたのをきっかけに、エースの周りにわらわらとクラスの男子が集まってきた。


「なあなあ、その……やっぱり色々見たのか?」


 女になって、女特有の胸とか何とかの話だろう。

 思春期男子の一番の関心事である。


「ねえ、触っても……?」


「魔法で燃やされたいなら、どうぞ?」


 そう言うと、エースの実力を知るクラスメイトはざっと一歩後ろに後ずさった。


「しかし、これは姫の立場が危ぶまれる事態ですな!? アレク姫!」


「……あっ?」


 アレクサンダーが、自分にまで降りかかる火の粉に半ギレして見せる。


「俺、エースがずうっとそのままでも、全然かまわないよ?」


「僕が構うわ!! 他人事だと思って……もういい、トイレに行く」


 不貞腐(ふてくさ)れたエースがそう言い立ち上がって、教室のドアに手を伸ばすと、何故かクラスメイトの一人が先回りしてドアを開けて押さえた。


「……レディーファーストしなくていいから」


「い……いや、つい」


 紳士の(さが)で、つい、女性を助けてしまう。

 またエースが廊下に出ると何人かのクラスメイトがエースの周りを四方にスッと囲った。


「……守ってもらわなくていいから」


「あ、ごめん、騎士の家系だから、つい……!」


 完全に女の子扱いされている!!


「言っとくけど、僕エースだからね?」


 エースがクラスメイト達を睨みつける。


「かわいい……」


「綺麗……」


「天使……いや、女神……!!」


「だから、エースだっつーの!?」


 見ための破壊力は、クラスメイトが男子であるという事実を忘却の彼方に吹き飛ばしてしまうようだ。


 エースは溜息をつきつつ、廊下をすたすた歩いて男子トイレにさっさと入り、ズボンのチャックを下ろす。

 しかし、その時自分に突き刺さる視線を感じとり、ハッと我に返った。

 下げていたチャックをシャッと上に上げる。


 そして逃げるように個室に入った。

 思った以上に習慣になっていることを意識するのは難しい様だ。

 エースは頭を抱えた。


「新入生も女子がいたらびっくりするだろうな?」


 そう言えば今日は入学式もあるのだ。

 在校生は初日から授業があるが(※とはいえ、初日は授業でやって行く内容の説明だけである)新入生は、何もかも初めてだ。


 学校に入学したのがつい昨日のことの様なのに、エースやアレクサンダーはいつの間にか先輩の立場になっていた。


「長々と、このままでいるつもりは毛頭ない。……遠目だったら、どうせわからないよ」


 新入生はそれこそ、目の前の事でいっぱいいっぱいだろう。

 しかし、そこに寮監先生(ハウス・マスター)の呼び出しがエースとアレクサンダーに入った。

 ……嫌な予感がする。


「いやあ、君達は次代の監督生(プリフェクト)候補生だからね。悪いけど新入生の案内を頼みたい!」


 エースは思わず口をあんぐりと開けた。

 よりにもよって何でなんだ!? エースは最近の自分の不運を呪った。

 案の定、新入生は女子の先輩に「女子だ、女子だ、女? やっぱり女子だ!」とざわざわと騒いだ。


「――それでは、ここまでで何か質問はありますか?」


 エースが新入生に聞くと、ビシッと手を上げる者がいた。


「はい、なんでしょう?」


「エース先輩は何故女性なのに、寄宿学校に通っておいでなのですか?」


 それにアレクサンダーが代わりに淡々と答える。


「休暇中、事故で呪いを受けたからで、本来、彼は正真正銘男子です」


 事実を述べた。

 それに新入生は目を丸くして驚いている。そこで、また手が上がった。


「はい、どうぞ」


「おっぱ……胸部を触ってみてもいいですか!?」


 お前らもかーい。それにアレクサンダーは答える。


「触ってもいいですが、彼は極大魔法も使える実力者で……腕っぷしはかなり強く。腹筋、背筋、スクワット、腕立ては、毎日、余裕で五百回はしています。そんな彼に後々、悪魔の報復をされてもいいのなら……どうぞ、どうぞ!」


 そういうと新入生は一様にしーーーんと静まり、それ以上は何も言ってこなかった。

 後輩にはなるべく好かれたいのに、既にちょっと怖がられ始めている。

 別に、裏で下級生を締めるなんて、くだらないことはしないのに……。

 エースはちょっと落ち込んだ。

 

 けれど女になった受難は寮に帰ってからが本番だった。

 エースは部屋に入り、誰もいないので丁度良いと部屋着に着替えようと脱ぎだす。


 ……すると何だか気配がする。


 エースはそろりそろりと死角に入った状態でドアに近づき、開けると同じ寮内の男子が将棋倒しに倒れこんできた。


「「「うわあっ!!」」」


 上級生から同級生まで、どうやらエースが帰ってきたのを見計らい面白がって覗いていたらしい……こ、こいつらぁ。

 更に夜になり、エースがいつものように自分のベッドに寝ようとすると、今日はなんだかやたらとルームメイトが話しかけたり質問してきて、ちっともエースを寝かせてくれない。


 エースは声を上げた。


「ごめん! もう僕、寝たいんだけど!?」


 すると、ルームメイトはバツが悪そうに理由を話した。


「いや、おんなじ部屋に女の子がいると思うとドキドキ落ち着かなくて……」


「何だかずっと緊張して、手が汗だらけで……」


「だからエースにずっと起きててもらおうと思って、……みんなで話しかけてたんだ」


 それを聞いてエースはいよいよ眩暈(めまい)を覚えた。

 このままじゃ、ずっと気が休まらない!?

 エースは次の日に(たま)らず、セオドリックとノートンに相談をした。


「まあ、確かにそれは予想できたな……気の毒に」


 そう言い(あご)を撫でる。


「殿下。王宮の数多ある客間は今の時期は来客予定も極端に少なく、ゆえに布を被せて生活備品等も片付けられている為、すぐには使えません。……ですがこの時期……王宮の行儀見習いで、早速(さっそく)夏の休暇から戻らず欠員が出た部屋があるはずです。しばらくそちらを貸すようにご提案してみては?」


 王宮宮廷行儀見習いは入るのも難関だが、厳しさに耐えられず、夏の休暇を目処(めど)に戻ってこないご令嬢が何人か出るのは毎年の恒例で、今年も例に漏れず部屋に空きが出始めていた。


「エースは竜持ちだからな。自分の王都の家であるタウン・ハウスに帰れるのが一番気楽だろうが、それだと学校側からの許可も簡単には下りにくいだろう。学校も始まってるし……ノートン。それじゃあ、急ぎ王宮の部屋を使えるように手配を頼む」


「はい、承知いたしました」


「ありがとうございます。セオドリック先輩。ノートン先輩」


 エースは頭を下げた。

 やれやれ、これで当面の問題は大丈夫そうだ。

 ……大丈夫。そう思っていたんだ。本当に……。

 


「!! エース?」


 まさか王宮側の手違いでアニエスと相部屋になるだなどとは、露知らず……。




【ファスナー】


1891年に技術者 ホイットコム・ジャドソンが「スライドファスナー」を発明。ホックでバッグやブーツを閉じる仕組みが生まれる。しかし粗雑だったためか、開いてしまうことも多かった。

 1893年、発明家のウィットコム・L・ジャドソンが靴を閉じることを目的とした発明品「クラスプ・ロッカー」を発表。1893年のシカゴ万博でお披露目されたがごくわずかな成功にしかならなかった。

 1913年、スウェーデン生まれのエンジニアのギデオン・サンドバックが、金属製の務歯(むし)(布テープなどで縫い付けられた歯)を使ったファスナーを開発。1917年に特許を取得したこの発明は、現代の真鍮製の務歯付きファスナーの先駆けになった。


 ……今回のお話はアニエス世界の時代背景の基本モデルとする十九世紀後半。二十世紀初頭のイギリスの時代より少しあとの発明ではありますが、1917年のギデオン・サンドバックのファスナーをモデルとして採用させていただきました。

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