100、義姉の奇行と三人の川の字
エースはアニエスと同室と知り大いに狼狽えた。
アニエスも最初驚いたが顎に手を当て、現在の状況を分析する。
「今日、新しく中途採用で行儀見習いの子たちが何人も入ってきたから……手違いが起きて、私と同室になったのね……?」
エースはそれを聞き、慌ててドアに向かう。
「ごめん部屋を変えてもらうように言って来るよ!」
そう言い出て行こうとしたが、それをアニエスはドアを閉めて制止した。
「もう遅いから、このまま今日は同室で良いでしょう。知らない間柄でもないのだから」
だからこそ、それが問題なんだ!! と、エースは叫びそうになる。
よりにもよってアニエスと一晩同じ部屋だなんて……。
「エースちょっと待っててね。今、着替えるから」
そう言い、アニエスは衝立の陰に隠れるとささっと着替えだした。
エースはそれにギョッとし、ひどくドギマギする。
衣擦れの音が生々しく部屋に響き、意識すればするほど音はエースの鼓膜を揺らす。
エースは今は女の子だが……例のレッスンのせいで余計な知識も脳にインプット済みのため、女同士のそういうことが、どのように行われるかについても知ってしまっていた。
バクバクと心臓が壊れそうなくらいに鳴っている。
(アニエスは分ってるのか!? この間、僕が言ったことを……)
今、彼女に近付く異性で一番危険なのは自分だとエースは自覚していた。
「エースお待たせ」
おまたせ!? どういう意味なのか分からなかったがエースはゆっくりと振り返る。
そこには………!
「……なに……それ?」
怪しい異国の祈祷師……なんというかキョンシーとかを操りそうな格好で、帽子にお札を何枚も重ねて貼り、首にはいくつもの数珠のようなネックレスが掛けられている。
顔にも目の際に赤いアイラインが施され、鼻筋は白く塗られていた。
「丁度良かった! 色々準備していたの。あ、後ろのクローゼットを開けてくれる?」
エースは言われるままにクローゼットを開ける。そして、それを目にした瞬間エースは絶叫した。
「なにこれ!?」
「締めた鶏と、呪術で使う、蠍、毒蛇、イモリ、蝙蝠、魔物の血と排泄物。ついでに掘り出したマンドラゴラ!」
「どうしてそんなものが、クローゼットに!? っていうか凄い臭い!! 今まで、よくこの匂いが漏れなかったね!?」
「悪臭騒ぎになると迷惑かなって……?」
「今、開けちゃったけど!?」
「大丈夫、すぐ使っちゃうから。これでエースの呪いを解けるか、やってみましょう!!」
「え……」
アニエスは先日、エースの呪いを絶対に解くと言っていた。
そのために、こんな短期間で、仕事の合間を縫ってこれらを準備したということだろうか……?
エースは、感動して胸にジンと染みた。
「アニエスありがと……」
「!”#$%&’()==)’&%$$#……」
アニエスはすぐさまやたら長い線香を手に持ち、おかしなお経を唱え、陣の書かれた敷布の上に様々な石やら植物やらを並べはじめた。
「………………」
気持ちは嬉しいが、エースは胸に黒い靄のような一抹の不安を覚える。
そして、結果は……。
「……“混沌の魔物の術”も効かないとはっ!!」
惨敗だった。
というか、この人のたった十三年のはずの人生は、本当にいったい全体どうゆうことになっているのだろう? 改めて実は人生十三回目くらいで、過去の記憶でも有しているんじゃないかとエースは本気で疑った。
セオドリックが、アニエスをよく三十、四十代では無いかと疑っているが無理もない。
普通、太古に滅びた卑族の裏儀式のやり方まで知っている十三歳はいない……。
「ごめんねエース!! でもまだ他にもいくつか方法があったから!? 物が準備できなかっただけで!」
「……とひふかひほいひおいで、いひもへひはいんはへほ。ほんほほめん(※というか酷い臭いで、息も出来ないんだけど。本当ごめん)」
エースが懸念した通り、部屋はもの凄い悪臭にたちまち覆われ、たぶん子犬位ならこの匂いだけで軽く殺せそうである。
エースはなるべく息をしないよう鼻を摘まんだ。予防にはそれでも不十分で焼け石に水だったが……。
「ごめんね……術が成功すれば、これらがみんな消える予定だったんだけど……それともやっぱり私に魔力が無いせいなのかな?」
アニエスは、術の参考にした付箋やメモを貼り付け閉じきれずに膨らんだ革手帳を睨んだ。
「ほんはふはいはは、ほのへはへねふほはふはほうはほ?(※こんな臭い中、この部屋で寝るのは不可能かも)」
「そうね……取りあえず、ササっとは片付けるけど、匂いは今日一日では取れなそうだわ。エースの寝床位は何とかしなくちゃ、城で起きてそうな方は…………あ」
アニエスは解決法が見つかったのか、エースの手を取った。
「たぶん、あの方はお優しいから、話を聞いて力になってくださると思うの。……だから、ついて来て!」
エースは鼻を片手で摘まんだまま、アニエスについて行き急ぎ足に歩いた。
いったいどこに行くのか解らず、ただただアニエスの後ろに続く。
というか明かりの最低限しか点いていない城内は、何となく不気味だ。
普通の十三歳の女の子なら、多少ビクビクすると思うのだが……アニエスは、そこら辺は滅法強い。
そう言えば……とエースは思う。
昔、アニエスに廃棄人形の島に連れて行かれたことがあった。
……あの時は、流石のエースもちびるかと思うほど怖かったし、アレクサンダーも今にも死にそうな顔をしていたが、アニエスだけはいつものように至って元気だった。
「道標にしましょう!」
そう言い、髪や目の抜けた人形の首を一抱え袋に入れて、ふんふんと鼻歌まじりに持ち歩き、通った分かれ道へ一つずつその人形の首を取り出しては、人形の髪で縛り付けていく。
「職人の作った人形だから、一体一体顔が違くて助かるわねー。これで道に迷わないっ!」
そう明るく笑い。すたすたと先を進んでいったっけ……。
あの時の義姉の勇ましさ……エースはいま思い出しても怖い。
そんな昔のことを思い出しながら歩いていたら、いつの間にか目的の場所に到着していたようで、アニエスは扉の前でピタリと止まった。
ひと際立派な扉である。
アニエスはさっそく部屋をノックした。すると中からよく知る……ノートンの顔が出てきた。
「……アニエス嬢? どうされたんですか!?」
驚いた様子のノートンが声を上げると、ドタバタと奥から走ってくる音がする。
「アニエスだと!?」
出てきたのはもう寝る準備をして、夜着にガウンを羽織ったセオドリックだ。
「え、あの、すみません。ノートン様だけをお呼びするつもりでしたのに……」
「え? なんでノートンをこんな時間に……? というか、何だその恰好!?」
セオドリックはてっきり自分に用があって訪ねてきたと思っていたのに、ノートンの名を出され、はっきり顔にがっかりとした様子を見せる。
「この格好は色々と訳ありで……実は、エースにどこかお部屋をお借りできないかと……確か先日、例の件で、騎士の部屋が一つ空いていますよね?」
それにノートンは眉を寄せた。
「え、あのですが……エースには確か、行儀見習いの部屋をあてがったはずでは?」
「そうなのですが、実は丁度よく中途採用の子たちとタイミングが被ってしまって……手違いで、エースが私と相部屋になってしまって、別に今日くらいは私の部屋に泊めてもまるで問題なか……」
「問題大ありだ!!」
アニエスの話の途中で、セオドリックが食い気味に意見する。
「いやその、問題ないと思っていたのですが……今私の部屋はすごい有様で、とても寝泊まりできない状況でして……一日だけ騎士様のお部屋をお借りできないかと思った次第なんです」
ノートンは落ち着いた様子で詳しくアニエスに尋ねる。
「酷い有様というのは?」
「エースを元の姿に戻せないかと私なりにも色々と試し手を尽くしたのですが、その際使用した品が、匂いのあまりにキツイものが多くって……とても寝られそうにないんです」
「それは、また……ですが、今から騎士の部屋を用意するのは難しいですね」
「そうなんですか。……殿下、そう言えば出てきても宜しいんですか? 殿下がいきなりいなくなって、女性が戸惑われて悲しんでおいでかもしれませんよ?」
アニエスは、当然、今日も女性と同衾だろうと決めつけ、心配してセオドリックに戻るよう促した。
すると、セオドリックが実に嫌そうな顔をする。
「……金曜は公務を詰めているから、基本、誰も一緒じゃない。というかいつも一緒なわけじゃない!」
それにアニエスは、はたと目を見開く。
「あの……では、図々しいのは千も承知でお願いです。今日だけエースをセオドリック様の御部屋に泊めてはいただけませんか……? そうですね……かわりに二週間、私がセオドリック様に肩もみをするのではどうでしょうか?」
アニエスのマッサージの腕前はそれこそ達人・名人級なのである。
「え、エースをか? ……そもそもタニアが君をここに寄こすのを許すかどうか」
「アニエス、殿下に迷惑が掛かるし……それに、いくら僕がもともと男でも殿下と同じベッドは」
「おーーーい、どうゆう意味だねエース君? 人を分別のない獣みたいに!?」
だか、エースとノートンはセオドリックを半眼でジロッ見つめた。
……これも全て普段の行いのせいである。
「そうですね……二人一緒は確かに心配です!」
「おい」
また、アニエスもその意見に同意だ。
「……では、私も今夜は殿下のベッドに一緒に寝るのはどうでしょう?」
アニエスの発言に三人は、ピタリと一気にその動きを止める。
「殿下のベッドは確か超キングサイズですよね? 広さ的には問題ないですし、三人一緒ならそういうことも無いのでは……?」
アニエスは、一人、名案だという風情で頷いていた。
「そうだな……それはなかなかの名案だ!」
それにセオドリックは笑顔で目を怪しく光らせながら、賛同する。
「いやいやいや、どこがですか!? それだったら、殿下と二人きりの方がまだマシだ!?」
エースはもちろん大反対だ。当たり前だ!
だが、アニエスは続ける。
「ダメよ! ……そっちの方が明らかに危険だって、さっき、そういう話に今なったでしょう? ……では、セオドリック様の許可が下りましたし、私は急ぎ部屋を片付けてまたこちらに伺います!」
義弟の意見をバッサリと切り捨て、ササっとその場を後にして、風のようにアニエスは自分の部屋へと戻っていってしまった。
「……どっちにしろ、今日は眠れなくなりそうなんですが……?」
エースは重々しく、絶望的な声を吐き出さずにはいられない。
対して、セオドリックはその顔に喜色を滲ませた。
「別に、さっさと寝てしまって、一向に構わないぞ」
「誰が……!!」
エースはギロリとセオドリックを睨む。
間もなくして、アニエスはエースの寝間着と必要な荷物を持って、自分は寝間着にガウンを羽織りセオドリックの部屋を再び訪れた。
「すみません。急ぎシャワーを浴びたので髪がまだ濡れていて……」
部屋を出て、三十~四十分ほどしかたっていないのに、部屋の惨状を片付け、荷物をまとめ、化粧を落としシャワーを浴びて着替えてくるなんて、相変わらず仕事が早い。
「エース、着替えを持ってきたから、貴方もお風呂に入ってきたら?」
「その間、殿下とこの部屋に二人きりだろう……? 大丈夫。明日の朝入るよ」
「おいおい、王太子のベッドに不潔なまま入るつもりかな?」
セオドリックは邪魔者を排除したくて、大仰にものを言ってくる。
だが、エースも負けていない。
「申し訳ございません殿下。……後々、新しい寝具とともに世界最高のベッドを献上いたしますので、どうかど〜うか、お許しを!!」
にっこりと微笑んでエースは全力で牽制する。
さらにセオドリックは畳みかけるように言う。
「で、寝る位置だが、もちろん私が真ん中でいいだろう?」
「いやいや、普通に僕でしょう?」
うっかりセオドリックの背中で、死角が出来てしまう!
「いや、君が真ん中だって問題が無いとは言えないのではないか!?」
「セオドリック様は余計にそうでしょう!?」
「………………」
それで結局、真ん中はアニエスということになったわけだが……。
「おやすみなさい~」
アニエスは俄然、寝る気満々である。
(……これはこれで、生殺しのような……)
けれどこれで、セオドリックとエースは互いが互いを監視せずにはおれなくなり、アニエスの身の安全性はぐっと増した。
そしてアニエスを巡りエースとセオドリックの、長い長い夜が今夜始まったのである!




