98、可愛い義妹?! と告白
「これは……まあ……」
「確かに、エースの特徴は残っているが……」
タニアとセオドリックは目の前の事態に困惑しきっていた。
烏の羽が雨に濡れたときのように艶やかで、夜を溶かしたような長い黒髪。
その影の奥には、深い海の宝石――タンザナイトの輝きを宿した瞳があった。
長い睫毛は静かな夜の帳のようにその光を縁取り、整った鼻梁と柔らかな唇は、神が最後に丁寧に触れて仕上げた彫像のよう。
透き通る肌は白磁の器のごとく穢れなく、まるで世界の美という美が、この少女の輪郭に集められたかのようだ。
この美少女姿は、流石は基が最良なだけはあるといった感じだった。
「僕もこうして平静を装っていますが、正直、困惑しきっております」
『アニエス嬢はご苦労されてます』初の僕っ娘の登場である。――祝!!
中でも信じられない様子で腰を引いて眺めているのが義姉のアニエスである。
「……アニエス、傷つくんだけど?」
「ごめんなさい。驚きすぎて……つい」
アニエスは腰を曲げて深々と謝った。
「悪魔は、悪魔というだけあって本当に厄介なんだな。はあ、まさかこうなるとは……」
セオドリックも読めなかった事態に頭を掻いた。
「とにかく、……彼は大事な公爵家の跡取りでもあるし、このままにしておくわけにもいかないでしょう? 早急に何か対策が無いか王宮の専門家に聞いてみましょう」
「どうか……よろしくお願い致します」
エースは眉を八の字に苦しげな表情で頭を下げた。
「というか大丈夫か? 明後日、学校始まるぞ?」
「…………」
エースは今まで考えないようにしていたことを、ズバリ指摘される。
「たぶん、どんなに早くても明後日までには戻れないぞ」
「休むわけには……?」
「二年からは授業も専門的なものになるし、……他の日はまだしも、竜持ちの君が夏休み明け初日に休むのは問題だろうな」
あくまで、エースとアレクサンダーを人質として寄宿学校に監視されている身なのだ。
「では、……このまま学校に行けと?」
「そうするしかないだろうな……事情は私からも学校に報告しておこう」
エースは頭を抱え、その場にへたり込んだ。何だっていったいこんな目に!?
「タニア様、……フレイ様なら悪魔ゲーデについてよく存じていそうでしたし、フレイ様に話を伺いに行ってもよろしいですか?」
アニエスはタニアに提案した。
「……確かにそうね……叔父様なら何か存じているかも」
「では私とエースが聞きに……」
「いや、駄目だ」
セオドリックがピシャリとそれを却下する。
「え?」
「エースはともかくとして、アニエス、君はフレイにあまり近付かない方がいい。奴は君こそ実験動物か何かだと思っているぞ!?」
確かに以前それに近いことを、アニエス自身も言われていた。
「エースには私が付きそう。いいかエース?」
エースは頷いた。二人はそのまま急いで王宮内の王弟管轄区域に赴く。
正直セオドリックは行きたくは無かったが、アニエスを行かせるよりは数倍マシだった。
アニエスはセオドリックにとって弱点ともいえる。そういう意味でもフレイには近付けたくなかった。
「セオドリックが僕を訪ねるとは、今日は雪か雹が降るかもしれないね」
フレイは、セオドリックの顔を警戒気味に見つめる。
「……悪魔ゲーデの後始末で来ました。エースが叔父上にゲーデを渡す際に呪われたらしい」
そう言いセオドリックはエースを前に出した。
「!!」
「このように……女になってしまったんです。治し方をご存じですか?」
フレイは自分の執務机の椅子から立ち上がると、エースの周りをぐるりと歩き、下から上まで観察する。
それから……。
「失礼」
そう言うとエースの胸をわし掴んで揉み。その後にあろうことか股間を後ろから前に一撫でした。
「!!」
「お、おい」
二人は驚愕で固まる。
「……驚いた。器官もちゃんと女になっているようだね……? コレは、怪しい術を使っても性別を変えたい者には朗報だろう!」
「知りませんよ! ……そんなこと!?」
エースは真っ赤になって思わず上と下を隠す。
「方法なら見当はつくけど……難しいと思うよ?」
「え、どんな方法ですか!? 教えてください
!!」
フレイは執務机に戻り腰を下ろすと半眼でエースを見つめた。
「だから、あまり期待しない方がいいんだって……」
「それでも教えてください! もしそれが無理でも他の治す方法のヒントが隠れているかも!?」
エースは必死に食らいついた。
「……男性の精を入れてもらうことだよ」
「はい?」
「ゲーデは死とセックスの悪魔だ。呪いを解きたくば性交をすればいい」
エースの顔からみるみると血の気が引いていく。あまりの衝撃に足元の地面が崩れていくようだ。
「い、いくら何でも……」
すかさずセオドリックが代わりに言い募った。
「そんなことを言われても……ゲーデのことはまだ研究が始まったばかりで、これまでの研究で知ってる呪いを解く方法と言えばそれくらいだ。あとは生贄を使って願うとか……? ……どちらにしろ君達の望むお優しい解決方法は、意地悪ではなく、本当に僕は有していないんだ!」
その答えにエースはますます項垂れた。
「……まあ、希望を指し示すとすれば、あのゲーデは相当小さな姿になっていたし、もとの強力な力で行った呪いでは無いから、時が立てば解決するかもしれない……どれくらいかは知らないけど」
絶望は逆に増した。
簡単な呪いでも二~三年解くのに時間がかかったという話はざらにある。
エースとセオドリックは一応礼を述べ、部屋を出た。だが……。
「………………」
エースの顔は今にも死にそうである。
「すまないな。君がエースでなければお相手を買って出もしたのだが……」
「いや、僕が無理なんで……お気遣いありがとうございます」
男に抱かれるなんて、考えただけでもそんなのは悍まし過ぎて死んだ方がマシである。
「王宮の専門家の見立ては違うかもしれない。希望は捨てるなよ?」
「……はい」
エースはしょんぼりとタニアの執務室に舞い戻り、事の次第を話した。
「……それは……まあ……」
タニアも慰めの言葉が見つからず目を泳がせる。
「取りあえず少し休んだ方がいいわ。アニエス、エースを公爵家のタウン・ハウスに送ってあげて! 行儀見習いの仕事はこちらで調整するから戻ってくるのはゆっくりで大丈夫よ……」
「かしこまりましたタニア様。私たちのために、心砕いて頂きありがとう存じます」
アニエスはエースのそばに寄り添い、その肩に手を置いた。その時改めてその肩の薄さにエースが変わったことを実感しアニエスは動揺した。
「女官長。今日の仕事は急ぎの物はないので戻りましたら私が致しますので、どうかそのままにして置いておいてくださいませ」
「分かりました。そのように致しましょう」
アニエスはナイジェルに命じて、すぐに馬車を用意させ、王都のロナ家の所有するタウン・ハウスに向かう。
エースは茫然として泣いてはいないが、目が真っ赤だ。
ロナ家のタウン・ハウスは、王都貴族街でもひと際目立つ。
壁がサーモンピンクで派手だが、年代がたっていて荘厳なためか、やらしさが無い。
狭い王都に建っているため。タウンハウスは往々にして上にのびる傾向にあるが、ロナ家の屋敷も例に漏れず、地上十二階にもなった。
アニエスは、王都に来るまでは、ずっと所領のマナー・ハウスに住んでいたし、王都に来てからも王宮に居を持つため、実はこのタウン・ハウスに来たのはまだ二、三回目くらいだ。
なので、アニエスは自分の実家のタウン・ハウスを見上げて、知らなければどこかの高級ホテルと勘違いするかもしれない……と他人事のように感じていた。
「エース様のお部屋はニ階になります」
ナイジェルにそう言われ、アニエスはエースとともにエースの部屋に向かう。
エースの荷物を机に置き、エースを長椅子に座らせる。
「ナイジェル……少し二人きりで話をさせてもらってもいい?」
そう言うとナイジェルは、恭しく頭を下げて部屋を出て行った。
「アニエス……仕事の邪魔をしてごめんね」
エースがいつもよりいくらか高い声で言う。変声期はまだだが、それでも女子になると声が違った。
「ううん、呪いを受けたのは私を庇ったからでしょう? 私こそ本当に……」
アニエスは言葉より先にエースに抱き付く。
温かさはエースのものだが、そのあまりに柔らかく細い肢体は、全然知らないものだった。
泣いてはいけない。
泣きたいのはエースの方だから。
「アニエス……俺、どうなるのかな?」
エースは思わず、弱音を吐いた。
好きな女の子の前では格好をつけたいのに、今日は上手くできそうにない。
アニエスはその背中を撫でながら励ます。
「エース……いざとなったら、私がどんなことをしてでも解決方法を見つけるから……! 絶対元に戻るから、心配しないでね」
そう力強く誓った。
「アニエスがそう言うと……めちゃめちゃ心強いね」
アニエスは、やると言ったことは基本どんなことをしてでもやり遂げる。
そのことをよく知るエースは、その言葉に泣きそうなほど慰められるのを感じた。
「うん、大丈夫大丈夫!! お義姉ちゃんを信じて?」
アニエスはわざと明るい声を出す。それに、エースは複雑そうに笑った。
「でも私、エースに実はもう一つ謝らなきゃいけないことがあるの……」
エースはアニエスの高い体温を感じながら尋ねた。
「何?」
「実は、男の子のエースに会うのは気まずいと感じていたから……女の子になっていて一瞬だけホッとしたの」
それにエースはカッと目を見開き、アニエスの肩を掴み引きはがすとその目を見る。
「どうゆうこと!? 俺に会いたくなかったてこと!? まさか、嫌いになったの俺のこと?!」
エースはアニエスに詰め寄った。
「そ、そうじゃなくて」
アニエスはしどろもどろとした。
「今までは、エースはどこまでも義弟で、距離感に迷ったことなんてなかったけど……あ、あんな事があって、なんだか急に知らない男の人みたいでどう距離を取ればいいか正直混乱してるの」
アニエスはわずかにエースから視線を外して続ける。
「……あ、でも成長期だもの、世界が広がる中で変わるのは当然だわ! ……私の知らないエースが増えるのももちろん自然な流れ。……だけど……今の私じゃ、追いつけるか不安というか……」
アニエスはそういいながら、視線が徐々に外へ外へと外れていく。
「…………」
「でも、エースだって年頃だもん! 彼女や婚約者の一人二人できてもおかしくないもんね? ……私が幼稚で、本当に勝手にオロオロしているだけなの! ……ごめんね、変なことばかり言って……?」
エースはアニエスを掴んだ手に力を込めた。
「そうだね、彼女の一人や二人出来てもおかしくないかも……」
アニエスはその言葉に胸がチクンと痛んだ。
もう、エースにとって一番近い存在でいられるのも、あとわずかなのかもしれないと、感じたからだ。
(……いくら信頼し合う義理の姉弟関係といっても、普通は彼女や婚約者の方が大事なものよね)
「エースなら引く手数多だね。……だって頼りになって優しくて格好良いもん!! ……あ、その前に男の子に戻すからね。どうか安心してね!」
「うん、アニエス……」
「はい?」
エースは今、女の子の姿なのに、何故か一瞬男の子のエースに見える。
「じゃあ、アニエスが俺の彼女になって?」
「……へ?」
「俺は、ああいうキスも……それ以上のことも、アニエス以外とするつもりはない。姉弟として、親友として大切に思ってくれるのは嬉しい。でも……それだけじゃもう苦しいんだ。アニエスを独占したい。俺だけを見てほしい! ……俺はアニエスが好きだ。……将来、俺の隣に立つ人にしたい。俺のお嫁さんにしたいくらい、本気で」
エースのその告白にアニエスの喉がひゅっと鳴った。




