94、悪魔の素と望まぬ望み
「そういえばお嬢ちゃん名前を聞いてなかったな? 教えてくれよ? いつまでもお嬢ちゃんじゃ不便だ」
後ろを振り返れば、先程まで自分をつけ狙っていた犯人の肉片が四方に散らばる中、自己紹介するという状況に陥る人間は全人類中、何パーセント程度なのだろう?
アニエスはそんな余計なことを考えた。
そうゆう余計なことをしなければ、うっかり叫んでしまいそうだったからだ。
でも、そんな取り乱してうるさく叫んで、この目の前の悪魔の機嫌を損なえば、恐らく城中の人間にどんな形か知れない被害が及んでしまう……。
「アニエス・ロナ・チャイルズ・アルティミスティアでございます。ゲーデ様」
それに、ゲーデはピクリと眉を動かした。
「……ロナだと?」
意外な反応にアニエスは思わず身を固くする。背中にまた一筋の汗が転げた。
「へえええ、そんなことあるのか? というか、まだその家門があるとも思わなかった。俺が閉じ込められて……千五百年……いやそんなもんじゃないか? 流石に寝すぎてたから、俺の腹時計も狂ってんな?」
「我が家系をご存じなのですか?」
「知ってるも何も……………」
そこでゲーデは口の端をニヤリと上げた。
「俺をあの器に入れたのは、アニエスと同じ『ロナ』を名乗る奴だぜ?」
「!!」
「まさか、そいつらの子孫が、俺の目の前にまた現れるとはな?」
アニエスは絶句した。確かにロナ家の歴史は王家より永く創始から続くと噂される名門。
しかし、あまりに歴史が古すぎて史料もたいぶ喪失しているのだ。
なので、どれほど前からあるのかは本当のところは誰もわからない。
しかし、今のゲーデの話だと少なからず千五百年の歴史は確実なものらしい。
「じゃあロナが契約の際、千人近い人間の生贄を用意したのですか……?」
今とは、倫理観のまるで違う時代だ。
今の常識に当てはめることは出来ないだろう。
それでも、先祖がそういうことを行っていたという話なら、アニエスにとって愉快なものでは無い。
「……ううん? いや、そこら辺は特殊なんだ……というか」
アニエスは、その言葉に少し救われる。
しかし、ゲーデの続けた言葉はもっと衝撃的なものだった。
「俺を悪魔に仕立て上げたのが、その『ロナ』様なんだぜ? 俺はもともと『ロナ』で飼われていた奴隷だったんだ」
「!!?」
ゲーデは殊の外、愉快そうにゲラゲラと笑って見せた。
「昔、俺を隷属していた奴等の子孫が、まさか俺の下に下る日が来るなんて……ああ……あの時、あんな危ない頭のおかしい話に乗ってよかった!!」
アニエスはあまりの話に呆然とそのゲーデの姿を眺めた。
(奴隷? ……まさか人間を悪魔に変えたの……??)
「……そんな事……あり得るのですか……?? 貴方は人間だったのですか?」
「あん? 今でもそれは頭がおかしい話なのか? 当時もおかしかったけど」
ゲーデは、アニエスの前でくるりとターンして見せ る。
「しかし、俺はこうして千年以上不老不死で、人外の莫大な力を持ち……人間性を失っている。と、いうことは、つまりあり得るということだな?」
「あ、悪魔はじゃあ元は全て人間なのですか!?」
「さあな? そこまでは知らねえな? ……ていうかこんな昔話がしたくて、俺はここにいるわけじゃない。アニエス……お前の望みは何だ?」
アニエスは、じっとゲーデを見た。
「俺は契約で生贄を取る以上、人間どもの欲望を満たしてやらにゃならんわけだ? お前の叶えたい願いは何だ?」
「ございません」
アニエスは即答した。
「欲望の無い人間なんかいないだろう?」
「その通りです……けれど、悪魔様にわざわざ叶えてもらいたいほどの大それた望みは無いのです」
ゲーデはそれに薄気味悪い笑みを見せた。
「俺は悪魔ゲーデ様だ。そいつの心に抱えた黒い部分が俺には綺麗に見える。アニエスは魔法が使えるようになりたいんじゃないか?」
「……………………」
「その望み、俺なら叶えてやれるぞ? お前はただ、それを口にすればいい」
「……お断りいたします」
「どうしてだ? 長年の願いだろう??」
「それをしたら、望みが叶っても今までの自分を否定し……自分で考えなくなってしまうから……」
「ああ、そうだな。でもそんなに大変に考えるなよ? 人に自分の心を委ねるのは、存外、楽で悪くないぞ?」
「そんなの……疑問も持たず、考えずに『魔力無し』と言うだけで私を蔑んできた人たちと、同じになってしまう! そんなのは私のプライドが許さない!」
デーゲは自分の顎の髭を撫でる。
「それだと困る。俺はお前+αをもらうことになってるんだから。仕事をしないとならねーのに……」
「では、私が望まない以上は生贄は必要ないということですよね?」
「おいおいおいおいおい……それは、いくら何でも契約違反が過ぎるだろう? ……ああもうわかった。望みはわかってることだし勝手に叶えることにするわ?」
「やっ……!」
ゲーデはアニエスを無視した。
「じゃあ、いっくぞー?」
そう言い、悪魔ゲーデはその手に黒い煙の様なものを高速回転で集めだし西瓜大の大きさの玉を作ると、アニエスに向かってそれを放った。
アニエスは思わず逃げ出したが、その黒い煙はアニエスを追ってくる!
アニエスもまさか追ってくるとは思わず、ぎょっとした。
(掴まる!!)
アニエスは目を瞑る。
だが意外にもアニエスに何も起こらなかった。
恐る恐る目を開けると、そこにはいつか見た黒髪の青年が立っていた。
「アニエスが必要ないと言ってるんだ。あまりに酷い悪徳契約だな、だから王太子である私が直々に裁判してやろう。…………判決は『契約無効』だ!!」
「……セオドリック様!?」
「アニエス、時間が掛かって済まない。私もアーティファクトもようやく準備が出来た!!」
そう言い、アニエスの指からアーティファクトを引き抜いた。
「セオドリック様……アレを受けて何ともないのですか?」
「ああ、ノートンのおかげでな。ノートンが超高度結界魔法をかけているから、よほどでなければびくともしない。因みに、王宮の者たちを守るための王宮の結界も強化している」
「チッ、何だ、お前……粋がってんじゃねえぞ? 裸の王子様。」
そう言われ、セオドリックはすぐに呪文を唱え着衣姿になった。
「……変身を解いてすぐは、他の魔法は使えないんだよ……アニエスすまない変なものを見せた」
「い……いえ、それどころでは無かったので」
アニエスは、セオドリックから何となく目線を外して答える。
因みにセオドリックの髪も元の掛けていた魔法が解けたため元の黒髪に戻っているし、瞳も灰色になっていた。
「俺、王子様って人種が世界一嫌いなんだよね? 八つ裂きにしていいか~~~~い?」
「ふん、王子が何故、王子たるのかを教えてやろう。有り難くも本人じきじきにな?」
セオドリックの持つアーティファクトに、セオドリックがキスをした。
すると、アーティファクトが白い光を放ち、現れたのは、白い翼のような剣。
「!!」
「どんなものかその目に焼き付けろ!!」