93、【閑話】肩凝りと成長と穏やかな雑談
「ううう、肩がばっきばきでツラいよぅ……!」
アニエスは机で書き物をしていると、急に呻くようにして肩を抑えだした。
「前は肩凝りなんて全然なかったのに!?」
アレクサンダーが、そう苦しむアニエスにお茶を出す。
「そりゃあ、そうでしょうね?」
「……アレクサンダー、貴方の正直なところは好きだけど、主人の胸をあまりに無遠慮に見過ぎでは?」
十四歳の後半から急に、成長期に入ったアニエスの胸は十五歳の今、少し急ぐとその質量で勝手に大きく揺れるほどの存在感を示している。
でも、そのせいかお行儀悪いと思いつつも、つい、胸をテーブルや机に乗せてしまったり、肩がやたら凝ったりという弊害がこの頃から出ていた。
「肩凝りがこんなにキツイものだなんて……」
アニエスは、さすさすと自分の首や肩を触ってみる。
それをじっと観察していたアレクサンダーが、茶器を一旦置くとこう申し出た。
「もし宜しかったら、僕が肩をお揉みましょうか?」
「え、いいの!? 出来るの!?」
「子供の頃、よくアーネストさんや庭師のグスタフさんの肩を揉んで、おこずかい稼ぎしていたので……」
「え、そんなことしてたの? ……もしかして、お給金少なかった?」
「いや、子供の副業一つで凹まないでください。で、どうされますか?」
「ほほ! それじゃあ、頼もうかの~すまんの。お若いの~」
「え、……誰だ?」
「八十六歳、アニーさん。最近の趣味はクリケットでホールインワンを決めること」
「クリケットにホールインワンはございませんよ。お嬢様」
しかし、そのツッコみをスルーして、アニエスは椅子の向きを変えて跨るように座ってみせた。
「じゃあ、ちょっくらやっちゃってくださいよ。銀髪の兄貴!?」
「……キャラ、ブレブレじゃないですか。アニーさんどこ行った?」
アレクサンダーは、仕方がないので、そのままアニエスの肩に持ってきたタオルを掛けると、まずは手全体を使ってアニエスの肩を揉み始める。
「~~~きもちいいいいいい!!」
「……お嬢様、だいぶ肩が小さく……薄くはないですか?」
アレクサンダーが手を大きく広げると、その肩はすっぽり収まってしまうし、何より、頼りなげでこのまま壊してしまうのではないかと、やたら心配になる。
「そんなことないわよ。アレクサンダーの手が大きくなっただけではなくて」
アニエスは振り返り言った。
「アレクサンダー、手を出してみて」
「……こうですか?」
するとアニエスはその手に自分の手を合わせてみせる。
「ほら、こんなに違う!!」
アレクサンダーとアニエスだと、その手の大きさは指の関節一つ分の大きさの差が出来ていた。
アニエスは、その手にさらに指を絡めて言う。
「ほら、指の太さだって違うし、私の肩が小さいわけじゃないわ」
「………」
アレクサンダーは、しかし逆にそうされたことにより、アニエスがあまりに小作りなのを知り、目を見張った。
アニエスは女性の中でも長身だし、すらりとしているが日頃から筋肉馬鹿でやたら鍛えている。
アレクサンダーは自分との差がこれほど出るとは正直、思わなかった。
「……胸はこんなにも、でかいのに?」
「へ……?」
「すみません。こっちの話です」
「おっと、若いの、手が止まっておるぞ? 老い先短いおいぼれは時間がないんじゃ、早く先を頼む!」
「……お帰りなさいませ。アニーさん」
アレクサンダーは肩もみを再開した。
アニエスは、気持ち良くて溶けそうになる。
「……アレクサンダー……来年の誕生日プレゼントは、肩もみ券がいい」
「母の日の贈り物じゃないんですから……申し付けて下されば、いつでもこれ位いたしますよ?」
「アーネスト達からおこずかいをもらっていたのでしょう……チップはいる?」
「いりません」
「じゃあ、何か欲しいものは?」
貴方です。と言ったらくれるんだろうか……?
「今で、十二分の待遇ですよ」
「……そうよね、最近ではアレクの方が私個人よりお金持ちなくらいだもの」
「それもこれも、ここにいられたからこそです」
「それは逆。私やこの家にアレクが必要だから離さないの……ごめんね」
「なんで謝られているのか意味が分かりません」
「へへへ」
「というか、本当に鉄板みたいですね」
「どうかそれをパン生地みたいに揉みしだいて……」
「なんか、言い方がやらしいです」
「アレクが思春期全開だから、そう聞こえるのでしょう? イタイイタイいたいいたい!!」
「すみません。力みました」
「ひどい! パワハラだ! 訴えて勝つ!」
「それじゃあ、セクハラしますよ?」
「なんで!?」
しかし、そういいながらアレクサンダーが揉んでくれた肩は温まり柔らかくなっていく。
「ふうう、憑き物が浄化されていく……」
「何が、憑いていたんですか?」
「頭に、猫が十匹ほど」
「かぶり過ぎでは?」
「ふ……デビュタントって本当に大変」
アニエスは最近社交疲れがひどいのだ。
アレクサンダーのおかげで、肩はすっかり最高のコンディションへと戻った。
肩凝りは酷いが、若さゆえ、まだまだ慢性的なものではないらしい。
「ありがとうございました! 兄貴」
「もしかして、それはアニーさんの別人格? ……お役に立てて何よりです」
「ついでに部屋まで運んで頂戴な。歩くのが面倒なんじゃよ若人よ!」
「人使いが荒いよアニー!」
しかし、アレクはやれやれと、アニエスをお姫様抱っこした。
「ふふふ、良い眺めじゃ」
「なんか、ずっとテンション高くないですか」
でも、気のせいか、やっぱりアニエスが小さい気がする。こんな風に腕にすっぽりと収まっていただろうか?
「アレク……背が伸びたわ」
「え?」
「以前より、何だか位置が高いもの」
景色がだいぶ違って見えているようで、アニエスはいたく感心している。
「そうなのでしょうか?」
「一度、改めて背を測ってみたら?」
そう言い、アニエスはアレクサンダーにしがみついた。
「はやくはやく!!」
「……はいはい」
小さい頃から一緒だと、お互いが目盛りのように働く時がある。相手との目線の位置だったり、相手の手や肩の大きさだったり……。
それは当たり前のことに思えるが、実はすごいことなのかもしれない。
それだけ一緒にいたということなのだから。
「お嬢様が言う通り背が伸びたのかもしれません」
「絶対そうだと思う!」
「もしまた、そう思うことがあったら教えてくださいますか?」
「モチロン!」
「なら、肩もみのお礼はそれで、どうかお願いします」
「なにそれ、変なの!」
アニエスが笑う。
しかし、アレクサンダーはそれでいいと思った。
なぜなら、それはこの先も彼女との日々が続くということ……。
だから、いまは取りあえず、それを楽しみにしたい。




