95、トラウマと地獄
白い翼のような剣を見て、ゲーデはその芸のない容貌の武器に失笑を隠せないとばかりに腹を抱え嗤う。
「おいおい、なんなんだよそれ? 想像力の乏しい子供が考えそうな武器だなぁ!」
そう馬鹿にした。
言ってしまった……アニエスも実は、ちょっぴりそう思う。
白い翼の剣はそれこそ、悪魔の闇のイメージに対抗した聖なる光のイメージそのものだ。
確かに弱点は本来なら攻撃対象と逆の属性というのがセオリーだが、ゲーデはその狡猾な性格から単純な戦略は早々に対策してきそうだし、そもそも彼は元々人間である。
弱点は一般的なそれとは異なる可能性は非常に高い。 セオドリックは本当にこのまま戦うつもりなのだろうか?
アニエスは、セオドリックの様子をチラッと伺った。しかし、彼の顔色はかなり良い。
セオドリックは賢明な男だ。
色々ふざけたり、馬鹿もするが、いざという時その選択に間違いを起こすような人物ではない。
(あの武器はゲーデや私の考えているようなものではきっと無いんだわ……)
アニエスはセオドリックを信じた。
「セオドリック様……私に出来ることがあれば何なりとお申し付けください!」
アニエスは竜を所持するも、アニエス自身は魔力が無く、その力を発揮することは叶わない。
しかし、彼女が触れる相手に魔力があればその力を貸すことが可能なのだ。
竜にはいろいろ便利特典……例えば魔力回復を最大五千二百五十六万倍の速度で行える。
それは言ってしまえば、体力と脳の計算処理が続く限り、無尽蔵にいくらでも魔法が使えるということだ。
アニエスはそのつもりでセオドリックの脇に控えた。
セオドリックはアニエスのその申し出に、ふっと笑った。
「わかった! 今日、夜一緒に寝てくれないか!?」
「馬鹿やろう!?」
だが、セオドリックは……セオドリックだった!
「よくもこんな場面で、セクハラが言えますね!? 神経を疑います!!」
忘れているかもしれないが、そこら中に人間の肉片が散らばっているのだ。
「いや、出来ることを何なりとと言うから……アニエスができる最大限のことを望んでみた」
アニエスはクラクラする頭を押さえながら小さく叫んだ。
「それで、この局面をどう乗り越えるっていうんですか!?」
「いや、モチベーション的には、かなり上向くな?」
「モチベーション云々で敵う相手ではないでしょう。私は、私の例の内に飼っているアノ力をお貸ししましょうかと申し上げているんです!」
「例の……ああ、タニアにこの間していたヤツか……是非頼む!!」
アニエスは、先日のカサンドラの人命救助の際。
タニアの生命の魔法を全ての人に行えるように、タニアの背中に抱き付いてその力を貸した。
セオドリックはそれを思い出し、意気揚々とその背中を差し出した。
アニエスは、何となく若干の戸惑いを見せつつもその背中に手を伸ばした。
セオドリックの背中にひと肌がピタリとくっつく。
「よし、じゃあ行くぞ……!!」
そこで、セオドリックが立ち上がると意外な重さに目を剥いた。
確かにアニエスは筋肉馬鹿一代だが、その線は限りなく細く、あまりに可憐だ。
いくらなんでもこんな重さなわけ……。
「お力なら、僕が貸しますよ殿下? 僕もそれ出来るので!」
「エース!?」
なんと、セオドリックにしがみついていたのはエースその人だった!
「……ノートン様から合図があり、ここに入ってみれば、随分好き勝手おっしゃっていたみたいで」
「入った気配なんてしなかったが!?」
「最近、気配を消しながらの壁抜け魔法を覚えたんです。早速、役に立ちましたね!」
にこっと、久々の甘く蕩けるエース・スマイルである。
「ふざけるな! アニエスみたいな華奢な少女を背負うのと、成長期まっしぐらで、筋肉発達したお前を担ぐのでは動きに差が出るだろうが!?」
「やられそうになったら、ちゃんとサポートしますよ。竜を貸しながら俺は魔法が使えるので!」
「なんだなんだ、そのガキも俺の生贄候補か?」
ゲーデが、急に登場したエースを見下ろしながら不思議そうに尋ねる。
「違います。僕は貴方の暴走を止めに来ました」
「お前のようなガキがか?」
「言っときますが、本気出した僕は貴方が思うよりずうっと手強いですよ」
エースは挑発的に目を細め、艶っぽく笑って見せた。
「……何だこいつ、ガキで男のくせに、やたらにぷんぷんと色気があるな。男娼か?」
「誰が男娼だ! 僕はそんなんじゃありません」
「いや、だけど……アニエスよりよっぽど美人だし色気があるぞ!?」
いきなり繰り出された言葉の刃に襲われ、アニエスは思わぬショックを受けた。
「本当に全くその通りでございます! ……もはや、ぐうの音も出ません。でも……ちょっぴり傷つきました!」
わかってる。十分わかってるけど改めて口にされると辛い!! それが乙女心というもの!?
「アニエスは元気で天真爛漫で、時々、やたら落ち着いた物言いがお婆ちゃんみたいなところが魅力的だぞ?」
「セオドリック様ぶっとばしますよ!」
「ジョークだ」
「アニエスは充分魅力的だし、僕よりアニエスの方が可愛いよ」
「やめて! 自分より圧倒的に顔が良い人間に、可愛いと慰められても余計に辛いです!!」
「つうか、本当は王子と男娼はそういう仲なんじゃねーの? そんなにくっついちゃって、あらまあ……」
「「それだけは、絶対に絶対に、死んでもありえない!!」」
二人は同時に叫んだ。
「って言うか、変なあだ名をつけるなっ!」
エースはあまりの不名誉に憤慨した。
「あれ? っていうか、俺ら何してたんだっけ? ……ああ、早々にお嬢ちゃんの願いを叶えようとしたら、王子がダサい剣を出して威嚇したんだっけ?!」
悪魔が話を戻したことにより、三人にもおのずと緊張が走った。
「……で、殿下そのダサい剣はどうゆうものなんですか」
エースはセオドリックの剣を見る。
「これは、正真正銘王族由来のアーティファクトだぞ? だからそれ以上は、不敬罪に処す!」
「……まさか、『天使の~』とか、言い出しませんよね? 悪魔だけでも胡散臭いっていうのに」
「そんな……慈悲深いものじゃない」
セオドリックは、チラリとエースを横目に見た。
「私の分の結界でノートン個人は手いっぱいだぞ。アニエスなら悪魔も攻撃しなかったが……エース、自分の身は自分で守れ」
「言われなくても、それなりの対策はしてきましたよ、馬鹿じゃないんだから……まあ、中がこんな惨状とは思わなかったけど。酷い匂いだ」
「あのアニエスだって、多少狼狽えていたのに、お前は平気そうなんだな?」
「それは、セオドリック殿下もでしょう? ……まあ、王族は色々ありますよね。僕はアニエスより余程死体には慣れているから大丈夫です」
「……?」
セオドリックは多少エースの言葉に引っかかったが、詮索は後にし、手を持ち換えて剣を攻撃の体制に構えた。
ゲーデは攻撃できるのに、その滑稽な姿の剣からどんな攻撃が出るのかを高見の見学しようとしている。
「……三頭の門番よ。その門を開け」
セオドリックがそう古代語で唱えると、剣はほの紅く光った。
その光は、およそ神聖な白い翼の形をした剣には似つかわしくない禍々しいもので、ゆらゆらと揺蕩う。
セオドリックは、そのまま剣をその場で大振りした。それに、ゲーデは鼻で笑った。
「おいおい、あまりに、ビビりす……ぐぼふっ!!!」
ゲーデの身体から鋭い針金のような針がその身から無数に貫いた。
「!!? ……なんだ……こ……れ? 悪魔の身体を……貫いている!?」
悪魔の身体は魔法との結合率が高すぎて、通常の物理攻撃は効かない。安易な攻撃魔法も……。
だがこのセオドリックの一撃は着実に悪魔に届いていた。
「更に、その針から出る酸はその身を熔かし……」
セオドリックがそう言うと針の刺さる根元から液体が滲み、その身を容赦なく爛れさせる。ゲーデはその苦痛に呻いた。
「ぎゃあああああ!」
「更にさらに、その針は、膨れ破裂をする……」
「何!?」
セオドリックの言う通り、その針は急激に膨張し、一気に爆発した。
悪魔の身は見事に四方八方へと飛び散った!!
「確かに……慈悲も何もあったもんじゃない!」
エースはぎょっと驚き呟く。
「……おい、何なんだそのルール違反な武器は?」
何と、体をバラバラにされたゲーデはまだ生きていた。
右肩から顔右半分になった姿で、平然と話している。
悪魔は伊達じゃないようだ。この化け物め!
「これは、『地獄の処女』。この剣の中には未だ冷めぬ本物の地獄が仕舞ってある。……かつて、ローゼナタリアが大陸全土の侵略を目論んでいた頃に作られた聖遺物だ」
その答えに、エースとアニエスは息をのんだ。
「……成る程、お前さんキラキラしい白馬の王子様かと思ったら、そ―んな大それたこと考える侵略者だったのかぁ?」
「これはあくまで大昔の話だ。今はローゼナタリアは大陸随一の優良友好、安定国家だ」
それに、ゲーデはくつくつと笑う。
「それじゃあ、俺がここで大暴れしたら大変だな!?」
そう言いながら、ゲーデはバラバラになった体を集めて元の姿に戻っていく。
しかし……!
「あれ、どうした?」
身体はところどころ、もう戻っては来なかった。一部がすでに腐りだしていたからだ。
「……これじゃゾンビじゃねえか?」
「どんな大悪魔より、例え人間製でも地獄そのものの方が力が強い。魔法は通常同じ属性ならより強いものが圧倒する。この残りの羽根の数だけ、お前にいくらでも地獄を味わわせてやろう」
「くくくくくっ……その羽が武器の残弾なんだな? なんか久々に骨があって面白しれえ? じゃあ俺もそんな攻撃に答えなきゃな!」
セオドリックは、その言葉が終わらぬうちに、二発目を悪魔に切りつける。
けれど、何処に来るかわからないはずの攻撃を悪魔は上手く避けた。
そのままゲーデは歌うように呪文を唱え、その指で、こつんとセオドリックのおでこを弾いた。
セオドリックの身体はノートンにより完全結界で固められバラバラになることは無かったが、その威力に壁にエースとともに激しく打ち付けられた。
「セオドリック様!! エース!!」
アニエスは、悲鳴を上げ、二人に駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「ああ、大じ…………!」
セオドリックは打ち付けられたこと自体は、エースがクッションになり大した事は無かったが、急に頭を抱え苦しみだした。
セオドリックの後ろから這い出たエースが、後頭部を押さえながら話しかける。
「いてて……殿下?」
殿下のいつもと違う様子に、アニエスと同様に心配した。
セオドリックは呼吸を荒げ、額から脂汗を流し、目の奥が暗くなっていく。
「い、いったいセオドリック様に何を!?」
アニエスは、青い顔でゲーデを見た。
「別に大した事は無いさ? ただ本人の一番深いところにあるトラウマを鮮明に痛みと苦しみとともに呼び起こしてあげただけで……まあ、トラウマをもう一度本人の中で実体験してるってところか!」
セオドリックは呻くように呟いた。
「……は……は……う……。はは……え…………」
アニエスは、その言葉に以前フレイから聞いた話を思い出していた。
セオドリックの母は、確か同じ王族に罰せられて命を落としている。
「くくく、苦しいですかー? 王子様あ?」
ゲーデは、人の苦しむ様が面白くて仕方ないようで、ニヤニヤと腹を抱えて笑っている。
「セオドリック様……」
アニエスは激しく苦しむセオドリックの頭をその胸に抱いた。
「アニエス!?」
そして城で毎日見る肖像画の彼女の骨格と、タニアの声から自分の想像力を最大限に働かせ、声音を変えてセオドリックに語りかけた。
「セオドリック……それは悪い夢です。どうか目を覚ましてください」
セオドリックは小刻みに震える。
こんな彼は初めてでアニエスは戸惑った。けれど諦めずに続ける。
「貴方は私の誇りです。私の光。私の宝。私の一番星……」
その言葉は、アニエスが前にタニアが母がよく言ってくれていたと語っていたものだった。
果たして、セオドリックにもこう言っていたかは分からないし、声も調子もこれで合っているかはわからない。
「貴方は賢く強い王国の……父と母の子供です。それでも怖いものがあるなら私が全力で貴方を守ります。だから、その内なる勇気を忘れないで!」
アニエスは、ぎゅうと力を込めて抱き締める。
以前セオドリックは言っていた。
人の鼓動と温もりが人を安心させると……!
「……愛していますよ。セオドリック!」
そう言った時、セオドリックの震えはピタリと止み、恐る恐ると言った様子で顔を上げた。
「母上? いや……アニエス……なのか?」
「目が覚めましたか?」
「その声は、どうして……」
「人は窮地に陥ると、奇跡を起こせるようです!」
「驚いた……生前の母の声そのものだったから」
「お望みならいつでもこの声で語りかけますよ。……とびきりの愛情をこめて!」
セオドリックは暫くアニエスを見つめたあと、その目に一粒の涙を流した。
「!?」
セオドリックは、その一粒の涙をぐっと自分の拳で払うと、一瞬下を向き、その後すぐにいつもの自信ありげな様子で、白い歯を見せ顔を上げて笑って見せる。
「……どうせ愛を語るなら、次はアニエス本人の声がいい!!」
そして、アニエスの頬にキスをした。
「エース悪いが、離れてくれ」
エースは、アニエスとセオドリックのやり取りに不機嫌になりながらも答える。
「……分かりました。しかしその剣の魔法。相当魔力消費が激しい大技ですよね……大丈夫なのですか」
「君にしがみつかれたらやっぱりうまく動けないからな。今度は最後の一撃と思って全力で行って終わらせる!」
「悪魔は先程セオドリック様の思考を読んで攻撃をかわしていた。また、かわされますよ!?」
「それは距離のある攻撃の話だ。至近距離なら大丈夫」
「それはまたどうして……?」
セオドリックは、その目を鈍く光らせた。
「脊髄反射でする攻撃だ……。思考なんて追い付かない!」
セオドリックがエースと話す様子を見て、正気になったことに勘付いたゲーデがゆっくりと歩いてくる。
「暗示が解けたようだな? 思ったより楽しめなくて僕ちゃん残念だよ〜ん」
そう拗ねたような口調で言った。
セオドリックは剣を持つと、先程とはまるで違う体制に剣を構えた。
最初、踊る様にステップを踏んで飛び跳ねる。
だが今度はゲーデも待ってはくれず、セオドリックに襲い掛かった。
それをセオドリックもひらりとかわす。まるで本当に踊りを楽しむかのように……。
ゲーデはそれにイラっとしたのか更に攻撃するもまたかわされる。
ゲーデが明らかにイライラしだして、攻撃がだんだんと単調になっていく。
……どうやら人間だった頃の短気な性格が、今も影響している様子だ。
なるほど『三つ子の魂百まで』というが、元々の性格はそうそう悪魔になっても変わらないらしい?
セオドリックは、全ての攻撃をかわし終えると、ゲーデの単調な動きの隙をつきその刃を脇に鋭く刺した。
「!!」
その動きはあまりに自然で、一瞬刺されたことに気付かない。
「言い忘れた、『地獄の処女』の材料は魔の物だ。最後に攻撃した相手を平らげ、破損した分は自己修復するスグレモノだ」
セオドリックはそう言い残し、素早くゲーデから離れた。
先程と同じ攻撃がまさかの威力倍増でゲーデを苦しめる。
「ぐ……ぐぎゃああああああああっっっ!!」
その身はまた激しい地獄の連鎖でバラバラになったが、そのゲーデを刺していた位置に落ちた剣に次はその身がゾゾゾッと平らげるように吸い込まれていく。
「や……やめろ……!?」
ゲーデの頭が歯をたて床にかぶりつき抵抗するもその吸引力は凄まじく、容赦なく引き込まれ、やがてゲーデの全てを飲み込んでしまう。
「あ゛あ゛ああ゙ああああああああ……っっ!! ―――――――っっ!? あ゙!」
最後に、ゲーデの断末魔を残し、次の瞬間、部屋から音という音が消えたのだった。
セオドリックの王宮剣術の腕前を初披露です。




