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アニエス嬢はご苦労されてます  作者: ちゃ畜
大人の階段と悪魔との取引
91/227

91、報告と王弟フレイ


「お兄様、今回は(いた)し方ないですが、お兄様はアニエスへの接近は基本的に禁止です」


 アニエスとエースが一旦席を外したあとタニアは、兄に厳しい宣告をした。


「……え、また、どうして!?」


「お兄様、これをご覧ください」


 そう言い、タニアはブローチ大のそれを執務机の上に置いた。


「先日アニエスがお兄様に喧嘩の謝罪に赴いた際、これを念のため持たせていたんです。……何かお判りになりますか?」


「……………」


 セオドリックはわかったからこそ黙ってしまった。


「社交会デビュー前の公爵令嬢。しかも竜の人質でもあるアニエスに、もしもがある訳には参りません。だからお兄様は接近・接触禁止です」


「いや、いやいやいや!! ……待て待て待ってくれ!! 確かにその時はそうだったが……別にアレクサンダーに会いに行く時はいいのではないか? っというか、おかしいと思ってたんだ! 急にアレクサンダーの面会時間に限って公務や面会が入って、しかも食事の時間もランダムになったし!! ……やっぱりという感じだよ!?」


 それにタニアはセオドリックを睨む。


「そう言って行き帰りはアニエスと一緒でしょう? どうせそのわずかな時間を有効活用するでしょう!? ダメです、絶対になりません!!」


「なあタニア、私は本気だ。アニエスを本気で王太子妃にと考えている! だから、アニエスとの面会に制限をしないでくれ!! 頼む、この通りだ!! これがどんなに切ないことなのか、賢いお前なら分かるだろう?」


「お兄様がアニエスに対して本気だ。大切だ。というのなら、何かしらの失った信用を取り戻すための態度をお示しください。話はそれからです! はい、お話は以上!」


 もうこうなったら、タニアはテコでも動かないのを知るセオドリックは、思わず顔を手でがばっと覆う。


(あと、もうちょっとで落とせたのにーーーーーーー!?)





 一方、アニエスは、今日も収容所番号三三〇五号室に赴いていた。

 いつもなら、他の王宮宮廷行儀見習いがもう一人付くが、今日はタニアの計らいで朝食の席だけ席を外してもらった……アレクサンダーに話をしておくためだ。


「で、お嬢様がおとり役をすることになったと?」


 アニエスは頷いた。


「分かりました」


 意外にも一番説得の難しそうなアレクサンダーが素直で、アニエスは拍子抜けする。


「ではその時間に、僕が脱獄を(はか)ればいいのですね?」


 ……全然大丈夫じゃなかった。

 アレクサンダーは、やっぱりアレクサンダーだった。


「いやいやいや……どうして? ここまで模倣囚だったんだから、あと少し頑張って……ほんの数日なんだから……!」


 アニエスは思わずツッコむ。


「そんなクソキモいストーカーをお嬢様と対面させて、自分だけのうのうと収容されているわけには、参りませんよ!?」


「のうのうと収容って……」


 これに今度はエースが思わずツッコむ。


「でも今回は本当に私がいけなかったのよ……はあ、上手くいけばいいけれど……もし、相手が実は私にもう大した興味を持っていなかったらどうすればいいの!? ……恨みは簡単には消えないと思うけど」


「恨み? 歪んだ恋愛感情でしょう?」


 エースがそう言うと、アレクサンダーはそう言えば例の話をエースは聞いていないことに、思い至る。 


 エースにも知らせるべきだが、何の魔法も掛けないで、詳しいことを話すのは危険すぎた。


「どんな想いにしろ、その点は大丈夫でないかと……罪を犯して、お嬢様と接点を持とうとした相手です。つまり、常識の範囲外の考えの持ち主だということでしょう」


「……そうね。まずはやってみないことには……よね?」


 アニエスは決意を新たにした。


「ところでアレクサンダー、後ろの山はいったい何なの?」


 エースが指さす視線の先には、美しく包装され、リボンをかけたプレゼントが山になっている。


「王宮宮廷行儀見習いの子達が置いていくのよ。注意して、その場では話を聞いてくれるのだけど……」


「アレクこそストーカーに気を付けた方がいいんじゃない。というか、テンプテーションでも使ってるの?」


「……僕も断ってはいるよ」


 だがしかし、アレクサンダーは世界三大国一番の傾国の美姫より美しいため、魅了されて貢物をしてくる者があとを絶たないのである。


「皆さん、この顔のどこがいいんでしょう? ……全然、良さがわかりません」


 ふうっとアレクサンダーはため息をつく。

 アレクサンダーは実際、自分の容姿にほとんど興味がない。

 身嗜(みだしな)みの範囲内では整えるものの、本来は寝癖が付いていようとまるで気にしない。

 日焼けしようが怪我を作ろうがどうでもいいと思っていた。


 ナルシストは困るが、アレクサンダーほど自身の姿形に興味が無いのも年頃として如何なんだろうか? とも思う。  

 ……しかし、その意見に異を唱える者がいた。


「え!? そりゃあ良いでしょうよ!! アレクサンダーは世界一美しいと、私は自分の命を賭けて誓えるわよ!」


 そう、アレクサンダーのこの美貌を誰より推薦するのが誰あろう……アレクサンダーの主であるアニエスだ。

 また、アニエスの目を通すのであればアレクサンダー本人も話は変わってくる。


「お嬢様が僕の顔を好きだから、何とかそれなりに体面を保っているんですよ」


 アレクサンダーは、アニエスが自分の顔をどれだけ好きなのかをよくよく熟知していた。


「本当……いつでも女性のように美しく装いたいのなら言ってね? 出来る限りの財力を投じるわ!」


「……絶対に言いません」


「そうね…………アレクが女装なんてしようものなら、私、思わず気が狂って抱き付いてキスして、どんな無理な願いも必ず叶えるに違いないもの……それは確かに危険よ!」


「…………」


「……おい、今それなら女装も悪くないと思っただろう?」


「何のこと? ただ、お嬢様がどうしてもというのなら、従者として従わなければならないよな……と、思っただけだけど」


「嘘つけ、このムッツリスケベ!!」


 エースは、親友兼、幼馴染兼ライバルの考えなど、全てお見通しなのである。


「話を戻すけど俺も見張るし……何か知らないけどセオドリック様も考えがあるみたいだし、お前は取りあえず刑期を全うしといた方がいいよ。……万が一は考えたくないけど、同じ時期に同じ家から二人も受刑者を出すのは体面が酷すぎる」


 いくら超名門ロナ家でも……いやだからこそ、世間体は大事にすべきだ。


「悪いことを今は考えても仕方ないわ。取りあえず、さっそく今日から頑張る! 絶対に悪魔を発動させてなるものか!!」


 アニエスは拳に力を込め、天高くつき上げた!


「正直、悪魔に取り憑かれるより、お母様の雷(※リアル)の方が怖いもん……」


 アニエスの母ディアナの一番得意な魔法は雷魔法である。

 ハーフエルフの母の魔法の威力は、本気なら発電所の発電機能さえ軽く上回ることだろう。


「何のお話をしているの? ずいぶん、面白そうな話だね」


 そこにあまりに珍しい人物が、いつの間にやら三三〇五号室に降り立っていた。


「!? 足音なんてしなかったのに……」


 アレクサンダーはかなり耳が良い。音の大小は無論。その足音で誰のものなのかを聞き分ける。


「……フレイ様!?」


 そこに立つは国王の弟フレイ。

 アニエスの祖母である魔女の師事を受け、セオドリックに次ぐこの国の王位継承者。


 アレクサンダーとはまた違う、どこか雨や霧に濡れる花を思わせる中性的な美しき容姿をしている。


「二人とも、フレイ様は現国王陛下の弟君にあらせられるわ。ご挨拶を」


 しかし、それにフレイはすっと手をあげ遠慮した。


「ああ、大丈夫、知ってるから」


 そのことにアニエスは戸惑いつつ訝しげにフレイを見つめる。


「左様ですか、ならば承知いたしました。……あの、フレイ様、御自ら何故このようなところに? それから、どのようにしてここまで……?」


 アニエスはフレイに矢継ぎ早に質問した。

 すると、フレイはにっこりと笑う。


「ああ、ここに入ったのは魔法を使ったんだよ?」


「……城に掛けられた、何重もの反脱獄用の結界を抜けてですか?」


「そんなに難しいことじゃない。……そこの手枷(てかせ)の彼もその気になれば抜けられると思うけど?」


 それにアニエスは、アレクサンダーをチラリと見た。


「いえ、難しいと思います」


「生身ならね? 竜と融合すればその限りじゃない」


 そうか、この人も王族だからその辺の事情は了解しているのか。とアニエスはフレイを警戒しつつ、冷静に分析した。


「けれど、そんな結界をフレイ様は、生身で突破できるのですか?」


 それにフレイは余裕を見せる。


「これでも、世界で三人しか許されていない。『魔女』の称号を持つ先生の一番弟子だからね? 魔法の実力だけならセオドリックも僕の足元にも及ばない。それよりも……」


 そう言い、フレイはつうっと自分の指の腹をアニエスの頬に滑らせ、最後にくいっと人差し指を顎に突き立て彼女の顔を上に向けさせた。


「悪魔のアーティファクトの話が聞きたいんだが……教えてくれる?」


 アニエスは、背中にざわざわとした嫌な予感を感じながら、思わず口を(つぐ)んだ。


「ふふ、何で僕がそんなことを知っているのか警戒しているようだね?」


 アニエスはどちらにせよ肯定になってしまうが頷かずに黙ってただフレイを見つめる。


「僕とセオドリックは、常にお互いに間者を送り合って監視し合ってるんだよ。だからそのことも偶然知ったんだよね」


 フレイが勝手に事情を解説しだす。


「実はね、僕らは長いこと、ある悪魔を探しているんだが、それが全然見つからないんだよ……? 神殿の聖典にも名を連ねる悪魔なのに、ずっと不在のままなのは……おかしいおかしいと思って……」


 あまり深堀りしたくないのに……自ら悪魔への興味関心を世間話のように暴露する。


「誰かが所有している可能性も考えたのだけど、その悪魔が魔法を使用した履歴も見つからない。そこで、『あ、そうだ。アーティファクトかもしれない!』と思ったんだ」


 フレイの口が軽やかになるほど、三人は警戒して口を固く閉ざした。


「………………」


「だから丁度いいから、犯人を捕まえるのを手伝ってあげようかなって?」


「……王族が悪魔に手をお出しになるのですか?」


 アニエスは、そこでようやく言葉を発した。


「魔女の悪魔研究は王や神殿、教会にも許可をもらって、極秘裏(ごくひり)に行われている公共事業だ。無論、安全対策はばっちりと行っているよ?」


「安全対策がばっちりですって? 悪魔を呼び出すには絶対に生贄が必要なはずでは……?」


「うん、ばっちりだよ。特に心強いことに『ロナ』が全面的にサポートしてくれているんだからね?」


「「「!!?」」」


 その言葉に、三人は固まった。

 アニエスはその言葉にアーティファクトが取られていると気付いた時と同じ嫌な予感と、胸にせり上がってくる吐き気を必死に堪えた。


「でも、私がもともと持っていたアーティファクトの中の悪魔が……お探しの物とは限りません。いいえ、むしろその可能性は限りなく低いのでは……?」


 それにフレイはクスリと笑い。

 アニエスの腰を引き寄せると、アニエスの耳元で囁いた。

 アレクサンダーとエースは思わず前に出そうになるも、アニエスがそれをすぐさま後ろ手で制止した。


「違う。君の本能で見つけ出したアーティファクトが、一番可能性が高いんだよ?」


「いったい、それは何を根拠に!」


 アニエスは、目の前のフレイを化け物を見る心地で見る。


 何故この人物は、アニエスがアーティファクトを見つけることが出来るのを知っているのか!? 

 別荘でその話になった時も、実は、ちゃんとセオドリックは盗聴対策用の魔術具を使用していたはずなのだ!


 ……というか可能性が高いというのはどういうことなのだろうか!?

 アニエス自身ですら、あれの中がどういう悪魔なのか知れないというのに!


「君のことは……君以上に僕らは知っている。君は魔女の最終研究テーマだからね」


「それはどういうことでしょうか?」


「それは……」


 その時だ――フレイの頬ギリギリを刃先が鋭く走った。


「彼女から離れろフレイ」


「……叔父を呼び捨ては礼儀にかなっていないよ? セオドリック」


 剣の持ち主はセオドリックだった。

 その目には普段とは違う獣が威嚇するような、鈍く閃光が差す。


「叔父様……!!」


「……久しぶりだねタニア、ごめんね? 刃先が当たってしまうから、今は振り向けないんだ」


 あの後、セオドリックはタニアに対し平身低頭に懇願し、情けない兄の姿を見るに見かねたタニアがついに折れて、タニア自身が同行し、エースもアレクサンダーもいる今現在なら、アニエスに会ってもよいとセオドリックと急ぎ三三〇五号室まで来た。


 けれど、これももしかしたら運命の手引きだったのかもしれない。


 中にいたのは、まさかの憎き政敵であるフレイと、それに詰め寄られているアニエスだったのだから!


「久しぶりに、自慢の王宮剣術をお見舞いしてやろうか?」


「おやおや、取り乱して……そんなに大事なのかな? 僕はただ協力するから協力して、と言いに来ただけなのに……いわゆる『GIVE&TAKE』ってやつさ」


「何がだ……搾取する気満々のくせに!」


「心外だな? 僕はそんなにケチくさくは無いよ?」


「協力なら全面的に断る。……私のこの決定が不服なら父王に直接、直談判するんだな」


 それに、フレイはやれやれと言った感じで、ため息をわざとついて見せる。


「果たして、君の手の内で収まるものかどうか全く怪しいものだ」


 だが、その言葉にセオドリックは一切(ひる)まない。


「私は考え無しじゃない。貴公に心配される言われは一つもない。……いいから彼女から離れろ! この剣がどういうものなのか……貴方はよくご存じですよね。叔父上?」


「……………」

 

 フレイは、横目で不服そうにセオドリックを見ながら、そう言われアニエスを開放した。


「アニエス!」「お嬢様!」


 エースとアレクサンダーはすぐにアニエスをその背に守る体制を取り、フレイに強い警戒の目を向ける。


「全く、好戦的な態度には心底ゲンナリするよ。野蛮人かい? ……本当に君とはそりが合わないよ」


 それにセオドリックはハンッと鼻で笑う。


「まだ朝だけど今日一番の嬉しいお言葉です。ありがとうございます叔父上殿?」


 セオドリックは刃をそれでもフレイに向け続けた。


「……悪魔を諦めたわけじゃないけど、ここはいったん引くよ。それじゃあタニア……またね」


「…………………………はい」


 そう言うとフレイは壁をすり抜けるようにして、その場を後にした。


「何なんだあの人!」


 エースはそのフレイの消えた壁を唖然として見つめた。


「…………」


「アニエス大丈夫か?」


「はい、特別何かをされたわけでは無いので……」


 そう言いながらもアニエスの顔から精彩が失われている。


「叔父上には絶対今回の件に関わらせない……。君は私が守るから安心してほしい」


 アニエスはそれに黙って頷いた。


 






 そして、フレイ襲来から十一時間後。


「では、参ります!」


 アニエスはテントウ虫を頭に付け、おとり作戦は始まったのだった。





久々の王弟フレイ。

タニアとの関係性は、まだ見えないままです。

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