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アニエス嬢はご苦労されてます  作者: ちゃ畜
大人の階段と悪魔との取引
90/227

90、悪魔のアーティファクトとおとり


 アニエスはエースに話した。


「タニア様に報告した後、急いでもと居た部屋を引っ越したの……部屋を移動しても、とくに不便も無かったし、最初は無くなったものなんて実は無いんじゃないかと思っていた」


 エースはアニエスの手を握り、耳を傾ける。


「手紙で『持って行った』と書いてあるのも単なる脅し文句だと思っていたの……」


 脅しが口だけなことは、実際によくある話だ。


「だけどこの間、セオドリック様から私から没収したアーティファクトの総数を聞いてずっと引っ掛かっていて、それで思い出した……。一つだけ別にしまったアーティファクトがあったことを!」


 どうやらアーティファクトをまだ他にも持っていたらしい。エースは呆れると同時に感心する。


「全て没収されたと思っていたから、最初から無いのが当然だと思っていたわ」


 何しろ没収は(すみ)やかに行われ、アニエスが部屋に戻った時は、その見る影すらなかった。


「でも昨日になって気付いたの……前の部屋に置き忘れていたから、セオドリック様が言っていた数と私が元々持っていたアーティファクトの数の認識が合わないんだって……」


 アニエスはもちろん元の部屋での捜索を開始した。

だが……。


「でも、無かった……! 念のため王宮の遺失物置き場にも確認した。けれど、やっぱりソレは見つからなかったのよ」


 アニエスは青い顔で、事の詳細について話し終え、エースは目を瞬く。


「……それってそんなに、まずいものなの?」


「持っていたアーティファクトの三分の一くらいは、使い方や名前の古代文字が削れて消えかけていて解明ができなくって……取りあえず保管だけはしていたんだけど、それもそんな中の一つだったの」


 アーティファクトは古いものなだけに中には経年劣化の激しいものもある。

 それは、そんなもののひとつだったらしい。


 「でも、はっきりと『悪魔がいる』という文字だけは読み取れた……。だから下手に触るべきでは無いと思って別にしていたの」


 触らぬ神に祟りなしとばかりに、アニエスはそれを奥へとしまった。


「古い文献で本当に悪魔を閉じ込めたアーティファクトが一時期、大量に生産されたというのを知っていたから…………実際、私が分析した時もそのアーティファクトはその年代としっかりと被っていたわ」


「じゃあ、そのアーティファクトは……本当に悪魔が閉じ込められているってこと!?」


 アニエスは静かに頷いた。


「アーティファクトは一見しても使い方が分からないから、そう易々と起動は出来ないとは思う。でも、もし、起動させることが出来でもしたら……!」


「……タニア様には言った?」


 アニエスは首を振った。


「エースお願い! ……もう一度その部屋で一緒にアーティファクトを探してくれないかしら!? 万が一があるかもしれない……。もしかしたら見落としているだけかも!」


「わかった。……すぐに行こう!!」


 アニエスはエースを伴い部屋を全部ひっくり返す勢いで捜索する。エースは魔法も駆使して捜索に協力してくれた。

 ……しかし、やはりそれはやっぱり見つからない。


「アニエス、顔が青いよ?」


「何だか……すごく嫌な予感がする。……タニア様に、報告に行きましょう!」


「うん、……アニエス、俺の腕に掴まって」


「私、一人で歩けるよ?」


「でも、不安でしょう? ……誰かに掴まってると安心するよ」


「……ありがとう」


 エースは廊下を出ると、ナイジェルが待っていた。


「ナイジェル。僕は今日もしかしたら執務室に戻らないかもしれないから適当に掃除をして、僕への手紙がある様なら、君が判断して返事が返せそうなものがあったら、それだけ返事を返しといてくれる?」


「かしこまりました」


 そう言いナイジェルをその場に置き、タニアの執務室に急いだ。

 残されたナイジェルはそんな二人の後ろ姿に口笛を吹く。


「お姫様と騎士様(ナイトサマ)か……頼りがい出ちゃって、まあ」


 そう呟き。公爵の執務室に戻っていった。



「『悪魔のアーティファクト』!?」


「はい、アーティファクトはまず、旧古代に作られたもの、新古代に作られたものの大きく二期にわかれています。新古代は旧古代より大きく断絶され、ずいぶん後の時代になりますが魔力を大量に込める技術が未発達で、召喚した魔物や魔獣そのものを封印する形にしていたアーティファクトが新古代の初期は主になります」


 アニエスはまず、アーティファクトの歴史について説明する。


「しかし、時代が下るにつれ魔力を大量に込めることがどうやら可能になったのですが……魔物を閉じ込めるという技術そのものを今度は応用するようになり、悪魔を閉じ込めるようになったのだと思います」


 アニエスはゴクンと唾を飲み込む。


「悪魔は意思の疎通ができ、出来ることの範囲がかなり広がります……。ただ、その代わりに彼等は必ず代償を求めます」


 悪魔は基本、契約を条件とする生命体なのだ。契約に満足しなければ牙を剥き、より周りを不幸へと導く。


「それが、作成時に代償が満たされているのか、あるいは使用時に伴うものなのか……正直、まるで見当がつきません! おまけに悪魔の階位によって必要な代償は大きく異なります……」


 アニエスは自身の震えを内心で叱責しつつ、さらに続けた。


「小悪魔ならヤギの一頭で生贄は間に合います。でももし、大悪魔なら千人単位の人間の命を所望して来る可能性さえも……ございます」


 タニアは思わずその話によろけた。


「……千人単位!? アニエス……そんな危険なものをどうして……?」


「アーティファクトは通常は特別に掃除し、何度も何度も磨かなければ薄汚れたガラクタにしか見えません。……重さも起動前は極わずかしかなく……貴重品だと思う人間はほとんどいません」


 アニエスは青い顔で続ける。


「私は昔、師事した人にアーティファクトのことを詳しく教えてもらったので、その価値をよく存じていましたが……普通は学校でも詳しくは習わない」


 そう、それは専門的な特別な知識が要り、ましてやアニエスのように魔脈で見つけて「はい、これはアーティファクトですね!?」などと判断できる者はまずいない!


「アーティファクトの知識を有する人は基本的にはおらず。もし私の部屋に盗みがあるとすれば、もっとわかりやすいものを盗んでいくと油断しておりました」


 何しろ、これでも超名家の娘だ。貴重品や金品なら他にいくらでも転がっている。


「……下手に扱いを知らない者より自分の方が上手く管理できるという驕りも……しかし、この体たらく何の言い訳もできません」


 油断と過信。

 人が失敗する時の二大踏み絵をアニエスは綺麗に踏み抜き、後悔が全身を真っ暗に覆った。


 タニアは深いため息をつきアニエスを見る。


「もしも、それで問題があった場合。アニエス……貴方への重い処罰は免れませんよ……? わかっているのですか?!」


「ご報告するのですから、……そちらはもちろん承知の上にございます」


 アニエスはうなだれた。


「……女官長はいますか?」


「はい、タニア様。お呼びでしょうか?」


「お兄様は本日、城にいらっしゃるのかしら?」


「はい、本日は外部に出ての公務は無いと聞き及んでおります」


「それなら、こちらに来ていただけるようにお呼びだてして、……緊急事態なので先日、私が言った命令は今は無効としてください!」


「かしこまりました。すぐに行ってまいります」


 そう言い、女官長は慌てて部屋を出ていった。


「……あのタニア様。僕からもいいでしょうか?」


「はい、エースなんでしょう?」


「義姉を付け回していた者は全て掴まったのですよね? 彼らが所持していた中に義姉の私物が無いかについては調べていなかったのでしょうか」


 それに、タニアは困り顔になった。


「……ええ、調べました。しかし、それが鉛筆やら、ハンカチやら、歯ブラシやら髪の毛やら……細々したものが沢山……だから、まだ取られている物があるだなんて、こちらも全く思わなかったの」


「……義姉さん?」


 エースは思わずアニエスを睨んだ。


「え? ……いや、その辺りは以前からよく壊されたり盗……いや、はははは?」


「義姉さん、もしかしてストーカー以外にもなんかあったの!?」


「え、まあ……新人への洗礼的な……で、でも、それらはしっかり解決済みなのよ!?」


 すると、エースの周りの空気が一段冷たいものになった。


「そんな話、手紙にも書いてなかったじゃないか……」


「だ、だって、折角、勉強を頑張っているのに水を差したくなくて……でも、どうしても我慢できなくなった時は会いに行ったりしてたでしょう? だから、頼りにしてなかったわけじゃないのよ……」


「なんで、その時に詳しく事情を言わないんだ!?」


「~~~~~自分で何とかしようと思って!」


「義姉さん。今回もし問題が手に余る様なら……義姉さんを公爵家に幽閉するからね!?」


「ええ!? どうして!」


「当たり前だろ!? 一人で抱えきれなくなって問題が大きくなって……って何度目なのか分かってる? だったら、もう監禁して監視するしかないよ!?」


「そ、そんな……」


「それで次は本当に危険な目に合われたらこっちだって溜まったものじゃないよ。……それが嫌なら、少しでも嫌な目に合ったらすぐに話して、分かった?」


 エースは、優しくアニエスの手を握った。


「はい……ずびばせん」


 アニエスは涙目で返事をする。その時、丁度セオドリックが入ってきた。


「タニア何だ急に話って……」


「お兄様……急にお呼びだてしてすみません」


「!! ……アニエス!?」


「おはようございます。セオドリック様」


「久々に顔を見た……半月ぶり位か?」


「そう言えば……確かに?」


「その件に関しては別にお兄様にはお話があります。……しかし、今は別の重要な話があるのです」


 アニエスは、事の顛末をセオドリックにも説明した。


「でも、タニアは全員捕縛(ほばく)し、処分を与えたんだろう?」


「ええ、把握できている分は間違いなく」


「じゃあ、もし把握しきれていなければ抜けがあるのかもしれないのか……」


「あのタニア様……」


「なあに、アニエス心当たりがある?」


「いえ……正直これと言って……ですが、その人の狙いはアーティファクトそのものでない場合、私ということですよね? それでしたら、私がおとりになるのはいかがでしょう?」



「「絶対だめだ!!」」



 アニエスは申し出たが、すぐさまその声に、二人のストップが掛かった。


「どんな相手かもわからず、どれほど危険か想定すら出来ないんだぞ!?」


「アニエス、さっきも言ったけど、一人で何でも抱え込み過ぎだ!!」


 しかし、アニエスは冷静に反論する。


「しかし、これ以上の手掛かりがない今。時間もだいぶ経過していますし、例えセオドリック様の『探索』を使用したとしても追うことは難しいと思われます」


 何しろ、盗られてからだいぶ時間がたっている。


「むしろ千人の被害が出るのなら、私ひとりで済めばお安いものだと思うのです! ……もともと私の身から出た(さび)。……私にこの責任を取らせて下さい!!」


 しかし、セオドリックは首を振った


「それは最悪の事態の話だろう? そんな大悪魔なんて早々、召喚なんてできない……。それに何もなかったということは、犯人も使用方法がわからないからだ! だから君が出て、さらに危険が及ぶことの懸念の方が私には大きい」


「というか、そんなのそれこそ相手の思うツボだよ。軽はずみに動いて、犯人にチャンスを与えるだけだ!?」


 しかしそれに、タニアだけは二人と意見が違った。


「……いいえ、ここはアニエスに出てもらいましょう」


「「!!」」


「今は確かに何もないわ。けれど何か問題が生じた場合。このままだとアニエスに厳罰が下ってしまう可能性が高いの」


 そう、事が起こったら“懸念事項”は明確な“罪”へと転じてしまう。


「……だったらアニエスがここで動くことによって、少しでも減罪に持って行けるように動く方がいいと思うわ! ……もちろん周りがすぐに、アニエスを救い出せる体制を万全にしてというのが前提の話だけど」


「成る程、タニアの考えは分かった。しかし、相手は誰なのか分からないんだろう? おとりになるって言ったってどうするつもりだアニエス!」


「……犯人は出来るだけ、私と一対一でコンタクトが取りたいはずです。私が毎日、元いた部屋へ通い。周りの行儀見習いの子たちに噂を流してもらうのは如何でしょう。『アルティミスティア嬢は探し物があるみたいで、毎日毎日、前の部屋に仕事のあと通っているんですって?』といった具合にです」


 噂とは不思議なもので、時に千里を駆ける。

 きっと犯人の耳にも近く届くはずだ。


「……もともと、私の部屋がどこだったか知らなければ、来るのは不可能なのですから、上手くいけば犯人だけをおびき寄せることが出来ます!」


 それにセオドリックは、顎を撫でた。


「確かにそれなら、上手くおびき出せるかもしれないな……」


「タニア様、僕が護衛についても宜しいですか? ……僕は王宮の人間じゃないし、ほとんど最近は義父の執務室にいたので顔が割れていません。ロナ家としても、義姉が罰せられる状況は避けたいのです!」


「そうですね。エースの実力なら安心ですしね。……でも一応念のため、間者にも何人か見張らせましょう」


「では、私は―――」


「お兄様は今回出なくて結構です」


 タニアはきっぱり、セオドリックの申し出を即刻断る。


「なんでだ!?」


「最悪の事態として、……千人の選ばれし生贄から、出来るだけ“未来の国王”は遠ざけるべきだからです。だから、……お兄様はそれこそ王都内の別宅に、暫く身を隠して頂けませんか?」


 しかし、セオドリックはそれを承諾しなかった。


「嫌だね」


「……お兄様!」


 タニアは眉をひそめ、困り顔になる。


「だったら、生贄に所望されない姿で傍にいればいいだろう? そうだな……テントウ虫になってアニエスに張り付いている」


 それにタニアは頭を抱え、兄に反論した。


「……アニエスを守ろうとして魔法を発動したら、人間に戻ってしまうでしょうが?!」


 けれど、それに対し、セオドリックには彼なりの考えがある。


「私も策が無いわけじゃない。目には目を……アーティファクトには……アーティファクトをだ」


 職権をフルに乱用しての、その考えが……。


 マメ知識【テントウ虫】


 テントウ虫が女性の身体に触れると、その女性の運気が上がるとされていて、テントウ虫を見た時は『恋の願い事』を心に思い描けば実現しやすくなるそう。


 またフランスでは、テントウ虫が体に留まるとどんな心配事も一緒に飛んで行ってしまうと言う言い伝えも……。


 ドイツ語では『マリアのカブトムシ』。オランダ語では『神様の小さな動物』。

 欧米全体で『聖母マリアの御使い』と考えられている幸福のシンボル。

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