9、手紙と小さな侵入者 ☆※new挿絵あり
※アニエスのドレス姿
エースとアレクサンダーが、寄宿学校に入学してから、ふた月が経過した。
二人とも、複数カリキュラムを競うように取り、破竹の勢いで秀抜な成績を収める。
また学友にも恵まれ、日々忙しくも楽しい充実した日々を過ごしていた。
それなのに……。
「……」
アレクサンダーは、自分の個人ポストを開けた。
だが十秒して、まだそれが届いてないことに、不満げにポストを閉める。
左を向けば同じように自分のポストの前に立つ幼馴染の姿。
中にある手紙を掴んでササっと点検すると、目的のものは同じように無いようで、眉間にしわを寄せて不服そうにポストを閉めた。
二ヶ月……ずっと連絡がない。
いや、理解はできるのだ。
あっちも新しい環境で慣れない毎日を過ごしているだろうし、覚えることも多々あるだろう……。
だがそれでも、手紙の一つも送って来ないその相手に、二人は不満を覚えずにはいられなかった。
だってそうだろう?
いくら忙しかろうと、まだまだ手紙が主たる連絡手段のこの世界で……。
はがきでも何でも、送って来ないのはいくらなんでも不自然で、不精が過ぎるといえないだろうか!?
だけど……とはいっても、同時にこうも思った。
「女々しい……」
こんなのは、自分本位で男らしくない。
アレクサンダーは歯を食いしばり、甘えにも似た考えを振り払うように頭を振った。
「アレク、早くしないと食堂の席が埋まるぞ?」
たぶん自分と同じ内容でいまいち元気のないエースにそう促され、アレクサンダーはあえて気にしないフリをしながら話をする。
「何だか、がっつりしたものが食べたいな」
そういうとエースは少し意外そうにした。
「アレクがそういうこと言うのは、何だか珍しいな?」
アレクサンダーは普段あまり自分の要求や好みを口にしない。
それは、いつも自分では無いあるお方を、つい最優先に考えるからだ。
でも、ここにその人はいないから、自分の好みや嗜好も自然と出てきた。
なのに、何故かアレクサンダーは、そのことにさえ不満を抱いている……。
食堂の中に入れば、すでに全学年が午前の授業を終え、ほぼ席は埋まっていた。
「あっちでブロードたちが、席を取ってくれたみたいだぞ?」
見ると話しかけられたのをきっかけに友人になったブロード・アシュレイ・バーンをはじめ、クラスの友人たちが自分たちを呼んでいる。
「それにしても、いつもより何だか騒がしいな……あれ、人だかりができてないか?」
「……何でもいいよ。お腹がすいた」
その時だ。なんだか聞き馴れた声が聞こえた気がした。
『……いや、いやいやいや、そんなはずは無いだろう?』とさっさと歩を進める。
でも、いや……いいや、やはり聞こえる気がする!
ついに、彼らは幻聴まで聞こえだしたのだろうか!?
アレクサンダーは人一倍耳が良いはずなのに、いったいどうしたというのだ!?
しかし、今度はかなりはっきりと声が頭に響いてくる。
「アレクサンダーー! エーースーー!」
そう呼ぶ声が降ってくる。
二人はそこでようやく、まさか……と思いながら後ろを振り返り向いた。
見ると人だかりの奥で、顔を覗かせるように手を振っている少女が目に入った。
白い金髪、七色にきらめく瞳。ぶかぶかの燕尾服姿で、テーブルの向こうにちょこんと立っているのは紛れもないあの子。
……一瞬これは夢か何かではないかと、目を瞬いた。
しかしそれは幻でもなんでもない。
「もお、ずっと探してたんだから! しかも呼んでもなかなか気づいてくれないんだもん?」
間違いなくそれはアニエス本人であった。
アニエスは人だかりからさっと抜け出し、二人に駆け寄る。
「久しぶりー、元気だった? 色々話したいことが多すぎて……手紙じゃ書ききれそうにないから、えへへっ、来ちゃった!」
来ちゃったって、ここは基本、女人禁制のはずなのだが……?
「ふう、お腹がすいたー。立ち話もなんだし座ってお話しましょう? ほらほら!」
「……本当にアニエスだ」
「ええ、確かに……お嬢様ですね」
いつもと変わらない態度に突飛な言動、間違いようがなかった。
「その二人が探してた一年生なの?」
「はい! 一緒に探して頂きありがとう存じます!」
アニエスは一緒にいた上級生に丁寧に礼を述べる。
「いやいやいや!! いいよいいよ、アニエスちゃん一人じゃ探すの大変だったもんね!」
「そうそう!」
アニエスは人だかりから抜け出したが、その人だかりから、上級生の幾人かが彼女を追ってきた。
他の席の者も一目アニエスを見たいと、首を伸ばしてチラチラ覗いている。
こ、……これは、どういうことだろうか!?
いつもなら、『魔力無し』のアニエスに、魔力持ちは本能的な違和感を覚えるのだが……今は違う。
なぜなら「男子校に女の子がいる」その異質さの前では、その程度の違和感など、誰の意識にも上らなかったからだ!
そうなると彼らにとって、彼女を測る材料は、この容姿と態度しか残されていないとうこと……。
(本当、本人は気づいていないが、外見と愛嬌のよさは、すでに完成の域にあるからな……)
それこそ容貌だけでいえば、まるで神様が大切にこしらえたお人形のようだ。
ゆえに結果としてこの少女に、食堂にいる誰もが少しでもお近付きになりたいと、機会を伺っていた。
「お嬢様、ここで食事と会話を続けていたら、すぐに教師に見つかってしまいますよ!」
アニエスはチラッと先程の上級生を見た。
すると上級生はニヤリとし、指で丸を作って見せる。
「それならもう対策済みだから、大丈夫よ?」
いったいすでに何をしたと言うんだ。君は!?
「――アレク、とりあえず義姉さんの言う通り座って話そう。……義姉さんが大丈夫というのなら……どんな手段かは知らないが、大丈夫なんだろう。……たぶん」
エースは言及するのを止め、とりあえず面倒そうな問題をまるっと棚上げにする。
アレクサンダーたちはアニエスを連れ、ブロードたちが確保した席へと進んだ。
「ブロード、すまないが席をひとつ詰めてくれないか?」
「皆様、ごきげんよう!」
アニエスが元気よく挨拶した。それにはブロードも目を見開いて、ひどく驚いている。
「えっ、女の子!?」
「ふふふふ、そう見えますか? だけど実は……」
「女の子ですよ。これでも」
「これでもとは、なにー! ……まあ、確かにアレクのほうがずっと女顔…………いひゃいっ!」
「おや、失礼しました。あまりに不躾な口だったもので」
「え、……随分と親しいんだね!?」
ブロードは、いつも沈着冷静でクールな印象のアレクサンダーが、怒ったりいじったりする姿に衝撃を受けた。
「えーと、皆さんはご学友なのですか?」
「はい、僕の名前はブロードです」
「私はアニエスと申します。どうぞよろしく!」
「ジャックです」
「ハロルドだよ!」
「トーマスといいます」
さて、そこからはお互いに質問したり、されたりの繰り返しだ。
というか、もともとアニエスは色々手紙に書ききれないほど話したいことがあって、ここに来たのではなかったか?
しかも、話をしているうちに少年たちは、どんどんとアニエスに夢中になり、嵌っていく……。
それというのもこのアニエス。
実は大層な聞き上手なのだ!!
人の話を聞くときの、彼女のひたむきさは群を抜いている。
アニエスは相手の言葉に、体ごと引き寄せられるように前のめりになった。
まっすぐ向けられた瞳は、好奇心の光をいっぱいに湛えてキラキラと輝き、にこりと満面の笑みで相手の名を呼ぶ。
――そして、畳みかけるように感嘆が弾けた。
「ほおほお……」
「ふむふむ!」
「そんな、途中まで聞かせておいて、ここで止めるのは……ずるいです!」
「えっ……そう来るんですね。面白い!」
「わっ、そんな発想が自然に出てくるんですか? 反則じゃないですかソレ!?」
「そこまで考えてたなんて……ちょっと、尊敬してしまいます」
「うん……ちゃんと考えて出した答えだって、分かります」
「なるほど……ますます続きが欲しくなってきました!」
「わぁ……! それ、すごく素敵。好きです!」
「それを笑い話にできるの、ずるいくらい格好いいです」
「それ、私もやってみたいなぁ」
「……ねえ、お願い……もう少しだけ聞かせてください?」
「あなたの話、気づくとファンになっちゃいますね。私、第一号です!」
声色、表情、身振り手振りまで、ころころと七色に変わる。
ただ「すごい」「はい」と言うだけでも、その反応のバリエーションは軽く十を超え……。
意識してか無意識か……相手の言葉を自然に反復し、感情の輪郭をなぞるように受け止める。
それはいわゆる『ミラーリング効果』だが、そんな理屈を感じさせないほど……素直で、打てば心地よく鳴り響く!
しかも恐ろしいことに、それら全てが、計算のない、丸裸の本心に聞こえるのだから、これがまた始末に負えない!
……だから相手は、抗えなくなる。
気づけば彼らは饒舌になっていく。
自分でも忘れていた冗談のセンスや……馬鹿にされると口を噤んだとっておきのネタや、埃をかぶった自慢話……本当は誰かに聞いてほしかったアレやコレやソレまで、次から次へと引きずり出されてしまう……!
自分すら否定していた自分を、彼女は全力で肯定してくれるのだ。
だから少年たちは、我先に彼女に話を聞いてほしくて、ついにはお互いがお互いを押し退け、圧し折るような有様だ。
((……え、すっごく、面白くないんだけど……!?))
おかげで、エースとアレクサンダーは碌に話せやしない。
さらに悪いことに別の席からも男子がぞくぞくと集まりだして、一つの餌を奪い合う、大量の鯉や鳩のような、カオスな状況になっている。
さすがのアニエスもこれには戸惑っているようで、目を右往左往に泳がせた。
だがその時――。
「いったい何の騒ぎだ?」
まるで天啓のようにその声は、耳へと馴染み、騒々しかった人々を一瞬にして黙らせた。
その声の主が遠く食堂の入り口から、さらに中へと入ってくる。
その人物……彼が通る道先の人々が、何も言わずとも道を譲り、さっと割れるように道が拓いていく。
「王太子殿下だぞ!」
「!!」
一番背の高いトーマスが、その正体を最初に確認して、皆に聞こえるように囁いた。
それを聞き、エースやアレクサンダーも王太子殿下がやってくる方へと、思わず目をやろうとする。
だがその前に、腕を強く引っ張られ視界がぐらつき、結局、王太子の姿を二人がその目に捉えることは叶わなかった。
「こちらで何かあったのかな?」
人だかりの中心に着くと、王太子はそこにいる者たち全員に問う。
それに友人代表として弁解しようと、ブロードが前に進み出た。だがしかし……。
「王太子殿下、これには訳が……って、あれ? 三人がいない?!」
けれど肝心のこの騒ぎの元凶は、忽然と姿を消していたのである。
「想像していた以上に、ここでは女の子が珍しいみたいね」
食堂を抜け出し、ようやく三人、水入らずになると、アニエスは先程の騒動の感想を漏らした。
その発言にエースはアニエスをチラリと見る。
「そうじゃなくて……アニエスが可愛いから皆は騒いだんだ」
そう言うも、当のアニエスはすっかり冗談だと思って、お腹を抱えておかしそうに笑っている。
「あははははっエースやアレクサンダーがいるのに、それは絶対に無いよ! ……はあ、それにしても危なかったな。……そうだわ。王太子もご在学だったのを私ったらすっかり忘れていた! ――じゃあ、この制服も殿下の一年生の時のものなのかな?」
ぶかぶかの燕尾服の袖を眺めながら、アニエスはボソリと呟いた。
「勝手に拝借してきたんですか!?」
「きちんとクリーニングに出して返すだけじゃ、……やっぱり、まずいのかな?」
はあ、とアレクサンダーはため息をつく。
「ご実家では無いのですから、慎んだ行動をとってください! 場合によっては窃盗だと思われますよ!?」
それに、アニエスはぎょっとして慌てだした。
「そ、そそそ、そんなつもりはなかったの!! でも、確かにそう捉えられかねないよね!? ……ええ、えっ、ど、どうしよう……!」
アニエスは今にも泣きそうになって、オロオロとしている。
「どうか落ち着いてください。お叱りは受けるでしょうが……事情をご説明すれば、あらぬ疑いは晴れます。普通、制服なんて…………いや、どうだ?」
王太子は、この国の一部の間で、狂信的な人気を誇る。
スマートで洗練され、涼し気な目元も爽やかな美丈夫でオマケにすこぶる優秀だからだ。
とどめは魔力も高いらしい。
そんな彼なので、ストーカーの被害がひどいと以前、新聞のゴシップ記事で載ったことさえあって、それをアレクサンダーはよく覚えていた。
アニエスが思わずふらりと倒れそうになり、エースが慌ててそんなアニエスを支えて止める。
「アレクサンダー!?」
「失礼しました! お嬢様、お気を確かに!?」
アニエスは、なにせ元が恐ろしく良いとこのお嬢さんなだけあって、ある一部分では非常に潔癖で打たれ弱いところがあるのだ。
しかし、彼女はそこをなんとか持ち直す。
「だ……だいじょうぶ、平気……別に私は、他に本意があるわけではないんだし、きちんと帰ったらちゃんとご説明します。叱られるだろうけど、きっと実家にも……」
「義姉さん。こんな無茶するから、そういうことになるんだよ?」
「だって、会うにはこうするしかないと思って……」
「時間は掛かりますが、きちんと手続きすれば会うのは可能ですよ?」
「でも、急にどうしても……今すぐ会いたくなってしまって……!」
……気のせいだろうか?
何だか彼女は若干弱っているように見える。
この儚げな見かけは、いつもは見かけ倒しのハッタリでしかないが、今はどこか本当に頼りない感じがした。
視線は落ち着かず、いつもの余裕が無い。
「お嬢様……王宮で何かありましたか?」
「別に何も。お世話になっているタニア様はお優しくてそれは素敵な方だし、毎日、本当に刺激的よ。でも……ただ会いに来たくなるのは、そんなにおかしいこと?」
アニエスは、泣きそうな目でアレクサンダーを睨んだ。
「申し訳ありません。僕も言い過ぎました」
「抱っこ」
「……はい?」
アニエスは、アレクの服の裾をぎゅっと握り、拗ねているように唇を突き出した。
「抱っこして、今すぐ、早く!」
「小さな子供じゃないんですから、って、そんな……ああ、もう分かりました! だから、そんなに服を引っ張らないでください。シワになります!?」
アレクサンダーは知っている。
アニエスは普段、並の貴族のご令嬢よりずっと聞き分けがいい。
だがそんな彼女が、ひとたび我を通せば、どんな言葉も届かなくなる――そのことを、誰よりも。
だから仕方なく、そっとその胸を開いた。
するとすぐさま、アニエスはその胸に飛び込んでくる。
その時ふわりと良い香りがして、アレクサンダーは思わずドキリとした。
アニエスはぎゅうと抱き着くと、子猫のように彼の肩に頬を摺り寄せる。
かあっと身体が熱くなるのを感じたが、彼女のためにアレクサンダーは必死に耐えて要求に応え続けた。
暫くして満足したらしいアニエスは、アレクサンダーからいったん離れると、今度はエースをじっとみつめる。
「……エースも」
分かっていたエースは、やれやれといった感じの態度を取りつつも受け入れる。
「はいはい」
アレクサンダーと同じように、アニエスはしがみつくようにエースに抱き着いた。
「もっと、……もっとぎゅっとしてー!!」
アニエスはそんなわがまま放題を言ったが、エースはそれに応えて腕に力を込め、彼女を強く抱きしめる。
それに、アニエスは幸せそうに目を閉じた。
そしてその日は、それで満足した彼女はそのまま素直に王宮へと帰っていった。
帰り際に、二人はチラリと手紙が欲しいと伝えてみる。
すると二日と空けずに手紙が二人の下に届けられた。
……しかし、それには簡素に描かれてはいるが、随分と詳細な学校内の見取り図と、重ねるように「事前に連絡するから、合図をしたらここに来てね?」と学校の監視の特に緩いらしい、数箇所にいくつか番号が振ってあり……。
さらには、「読み切れなかったので、このリストにある本を、借りてきてくれないかな?」と、エールロードご自慢の図書館の分類と本棚のナンバーと共に……タイトルと、筆者名がずらずらと書かれたメモが同封されていた。
一体全体、……どうしたらこんな監視と管理体制が計り知れない場所で、このような生き馬の目を抜くようなスパイ行為の真似事が出来るのか!?
あと二人が欲しかったのは決してこういう類の手紙じゃない……!
……とはいえ、あまりに彼女らしくて、アレクサンダーとエースは妙に納得して、笑いながら受け入れるしかなかった。
こうして二人は、さっそく彼女に手紙の返事を書くのだった。
【二人が取っている『カリキュラム』の例】※興味ない人はスルーしてOK!
第一・二・三外国語、哲学、軍事学基礎や、軍事教練、歴史、数学、現国語、古代語、地理、錬金術基礎、魔術基礎、魔術応用、魔物・生物学、重魔法科学、ダンス、オーケストラ、神学、商学基礎、農学基礎、自然科学、地政学、海洋学、体育etc…
この内、定期テストがあるのは主要な10科目。
科目によっては授業は3カ月に1回、月1や半月に1回なども。授業はせず、レポートや課題提出だけ、テストのみの科目もあり。
また演劇、起業、写真など他多数のカリキュラムがある。
二人のカリキュラムの取り方はかなりストイック型。




