86、中流階級の家と三人の美女
「若旦那様こちらがその家です」
「…………」
エースは燕尾服にシルクハットを被り、外套を着こむ。
一見なんてことの無い中産階級エリア……医者や弁護士が主に住む住宅街へと彼は降り立っていた。
てっきり、娼婦街にでも連れていかれるのかと思っていたのだが……意外とまともそうである。
「……てっきり娼婦街にでも行くのかと思っていたんだけど」
「ああいう所は衛生的ではないし、どうせならしっかりきちんと学びたいとのご要望でしたので!」
そう言いナイジェルは端正な顔に笑みを作ると、一足先に玄関先へ向かい、そのドア・ノッカーでドアをノックする。
「おい僕だよ。――先に報せをやっただろう?」
ガチャリと出てきたのはナイジェルと同い年位の女性だった。
小麦色よりも濃い褐色のハリのあるつやつやとした肌をしている。
おそらくは異国出身の人物。
「あら、ナイジェル。もっと遅いかと思ってたけれど……まあいいわ。準備なら出来ているから」
だがその言葉は、流暢で淀みがない。……もしかして混血なんだろうか? と、エースは考えた。
「若旦那様、お待たせいたしました。中へどうぞ」
そう言われ、エースは玄関に歩を進める。
扉の内側に入りエースはシルクハットを脱ぐと、胸の前に添えて紳士の礼を取った。
「初めまして、このような夜分遅くに女性のお宅に失礼いたします」
そう言い顔を上げ相手の目を見ると、相手は目をまるくしてエースを凝視した。
「……ちょっとナイジェル……私は十三歳の男の子を連れてくるとは聞いていたけど。麗しき大天使様を連れてくるとは聞いてないわよ!?」
それにナイジェルは笑う。
「いや、美男子だとは言ってただろう?」
「男の価値観と女の価値観は違うから全然期待してなかったわ。……でもこれは老若男女、国問わず。一万人が一万人とも超美男子と評するでしょうね……!!」
そんな風に評価され、容姿に関しては毎日賛辞を浴びるエースでさえ、さすがに照れて赤くなった。
「やだ~♪ 楽しくなってきちゃったわ!! 今夜は眠れそうにないかも♫」
「おい、あんま調子に乗るなよ? トラウマになったらいけない」
「あら、失礼しちゃうわ!! ……私はエリカ! 二十三歳よ。どうぞ宜しくね天使様!」
「……エースです。どうぞよろしくお願いします」
なんか、これからすることを考えるとすっごく変な感じだ。
中に通されると、流石に中産階級が住む区域なだけに中の調度品も品があり、清潔で趣味の良い作りになっている。
普段、上流階級でも特に最高級な調度品にしか囲まれていないエースだが、そんな彼の目にもここの趣味は好もしく映った。
中に通されると、なんと他にも二名の女性が待っている。
茶髪に口元にホクロのあるなんだか艶やかな雰囲気の胸の大きな女性と、オレンジっぽい赤毛で細身の見るからに溌溂とした女性。
三人とも美人で、当たり前に男性にモテそうだった。
「え、この子がナイジェルが言ってた男の子!? すっっっっっごい可愛いんだけど!? ……人間じゃないみたい!!」
「エリカが天使ゆうのもわかるわあ!! はあ、ありがたくって、寿命が延びそう!」
女性たちはキャッキャとはしゃいだが。
いきなり三人の女性が待っているだなんて、思ってもみなかったエースは若干引き気味である。
「はじめまして、私はアナベラ十八歳よ。今夜はよろしゅう!」
まず、茶髪の口元にホクロのある女性が自己紹介した。
「私はリリー、十六歳よ。一番年が近いわね。よろしく!」
オレンジっぽい髪の女性が自己紹介する。
「エースです。あの……不慣れですがどうぞよろしくお願いします」
きゃー声まで素敵っ!! と女性陣は大はしゃぎである。
「なあ……なんで三人?」
「きちんと教えるのに偏りがあると良くないかな? と思いまして……。あと、二人組んで手本を見せてもらった方が解りやすいかなと」
「…………!?」
「……百聞は一見に如かず。ってね?」
正直、十三歳の少年としては女性が二人組んほづれずするのを見学する。と言われただけで、割といっぱいいっぱいである!!
「……彼女たちは、春を売っている方たちなんですか?」
「う~~~ん、半分半分といった感じですかね? 彼女たちは、ああ見えて芸術家なんですよ。でも、パトロンが今はいないから、こうして信用のおける気に入った客だけを取って生活しているんです。……で、僕はもともとの友人で、時々こうして紹介してるんですよ?」
「成る程ね……ナイジェル。マージン貰っているだろう?」
「あ、バレました?」
「そんなことだろうと思った……」
「でも、彼女たち、毎月二回も病院で検査してるし、清潔だし礼儀もわきまえてるし、口も堅い。そして、変な薬にも手を出していない……だから、若旦那様も連れてこられたんですよ?」
「確かに、皆、中産階級出に見える」
「それに衛生面はほんとに安心してください。僕がしっかり管理しますので」
「……ナイジェルが? どうして?」
「これでも医者を志していた時期もあるんです。……働いても働いても金が足りなくて、学校に通い続けるのを断念しましたけど!」
「………………」
「ねえ、話は終わったかしら?」
そこで、エリカが口を挟んでくる。
「ああ、大丈夫だ」
「じゃあ、さっそく大人のレッスンを始めましょうか?」
そして、大人の階段を駆け上るためのレッスンがさっそく今夜、始まったのである。




