85、セオドリックの挑発とエースの覚悟
セオドリックは、タニアの手により暫くの間アニエスとは会えなくなるとは露知らず……上機嫌で公務に向かっていた。
読むだけでゲンナリするような文法をやたら複雑にした小難しい長文の書類をスラスラと読み、王族許可印をポンポコ押していく。
「ご機嫌……麗しいですね殿下」
そんな主の様子に、あの日、自分が席を外している間に絶対に何かあったことを察しているノートンが、薫り高いレモングラスの紅茶を差し出した。
「まあな。アニエスはもう私の手に落ちたも同然だ」
その答えにノートンは驚いて目を見開く。
「え……あのアニエス嬢をですか?!」
「ああ、一年頑張った甲斐があったよ」
いったい何があったのか!? 聞きたいような……聞くのが、怖いような……。
「アニエス本人を落としたら、後は王宮内とロナ公爵を黙らせなければいけないな〜。……王太子妃には絶対にアニエスを置く!」
セオドリックはアニエスに男らしい動物的な欲望を抱くも、しかし同時に本気で彼女を愛している。
王太子妃候補は他にも何人もいるが、自分が妃にと望むのはアニエスだけだ。
「結婚式は再来年あたりかな」
その頃はセオドリックは十八、九歳、アニエスは十五歳。
うん、歳の頃合いとしても実に絶妙なタイミングではないだろうか?
「えー……そんなに、スムーズにいきますか?」
ノートンはアニエス自身が一筋縄ではいかないこととライバルの多さ。……相手はあのロナ家だということ。
また、実際はそうでは無い可能性が出てきているものの、……まだ世間一般がアニエスを『魔力無し』と見ていること。
それら難題の数々の解決は、骨の折れること請け合いである。
だが当のセオドリックは、アニエスとのつい何日か前の出来事を再度、思い出していた。
アニエスの胸を服越しに食み、唾液を交換するようなキス。
……それはかなり強引にセオドリックが行ったことだったが、アニエスは意外にもそこまで嫌がっていなかった。
むしろ、アニエスは戸惑いつつも気持ち良さげで、目がトロンと溶け、途中から声すらも上げていた始末だったのだ。
その様子はセオドリックが想像していたよりも、ずっと艶めいたもので……あまりに可愛すぎた。
あんな可愛い姿が今後どんどん見られるのかと思うと、セオドリックは言いようのない愉しさに背中にゾクゾクとした喜びを感じる。
アニエスは性に対して無頓着なのかと皆が思っていた。……が、どうやら世間一般の十三歳並みに、実は関心が高いらしい。
これはセオドリックがアニエスの身体を今後、開発していく上で、彼女が積極性を見せる可能性が高いということだ。
セオドリックは今ほど、自分が経験豊富なことに感謝したことは無かった。
(アニエスは去年と違い強い拒絶を見せずに、私を受け入れていた。アニエスと気持ちも身体も重なったら死ぬほど幸せだろうな……)
それは自分の中の虚無な感情にイライラした日々を、たちどころに埋めてしまうことだろう。
(結婚したら彼女は私のものだ。独り占めにしてずっとそばに置いて、ベタベタに甘やかしてしまいたい。閉じ込めて自分の身体無しには二度と生きられなくして……いや実際は王太子妃になれば、それでは済まないか……?)
だがアニエスが王太子妃になることに、セオドリックは一切、心配をしていなかった。
むしろ彼女が支えてくれるのならこれ以上、心強いことは無いだろう。
いじめ事件で代表される機転に慈悲深さと、竜と契約した際の国の人質になるという恐るべき判断力。
そのために生かされる切れる頭脳や観察力。
また、カサンドラのミスリルで見せた政治的なセンスなど……。
王宮宮廷行儀見習い一の優等生との呼び声もすでに高く、ゆえに立ち居振る舞いは完璧。
なにしろお辞儀一つとっても他の令嬢の追随を許さないのだから……。
他国の大使が絶賛する姿が今から目に浮かぶようである。
しかも、あの美しい少女が王太子妃として着飾り、国民の前に立てば、国民はあっという間に彼女に夢中になるだろう。
王女、女王が美しいことは、国民の王への信愛を深める。
単純に綺麗なものを嫌いな者はいないからだ。
しかも家柄はこの上ない名家のロナ家……考えれば考えるほど、セオドリックは自分の伴侶としてアニエス以上の相手が思い浮かばなかった。
そこでセオドリックは、ふと、アニエスの兄のクラウディウス陛下を思い浮かべる。
(……クラウディウス陛下がアニエスを皇后に……と望むのは、何もその歪んだ愛情だけでは無いのかもしれない)
もちろん、現皇帝第一妃のレティシア様も文句のつけようのない方ではある。
しかし皇后になった際に、アニエスが彼女に見劣りするかと言うと……セオドリックは決してそうは思わなかった。
アニエスがエルフの血を引き、その目は他人の魔力を見て操作出来る上、アーティファクトというオーバーテクノロジーの聖遺物をたやすく見つけられる。
しかもそんな彼女がさらには、なんと竜を所持しているのだ。
そんな嘘みたいな話を差し引いても彼女には十分な魅力と価値がある。
アニエスへの愛情を抜きにしても、王太子としての損得勘定において、これ以上は不可能。
これほどの条件が揃っておいて……もし彼女が自分の妃にならないのなら、それこそ世界の方がおかしく思えた。
……たぶんノートンが懸念するように、彼女を王太子妃にするのは並大抵のことではない。
だがもし、その苦労のすえに手に入れた時のその見返りは、何世代にも渡る、何物にも代えがたい宝になるだろう。
「そういえば、エースが暫く公爵の仕事を勉強するため、王宮に赴くそうです。……殿下は、やはりエースを殴りますか?」
それをセオドリックは鼻で笑う。
「腹立たしが……もう別に気にならない。殴りはしないさ」
「……詳しくは伺いませんが、アニエス嬢と本当に一体何があったのですか……? 止めてくださいよ。彼女は以前にもタニア様がおっしゃった通り、大切なお預かりしている公爵令嬢なのですから!!」
「タニアだってアニエスと姉妹になれるのは嬉しいと思うぞ?」
「物事には順序があります……私は殿下の味方ですが、くれぐれも節度は守って下さいね!?」
「はーーーい」
そう返事をするも、もう一度タガが外れてしまっているものは、セオドリックの中では例外なのだ。
一方、エースは念願のアニエスに会えるというのに、馬車で目の前に座るナイジェルを見て、気分が沈んでいた。
姉はロナ家の長子である。この新執事を紹介しないわけにはいかない。
しかし、このナイジェルが妙なことを言いださないか、エースは気が気でなかった。
「先程から若旦那様は一言も話さないのですね……馬車での世間話はお嫌いですか?」
「……君が義姉に変な事を言い出すのでないか心配で、話をするどころじゃないな」
「流石に私もそんなところで口は滑らせたりいたしませんよ」
「どうだか? 初日の君は明らかに失言が多かった……」
「でもここ数日、私は本当によく働いていたでしょう」
ナイジェルはもともと伯爵の庶子らしい。
それゆえなのかエースに対しての態度は気楽なもので、執事のそれとしてふさわしくない。
けれど、確かにここ数日の仕事を見るに、彼は大変優秀らしかった。
一度言ったことをよく覚え、誰もが最初は迷う恐ろしく広い公爵家を古く見知った場所の様に全く迷わない。
他の使用人との関係も良好で、すでにエースが好む食べ物や香り色や素材なども熟知していた。
「……初対面が大事なんだ」
「アニエス様の気分を害するようなことはいたしませんよ」
「挨拶の言葉以外、君は余計なことを話すな」
「……アニエス様から、話しかけられた際は?」
「不自然にならない形で僕が話を持って行く。それなら大丈夫だろう……?」
「承知しました」
ふうっとエースはため息をつき、窓際に頬杖をついた。
エースは王都で暮らすようになって一年になったが、学校や寄宿舎の往復が多くてまだ馴染みで無い所の方が多い。
その一つが見学もできる王宮である。
王宮での彼女の様子は、手紙の報告で多少は知るものの、公爵令嬢が働くというのはどんな感じなのだろうか?
以前だいぶ苦労しているようだったが、どうかマリオンと仲良くなって、良い方向になっていてほしい。
「あ、王宮の門が見えてきましたね?」
白い壮麗な城に馬車が吸い込まれていく。ロナ家の馬車はほぼ顔パスである。
ここで普段からセオドリックとタニアも暮らしている……。
セオドリックとノートンは寄宿学校の先輩だが、特例として寄宿舎に身を置いておらず、王宮から学校に通っていた。
それというのも、セオドリックが既に多くの公務を抱えているためだ。
学校の授業でも非常に成績優秀なのに、さらにその仕事ぶりの評価は貴族からも庶民からも評価が高い。
勤勉で、不測の事態や問題を様々な角度から分析し、皆の意見をよく聞いて最適解を選びすぐに実行に移す。
年若いが、周りの大人や皆の言いなりなわけでは無く、自分の考えや意見もしっかり持っていた。
また単純に相当な人気者でもある。
学校でも人望があり、やたらセオドリックを中心に人が集まっているのをエースは目にしていた。
あんなに好き勝手に女性と遊んでいるのに、社交界でも彼が悪く言われないのは、アフターフォローが恐ろしく行き届いていて、遊ぶ相手をきちんと見極めているからだろう。
もし、彼を悪し様に言う人物がいるとすれば、常に彼からセクハラの被害を受けている義姉のアニエスくらいだ。
だが、彼女はそんなことはしない。
その場で怒りはしても彼女は基本的に寛容で、むしろ甘い。
それを見越しているためにセオドリックは、アニエスにちょっかいを出して甘えているのだ。
(というか、本当にべたべたと義姉さんに馴れ馴れしすぎるんだよ!! 恋人でも婚約者でもないくせに!?)
セオドリックのことを考え、エースは胸をムカムカとさせた。
アニエスのことがなければ普通に良い友人にもなれそうだが……今のところ目下の最重要危険人物である。
馬車が止まり、いつの間にか先に降りていたナイジェルが恭しくドアを開けていた。
「若旦那様……王宮に到着いたしました」
エースは言われてタラップを降りる。
本日のエースの装いは最正装の燕尾服だ。そんな彼を迎えてくれたのは……。
「エースお久しぶりですね。父から伺っていた時間の通りだわ」
自分の最愛の人物。義姉のアニエスである。
「義姉さん! わざわざ迎えに来てくれたの?」
「タニア様が気を利かせてくださったのよ。会えて本当に嬉しい!」
そう言い、アニエスはエースに抱き付いた。
「ね、義姉さん……一応、公式の場だから……」
抱き付いてくれるのはもの凄く嬉しいが、さっそく礼儀知らずになってしまう。
「本当だわ、ごめんなさい。嬉しくてつい……貴方が新しいエースの執事のナイジェルですね?」
「はい、お嬢様」
「私は、長女のアニエス・ロナ・チャイルズ・アルテミスティアです。ロナ家へようこそ。待遇に不満があれば遠慮なく話してくださいね。全て叶えるのは難しいかもしれないけれど……尽力いたしますわ」
「深き思いやりに感謝いたします」
「義姉さん、アレクサンダーに会うのは難しい?」
「それも、タニア様が便宜を図ってくれたの……アレクサンダーを止めてくれたのは貴方だからって!」
「流石はタニア様」
「ふふ、私もそう思う」
アニエスは、一度、同僚に用を伝えてからすぐに案内すると言い、一旦二人をその場に待たせた。
「……表情が生き生きとして、写真よりもずっと素敵な方ですね?」
何よりその瞳が七色に輝き目を奪われる。
「当たり前だ、僕の女神だぞ?」
「……べた惚れじゃないですか」
そんな話をしていると、アニエスが戻ってきた。
「お待たせ、じゃあアレクのところに案内します」
いきなり王宮の地下三階に案内されるのは、中々ディープな体験である。
「ナイジェル悪いけど……これから行くのは収容所なの。許可をもらった関係者以外を通すことが出来ないので、こちらの待合室で待っていてもらってもよいかしら? 遠慮せず、椅子に座って待っていて大丈夫だから」
そう言いナイジェルを残し、アニエスはエースを連れて行ってしまった。
「……なんで収容所?」
ナイジェルは一人になったあと思わず呟いた。
地下三階に着き、収容所三三〇五号室の三つの鍵の十五桁の番号を合わせ、まずはアニエスが中に入った。
続いてエースが入ろうとした時。
エースはいきなり手枷のはめられた腕に思いっきり殴られ、扉の外に投げ出された。
「ッエース!?」
アニエスが悲鳴のように叫び。エースもいきなり何で殴られたのかがわからない。
「足音ですぐにエースだと分かりました。……聞きましたよエース。お嬢様に『兄弟の親愛』と勘違いさせたまま何度もキスをしていたこと!」
あ、成る程。りょうかいで~す。
「アレクサンダーいきなり殴ること……」
「いいよアニエス。俺もこれまで殴られるのを覚悟の上でしていたんだから」
因みにその後、エースはもう一発殴られた。
「大丈夫? エース……」
アニエスは三三〇五号室内で、殴られ腫れたエースの手当てをする。
口の中が切れた様で口の端には血の跡があった。
「……て~っ!! ちょっとは手加減しろよ。……っていうか収容されている人間が暴力振るって大丈夫なのか?」
「タニア様の許可は二発まで出てる」
え、ちょっと、タニア様! エースは内心タニアにツッコんだ。
「エース……ごめんね。私が余計なこと言ったからなの」
しゅんとアニエスは凹んだが、この件に関してはアニエスは悪くない。
「いや、義姉さんは悪くないよ。さっきも言った通り殴られるのを覚悟でしていたことだから大丈夫」
「もう、僕の目の黒い内はさせませんよ」
「お前の瞳、碧と赤じゃん」
「エースもどうか、火に油注がないで……?」
アニエスは二人をなだめつつ、違う話題へと持って行くことにした。
「そういえばアレクサンダー、エースに執事が付くことになったのよ。まだ、話してなかったわよね?」
「……いいえ、その件ならアーネストさんに先に伺っています」
「え、そうなの!?」
「今後、僕が仕事で後輩になるだろうからと、事前に……」
「え、なら教えてくれてもいいじゃん!?」
「いつから入るかまでは存じていなかったんだよ……」
「ナイジェルって、随分濃い色の髪の人だったけど魔力があるのかしら?」
「……なんか伯爵の庶子らしい。詳しくは知らないけど」
「どんな人なんですか?」
「…………」
「……エース?」
「出来るだけ親しくしたくない感じかな……」
「誰とでも友好的なエースが意外だね? 何かあったの?」
「……人には相性があるから」
そう言われ、アニエスとアレクサンダーは思わず目を合わせ瞬きする。
その後、雑談をしていたらあっという間に面会終了の時間が来てしまった。
アニエスは王宮行儀見習いの仕事があるため、王宮内の父の執務室までエースたちを案内した後、本来の仕事へと戻っていく。
エースは執務室に荷物を置くと、今度は国会議事堂を見ておこうと思い、ナイジェルを残して席を立った。
……とは言え、今の時期は特別議会のある月何日か以外は、基本的に国会も万年おやすみ状態である。
それ以外は、王と王族。その重鎮や官僚が国のことを決めて運営しているのだ。
議会が一番賑わうのは社交シーズンの春から夏にかけての間。
大体そこで、その一年の国家運営の方針や方向性や予算、国内外対策などの大枠を決めてしまうようになっている。
静かな議事堂はゆっくりと見物は出来たが、本来の様子が見れないのは少し残念だった。
「あれ、エースじゃないか」
そこで、エースは声を掛けられた。
「久しぶりだな」
げっ、セオドリック王太子殿下!! エースはまた殴られるのかと身構えた。しかし……。
「話は聞いてるよ、勉強しに来たんだろう? ……でも今日は議会の日じゃないからな」
「……………」
「何を警戒してるんだ?」
逆に問いたい。なんで何もしてこないのかと……。
先程、二人からセオドリックも件の話を聞いたと言っていたというのに……。
「いや、殴られるものだと思い身構えていました。……その件で喧嘩さえしたんでしょう?」
「ああ、その件ならいいんだ、もう」
「……? なんで、まさかもうアニエスに興味が無くなったとかいうわけでは……」
「はははっ、それだけは無いな!」
セオドリックは軽やかに微笑んだ。彼にはいま余裕があった。
だが、だからといって“あの件”を起こしたエースを、そのまま野放しに大地に帰そうともセオドリックは実は思っていない。
(確かに自分の気は済んだ。……だが、エースには手負いの傷を負わせないといけないな? これ以上、アニエスに余計なことをしないように……それで自爆でもしてくれれば、今後、尚のこと助かる。――よし)
「じゃあ……どうして?」
そこでセオドリックの目が怪しく光り、口元に不敵な笑みを浮かべた。
「さあ? アニエスとそれ以上の進展があったからじゃないかな」
その返答にエースは大きく目を見開く。
「それ以上っていったいどういう……」
「具体的に言えば、アニエスの胸に服の上から何度もキスをして、さらには唾液の交換をし合ったとか……そんなところだよ」
「…………なっ!?」
エースが思わずセオドリックの胸ぐらを掴み上げて睨む。
通常であれば国の王太子に対してまさに大罪ものだが、セオドリックは面白そうに笑みを浮かべ、ただエースを見下ろしている。
「そんな……義姉の意思じゃないだろう!? 貴方が無理やりにやったとしか思えないっ!!」
アニエスの無垢な笑顔が頭によぎる。――そう、彼女が自らそれを望むはずがないのだ。そんな状況になるとしたら、彼女がセオドリックの罠にかかったからとしか思えない!
エースはセオドリックの首元をギリッと締め上げた。
「確かにアニエスに半ば強引に迫ったのは認めよう……だが、最終的にアニエスは受け入れてくれたし、何より気持ち良さそうだったぞ?」
「はあっっ!? ふざけるな!!」
「アニエスだって十三歳だ。……それなりに性にも目覚めるし興味も抱く。自分で言うのもなんだが私は相当の手練れなんでね? 君やアレクサンダーのようなお子様……もとい童貞とはわけが違うんだ。分からないか?」
エースはさらに手に力を込め、その目つきだけで相手を殺してしまいそうだ。
アニエスが目の前のこの男に汚されようとしている――。
彼女が快楽に堕とされ……乱れる様を一瞬リアルに想像して、エースの血管が破裂しそうになる。
「かわいいキスの時代は終わりだ。これからは大人の時間だよ。私がアニエスを女に育てる」
そこで、エースはそのままセオドリックをバンッと床に叩き落とした。
「……義姉の手前、殴らないでおくよ……義弟までも王太子を殴ったとあれば、アニエスが白い目で見られる!」
「投げ付けただけでも十分な気がするが……まあ、餞別代りに誰にも言わないでおこうか」
「――何が餞別だ! ……勝手に勝利を確信しているようだけど、俺は貴方にアニエスを渡す気はさらさらないし、あきらめるつもりは毛頭ない。……今は、せいぜい余裕を見せつけて、のちのち後悔しろ!?」
しかし、セオドリックはまだまだ余裕の表情である。
「私は、同じ王宮内にいるんだぞ? チャンスはこれからいくらでもある……果たして、そっちに勝ち目はあるのかどうか……?」
エースは唇を噛んだ。
「俺は恐ろしく負けず嫌いだし……何より一途だ! 絶対に負けない!!」
それを聞き、セオドリックはニヤリとする。
「ほう? まあ、せいぜい楽しみにしてるよ」
そう言い、すっと立ち上がり去っていった。
エースはセオドリックが立ち去った後、自分もすぐに父の執務室へと戻る。
戻るとナイジェルが執務の準備をしていた。
「おかえりなさいませ、若旦那様。議事堂はいかがでしたか?」
ナイジェルに答える前に、エースは自分の手前のアンティークの椅子を蹴り上げ、思いっきりそれを壁にぶち当てた!
「……!! っっ!?」
ナイジェルはそれを驚きの目で眺める。
エースは興奮している様子で肩で暫くはあはあと息をしていたが、次第に落ち着いてくるとクルリとナイジェルの方を向いた。
「ナイジェル。……頼みがある」
「な、なんでしょうか……若旦那様」
エースはナイジェルの朱い瞳をじっと見つめ、そして覚悟を決めたように息を吐く。
「“筆おろし”とやらをしたいんだ……協力をしてくれないか?」
そうナイジェルに願い出た。
「喜んで承ります、若旦那様。……手配は迅速に!」
ナイジェルは「面白くなってきた!」と、ニヤリと口の端を上げたのだった。
完全に後半セオドリックが悪役。




