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アニエス嬢はご苦労されてます  作者: ちゃ畜
カサンドラの夏休みとお兄様
79/227

79、保健体育とアニエスの拒絶


「おはよう、アレク……!」


 地下三階の収容所。

 ここは天窓があるため光が差し込み、意外にも明るい。


 その光に照らされ、アニエスの白金髪が木漏れ日のように優しく輝き、周りまで薄っすらと明るく照らした。


 鮮やかな赤に染まる小さな唇の口角。

 それをにこやかに端を上げ……アニエスは朝食を持ってアレクサンダーのもとへ降り立つ。

 そんな彼女をアレクサンダーは、眩しそうに目を細めて目を(またた)いた。


「お嬢様おはようございます」


「今日の朝食はフレンチトーストに蒸し野菜とハムエッグよ。あと、デザートのプディング付き!」


「お嬢様の手を毎度、(わずら)わせて……申し訳ありません」


 アレクサンダーは竜を暴走させたため、現在、手枷足枷(てかせあしかせ)をされている。

 そのため食事も一人では不自由だ。けれど、それにアニエスはふわりと笑った。


「こんなの何でもないことよ? ……それよりこうして休暇が終わっても毎日アレクに会えて、私、とっても嬉しいの!」


 そう真っ直ぐな笑顔を向けられ、アレクサンダーの胸は温かいものでいっぱいだった。


「それにアレクサンダーをこんな風にお世話をするのも楽しいわ。赤ちゃんの世話をしているみたいで!」


「……それは」


「ふふ、今アレクサンダーは私の可愛い赤ちゃんよ。ママの言うことを聞いてね?」


「……それは、どんな新しいプレイなんだ。アニエス」


 そう言いアニエスに続いて収容所の一室に入ってきたのは、セオドリック王太子殿下とその側近のノートンだ。


「セオドリック様……本当にいらしたんですね? お忙しいはずなのに……おはようございます!」


 それにセオドリックは悪い笑顔になる。


「はは、当然だ。看過できないからな! ……おはよう」


 アレクサンダーもセオドリックに挨拶し、ノートンとも挨拶を二人が交わす。


「アニエス……朝の君は何よりも清潔で、穢れの無い光に満ちていないか……?」


「えーと……あの、なんで私の腰を抱いているんですか? セオドリック様……」


 アニエスが半眼で、セオドリックを睨む。


「え? だって側にいたら触りたいだろう?」


「私の許可を取って頂けませんか?」


「殿下……いますぐ離れてください。石くらいなら今の僕だって十分、蹴れますよ!」


 しかし、セオドリックは舌を出し、さらにアニエスの腰と肩を両腕でぎゅっと抱いた。


「うるさいぞ、アレクサンダー!? お前は毎度、毎度、アニエスの手ずから食事与えられてるくせに!!」


「それとこれとは話が別です! セオドリック様を餌の様にして群がる他の女性と同様に、僕の主人を扱わないでいただきたい!」


「勿論だとも……アニエスは特別だ」


「……私、誰かを……とくに、本人のいないところで、そうゆう風に(さげす)む言動は嫌いです」


 アニエスは何となく、自分のためとはいえ他を無下(むげ)にした言い方と、勝手に触ってくる行為にムッとして怒った。


「申し訳ございません……」

「これは、済まなかった……」


 それが分かったのか、二人ともすぐにしゅんと反省を見せ、セオドリックもアニエスから手を放す。

 仕方ないので大人しく見学でもしようと、セオドリックはじっと二人の食事の様子を観察した。


「私もアニエスに食べさせてもらいたい……」


 セオドリックが思わずそう本音を漏らす。


「え? セオドリック様、まさかそんな不自由な状態に陥りたい願望が……」


 まさかのSM趣味が……!


「……そうじゃないよ」


 ふむ、と考え、アニエスは自分もここで朝食を食べようとサンドイッチを作って一緒に持ってきていたのを思い出した。

 なのでそれを取り出して、セオドリックに聞く。


「そんな大したお願いじゃないですし、……もし宜しかったら、こちらをお召し上がりになりますか?」


「……アニエスの手から?」


 アニエスは、こくりと頷いた。


「っ!! お願いする!」


 セオドリックは、はち切れんばかりの輝く笑顔になる。

 アニエスは食べやすいようにサンドイッチをひと口大より少し大き目にちぎり、セオドリックに差し出した。


「セオドリック様、あーん」

「あーん」


 するとセオドリックはあろうことか……アニエスの指ごと食べ、その指を舐めた。


「……っきゃ!!」

「おい!?」


 思わず、アレクサンダーは敬意を忘れて、セオドリックに激しく(いか)る。


「……アニエスが美味しい」


「わ、私は食べ物ではありません!?」


「君が知らないだけで、私にとって……正に御馳走(ごちそう)だけど?」


 流石(さすが)はセオドリック。

 相手の意に反してイチャイチャ空間を作り出す……ムダに天才である。


「もうっ! そうゆうことをするのなら、しません!」


「わかったわかった、……次は舐めたりしないから」


 アニエスは一瞬プンプンとしたが、仕方が無いので、もう片方の分を食べさせることにした。


「はい、あーん」


「あーん」


 口に入れる瞬間、セオドリックは今度はアニエスの指をカリッと甘噛みする。


「やっ……!!」


「……アニエスは甘い」


「セオドリック様……本当に()りますよ?」


 アレクサンダーは、国への謀反も思わず考えた。

 しかしセオドリックは動じずに、もごもごとサンドイッチを食べる。


「仕方ないだろう……? 私は、食欲より圧倒的に性欲の方が強いんだから」


 それを聞いた、ノートンが頭を抱えた。


「王太子の口からそのようなことを言うのは、お控えください!」


「別にいいだろう? ここには気安いメンバーしか……」


 そこで、セオドリックはハッとした。

 いつの間にかアニエスだけでなく、アレクサンダーにも自分が心開いていることに気付いたからである。


 少し前なら、学校の友人相手にもここまで心を開いたりはしなかったのに……。


 それだけ、あの夏の休暇は濃いもので……互いの距離を縮めるものだったのだ。

 セオドリックは、それに戸惑いつつも胸に熱いものを感じていた。


「もう……セオドリック様は自分で食べてください! アレクサンダーお待たせ。蒸し野菜からで大丈夫?」


「はい」


 アニエスは、せっせとアレクサンダーの食事の世話をする。

 アレクサンダーはセオドリックのような悪ふざけを無論しないので、食事はいたってスムーズだ。


「アレクサンダーが、本当にいい子だということがよく分かるわ」


「というかこれが普通ですよ。お嬢様」


 おかげで、あっという間にデザートのプディングまで到達する。


「はい、最後のひと口。あーん」


 アレクサンダーは、飴細工のように繊細な睫毛を伏せて口を開く。


「アレクサンダーは、口の中まで綺麗なのね?」


「いったい、どこを見ているんですか」


 鮮やかな(あか)い舌を見ながら、思わずその色に見惚(みと)れてアニエスが言った。


「ふふふ、アレクサンダーの好きなところを、また発見してしまったわ!」


「……」


 アレクサンダーは自分が言われたことで、自分も彼女を観察してみる。

 今、笑って見えるアニエスのその口の中を……口と同じく小さく、朱鷺色(ときいろ)をしたその小さな舌先。

 アニエスらしく、そんなところまで愛くるしい。


 アレクサンダーはまだその味は知らないが、先日の口付けをつい思い出す。

 思い出すと自分の中に、ざわざわと湧き上がる熱を持った欲望を感じた。


 アニエスと深く口付けを交わし、互いに舌先を絡めれば……いったい彼女はどんな表情をして、どんな反応を返すのだろうか? ――そんな邪な考えに、思わず恥じて頭を振る。 


「しかし、その状態ではアレクサンダーが性欲を感じても、気持ちの持って行き場がなくて大変だな」


 まるで今、アレクサンダーの思っていることを見透かされたようで、アレクサンダーは内心慌てた。


「何故……大変なのですか?」


 無垢なアニエスは、そんな発言を律儀に拾って返す。


「え? それは、つまりその……」


 しかし、それにはさすがのセオドリックも言葉を(にご)した。


「いろいろと、溜まる……からな」


「溜まる?」


「ああ、それが……溜まるのは体にあまり宜しくない」


「よろしくない……」


 そこで、アニエスはアレクサンダーを振り返った。


「アレクサンダー。もし大変なら……溜まったものを処理するのを、私が手伝いましょうか?」


 それに、そこにいた男子三名は盛大に噴出し、咳き込んだ。


「……え!? みんな大丈夫!? 確かに少し、ここは埃っぽいものね……?」


 アニエスはてっきり皆が喉に埃でも入ったのかと思い上を見上げた。

 ゼーゼー肩で息をしながらセオドリックが返す。


「……アニエス。どこに何が溜まるかわかっているか?」


「……鼻水とか?」


「なんで、鼻水なんかが溜まるんだよ!!」


「では、何処に、……何が溜まるのですか」


 アニエスがあまりにも澄んだ瞳を向けるので、セオドリックは胸が痛くなる。

 アニエスは先日ようやく性交を正しく理解したばかりだ……だがその詳しい仕組みには、まだまだ不勉強が多い。


「……そんなに、何かまずいことを私は聞いているのですか?」


 さらに、前のめりになり下からセオドリックを覗き込むように聞いてくる。

 アニエスはこの時、知的好奇心のスイッチがしっかりと入っていた。


「……君は、男と女の違いが分かるか?」


「身体付きとか思考でしょうか」


「そうだ、どこが具体的に違うと思う。……部分的に」


「……“(つつ)”?」


 アニエスは、男性の性を独特の言い回しで表現する。


「そうだ。……そこには定期的に……白い膿のようなものが溜まる。興奮したり下心を感じると特にそうなる」


「あそこは、御不浄(ごふじょう)の時に使用するのでは?」 


「……でも、先日レティシア様に習ったようにも使うだろう」 


「ある意味、(にわとり)の産道と同じように……ということでしょうか?」


 ……そういう仕組みの知識は有しているらしい。


「御不浄に行く時についでに処理するわけにはいかないのですか?」


「いや、そうはなかなか……それに、ある程度刺激を与えないといけない」


「刺激? 電気ショックとか?!」


「殺す気?」


「じゃあどうやって、刺激を与えるのですか?」


「……いろいろと方法はあるが」


「一番簡単なのは?」


「……手でしごいたり」


 それを聞いて、アニエスはふむっ……と考えた。それからアレクサンダーをまた無垢な目で見る。


「アレクサンダー、私が手でしごいてみましょうか?」


 三人は、今度は倒れんばかりに盛大に噴出する。もう喉を傷めんばかりに咳き込みながら……。


「……アニエス!! 自分が何を言っているのか……分かっているのか!?」


「下の世話ならアナスタシア様にもしたことがありますし……言ってしまえば猫の『臭腺の除去』みたいなものでは? であれば私は大得意です! アレクサンダーのことは幼い頃より知っていますし、いわばその延長線上のものかなと……?」


「……それとは、具体的には全然違う行為だし、それをまかり通すわけには、私個人の感情もあるが……一王太子としてもそんなことを、この収容所内で行われるのを認めるわけにはいかない!?」


「でも、膿の様なものなのでしょう? 誰かが出さなければ……」


「例えばだ。……君が多少、胸の具合が悪くなるからと言って私が君の胸を揉みしだくと言ったらどうだ!?」


 それに、アニエスは考え込む。


「具合の程度と、緊急度合にもよりますが……アレクは、私にしごかれるのは嫌?」


 アニエスはアレクサンダーに聞いてみた。

 というか、聞いちゃった……。


「……えと」


 アレクサンダーは言い淀んだ。

 嫌……というか、何というか……。


「嫌ではないだろう……むしろ」


 それに、何故かアレクサンダーでは無くセオドリックが答える。


「……本人が嫌でないのなら、良いのでは? 私はいまさら何を見ても驚きませんよ」


「いや、たぶん驚くよ……」


「え?」


 何しろ彼女は、まだソレの真の姿――本領発揮した姿など見たことが無い。


「いいアイデアだと思ったのにな……アレクサンダーには感謝しているので、出来るだけのことをしてあげたかったのですが」


 確かに、『できるだけ』の限界点に近い申し出ではあるので、アニエスの誠意は感じる。


「お嬢様のお気持ちは嬉しい限りですが……今回については辞退申し上げます」


「そう、ではアレクサンダーがそう言うのなら、無理強いはやめましょうか?」


 思いの外あっさりと引いた。


「アニエス。……私にならしても構わないんだが?」


「セオドリック様は体の自由が利くのですから、どうとでもできるでしょう?」


 冷静に返すアニエス。


「しかし、殿方とそのような違いがあるとは存じませんでした。勉強になりました! ありがとう存じますセオドリック様!」


「うん、でも、あまり表では口にしないように。あと……例えで白い膿とは言ったが、別に“ソレ”は悪いものでは無い」


「? 訳が分からないのですが」


「いずれ分かる」


 アニエスは無垢で純粋なのにやたら大胆なところがあり、周りをハラハラさせる。

 おまけに、彼女は最近妙に色気が付いてきた。……気のせいかアニエス自身の香りも、依然と違う。


 セオドリックは先程アニエスの腰を抱いたとき、何だかあまりにも嗅いだことの無い良い薫りがして、わずかに眩暈を感じた。


 今も、ついアニエスの白金の髪が、彼女の白く細い首筋に垂れるのを目で追ってしまう。

 この先もっと年頃になったらどうなってしまうのかと思うと、末恐ろしくさえあった。


「アニエス、そう言えばマリオンは授業を出るようになったんだろう。何か変わったか?」


 それにアニエスは、少しだけ複雑な表情を見せる。


「以前よりは、ずっとやりやすくなったかと……でも一気には……」


 どうやらアニエスはまだ苦労しているらしい。


 しかし、カールの言葉にもあったように、アニエスの容貌の良さへの嫉妬に加え、この色香……女性達からはへんな反感を買いやすいだろう。


「私が君の盾になってあげられたら良いのだが」


 それにアニエスは、眉をひそめた。


「あ、セオドリック様は……余計なことをなさらない様にお願いします。拗れること必須なので!」


 丁重にお断りを申し上げられる、セオドリック。


「おい」


「セオドリック様と仲良くするのを見られて……敵を増やすのはごめんです! というか他の行儀見習いにも、もっと愛想良くしてくださいませ!」


 だがしかし、そんなのは好いてる人間と、他の者ではどうしても差が出てしまうものだ。


「そもそも、割と行儀見習いのご令嬢は、ガツガツしていて苦手なんだよ私は……」


「まあ、大体のご令嬢は、行儀見習いに入る目的そのものがソレですからね?」


「アニエスは……もっとガツガツして良いぞ?」


「私は、入った理由が異なるので……」


 というかこの手のことでガツガツしているアニエスは何とも想像しにくい。

 ただでさえ彼女は情に流されやすいのに……。


「……ガツガツしている令嬢に、いっそアレクサンダーを見せれば緩和するかもしれないな? 世話をしたいという者が続出しそうだ」


「僕はあまり知りもしない方から食事を取りたくありません」


 というか今でさえ十分邪魔をしているのに、まだ足りないのかこの人!? とアレクサンダーは、セオドリックを睨んだ。


「マリオンがいるじゃないか?」


「マリオン様は、出会ってまだ一ケ月強ですよ」


「君に懸想しているし、美人だし悪い話じゃないだろう」


「はっ、人の気持ちを知っておきながら悪趣味では?」


「……えっ!? ……アレクサンダーは、他に誰か好きな人がいるの?!」


 アレクサンダー、セオドリック、ノートンがアニエスをガバっとふり返る。


「全然知らなかった!」


 「……あれ? 僕この人にこの間キスしたよな? 告白まがいのことを言いながら?」とアレクサンダーはそう思い半眼になる。


「本気で言っていますか……? 本気ですか。お嬢様!?」


 思わず語気荒く、問いただす。


「……コーラとか?」


 何でだよ!!?


「……僕がこうなるほど心を乱した原因は誰ですか? 何も思わず、貴方にあんなことをしたとでも思うんですか!? というか……僕の視線に気づきませんか!!」


「おい、あんなことってなんだよ?」


「セオドリック様。今は茶々を入れないでください!?」


 そう詰め寄られ、アニエスは目を白黒させてしどろもどろになる。


「え、え……?!」


「なんで、普段やたらおかしな事には気が回って鋭いのに、こんな解りやすいことが分からないんだよ! もお……分かりました」


 そう言い、足枷をはめられているのにくるんストンとジャンプして、器用に前進してアニエスの目の前に来ると、アニエスの唇に自分の唇を重ねてしまった。  


 先程、妄想したように今度は舌まで入れて……。


「……!! え、や……!!」


 アニエスは急に侵入してきた存在に驚き、顔をそむける。


「これで分からなかったら……また病院に行ってください!」


 アレクサンダーはアニエスを探るように見つめる。しかし、アニエスの答えは、想像以上のものだった。


「……だって、キスはずっと前から、エースからも頻繁にされていたし……家族の親愛のしるしなのでしょう?!」


 その答えに、アレクサンダーとセオドリックは後頭部をガツンと大岩で殴られたような気がした。


「……な」


「何だって?」


 抱き付いたり、膝枕なら確かにされているのを知っている。

 しかし、エースからキスを……しかも頻繁に行われていたなんて!?

 アレクサンダーとセオドリックは腹底が冷えるとともに怒りで、一瞬目の前が真っ赤に染まった。


「なんで、それを家族の親愛のしるしだと……?」


「当時、相談した子守りのナターシャが、キスなんて姉弟でも当たり前にする。……むしろよくする。って言ってたもの……!!」


 ナターシャは近隣国でもやたらと愛情表現が激しい『ブラヒル』からの移民だ。

 ……確かに彼の国ではそうゆうこともあるのかもしれない……。というか……。


「ナターシャがいた頃ってことは、もう完全に物心ついてますよね!? というか下心もバリバリ育ち上ってますよ。お嬢様……!!」


「他にももしかして、何かあったんじゃないのか!? アニエス!」


 アニエスは急に二人が怒った感じになり、何だか怯えた子羊のように委縮している。


「お、お二人とも!! どうか落ち着いてください! アニエス嬢も怯えていらっしゃいます!」


「エースはアニエスが知らないことをいいことに、好き勝手したんじゃないのか……!?」


 そうセオドリックに言われ、アニエスはその七色の美しい瞳からポロリと大粒の涙をこぼした。


「「!!」」


 それにノートンは二人を呆れたような、責めるような目で二人を見る。


「……ほら……泣いてしまったではないですか?」


 いつもは朗らかで明るい表情が多く、めったなことでは泣かないはずのアニエスの姿に、二人は怒りを忘れて完全に動揺した。


「なにか、きっと誤解があるのよ……エースを悪く言わないで!!」


 またもや自分の失言のために、エースを悪く言われたショックでアニエスはボロボロと泣きだす。


 それにセオドリックは、アニエスの顔を自分の胸に向け背中を叩いてなだめようとした。


「わ、悪かったアニエス……!? つい、感情が暴走して……」


「お嬢様……どうか泣かないでください!?」


 しかしアニエスの目からこぼれる涙は止まらず、その瞳の奥に、ほんの一瞬だけ怒りの焔を宿した。それがついには完全なる拒絶を示す。


「!! いや! セオドリック様、私に触らないでください! ……アレクサンダーもごめんなさい。暫くは他の者をよこすわ……勝手でごめんなさい……でも、今はとても貴方の顔をまともに見れそうにない!!」


 そう言いアニエスは食べ終わった食器を入れた籠を掴み、走って部屋を出て行ってしまった。


「アニエス嬢!」


 ノートンが追いかけたが、その足は速く、姿は消えたように見えなくなる。

 残されたセオドリックとアレクサンダーは、茫然とした。


「行ってしまいました……」


 ノートンは部屋に戻ると、二人の様子が気の毒で仕方がない。

 二人は衝撃の事実を知った上に、今、最愛の人に拒絶され距離を置かれたのだ。


「う、うう……何でこんな事に!?」


「アニエス嬢は鋼より強い心を持っているようで、時にシャボン玉のように繊細なお心をお持ちですから……特に、最愛の義弟を悪し様に言われて、我慢ならなかったのでしょう」


「とはいえ、……じゃあ、あの場で笑顔でいれたと思うか!?」


「それは……」


「お嬢様を泣かせてしまった……体の怪我だけでなく、お心を傷付けてしまうなんて!」


 何て……なんて重い沈鬱は空気!!


「……あらっ? アニエスが来ていると、思ったのだけど?」


 しかしそこに女神が現れた。

 困ったときのタニア様である!


「た、タニア様!!」


 ノートンは、この時ほど彼女が眩しいと思ったことは無い。


「まあ、アニエスはいないし、まるでお通夜みたいじゃない? いったい何があったの……?」


 かくかくしかじか。


「……成る程、お話は分かりました」


「タニア……いったいどうすればいいと思う」


 タニアはそこで考えた。


 だが次の瞬間、顔を上げる。

 そして、ついにあの話をすることに決めたのだった。

 




 お願いタニア様!!



【一生いらないムダな豆知識】

刑務所の自慰行為は基本的には禁止されているそうです。ただ、よっぽどでなければ巡回者もスルーします。……ある意味、やさしい世界。

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