78、夏の終わりの宮廷の様子ととまさかの留学
「百八個ものアーティファクトを個人で所有していたなどと信じられるか? 国の元々所有していたアーティファクトの倍以上の数だぞ!?」
セオドリックは久々の公務用の礼服に身を包みノートンにそう愚痴る。
机にはそのアーティファクトの目録と上がってきた資料が机に山と積まれ……国庫管理官は、今まさに嬉しい悲鳴を上げている最中だ。
「……本当に次から次に、何が飛び出すのか見当もつかない、びっくり箱のような少女ですね? アニエス嬢は」
その愚痴に、やや感心しながらノートンは答えた。
「『悪魔召喚』に関わっていた貴族たちも、アニエス嬢のおかげで告発できました。侯爵領も、彼女自らの嘆願で七割近くを守れた……。確かにトラブルメーカーかもしれませんが、結果としていつも事態を良い方向へ導くのは、天賦の才なのでしょうか?」
それにセオドリックが急に押し黙る。
「……殿下どうされました?」
「彼女が只者でないと知れたら、よからぬことを考える者が増える。利用されぬよう危害を加えられぬよう……よく目を光らせねばな」
「……私も聞いて驚きました。まさかエルフの血を引いていただなんて」
「どこか浮世離れした、あの透明な美しさも頷ける。
何しろ彼女には、本物の妖精王の血が流れているのだから」
「そうですね。アニエス嬢の従兄もその点に関して実は認めていたみたいですからね」
「…………」
今回、侯爵家の所領の没収を大きく免れたのにはアニエスの従兄、カールの活躍に配慮してという面も大きい。
彼が自分の家族の不正を告白したからこそ、今回の件の詳しい内情が浮き彫りとなり対処も早まったのだ。
しかしセオドリックが彼の名前を聞くとムスッとしてしまうのには訳がある。
侯爵家の面々が軍に連れていかれる際、アニエスはカールに礼を言った。
「カール、貴方の勇気のおかげで皆が助かったわ。本当にありがとう」
そう言うとカールは赤くなり、その後、意を決した強い眼差しで、真っすぐにアニエスを見る。
そこには今までの彼女を馬鹿にするからかいの影はなく、声がわずかに硬さを含んでいた。
「……俺は、お前をブスだの豚だの、何度も罵った。……悪かった。本当は、そんなこと思ってない」
緊張で喉を鳴らし、カールは続ける。
「確かに最初は、『魔力無し』のせいか、どこか気味が悪いと感じたこともあった。……でも、それはすぐに消えた。本当はずっと、綺麗だと思っていたんだ。祖母も姉も妹も、お前の美しさに嫉妬していた。兄貴たちが絡んだのだって……可愛いからだ」
カールのその言葉にアニエスは驚く。
「“お前を綺麗だと言う奴は、身分や金に気を使ってるだけだ”って言ったこともあったな。“紳士淑女は見かけに本音なんて言わない”って」
一歩踏み出し、低く告げる。
「あれは……お前に誰か他の男が近づくのが嫌で、牽制しただけだ。卑怯だった。……本気で悪かった、アニエス」
「カール……私の名前」
アニエスはその時、カールに初めて名前で呼ばれた。
そんなことにアニエスは、今、気付く。
「ずっと好きだったんだ。今は何も誇れるものがないけど……侯爵家は俺が必ず立て直す。だから、その時は――俺の隣にいてくれ。将来、結婚してほしい」
なんとあのカールが、勢いのあまりアニエスにプロポーズしてきたではないか!?
「本当に彼は勇者だと思います。彼女がどんな面々に想われているかだなんて、見ていればすぐに分かるはずですから」
ノートンがカールの言葉を振り返り、そう素直な感想をもらす。
「全くだよ。……しかも彼女にあんな仕打ちをしておいて、よくも抜け抜けと!」
「まあ……振られてましたけどね」
アニエスはそう言われて。
始め驚きに目を見開き、その後すぐに笑顔になった。それから……。
「カール……本当にありがとう。まさか私がプロポーズされる日が来るなんて思ってもみなかったわ。でも、ごめんなさい。結婚は無理よ。……いくら今は反省していても、パワハラやモラハラ気質のある人と一生を共にするのは――私は無理!」
……………。
「気持ちいいくらいバッサリいってましたね……あんな死刑執行人がいたら、罪人は余計に苦しまずに済むというくらい……」
「首を落とすのに、まるで一切の躊躇いもなかったな」
あれが、自分だったらと思うと……ぞっ。
「でも、これでアニエス嬢の呪いはだいぶ解けたかもしれないですよ?」
「……そのこと自体は喜ばしい。だが今まで『魔力無し』と毛嫌いしていた奴らですら、内心はアニエスに惹かれているというのが今回わかった。ということはアニエスに懸想している潜在的な人数は計り知れない」
「……ま、まあ王宮宮廷行儀見習いは女性社会で、男性に触れる機会も少ないですから」
「今はまだ子どもだから、どうにか見過ごせる。それでも街を並んで歩けば、アニエスに向けられる視線はやけに多い。……この先、年頃になればどうなる? しかも最近は、以前にも増して妙に色っぽい」
ただでさえ厄介なライバルが多いというのに、特にその中でも……。
「それにしても今回の件での皇帝陛下……本当に恐ろしかったですね……うっかり本当に侯爵家の面々を皆殺しにしかねないと思いました」
「アニエスが必死に間に入ってくれたから、何とか矛を収めてくれたが。そのために……!」
「来年、ヴァルハラに赴くことが決まってしまいましたね……一応、殿下とタニア王女殿下がご一緒するのを飲んではいただけましたが」
そう、アニエスが殺されかけたと知ったクラウディウスの怒りは、凄まじいものだった。
そこにいるだけで、全身の皮が鑢にでもかけられているみたいにヒリヒリとした痛み。
全身にかかる竜にも負けぬプレッシャー。
いつもの心地よい音楽のような素晴らしい声ではなく、まるで地獄で断罪を行っている魔王のごとく、その声だけで心臓がつぶれてしまうような恐ろしい声……。
本当、その場の全員が今にもちびりそうだった。
「……あの時に声を上げただけでも、アニエス嬢を私は尊敬いたします……」
アニエスはその様なプレッシャーの中、皇帝を止めるべく進言した。
「陛下……私のためにその様に怒っていただけること嬉しく思います。……ですが、どうか侯爵家のことは、私たちにその判断を任せては頂けませんか?」
「……アニエス。貴方はわかっているのですか? 悪魔の生贄にされそうになった上に、死にかけた。……そんな奴らを例え内政干渉になり、戦争を起こすことになろうとも私は看過できないですね」
よ、よもやこのままだと、超大国と戦争になってしまう!?
「!! 陛下は私の愛するローゼナタリアを焦土になさるおつもりですか? もしそのおつもりなら……私は今ここで自分の首を掻き切り、そのお考えを全力でお止め致します! ………でも、もし私に対して少しでも情けを持っていただけるのなら、どうかその怒りをお納めいただけませんか?」
「…………」
アニエスは一歩踏み出し、震えを押さえながらも真っ直ぐに言った。
「……人は弱く、愚かで、過ちを犯しやすい生き物です。ですが、その責を当事者ごと消せば解決するような単純なものではありません。……時間をかけて向き合うしかない――賢帝であらせられる陛下なら、よくご存じのはずです!」
彼女は強く息を吸い、さらに声を張る。
「今ここで短慮に走れば、貴国とローゼナタリアは何十年、何百年という怨恨に縛られることになる。築いた友情は一瞬で壊れますが、培うには何倍もの歳月が必要です。――私は、この友情を何より大切に守りたいのです!!」
「……アニエスはヴァルハラと上手くやっていきたいと思っているのですか?」
「ええ、無論です! 貴国にはその法制、規模、歴史、繁栄した礎と学ぶことも多く、ぜひ今後もローゼナタリアの見本になっていただければと存じます」
「では、アニエス自身も……ヴァルハラに学ぶところがあると?」
「はい。私は、貴国のその尊ぶべき美点を、ぜひ自らの目で学び、身に刻みたいと心より望んでおります!」
「では、……ヴァルハラに留学を望むということで問題ないですね?」
「はい! ………………………………………えっ?」
空気が、止まった。
アニエスの脳が、今、ゆっくりと理解を始め、額に汗が流れる。
「いやはや……アニエスが、そこまでヴァルハラに敬意を表し、心より学びたいと思っていたとは」
「あ……いや………えっと、その………確かにそうなのですが…………」
「まあ、色々準備もあるでしょうから……確かにすぐにとはいきませんね? よし、じゃあ、来年の五、六月くらいが良いでしょうか」
「え、来年!? ……そ、それは」
「…………では、先程あなたが言っていたことは、その場限りの私に対するおべっかと、気休めということですか……?」
「いいえ! そんな……全て本心から申し上げております!?」
そこで、クラウディウスはそれまでの怒りが嘘のように艶然と微笑んだ。
「では決まりです。来年が楽しみだ!」
……………………………。
「お見事でらっしゃいましたね。……あの陛下の手腕」
ノートンがその様子を遠い目をして、思い馳せる。
「アニエスは、あの後しばらく、その後悔に四つん這いになって固まっていたな……」
「それで、他の数名の留学生を伴うのと、期間は取りあえず三ヶ月の短期のものにと、何とか交渉することが出来ましたが……おかげで戦争にならずに済みました」
「全くだ。完全に喜ばしいとは言えないが……他国に竜がいったん預けられる形になるわけだしな」
はぁ、とため息が漏れる。
「……そう言えば、アレクサンダーの様子はどうだ?」
「はい、本人も反省しておりますし、予定通り、あと一ヶ月の収容期間を無事に済めば恙なく寄宿学校が休暇を終えるタイミングと、同時に、学校へ復帰できると思います」
「そうか、まあ竜を暴走させたのは初犯だし、こんなものだろう」
「それにアニエス嬢も甲斐甲斐しく面倒を見ているようですし、間違いはまず起こしはしないでしょう!」
「…………」
それに対してセオドリックは最大限の不機嫌な表情になった。
「なんで、アレクサンダーの世話役がアニエスなんだ?」
「アニエス嬢たっての希望ですし……自分の従者なので責任も感じてかと」
「それで朝から晩まであれやこれやを彼女が世話をすると?」
「……行儀見習いの仕事や授業もございますから……ずっとというわけでは……」
「それは、もはや罰では無くてご褒美だろう!?」
セオドリックは恨みがましい目で、思わず関係のないノートンを睨む。
「私に申されましても……」
全くである。
「あの……もしよろしかったら、殿下もアレクサンダーの様子を見に行かれては? 次の公務まで時間もございますから」
「……よし、行こう!」
二人はアレクサンダーの収容されている地下三階の収容所に向かった。
この収容所は比較的環境は明るいものだが、思春期の少年には、やはり辛いものがあるかもしれない。
「こちらの棟です」
「今、他に収容されている者は?」
「こちらには、特にいなかったかと……」
そして収容ナンバー三三〇五の収容部屋の前に来た。ノートンが事前に預かった鍵を開ける。
「アレクサンダー、様子はど……」
「あら、セオドリック様?」
「…………………………」
丁度アレクサンダーは食事中だった。手枷汗枷をされているため、なんとアニエスの手ずから食べさせてもらう形である。
「お見舞いに来て下さったんですか?」
「……………………」
「セオドリック様?」
「ズルい!!」
思わずセオドリックは叫んでしまった。
「え、どうされたんですか? 大丈夫ですか?!」
「オイ!! ノートン!? コレは反省させるためにしているのだろう!? こんなことをしたら、こいつは絶対に再犯を起こすぞ!!」
「で、殿下落ち着いてください……!」
「手枷足枷があるから変なことは出来ないが、……口説き放題、いちゃつき放題じゃないか!?」
「あっやだ、アレクサンダー、口についてるわよ?」
アニエスが手で取って、ペロリとそれを自分の口に入れ舐める。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!?」
「失礼しました。今のは確かにはしたなかったですね?」
「……ノートン、止めさせろ! い、ま、す、ぐ、にだ!?」
「殿下! どうか落ち着いて!!」
「……………………」
セオドリックは、はあはあと息を整えつつアレクサンダーの方を見る。
「おい貴様! どうゆう了見だ!?」
「どうゆう……と申されましても……」
アレクサンダーも、そりゃあ困惑してしまう。
「朝・昼・晩と、こんな風にアニエスといちゃついて何が反省だ。阿呆か!?」
「セオドリック様、別にいちゃついてなど……食事をさせているだけですよ?」
だから、それが……いちゃついているって言ってんだよ!!
「セオドリック様は何をあんなに興奮しているのですか? ノートン様」
「……たぶん男なら、皆同じ状況に立たされれば反応は別にしろ、殿下と同じように興奮するかと……?」
「では、どうしたら落ち着きますか?」
「そうですね……同じ女性に労ってもらうとか?」
それを聞きアニエスは食事をいったん中断し、セオドリックに近付いた。
そして、セオドリックの肩や背中を優しく撫でる。
「どうか落ち着いてくださいませ殿下……。公務できっとお疲れなのですね?」
するとセオドリックは、がばりとアニエスに抱き付いた。
「え、え、わ!? ノ、ノートン様……これは如何すれば……?」
ノートンは頭を抱えつつ、アニエスにお願いする。
「どうか、アニエス嬢がご不快でなければ暫くそのままで……」
そう言われ、アニエスはセオドリックのさせたいようにそのままにし、さらに頭を撫でてやる。
「ノートン……このまま連れて帰りたい……!!」
「タニア様に叱られますよ?」
そこでセオドリックは、がばっとアニエスの肩を掴んで離した。
「決めた。私もアレクサンダーの食事の際にはじゃま……じゃなかった、私も同行を願い出たい!!」
「私は構いませんが……。セオドリック様はご公務に課題にと、……お忙しいのでは?」
「そんなのは工夫次第でいくらでも、どうにでもなる! 二人っきりにする時間を増やす方がよっぽど問題だ!?」
「……セオドリック様がそうおっしゃるのでしたら」
それを聞き、セオドリックはニヤリと黒く微笑み、アレクサンダーを見る。
アレクサンダーは心なしかムスッとしていた。
「収容中の者が特定の人物と頻繁に接触するのは好ましくない。再発防止の観点からも、管理は厳正であるべきだ」
ぶっちゃけ、これは建前。
「……というわけで、これは罪滅ぼしでご褒美じゃないのでな。これからが罰の本番だぞ。アレクサンダー?」
そして、こちらが本音である。
「……承知しております」
アレクサンダーはセオドリックをギロッと睨みながら返した。
かくして、王宮の新たなる日常がスタートしたのである!
さあ、いよいよ秋が始まりました!




