77、夏の休暇の終わりと新たな季節
「タニアからは、隣で休んでいるはずなのに君の姿が見えない、と報告があってな。様子を見に来てみれば……ずいぶん重大なことを隠してくれていたようだ」
帰ろうとしたアニエスたちだったが、セオドリックに呼び止められ、再びアレクサンダーの自室へと戻される。
対面にセオドリックとタニアを据えられ、アニエスはまるで尋問のように、その力について説明することになった。
「えーと……その……私も当初は戸惑っていたのものでございまして」
それにセオドリックはギロリと睨んだ。
「戸惑っていたのに、運用が随分と早いな?」
「いや~とっさに……火事場の馬鹿力でしょうか?」
「へえー、それで三人でこっそり秘密を共有しようと」
「……え、えへへ」
アニエスは気まずそうに指先を先程から、くるくると弄んでいる。
「……自覚はあるのか? 君はアレクサンダーの『ドラゴニスト』を解除したんだ。竜を使役できるだけでも国家機密級だ。それに加えてその力まで露見すれば、近隣列強が黙っているはずがない。――最悪、攫われるぞ」
「ええ? でも、『魔力無し』の私がまさかそんなことが出来るだなんて、誰も思わないでしょう……?」
アニエスはセオドリックの目が怖すぎて、盛大に目を反らしてブツブツと言う。
「……だが、君はさらに『クォーター・エルフ』だろう?」
その言葉に、アニエスは弾かれた様にセオドリックを見た。
タニアも驚いたように、目を見開いている。
「実は、以前から疑っていた。皇帝陛下のあの尋常ではない魔力と魔法……あれは、とても人の業とは思えない。そして君も、君の母上も……どこか常軌を逸している」
一拍置き、セオドリックは視線を細める。
「祖父君の経歴も洗わせた。妻は海外の没落貴族とされているが、素性が不自然なほど不明瞭。加えて彼が長く滞在していたのは“失われた大地”――かつてエルフが支配していた土地だ。……なら推論は一つしかない」
アニエスは、だらだらと滝のような汗が流れ続けるのを全身に感じた。
「竜の所有者であり、魔脈を自在に操って他者の魔法を封じも蘇らせもでき、さらには魔力すら増幅させる力を持つ……。その上、絶滅したとされるエルフの血が流れている。……それだけ揃っていて、単なる“魔力無し”で済むと思うのか?」
「……エース! セオドリック様が怖い。助けて!!」
だがエースも、それが紛れもない事実だと理解している。
だからこそ何も言えず、ただアニエスを見返した。
「特に隣国アーチボルトに君の存在が知れるわけにはいかない。……少なくとも貴族の令嬢という立場ではな?」
それに、アレクサンダーがピクリと反応する。
「それは……その先をどう言おうとされているんですか。セオドリック様?」
セオドリックが、そのアレクの反応に不敵に唇の端を上げてみせた。
「どういう意味だと思う? それならアレクサンダー、……君の口から聞きたい」
余裕をもってセオドリックがそう返す。そんな二人の間にバチバチと火花が散った。
それを横目に、タニアがアニエスに別の質問をした。
「でも……下着姿だったのは驚いたけど、それはアニエスがアレクサンダーを助けた際に、自分の服を元々貸していたからなのよね?」
アニエスは頷く。
「アニエスはどうやって牢を抜けたの?」
「ああ、それは……」
そう言いアニエスはおもむろに靴紐を解きだした。
そして靴を脱ぐと、中から薄いシールの様な札のような紙束を出してきた。
「これは……?」
「『魔符』です。カサンドラは公爵領! 『魔符』の運用が条例で許可されていますから、この魔符を使い牢の鍵を熔かし脱出したのです!」
「まあ! これが? ……アニエスは確か人質の条件で『魔符』の全国運用を願い出ていたわね!」
「はい、で、今は公爵領で運用のテストをしていて……その実績を議会に上げられるように、今も準備をしているところです」
「……では、こんな便利なものが公爵領では、すでにやり取りされているのね!」
「いえ、これは非売品というかオリジナルの物なので、実は一般にはまだ出回ってなくて」
「じゃあ、いったい誰がこれを作ったの?」
「私です! ……私が個人的に、使用具合をテストするために用意したものなんですよ。これは」
「……え!? アニエスが!! すごいわ!! いったいどうやって?!」
「私は魔力が無いのでアーティファクトを使用しました。エースにも手伝ってもらったけど……」
「アーティファクトを貴女は持っているのねアニエス! えー、いったい何処で買ったの?」
「いえいえ、買ったのではなく。見つけ……」
「義姉さん!」「お嬢様!」
二人に声を掛けられ、ハッ!! とアニエスはそこで話し過ぎている事態に気付く。
そう……自分の中で当たり前過ぎて、常識とはかけ離れた状態になっていることが人間には稀にある。
それが事もあろうに……アニエスはよりにもよって今、この状態でそれをぶっ放してしまったのだ!
セオドリックが綺麗に微笑みながら、先程からテーブルを指先でトントンと鳴らしている。
「アニエス。とても興味深い話だ。……はい、続きをどうぞ?」
「……いやだなあ! 冗談ですよセオドリック様ったら、またまた本気にして! そんなアーティファクトが簡単に手に入るわけないじゃないですかあぁ!」
あはははは。
あはははは。
アニエスは全力でごまかそうとするが先程から汗が止まらない。
夏だからね! 暑い〜!!
「アーティファクトは産出量が極めて少なく。見つかり次第、国の所有物になる決まりだ。裏マーケットでも本当にめったに手には入らない。……それを君は見つけたと……そう言った?」
げ、げこぉ……。
「……ここで一つ、私の推理を聞いてもらえないか、アニエス? ……聖遺物と呼ばれるアーティファクトは、多くが独自の強大な魔力エネルギーを宿しているとされている。だからこそ一万年前の遺物であっても、今なお使用が可能だ」
彼はアニエスを真っ直ぐ見据えた。
「君の目は人の魔脈だけでなく、……無機物の魔力も見ているのではないか。それならば、君が遺物を見つけられた理由も説明がつく」
そして、静かに名を告げる。
「……どうなんだ。アニエス・ロナ・チャイルズ・アルテミスティア」
まるで蛇に睨まれた蛙である。
アニエスはどうやってこの場を取り繕おうか……必死にその頭を回転させた。
「セオドリック様……」
そこで、アニエスはすっくと立ちあがった。
「何だ?」
「ごめんなさい……少しお茶を飲み過ぎてしまったみたいで、お花を摘みに行ってまいります☆」
「は?」
「すぐに戻ってまいりますので、では!!」
アニエスは考えた末に……逃げることにした。
取りあえず、今あるアーティファクトだけでも隠さなければ!?
魔符で風を呼び、アニエスは全速力で自室へ向かう。
だがそんなのお見通しで、先回りしていたセオドリックが待ち受けており、あっけなく御用となった。
「………君はどうして普段あんなに賢いのに、時に信じられないほど愚かで馬鹿なんだ?」
掴まえたセオドリックが呆れてアニエスに言うと、アニエスはぐすんぐすんと泣いて答える。
「う、生まれた星の宿命のせいかと……」
そして、アニエスが所持していたアーティファクトは、全て国へ没収となった。
「……ひどい!! ……こんな酷いことがあろうか!?」
アレクサンダーの部屋へと戻り、ベソをかいているアニエスに対してエースが言う。
「でも正直……ぺらぺらとタニア様に話しだす義姉さんを見て、セオドリック様と全く同じことを思ったよ」
「右に同じく」
エースとアレクサンダーも呆れてものも言えない様子だ。
(ううっ!! 仲間だと思ったのに、裏切り者!)
「アニエスは……色々あって気が抜けてしまっていたのよね? そうよね、きっと!」
(うううっ! こんな時もタニア様なんてお優しいのだろう。天使なのだろうか? ………うん、知ってる!)
「セオドリック様のバーカバーカ! ……もう嫌いっ!!」
思わずアニエスが、子供のような悪態をセオドリックにつく。
「はいはい、私は大好きだよ? 愚かな君も……実に愛しい」
「ふうっ! そんな大人が子供をなだめるみたいに!?」
まあ実際、今のアニエスの格好は子供でしかない。
「でも本当、今回の休暇は色んなことが目白押しだった! ……こんな濃い夏休みは二度と来ないわね」
「いや、タニア様その見解はまだまだ甘いかと」
「そうですね……お嬢様と来年も夏を過ごされるのなら、いったいどんなことが待ち受けているやら……」
「ムードメーカーであり、まさにトラブルメーカーだからな。騒いでいても、黙っていても」
「ううっ! 皆して、けちょんけちょんじゃないですかあ!?」
口ではあれこれ言いながらも、ここにいる全員が、次の夏も当然のようにアニエスと過ごす未来を疑っていない……。
その揺るぎない想いに、果たして本人は気づいているのだろうか?
こうして長かった夏の休暇を終わる……。
そして、いよいよ其々の新しい季節が訪れようとしているのであった。




