76、ニ柱のドラゴニストと一体の竜
『悪音』で始まった攻撃。
それはそれだけで普段より桁外れの威力を持っていた。
破格にして度外れ。
そんな強靭さと力の強さを持つドラゴニストの今ですら、まともに受けて吐きそうになる。
けれど、エースだって長年アレクサンダーとつるんでいる。
親友の得意技への対処法も心得ていた。
アレクサンダーが再度『悪音』を放つ前に、エースはアレクサンダーの周囲に大きな透明な箱を作る。
密封して、音が漏れないようにした。
さらに、魔法の威力が弱まる仕掛けを中に施し、音量自体を鎮めるアプローチをする。
よし、……どうやら、なかなか上手くいったようだ。
先程まで襲った不快感がもうない。
これでいよいよエースからも攻撃が出来るというもの!
まず、この戦いに勝利は必要ない。
――大事なのは、アレクサンダーを気絶させること。
さすれば全てが解決した。
だって、エースは出来るだけアレクサンダーを傷つけたくないのだ!
だがその箱も……アレクサンダーが数多の熱を集め、それを凝縮した光の玉を作ると、その玉を一気に撃ち放つ。
箱を粉砕して……ついでにエースの身体まで打ち付ける。
まともに受けるエースが、六百ヤード。
……その長さで地面に激しく擦り付けられた。
傷ついた箇所は摩擦の熱で、焦げた匂いがたち込める。
さらにアレクサンダーは『音速』の威力を上げ、音の十倍の速さで動く『超音速』で、すぐ目の前にアレクサンダーの顔がきた!
おまけに、同じ速さの拳をエースへ何十発も打ち込む。
「「カッハ……ッ!!」」
エースの口から赤い鮮血が舞った。
(………おいおい、マジか!! ――殺す気っ!?)
感情的になって暴走し、アレクサンダーは今のこの姿になっている……。
普段は抑えられている竜の戦闘本能に、もしや意識を食われはじめているのかもしれない。
(クソっ……じゃあ、もう遠慮なんてしてる場合じゃないのか?!)
エースは重力を反転する魔法『逆重力』でアレクサンダーを勢いよく天高く空へと飛ばした。
ある程度の高さまで到達し……逆に『逆重力』を解いた上での『超重力』!!
アレクサンダーのその身体を激しく地面へと叩きつけた!
アレクサンダーが落ちた先が、グワンと月のクレーターのように派手に大地を抉る。
落ちた瞬間、全身の骨が粉々に砕けてもおかしくない衝撃だった。
それでも致命には届かない。
エースは、アレクサンダーが動く前に次の攻撃に出る。
圧縮した水の玉へと彼を閉じ込め……息が出来ず、気絶させようと試みた。
だって竜だって呼吸をする。
「なので、これでどうか……!」とエースは祈った。
最初、藻掻いていたアレクサンダー。
だが暫くすると中でボコボコと水が急に泡立ち、全部を大きな気泡が埋め尽くす。
――やがてそれが破裂して、大きな爆発を起こした。
……アレクサンダーは最初こそ水攻めに慌てる。
でも、すぐ冷静になり、酸素と水素に水を分離し、あろうことか、それを爆発させて自分を閉じ込める魔法ごと破ってしまった!
「「………閉じ込める系は効かないのか? ……というか、あっぶなーっ!?」」
だが、流石のアレクサンダーも無傷ではいられずに小さな傷を、複数、負った模様。
それで今度は……アレクサンダーの反撃である!
爆発の残滓を集め……無数の矢を作り、エースに向かって火矢の雨が振り注いだ。
エースはその攻撃の気配を読んで、とっさに水の障壁を作りそれを阻む。
けれどもし判断が少しでも遅れていたら……? そう思うと背筋がゾッとした。
それを終えてアレクサンダーはまたこちらに向かって超音速で飛んでくる。
スピードでは、アレクサンダーに対して圧倒的に不利だ! だったら……!
エースは向かうその身体が、もう方向転換できない距離を見極め、自分の足に事前に掛けた『過重力』の重い攻撃を……その股間に全力で打ち付けた。
「「マジ……ごめん、本当っ!!」」
エースは攻撃とともについ謝ってしまう。
……「これは流石に気絶するのではないか?」とエースは淡い期待を寄せた。
確かに攻撃された後、アレクサンダーの今までの動きが、一瞬、全て停止する。
なのに、その攻撃を受け……アレクサンダーは先程より目に強い怒りを込めギロリと睨んでくる。
「「ふっ不死身!?」」
(クソッ! いったい……どうすれば………!)
その時エースの耳にかすかな声が届く。
竜同士だけで本当に必要時だけ出来るテレパシー。
(これは……!?)
目の前のアレクサンダーを見る。
アレクサンダーは威嚇するようにその太く長い尾をバシンバシンと地面に叩きつけた。
次第にアレクサンダーの身体の中心に向け、プレッシャーが集中しているのにエースは気付く。
アレクサンダーに向けて空気が吸い込まれる感触。
彼に向けて転げる地面の石。
木がバサバサと枝ごと大きく揺れ、雲がアレクサンダーの頭上で黒く、厚く、大きく渦巻く……。
(――いけない……これは恐らく、極大魔法を使ってくる!!)
そうなれば、カサンドラはどうなる……!?
時間があるとしたら、この極大魔法を放つまでの、今しかない!?
エースは、アニエスのもとへ走る。
……先程のテレパシーは目を覚ましたアニエスからのものだった。
(エース……!!)
アニエスは、ボロボロの身体をおしてエースの姿を捉えると心の中で必死に叫ぶ。
エースは、そのアニエスの身体を素早く抱きかかえた。
そのままドンッと地面を蹴り上げ……アレクサンダーの真上へと、旧館の屋根よりも遥か高く上空へ跳んだ。
「……」
それをすることに、正直、エースは最後まで激しい戸惑いを見せる。
だけどアニエスは、無事な方の手でエースの手を握りながら、片目で見て微笑み、テレパシーで伝えた。
(大丈夫。だからお願い………やって!!)
そう心で言われ……エースはアニエスを信じて意を決して、その腕からアニエスを離すと……遠く地面に向けて落とす。
アニエスが――小さな――点になって……落ちていく。
「!!」
落ちてくるアニエスを確認したアレクサンダーは急遽、極大魔法を停止した。
ブオンッと空の厚い雲が解け、一瞬のうちに晴れ間が覗く。
アレクサンダーは素早く地面を蹴って高く飛翔し、アニエスを守るために、彼女をその腕にしっかりと捉える。
アニエスはアレクサンダーの腕に抱かれ、その目を見て優しく笑った。
「………アレクサンダー………ありがと――ごめんなさい!」
アニエスが、思わず女神様に感謝する。
大祭の前、清めるために入った祠で魔脈を見る能力が跳ね上がった。
……だから、今では詳細にまで魔脈を分析して、コントロールすら容易くなっている。
これが俗にいう、運命のお導きだろうか?
アニエスはアレクサンダーと竜との結合点。
それから、アレクサンダーの魔力の湧いている焦点へ……鋼より硬い鱗にも負けぬ……世界で最も何ものも貫く奇跡の刃――。
『ミスリル』のその完全体たる剃刀を、残りの力の全てを注ぎ込み、奥へと刺しこんだ……!!
――その一瞬。
世界が一時停止する。
アレクサンダーが驚きに目を見開く。
地面に着地。
一歩、ニ歩、三歩と歩いたが四歩目に至らず、アニエスを抱えたまま前のめりに倒れこんだ。
それにエースも急いで駆けつける!
「「アニエス……無事!?」」
アニエスはボロボロながら小さく頷き、アレクサンダーを見た。
アレクサンダーの周りを、キラキラと黒と白の水蒸気のようなものが立ち上っていく。
やがて端から溶けるように魔法が徐々に解け、一瞬目を開けたアレクサンダーが起き上がると、アニエスの手をおもむろに掴む。
彼はアニエスをそのまま引き寄せ、その首元にかぶりと噛みつく。
二人はぎょっと驚くが、するとアニエスの身体が内側から激しく光りだした。
見届け。
アレクサンダーはその口を離す。
ふっと笑い、やがてその身体からは、すっかり竜の気配と魔法はなくなり……アレクサンダーは元の丸裸の状態で、腕にアニエスを抱いたまま、再度倒れた。
何が起こったのかわからず二人はしばし呆然としたが、やがて光が落ち着くと――。
「……治ってる!」
アニエスは自分の手を見た。
圧力され潰されたその身体が、アレクサンダーに噛まれたことにより、完全に元に戻っている……。
アレクサンダーは竜と結合した最後の力を振り絞り、アニエスの身体を蘇生していた。
「アレク!」
アニエスは気絶しているアレクサンダーを抱きしめる。
そしてエースを振り返った。
「エース、ありがとう……!」
そう言うと、まだドラゴニストの姿のままのエースが思わず苦笑いする。
「「――『私を抱えて、空から落として!』……という声が聞こえたときは、耳を疑ったよ」」
「うん……本当ね。……エースでなければ上手くいかなかったわ。他の人が例えドラゴニストになれても、私を絶対に落としたりはきっと出来ない……。……私とアレクサンダーを信じるエースだから、成功できた」
アニエスはそう言い、エースを見て目の端に涙をためて微笑んだ。
「これは…………凄いな………皆は無事か?! アニエス!!」
そこにドラゴンのプレッシャーが弱まり、普通に動けるようになったセオドリックが、急いで駆け付ける。
アニエスの無事な姿を見ると、セオドリックはアニエスを強抱き締めた。
「……よかった!!」
「エースのおかげで私たちは何とか無事です……セオドリック様! でも、屋敷にいた者は……」
「それなら、今タニアが行っている。……でも、全員は恐らく……」
「セオドリック様。……しばし、アレクサンダーをお願いします!」
そう言い、アニエスはすっくと立ち上がり、屋敷に向かって全力で走る!
「タニア様!!」
「アニエス……! まあ、よかった無事だったのね!? ……でも、その格好は!?」
「えーとそのことは、後ほど詳しく……それより救命の方は!?」
それにタニアは辛そうな面持ちで俯く。
「出来るだけの事はするけれど……私の魔力が」
それにアニエスはタニアの手を取り握りしめ、その目を真っすぐ見た。
「タニア様、……私は魔力は無いけれど、この身に竜を宿すのをお忘れですか? ……私に触れられている状態ならば……タニア様は竜を使役し、魔力を何十、何百倍も使用できます!!」
「!!」
「どうかお願いします。……全員をお救い下さい。……聖女タニア様!!」
タニアが力強く頷く。
「わかった……アニエス、全力でサポートをお願いね!」
「仰せのままに!!」
そうして、タニアの『生命の魔法』とアニエスの竜の力によって、屋敷内のケガを負った全ての人間を救い出せた。
死にかけた、あのダナンさえも……。
アニエスは涙が出るほどホッとした。
これでアレクサンダーを殺戮者にしないで済んだ。
救命も落ち着き、タニアはアニエスを振り返り言う。
「アニエス……あとでカールに礼を言ってね? 彼が全てを告白してくれたから……エースも駆けつけることが出来たのよ!」
「カールが!?」
あまりに意外でアニエスはとても驚いた。
「すごく……勇気ある行動だったわ!」
アニエスもそう思う。……この数年で成長したのはどうやら自分だけでは無いようだ。
ずっと意地悪なだけだと思った従兄にも、きちんと罪悪感と良心が育っていたのだから。
「しかし、侯爵家は罪に問われるであろうな。使用人たちからも脅されて、洗脳されていたと先程その証拠も取れた」
だいぶ状況が落ち着いたことで、セオドリックが冷静に分析した。
「……アニエスやアレクサンダーの監禁と傷害。前侯爵閣下の悪魔召喚による被害の隠蔽………。これは、もうどうにも隠しようがない。もしかすれば最悪、全ての権利と領地の没収。……首謀者は処刑もありうる」
因みに、アレクサンダーはノートンへ任せ、セオドリックは、今、自分も救命に参加している。
というか、貴族が領地を没収されるというのは、ほとんど死と同義だった。
……貴族は一生働かないで優雅に暮らすものだが、それも全て土地と、そこから上がる税があってこそ……。
土地がなければ、働くどころか靴下も自分で履いたことのない者が……その先も上手く生きていけるとは考えにくかった。
「甘いのは重々承知でお願いがございます。……所領を没収するにせよ……せめて、それを半分にすることは出来ないでしょうか? または、爵位を降格させるとか! ――もちろんその他の処罰は当然だと思いますが……!」
それにセオドリックは厳しい声を上げる。
「……君は自分が何をされたのか理解しているのか!? 不本意な形ではあるが、アレクサンダーが力を暴走させなければ、……下手したら轢かれた虫のようにぺしゃんこにされて……死んでいたのかもしれないんだぞ!?」
アニエスはそれでも食い付く。
「……ですが!! ……元は私の浅薄な考えで起こした行動が原因です! 祖父のことで頭に血が上り、私は彼らを逆上させてしまいました……! 体はアレクサンダーのおかげで、このように無傷です! セオドリック様……どうか裁判の際は、お口添えいただけませんか!?」
セオドリックはアニエスの言葉に頭を抱えた。
「~~~!! 君のお人好しには、時々頭が痛くなる……優しすぎるのも、そこまで行くと問題だぞ? ……そもそも、彼らが君に優しかったことなど無いだろう!?」
アニエスは頭を振る。
「私は……優しくなどありません!! ………自分勝手な話で口にするのもお恥ずかしいですが……本当は身の回りの者のことしか頭に無い!」
アニエスは叫んだ。
「もし、ここで私のことについて罪を問えば正当防衛とは言え……アレクサンダーも大きな罪に問われてしまう。また、祖父もこの先どうなってしまうか……!?」
大好きな人たちを思い、アニエスの胸が、不安でやたらとドキドキとする。
「そして……母自身が好んでいないとはいえ、母の実家です! その苦しむ姿を想像したら!? だから、こんな風に……どんなに図々しくても、願い出ずにはおれなかったのでございます!!」
「アニエス……」
タニアがそんなアニエスをジッと見つめる。
アニエスは最後まで訴え続けた。
「罪を……全て無かったことにして、罰を与えるなとは申し上げません! ですがどうか……過分なご配慮を、いただけないでしょうか……?」
だがその懇願に答えたのは、セオドリックでは無かった。
「――いいえ、罪はしっかり償わせるべきです!」
そう答えるのは、よく通る女性の声。
「お母様!!」
「私が話をしてみると言ったのに貴女ときたら……話をしたその日どころか、午前中にこんなことになるだなんて!?」
凛と美しい顔を前に向け、眉を最大限に吊り上げて、腹の底から声を張り上げる。
「こちらの話を伺っている時に……私は三度は失神しそうになりましたよ? まったく………ケガは本当に、本当に……もう無いのですか。アニエス!? 痛みを忘れているのではなくてっ……!?」
そう言いディアナはアニエスを強く抱き潰すし、その目から、一つ二つと大きな涙をボロボロとこぼした。
「私の気持ちなど……気遣わなくて大丈夫なのですよ? ……子どものためなら、実家を切り捨てることすら何とも思っていない。冷たい女なのですから……!」
「……お母様」
アニエスは母をひしっと抱きしめ返す。
「父のことも大丈夫……。多少の国からの処分はあるかもしれませんが……父自身も軟禁されていたし……罪は比較的、軽いでしょう。……父はロナで準備した屋敷で引き取ります! あの父のことですから、手足が戻ればいくらでも元気になると思いますからね……?」
それにアニエスは弾かれた様に母の顔を見る。
「……!! 本当、ですか!?」
「父を引き取ることについても……継母様とは今日、話をするつもりでいたんです。元々、父達の夫婦関係は破綻していて、だいぶ冷え込んでいましたからね。……アニエス達には確定していないから、話さないでいたのだけれど……」
それを聞きアニエスは表情を明るくした。……が、しかし、すぐにそれは沈んだものになった。
「で、では、アレクサンダーは!? 彼こそ私のせいでこんなことになってしまったのに……! もしこれで、彼の将来の芽を摘むようなことになれば私は……っ!!」
「ハッハッ……その件なら大丈夫!」
そう言ったのはディアナと同じく話を聞いて、救命作業に駆け付けていたロズウェルハード将軍。
「……元々、軍でも悪魔召喚に関する件ではいろいろ気になることがあり、ずっと追っていましたが……ここまで一気に関係者を検挙でき、大きく手を打てることになった。いやはや、むしろ感謝ですよ!!」
髭を扱いて、この恰幅の良い将軍が、ウンウンと頷く。
「……それに、ず〜〜っと取りたかった『ドラゴニスト』のデータも取れましたしね……? ……怪我人は全員完治して無事ですし、言うほど将来に禍根の残す罪には問われぬ様、われわれ軍からも是非とも口添えをいたしましょう!」
アニエスがその申し出に、目を輝かせて将軍を見上げた。
「そのお言葉を……信じてもよろしいですか!? 閣下!!」
「私もこれほどの大いなる人材は取り込みたいと思うのに、……それを罪人にして燻らせるのは、全く、本意では無いからね……?」
「…………」
アニエスはロズウェルハード将軍の後半の呟きに、何だか胸に「もやっ」としたものを感じる……。
また、そうは言っても取りあえず、アレクサンダーの将来が傷付かないことに、アニエスは胸を撫で下ろした。
「……というか、レディーたる者が、今の貴女の格好はいったい何なんですか!? どうしたらそう言うことになるの?!」
そう言いディアナはアニエスの下着姿に絶句する。
「い、いやあ………あははは。やむにやまれずと申しますか?」
そこに裸を毛布でくるまれたアレクサンダーと、同じく『ドラゴニスト』姿を解いたエースが、裸にガウンを着せられて合流した。
「え……だから……だから、何でうちの子供たちは、みんな裸のような格好なのですか!?」
思わずディアナ夫人が絶叫を上げる!
「ははは…………申し訳ありません。次回までに、服を生成し、着用する魔法も覚えます」
エースは、バツが悪そうにそう答えた。
大騒ぎだった午前中を終えて――皆が新館に戻り、アニエスは風呂に入れられ、怪我が本当にもう無いのかを医者に診てもらう。
その上で念のため午後はベッドに横になっているよう厳重に申し付けられた。
また、途中、出掛けていたイライアスが連絡を受け、アニエスの部屋に急いで駆け込む場面もあった。
「大丈夫なのか、アニエス?!」
と、とても心配されたが……本当にもう超ピンピンしていたので、ちょっと気まずかった。
嵐が過ぎ……太陽が眠る。
……夜になり、その日の夕餉もアニエスはベッドで取った。
皆がそろそろ寝だす十時半を過ぎたあたりで、彼女はむくりと起きて、そっとベッドを抜け出す。
その足でエースの部屋の前まで行き、軽くドアをノックした。
間もなくしてドアが開くとエースが顔を出す。
……出たのが使用人でなくてよかったとアニエスは胸を撫で下ろした。
だって、そっちの方が面倒がなくていい。
「アニエス、……休んでたんじゃないの!?」
「怪我の具合なら、エースの方が重傷なくらいだわ。……ちょっと出てこれない?」
そう言うと、エースはアイロンの掛ったシャツを着て、紳士用のズボンをサスペンダーで吊るす格好で出てきた。
「アレクサンダーの部屋に向かいましょう。……話があるの」
そう言うと、エースは黙ってアニエスについていく。
離れの前へと着いて、アニエスは部屋をノックした。
……返事がない。
ドアに手を掛けると鍵がかかっていない様子だった。
「入りますよー?」
アニエスはそう言うと部屋へとお邪魔する。
アレクサンダーはよく眠っていた。あんなことがあって疲れているのは当然だろう……。
起こすのも可哀想に思ったが、アニエスはアレクサンダーの肩を揺すった。
「……お、お嬢様」
若干、寝ぼけているものの、起こされたアレクサンダーは上体を起こして二人の顔を見た。
「起こしてごめんね……気分はどう?」
「……はい、今はだいぶ落ち着いています」
「まずは……助けてくれてありがとう。アレクサンダーは私の命の恩人だわ」
「……いいえ、本来はあのようになる前に守り切れないといけなかったのに……」
それにアニエスは頭を振った。
「あれ以上のことは……誰にも出来やしなかった!!」
アニエスは、アレクサンダーの顔を覗き込む。
「それよりアレク……魔法は使えそう? ……魔力は自分の中に感じる?」
そう問われ、アレクサンダーはそう言えば自分の中が妙にすっきりというか……空っぽなのを感じた。
呪文を唱え、魔法を使用しようとするも何もできない。
しかし、それにエースが首を傾げた。
「でも義姉さん……昔よくふざけて、何度も僕らに魔力操作してたじゃん! ……それが落ち着くと魔力の通りが良くなって魔力の道がむしろ増えて増大したし……これも今だけじゃないの?」
それに、アニエスは静かに首を振った。
「いいえ……今回は本当に『元栓』を切った状態なの。……このまま放っておけば滞った自分の魔力が膿み、おそらく死を招くわ」
その言葉に二人が驚く。
「え!? でも、今までは放っておいても大丈夫ったのに……そんな元栓みたいなもの前からあった?!」
「……実は……女神役の前に祠に入った時、少し不思議な体験をしたの。それ以来、以前にも増して魔脈ははっきり見えるの」
アニエスは静かに説明した。
「時間が経つにつれ、誰に教わったわけでもないのに魔脈をより高度に操れる方法が、こう……手に取るように分かるの……まるで以前から知っていたかのように」
彼女は二人を交互に見る。
「以前の私だったら、アレクサンダーと……竜との結合部を見ることはもちろん、切り離すことなんて出来やしなかった。……だから今ここへは、アレクの元栓を開けに来たのよ!」
それには二人は顔を見合わせ、さらに困惑した。
「前は、そんなスイッチみたいに簡単に切り替えられなかっただろう? ……アニエス本人だって魔法がいつ戻るかはわからないって言っていたし!」
アニエスは大きく頷く。
「本当にその通りね。……でも今は……アレク。ごめん少し痛いかもしれないけど……いい?」
「はい……お嬢様が、そう言うなら僕は信じます」
それを聞いたアニエスはホッとした表情になった。
それから急に顔付きを変え腹に力を込め、利き足を前に出すと「っでぇえりゃあっ!!」とアレクサンダーの身体に容赦のない突きをガッとかます。
「ぐっ……はああっ!!」
「え……なんて、暴力!!?」
アレクサンダーはアニエスにそうは言われていたが、それでも、せいぜいチクリとする程度だろうと高をくくっていた。
ゆえに……その本気の攻撃にもんどりを打つ。
エースも同じく『ちょっと強めな指圧』を想定していたため、思わぬ攻撃力の高さに目を見張り汗を一筋流した。
アレクサンダーは口から何やら液体をダラリと吐き、ぜーぜー言っている。
でも……やがて驚いた様子で手をグーパーとしだした。
手を翳せば、自分の本棚から無数の本が空中に飛び出し、その本で思うがままに巨大なトランプタワーを作り出す。
「……なんて簡単に」
アレクサンダーが呟く。
「ねっ、出来たでしょう?」
「えーと……もし失敗してたら、どうしてたの?」
「そんなの、もちろん本気のもう一発だよ!? 元栓が開くまで決して諦めないから……任せといて!」
「「……………」」
二人はこんな事が二度とないねを思わず願った。
用が済み、アニエスはフーヤレヤレと立ち上がる。
「見たところ魔脈の流れも……ウンウン、問題なさそう! じゃあ、取りあえず今日は部屋に戻るわね?」
そうして、ドアを開けた。
と……そこには。
「……実に面白そうな話だ。詳しく聞かせてもらえないか、アニエス?」
セオドリックとタニア。
その二人が立ってたのである。
あとは、後始末のみ。




