75、悪魔召喚と竜の開放(その二)
「おお……恐れ入ります! ――失礼いたします!!」
タニアとマリオンが優雅にお茶を飲んで談笑する中。
アニエスの従兄カールが慌てた様子で、別荘、新館へ駆け込んできて二人はとても驚いた。
「まあ、いったいどうしたの? そんなに慌てて……貴方ここまで、もしかして走ってらしたの?」
カールが息も絶え絶えに肩で息を整えている様子にタニアが声を掛ける。
「……はっ……はっ……あの、どうか……」
「ちょっと待ってね? ……誰かお水を持ってきて!」
タニアはメイドから水を受け取るとカールをなだめ、水を差しだした。
それをカールは受け取ると、がばっと飲み干し口を拭って一気に言葉を吐き出す。
「……! ど、うか助けてください。あ、あいつが掴まってしまったんです……!!」
「……あいつ?」
カールは涙目でタニアを見た。
「あいつ……アニエスが掴まって……生贄にするって……!!」
タニアは普段あまりに聞きなれない単語が飛び出してきて、一瞬、内容の判断がつかない。
「イケニエ? ……え、もしかして生贄のこと!? いったいどうゆうことなの?!」
それにカールは、まだ、どきどきする胸を押さえながら話した。
「実は、今日あいつがこっち……旧館に来たんです。それで、お祖父様は生きているのか? 本当は死んでいるのを隠しているんじゃないのか? って尋ねて来て……」
「ま、まあ、……なんで、また?」
「……ずっと、お祖父様を会わせていなくて……義伯母にも……それで家が怪しげな投資に乗っていることを知っていたあいつが……もしかして援助を断ち切らせたく無いから、お祖父様が死んでいるのを隠しているんじゃないか? って、そう言ってきたんです」
まるで年金がもらえなくなるから、身内の死をわざと隠す……そんなニュースのようなお話だった。
そこにきて、今まで事の成り行きを静観していたマリオンが二人の間に入ってきた。
「もしかして……悪魔召喚のことですか?」
その言葉にタニアが息を飲む。
「『悪魔召喚』……ですって!?」
マリオンはカールを睨みながらタニアに説明する。
「……噂で何となくは聞いていましたが……確かに『悪魔召喚』が上手くいけば、信じられない程の魔力を得られて、巨万の富を得られると言います」
もともと正義感が強いマリオンの視線は冷たかったが、その説明は事実に則る実に冷静なものだった。
「確かに過去に成功した例は、あるにはありますが……。多くの犠牲をはらみ……召喚が成功した者も、子孫まで続く毒を受けるとか。……なんでまたそんな危ない橋を?」
「というか実際のところはどうなの……? お祖父様は生きてらっしゃるの?」
タニアは続けてカールに尋ねた。
「………………」
しかし、カールはそこで言い淀んだ。
……それはアニエスの言うように、すでにこれらは自分たちが行ってきた、犯罪の告白行為そのもの。
だが、カールは口を開いた。
「祖父は……生きてはいます。でも悪魔召喚の儀式を邪魔して……両足と片腕を失い。今はほとんど軟禁状態です」
「!! 何ですって!?」
「何てこと!!」
二人はあまりのことに固まった。
「それに激怒したあいつが……全部それを話すと言い出して、こっちへ戻ろうとしたのをまさかの旧館の使用人に襲われて、庇おうとしたアレクサンダーが最初に……その後にあいつが……!」
「ア、アレクサンダー様も掴まっているのですか!?」
それに、アレクサンダーに恋するマリオンが、悲痛な叫び声を上げる。
カールが頷いた。
「……使用人たちは、常に悪魔召喚の生贄にすると脅されていて、命を取られるのが恐ろしくって、……祖母や父の命に背けないよう洗脳されているんです」
カールの腕が不安と恐怖でぶるぶると震えている。
それでも、言葉は続いた。
「……もともとは、所領の不作が続いて軽い気持ちで始めた投資話だったのに、のめりこんで……借金もどんどん膨れ上がって」
自身の一族の大恥と、取り返しのつかない罪の告白。
「……今回もこの別荘に来た目的の半分は、僕の姉か妹をけしかけて……エースとの既成事実を作り、結婚話に持ち込むか、あるいは多額の和解金を払わせようって……アニエスの姿に上手く変装して闇に潜り込ませれば、きっと上手くいくだろうって……!」
この彼を……いったい勇者と呼ばずになんと言うべきなのか?
「「…………………………」」
あまりの話の内容の酷さに、二人は思わず絶句してしまった。
「父や祖母は僕が意気地無しだと思っているので、まさかこんな風に告発するとは夢にも思ってないでしょう」
カールの顔は情けなさと涙で、真っ赤に染まり、ぐちゃぐちゃに濡れている。
「確かにその通りで……祖母が二人を使用人に運ばせた後も、僕は腰が抜けてしまって暫くその場を動けなかった。……だから、だから、もう……時間はないんです!!」
「――何の話だ?」
驚いて三人が振り返ると、そこにはセオドリックとノートン、エースが二人に呼ばれていたお茶をしにちょうど下りてきたところだった。
「……お兄様!!」
それにタニアは転ぶ勢いで駆け寄り、セオドリックにしがみつく。
「あ、アニエスとアレクサンダーが掴まってしまって……このままだと二人は『悪魔召喚』の生贄にされてしまいます!? どうかお早く!!」
「はっ!? ……何なんだそれは!」
「あちらの屋敷に掴まっているそうなのです!」
「それは、旧館のことですか?」
エースが二人の間に割り込んで尋ねる。そして、それにはカールが答えた。
「ああ、そうだ……祖母が二人を儀式の生贄にしようと準備している」
「セオドリック様。すぐ向かいましょう。……旧館を取り囲んで逃げられないようにしないと!」
「ああ、すぐに向かおう……!」
その時だ、エースは激しい耳鳴りに襲われた。
それからすぐに、大きく地面が揺れはじめる。
「キャーーーーーッ!?」
タニアとマリオンは思わず頭を守る様にしゃがみこんだ。
「…………」
「こんな時に、地震……天災か?」
それにエースは振り返り、眉間に深く皺を刻む。
「……いいえ、これは竜災ですよ。……アレクサンダーの竜が目覚めた……。たぶん、アニエスに何かあったんだ!?」
そう言い、エースはもの凄い勢いで部屋を飛び出した。
セオドリックとノートンもエースの後へ続く。
アレクサンダーは普段は常識的で冷静な少年だ。余程のことがなければ……ここまて取り乱したりなんて絶対にしない!
――じゃあ、余程の事とは……!?
エースは嫌な予感に、胸がざわざわとした。
「……っ!! なんだあれ」
後ろからくるセオドリックが旧館の方を指さすと、天から地上に降りるように、紫色の稲妻が集まっている。
エースは、それにますます走るスピードを上げた。
そこから、もう目の前に旧館となったその時……皆の身体に激しいプレッシャーが掛かる!
何なのだろう。この息をするのも苦しい肺が潰れるほどの圧力は……!?
「こ、……これは、魔圧か!?」
セオドリックが呻くように呟く。
これでは、ろくに前に進むことも出来ない!!
「……セオドリック様、頼みがあります……一時的に僕の封印を解いてはもらえなせんか?」
「それは……竜のか?」
エースはほとんど動けない中、わずかに頷いた。
「竜が本気で暴れ出したら、人にはもうどうにも止められない!! ……唯一止める術を知っている義姉さんは……今どんなことになっているか、知れないんです! ……止められるとしたら、それは同じ竜を持つ僕だけだ!!」
それにセオドリックは黙る。……だが、やがてその右手を出した。
「手を出してくれるか……封印を解く」
「感謝いたします。殿下!!」
エースは腕輪をしている方の手を出した。その手をがしっと掴むとセオドリックは、王と王位継承者――。
軍の最高権力者と、寄宿学校の校長の、ごく限られた者にしか教えられてない封印解除のコードを、人語でない言葉で唱える。
すると、何の継ぎ目も無かったはずの封印の腕輪が強くパァッと光り……パカリと外れた。
「俺も、正直、ちゃんと力を開放するのが今回が初めてだけど……」
「それで果たして、いけるのか?」
セオドリックがそう訪ねると、エースはニッと笑う。
「俺……超天才児なんで?」
そう言いエースは目を閉じた。
次に目を開けるとその瞳は強い光を放っていた。
まるでその瞳は本当に本物の……宝石のタンザナイトの様に冷たく輝く!
竜が宿る腕をもう片方の手で握り、エースが言葉を認識できない程の早口で詠唱を唱えると、まるでパイ生地の層のような幾十、幾百、……幾億もの魔方陣がエースの周りに浮かんだ。
詠唱が終わるとエースの足元からエースの姿が変わっていく。
まず、エースの少年の姿が引き伸ばされ、二メートルを超える成人の体躯へと変貌する。
指先の爪は鋭く硬質に伸び、髪は長く流れ、背には黒い尾が揺れた。
獣のような濃い体毛が肌を覆い、白銀の鱗が波のように全身を鎧のごとく覆い尽くし――そこに立つのは、もはや人ではなかった。
その姿こそ竜と融合し変身した『ドラゴニスト』の真の姿。
一分間に百年間の時間を集中的に詰めこみ、一度に放出可能な存在。
つまりは、その魔力は通常時の五千万倍を遥か超える――。
……もはや完全に神域の存在だ。
エースの魔圧が加わったことで、セオドリックとノートンは地面に押しつぶされた。
「「セオドリック様感謝します」」
普段のエースの声に違う誰かの声が、ぴったりと重なり響く。
あれが本当の竜の声なのだろうか?
エースは一歩踏み出すと、その一歩は何百ヤードも飛び越え、瞬く間にアレクサンダーの前へと降り立つ。
「「アレクサンダー」」
エースは、アレクサンダーの前に静かに降り立った。
場は大惨事なのに、……今この瞬間はまるで音が届いてないみたいに、なんて静かなんだろう。
見ると、アレクサンダーも完全体に変貌している。碧く輝く鱗と金色の体毛に覆われた姿……。
その目はいつもの碧と赤の瞳ではなく、赤くギラギラと輝いている。
すでに旧館の屋敷の半分は吹き飛んでいた。
でも……こんなのは序の口だ。
本気を出そうものなら……カサンドラの街と港は、あっという間に綺麗に消し飛んでしまうだろう。
(アニエスは、無事なのか!?)
見るとアニエスは下着姿で倒れていた。
腕や足が不自然な形になっているが……絶対にアレクサンダーがやったものではない!
アレクサンダーが施したであろう……それ以上傷つかぬよう淡い光のドームが、彼女を静かに守っているのが何よりものその証だった。
思わずエースも怒りに、瞬間、我を忘れそうになったが……エースは大きく深呼吸をして自分に言い聞かせる。
(エース。……エース落ち着け、まずはアレクサンダーを止めないといけないんだ。……落とし前を付けるのは……その後だ……っ!)
そうして、『ドラゴニスト』――アレクサンダーが最初にしてきた攻撃は、得意の『悪音』だった。
……ニ柱の竜の決戦の火蓋が、今、切って落とされたのだった。




