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アニエス嬢はご苦労されてます  作者: ちゃ畜
カサンドラの夏休みとお兄様
73/227

73、悪意の渦中と捕まったお嬢様


「お母様……お祖父(じい)(さま)はそんなにも容態が悪いのですか?」


 お祭りが終わり夏の休暇もあとわずかになったその頃。

 アニエスはずっと気になっていたことを母ディアナにとうとう尋ねた。


「去年も、お屋敷にお祖父様はいらっしゃらなかった」


「さすがに余程ひどいようなら、お継母様(おかあさま)は残るはずだから、そこまででは無いと思うわ。……ただ、もうご自分では出歩けないのは確かみたいね」


 ディアナも実の父には長いこと会わせてもらえていない。

 父への援助は毎月しているし、手紙のやり取りは頻繁にしているものの、ディアナの継母がディアナを嫌っているため、侯爵家に入れてもらえないのだ。


 それなのに公爵家が招待すると、肝心のディアナの父は伴わずに客だからと公爵家の私財で豪遊三昧したりする。

 ディアナも愛する父がいなければ、とっくの昔に縁を切っていたことだろう。


 実際、父も手紙で自分に構わず我が儘な親戚と縁を切る様に幾度も勧めてきていた。

 だがディアナは父のことが気掛かりでどうしてもそうは出来なかったのである。


「……お祖父様にお会いしたい」


 アニエスは母方の祖父のことが大好きだった。


 魔力無しに生れついたアニエスなのに……祖父は自分の愛した最初の妻に面差しが似たアニエスを、殊のほか可愛がった。


 さらに、強い魔力を有していて若い頃は冒険家として名を馳せた祖父の生き様やお話も、アニエスの強い好奇心を刺激した。


 アレクサンダーやエースのことだって本当の孫のように、いや侯爵家の孫以上に可愛がり、接してくれたのもアニエスには大きい。

 出来れば祖父だけ家にくればいいのにと、アニエスは幼い頃はいつもそう思っていたものだ。


「一応私からもう一度お継母さまにお父様について聞いてみるわ」


「……はい」


 アニエスは母の部屋を出ると、真っすぐ離れのアレクサンダーの自室へと向かい、そのドアをノックした。


「……お嬢様、どうなされましたか?」


「別荘の旧館にいるカールに話を聞きに行こうかと思うのだけど。……今日、義叔父様(おじさま)たちが出かけているか、アレクサンダーは知っている?」


「……昨日まで、祭りで散々遊んでこられたようですから、本日は多分、いらっしゃるだろうとは思いますが。いったい何をお話になるおつもりです?」


「お祖父さまのことについてお伺いに行こうかと思っているの。……比較的あの中で、私の話をまともに聞いてくれるのはカールだから」


「……お嬢様、僕がお供しても宜しいですか?」


「この間、ついカールに強く言ってしまって気まずいから……正直それを頼みたくてここまで来たの。アレクサンダーお願い、付いて来てくれる?」


「もちろんです。お嬢様」


 アニエス達が寝泊まりしているのは新館は、造られてからまだ真新しい。

 王太子や王女を迎えるために、アニエス達は主にこちらを使用していた。


 しかし、それとは別に広大な別荘内にはもう一つもともと建っていた旧館があり、アニエスの厄介な親戚達はそちらで休暇を過ごしている。


「アレクサンダーは知っていて? ……侯爵家の噂。酷い投資話に手を出して、いよいよ家計は火の車だとか」


「投資?」


 アニエスが頷く。


「どうやら、悪魔召喚をしていた団体にまで資金を流していたらしいの。投資としても無謀だった上に、そのせいで侯爵家はいま貴族社会から総スカンよ。……一攫千金を夢見たのでしょうね。悪魔は代償と引き換えにすべてを与えるという。……でも、それは“成功した者”にだけ与えられる幻想よ」


 アニエスは、母の実家の汚点を掘り下げることを避け続けてきた。

 けれど、その影が祖父の老後にまで及ぶと知り、アニエスは胸の奥で覚悟を決める。

 目を逸らしてきた現実と、ついに向き合わねばならない時が来たのだ。


「……今年はカールの妹ダイアンが宮廷見習いに入る予定だったの。それが、伯爵家以上の子女で唯一、彼女だけが弾かれた」


 表向きは実力主義。でも実際は、高位貴族の娘なら毎年ほぼ自動的に枠が回る。

 ただ、中に入れば規律も教育も軍のように厳しいため、本当に裸足で逃げ出す者は少なくない。

 けれど、“門をくぐる資格”だけは与えられてきたはずなのに――。


「そんな状況で私が現れたら……石礫(いしつぶて)くらい覚悟しないとね。“魔力もない分際で”って」


「……………」


 アレクサンダーは黙ってアニエスの手を掴むとその手を強く握った。

 それにアニエスは驚いてアレクサンダーを見る。


「お嬢様、僕が盾になります。貴女に、傷一つ付けてなるものか……!」


 アレクサンダーはその手にさらに力を込めた。


「……まあ、今の私は、そんなもの投げてきたら黙っているつもりもないけれど。……アレクがそばにいれば、それだけで心を強く持てるから……(そば)にいてくれて、ありがとう」


 南特有の小さなジャングルを抜けると、旧館はもうすぐそこに見える。


「……裏へ回りましょう。面倒は出来るだけ避けたい」


「ここは元々ロナ家の所有で、ここへは善意で招待しているのに……。そんな中よくお嬢様にあれだけの悪意を向けられるのか、僕は本当に理解に苦しみます」


「関係ないのよ。そんなことは、昔から彼らには……」


 アニエスは裏に回ると、ランドリーメイドがベソをかきながら洗濯をしていた。


 正直、自分が泣いているところに話しかけられたい人はいないだろうから……出来ればそっとしておいてあげたかった。

 だが、他に掴まえられそうな人物はいなかったため、アニエスはそのメイドに話しかける。


「お仕事中にごめんなさい。……少し話を聞いても良いかしら?」


 それに、洗濯をしていたメイドは驚きながらも手の甲で涙を拭き拭き頷いた。


「さっ……これをお使いなさい。返さなくて大丈夫だから、私はアニエスよ。分かるかしら?」


 アニエスは職人手織りのレースのハンカチを差し出し、メイドの背中を撫でてやる。


「……ご、ご本家のお嬢様!」


 アニエスの登場に萎縮しているのか……ランドリーメイドの瞳が、怯えた様子で揺れた。


「そうよ。お願いがあるのだけど……フットマンに伝言してカールをここに呼んで来られないかしら。難しそう?」


 その問いにメイドが戸惑いを見せると、今度はアレクサンダーが穏やかな微笑を浮かべたまま、視線だけを真っ直ぐに彼女に向けた。


「私は旦那様の執事アーネストに代わり、本館を預かっているアレクサンダーだ。まずはフットマンに“屋敷の手配で相談がある”と伝えて呼んできてくれ。それが難しければ、カール坊ちゃんと直接、話ができる

第一か第二従者のどちらかをこちらに寄越してくれればいい」


 そう言われ、それなら……とメイドはゆっくり立ち上がり一瞬止まってから、裏口へと呼びに走る。


 残された二人は彼らが戻ってくるまで、木に寄りかかりながら待つことにした。


「やれやれ……アレクサンダーがいないと、私は従兄すら呼べないみたいですよー? ここでは!」


 アニエスが少々、不満気にする。


「何となくですが……ここの職場環境は良くなさそうです。何というか、空気が重い気がする……」


 アレクサンダーは使用人目線でアニエスにこたえつつ感想をもらした。

 間もなくして、第二従者がやってくる。


「お待たせ致しました。って、……ご本家のお嬢様!?」


「ごめんなさい。アレクの言ったことは嘘で本当はカールを呼んできてほしいの! ……出来るだけ他の親戚には知られないように……お願いできる?」


 そう言うと第二従者は慌てた様子で屋敷の方を向いた。


「し、少々、お待ちください!」


 そう言い、また裏口へと消えて行く。

 間もなくして、第二従者はカールを連れてきた。


「なんだよ……ドブスから俺を呼びだすだなんて、めずらし……って、な、なんでお前までいるんだよ!?」


 カールはアレクサンダーを見て、あからさまに嫌な顔だ。


「私が同席だと何か不都合がございますか、カール坊ちゃん?」


「……別に」


 そうカールは不貞腐れた様子で答える。


「カール。単刀直入に聞くわ……お祖父様は生きておいでなの?」


 その問いにカールはぎょっとする。


「はあ? 何でだよっ!?」


「よくある話でしょう? 本当は亡くなっている家人を、生きているように装って援助金を受け取り続けるなんて」


 アニエスは視線を外さず、淡々と言葉を重ねる。


「お祖父様も同じではなくて? 援助が途切れないよう、生存を装っている。……侯爵家の逼迫した台所事情は聞いているわ。それに、あのお母様でさえ、もう何年もお祖父様に会っていない。――疑うなという方が無理ではなくて?」


「………………」


「やはり……そうなの!?」


 アニエスが悲痛な声を上げた。

 しかし、それにはカールは首を振る。


「本当に死んではいない。ただ……」


 そう言い、カールは唾を飲み込み、そのまま一気に言葉を吐き出した。


「ただ……両足と片腕が無くなってしまったから、お祖父様自身が、お会いしたくないんだと思う……!」


「!!」


 アニエスはその話によろめく。アレクサンダーはそんなアニエスの肩をしっかりと支えた。


「な、何でまた!?」


「………………」


「……手足が無くなったなら……尚さら公爵家に言うべきでしょう!? 貴方も知っているはずだわ。ロナ家のミスリル以外のもう一つの基幹産業を?! ロナ家なら、すぐにでも救える!!」


「お祖父様が手足を無くしたのは……儀式中に悪魔の降臨を邪魔したからなんだ。……それで、召喚は失敗した上に……お祖父様の手足を持っていかれた……」


 アニエスは目を見開き。握った手が震える。


「……ごく最近の話だと思っていたのに、そんな前からあんな怪しげなものに手を出していたのね? 儀式中に乱入するのは確かに危険極まりない行為だけど……お祖父様の気持ちは分かるわ。成功してしまったらそれこそどうなってしまうか!?」


 恐らく、そんな身内の間違った行為を外に絶対に漏らさないために、祖父は母に会うことが叶わないのだ。


「はっきり言って身内とはいえ、そんな被害を出したのだもの。……もうそれは立派な犯罪では無くって!?」


 アニエスはカールを、怒りと悔しさで涙目で睨む。


「よくも……へらへらと遊びになんて来れたものだわ!? ――でも、聞いてしまったら黙ってなどいられない!」


 そう言い、アニエスは別荘新館へ向かおうとした。

 ――だがその時、彼女に一瞬、大きな影がかぶさった。

 遅れてきた鈍い音とともにアニエスが思わず振り返ると、アレクサンダーが同時にアニエスの前へと倒れこんだ。


「……!? アレクサンダー……」


 見ると、第二従者が鈍器でアレクサンダーを殴っている。


 ……いいや、違う。


 本当は、アニエスを殴ろうとしたのを、アレクサンダーがとっさに気付き、身を挺して守ってくれたのだ。

 アニエスはその目の前の光景に動揺して、彼に駆け寄り、ひたすらにアレクサンダーの名を呼ぶ。


 そんなアニエスの頭に、再度、鈍く音を立てて重いものが無遠慮にぶつけられた。


 倒れ際にアニエスの目の端で(とら)えたのは、なんと先程のランドリーメイド!


「なっ……!」


(親戚たちに悪意を向けられるならまだしも、なぜ、元々うちに属する……使用人が……!?)


 しかし、アニエスの意識はすぐにフェードアウトする。

 残されたカールは茫然とするが、彼の背後からは静かな靴音が響いた。


 現れたのはカールの祖母。


 ……アニエスにとっては、継祖母だった。


「『魔力無し』が……全く、偉っそうに! ……でもちょうど良かった……。儀式の生贄が足りなかったのよ……今日は実についているわ?」


 カールはそんな祖母の姿を青くなり、ガタガタと震えて見つめる。


「大丈夫よ。儀式が上手くいけばこの子のそっくりさんを悪魔に作ってもらえばいいのだから……。そうしたら誰もこの子がいなくなっただなんて、誰一人、思いやしない!」


 そう言い、二人を第二従者とメイドに運ばせる。


 残されたカールは、今、起こった恐ろしき犯罪にただ震えが止まらず……腰が抜けたように、その場にしゃがみ込んだ。


 それしか、今の彼には出来なかった……。

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