72、女神の行進とグランドフィナーレ
山車に乗せられたアニエスはそのまま順々に街を渡ることとなった。
山車の上は、女神が座る上半分くらいは屋根が付いているがもう半分は開いていてアニエスは最初、何で、全体に屋根が付いていないのか不思議に思っていた。
だが間もなくして理由がわかった。
街のいたる所に女神役と同じように、仮面をつけた各国の王や男神役の者がいるのだが……山車の上の女神役から王役は山車に上った階段の先で花を受け取る。
そして彼らはその場で、その花を火に変えたり
花の花部分から水をこぼしたり、花を散らして風を起こしたり、足元から小さな山を筍のように発生させ花を山の上に挿したりと……どうやら、花には女神の『花』の意味があり、それを渡すことで、男たちが力を得るさまを描いているらしい。
それが見学人にもよく見えるようにわざわざ山車がその様な形になっているのだ。
貴族でない一般市民は、王族や領主が公務で使用する時以外、めったに派手な魔法を使われるのを目にする機会が無いので、その度に山車を引っ張る大勢の人々も見学人も「おおっ!」と感動の声を上げていた。
……なるほど軍事演習がやたらと盛り上がったわけである。
アニエスは周りに凄い人物ばかりで、少々その辺りの感覚がマヒしていることに今更ながらに、気付いた。
そうやって街の中心街に来た時、アニエスはまた一本花を取る。王役の仮面を着けた者が山車を上ってきて同じ様に手渡そうとした。
「……!!」
すると、何故か腕を掴まれる。
ぎょっと驚くが、暫くするとその掴んできた相手に見当が付き、恐る恐る名を呼んでみる。
「……セオドリック様?」
そう小声で声を掛けた。
「正解」
そんなサプライズがあるとは知らされてなかったので、アニエスは本当に驚いた。
「……少し顔を見せられるか?」
そう問われて、アニエスは少し仮面を上に上げてずらして見せる。
「……思った通りよく似合って美しいな。……引き受けて良かったよ」
そう言うと、セオドリックは受け取った花を持ち、その場をバック転すると子供になって「ハロー!」と見せ、更に前転すると「ウキャッ!」と猿に、そして最後にまたバック転をして大きな獅子へと変身してしまった。
「グル゙ル゙ルッ…… グガア゙ア゙ア゙ア゙アアアアアアアアアッッ!!」
と観客席に向けわざと山車の柵に前脚を掛け大きく咆哮してみせる。
前の方にいた見学人たちはその咆哮の轟音による地響きで、ビリビリと全身が震え目を丸くした。
一通りパフォーマンスを済ませるとセオドリックがクルリとふり返る。
「……このまま元の姿に変身すると裸になってしまって障りがある。だから、このまま失礼する」
獣の姿のままセオドリックはのっしのっしと階段を降りた。
街の子供がキラキラとした目で見て追いかけてきて、やたら彼に触れたり、中にはその背に乗ってきたりもするが……彼は特にそれに文句も言わず、獅子のまま人垣の中を進んだ。
ただ、子どもと違い大人たちは獅子と視線が合うだけでヒッと悲鳴を上げ、竦んでいる。
「…………」
(すごい……さすがは王太子殿下。なんたる堂々とした姿だろう!?)
思っていた以上のセオドリックの実力と子供達への寛容さにアニエスはとても感心した。
(……しかも本当に、何にでも変身してしまうんだわ。というか変身していてもも話はできるだ。……条件とかはあるのかな?)
徐々に遠くなる獅子が、人に囲まれるのを最後まで眺めていたかったが、山車が向きを変えたため見えなくなる。
さて、さらに山車は街を進み繁華街の辺りへ着いた。
そこに仮面の者がいる。
アニエスは今度は誰かすぐに見当がついた。
「エース?」
だから早々に声を掛ける。
エースは、スタスタと山車を上ると自分の仮面をパッと外した。
「……誰かバラした?」
やや気まず気に聞いてくる。すると、アニエスは仮面の下でふふふっと笑った。
「貴方のことは、変装していても三百ヤード先からだってすぐに分かるわ!」
アニエスは何を今更という感じで答える。
「……………」
それを聞きエースは仮面の上から頬をポリポリと掻くと、アニエスから花を受け取って掌に花をのせ、空中で花の分身を一から二、二から四といった具合に倍の倍々へと増やしていった。
螺旋状に花々を次々に空に吸い込むみたいに舞いあげ、はるか上空から今度は花を花びらだけに変え、沢山の花弁をフラワーシャワーとして降らせた。
空は一面、花びらで埋め尽くされ……空の青と花びらの白と黄色のコントラストが、目にも鮮やかに楽しませてくれる!
それに見物人は思わず我も我もと花びらを掴もうと手を伸ばした。
不思議なのは手で掴んだものは消えずに残って、他は地面につく前に消えてしまうことだ。
幻覚……? 本物……?!
……おかげで、道路は無駄な掃除をする必要もなさそう。
「……これでも次期ロナ領主だからね。街の美しい景観は常に保たいと」
「流石はエースね! ……すごく綺麗だし……夢みたい。本当にありがとう!」
「…………」
アニエスがそう言うと、エースは暫く黙ってアニエスをじいっと見つめた。
その後に背筋をシャンと伸ばして、左腕を背中の腰、右腕を胸の前に置き、紳士の礼を取る。
そのまま彼は階段を使わずに、後ろ向きにピョンピョンクルリと山車から飛び降り、群集の中へと消えてしまった。
「次は……いや、まさか、……まさかね?」
そうして山車は坂を上り、山から海が見渡せるところにまでやってきた。
そこには仮面姿の……。
「ええ、本当に……!?」
アニエスは驚きながらも仮面の上からでもよくわかる、階段から上ってきた相手に話かける。
「アレクサンダーは、やはり花が映えるわ。 ……でも正直、驚いた!」
それにアレクサンダーは仮面をずらして、わずかに微笑む。
それから急に歌うように声を上げてみせた。
すると、南国特有の美しい極楽鳥のような色鮮やかな鳥たちが山車に向かって次々と飛んでくる。
鳥たちはアニエスの肩や頭に止まってさえずり、山車の上には大きな鳥が次々に集まる。
アレクサンダーの歌う声に合わせ、鳥はそれに続くように美しく鳴いてみせた。
(しょっぱなから一発本番なんだよね? この鳥……本物!?)
まるで長年調教したかのような見事な芸に、周りからも自然と一斉に拍手が巻き起こる。
歌い終わると鳥は暗示でも解けたように、ばさばさぁっと、あっという間に飛び去っていき、最後に優雅に孔雀が去っていった……。
「……知った顔があって、少しはリラックスできましたか」
アレクサンダーが問うと、アニエスは仮面のままコクコクと頷く。
「独りじゃないと感じて、とても心強かった。ありがとう、本当に……嬉しい!」
それにアレクサンダーが珍しくハッキリわかるくらい相好を崩した。
「いつだって一人にはいたしません。どんな時も貴方の傍に……」
そう言い、膝まづくとアニエスの手の甲にキスをした。
「我が絶対なる女神様に……」
アレクはそう言うと、駆けるように階段の前まで行き……アニエスに手を振ってから、またもや去っていく。
……山車はアレクサンダーの居た地域で迂回し、坂を下っていく中で、他にも王や男神は居たのだが申し訳ないが、あの三人の後ではだいぶインパクトに欠けていた。
海岸に戻ったらアニエスは軽い奉納舞をし、舞に使った鈴を皇帝陛下に渡したら、いよいよ女神役のお仕事は、「本日は一日お疲れさまでした!」となる。
山車に乗ってガタゴト揺られ、その周りを人が波になって押してゆく。
まるで、本当に人で出来た海だ。
山車がカサンドラの大船団のある海岸に最後に到着した。
本当は最後のこの舞はもっと時間の長いものらしいのだが……アニエスが急に女神役をやることになったので、特別に短いものに変更されたらしい。
それでも正直間違えたりしないかと、ハラハラとしながら、ようやくアニエスは舞を披露し終えた。
舞が終わったら膝をつき、頭を下げ鈴を頭上に掲げて祈りを捧げる口上を述べる。
「数多なる世界の王にして、我が背の君よ。どうかこの世をその力にて導かん――」
立ち上がったアニエスは手に持った鈴を皇帝であるクラウディウスに差し出す。
「私の声を、視線を、行動を、夢を……そして我が身の髪の毛の最後の一本までを……夫である、我が君主に捧げます――」
「……謹んで賜り、正しく導くことを御前にてお誓い申す……」
鈴をもらうと、クラウディウスがその場で舞を披露してみせた。
そして、最後に大きく鈴を鳴らすと海の奥から三体の巨大な水で出来た海の巨人を出現させた。
そして、一体が何やら水の大玉のようなものを勢いよく投げると、水の玉が海岸上空で弾け、山ほどの魔法で生み出した新鮮な魚や魚介が、雨あられと地上に振ってきた。
そんなものが落ちてきたら怪我でもしそうだし……魚の身も破れそうだが……。
そうならないのは地面や人に当たる寸前で風が下から起こり、衝撃を和らげて実は優しく降ろされているのと。
暗い中降りる際に、魚が光って、それがいったいどこに落ちるのかが誰にでも一目で分かったからだ。
大魔法な上に細部まで非常に繊細。
完璧を謳われるこの皇帝陛下の魔法なだけある。
他のもう一体も同じようにして、魚の雨を多くの民の贈り物として山ほど届けた。
地元民や、観光客はそれこそ非常に喜んだ。
三体目の海坊主が急に煌々と光り、その辺りがまるで昼のように明るくなる。
またその体内に『魔クジラ』の大物を宿わせていて、それを取り出し持ち上げると、クジラは潮を吹き明るくなるなった場所に大きな虹が空中にかかった。
そんな役目を終えた大きな巨人たちは、海に静かに魔クジラとともに帰っていった……。
女神の登場が終わり、最後に皇帝が場を退くと、空には無数の花火が咲きだした。
明日を最後に、各国の歌姫が後夜祭で歌えば帝国の大祭はグランド・フィナーレである。
今夜は明日の夜まで街は眠らず、サーカスや動物園、踊り子たちや屋台。
結果を明日に控えた特別限定の宝くじや、魔獣を使ったレースなど、楽しみはまだまた目白押しだ!!
……しかし、船に戻っていたアニエスはもう一日の疲れの限界にまで来ており、着替えるとうつらうつらと舟を漕いでいた。
「アニエス、お疲れでしたね……立てますか?」
レティシアがそう声を掛けたが、アニエスの意識はすでに、その場から遠ざかっている。
「……アニエス?」
「レティシア、良い、そのままで……」
そこに同じく着替えを終えたクラウディウスが現れた。
クラウディウスはそんなアニエスを起こさぬよう、その背に優しくおぶり、その先の指示を出す。
「少し送ってくる。二十分とせずにすぐに戻るから、他の者への連絡を頼む。レティシア」
言い残し、簡単な転移陣を発生させ、その中にひょいと乗った。
アニエスは、もう力無くダランと垂れ、寝息を立て始めている。
そして――あっという間にアニエスの部屋の前。
別荘のその部屋の前に到着すると、そっとドアを開けてクラウディウス中へ入った。
アニエスをベッドまで運ぶと、クラウディウスはブランケットをはがし、アニエスをそっとそこに寝かしつけると風邪をひかないよう丁寧にかぶせてやる。
「偉かったですね。アニエス……よく頑張っていましたよ」
そう言い、クラウディウスはアニエスの顔を撫でて優しく微笑んだ。
クラウディウスはそうしているだけで、胸に熱いものが徐々に満たされているのを感じていた。
「アニエス、君が生まれて来てくれて本当に良かった」
寝ているアニエスにクラウディウスは静かに語りかける。
「――でなければ、私はこの世にあまりにも未練がなくて全てを放棄し、死を選ぶか。……あるいは世に恐ろしき暴君に変貌していたのではないかと、そう感じるのです」
クラウディウスは優しくアニエスの頭を撫で続ける。
「君に嫌がられながらも……毎年こうして顔を見れるから、私の常に空虚な内側が満たされている。……神などと呼ばれる“勘違い”を一人きりにしないのは、この世で君の存在だけなんですよ?」
クラウディウスはアニエスのおでこにそっとキスを落とした。
「愛しい人。本当はいつでも連れ帰りたい。そばに置きたい。一つに……なりたい」
規則正しい寝息をたてる、小さな子供。
「……だけど、貴方に完全に拒絶されることが私も恐ろしいんだ」
支配者として生まれついた皇帝を、唯一支配する非力な少女。
「けれど……自分の中にある唯一といえる欲望が暴れれば、私はきっと押さえられない。……だから、お願いだから、来年もまた会うその時まで誰のものにもならないでおくれ」
そんなアニエスに……クラウディウスの蒼い瞳が揺れる。
「そんな者が現れれば、私はその者の皮をはぎ、肉片まで形を維持できぬ程ズタズタにするだろう。……もしかすれば……君にすらそうするやもしれない。――自分の恐ろしさが私にも未だ測りかねない。……恐ろしく君に狂っているから」
彼は今回、自分を崇拝する従者のひとりが、……恐らく自分に似ているために、アニエスに見惚れる場面に出会っていた。
そこまで彼を理解し、クラウディウスはもちろん、自分も平然としているつもりでいた。
だが、この従者が急に顔を紫色にして、ガクガクと震えだし、膝からガクンと崩れ落ちる。
見るとヒューッヒューッとひどく息が浅い……彼は一時息が出来ずに、完全に死にかけた。
周りは彼が何らかのパニック障害になったと考えたが……クラウディウスだけがその正体を知って、周りの音が一瞬消える。
彼が無意識に……アニエスを見つめる従者を殺しかけたのだ。
アニエスが絡んだら無意識下ですら、自分が何をしでかすか分からない……彼は、今、自分に恐怖している。
――静かにクラウディウスが、アニエスの顎を持ち上げると、その小さな唇に自分の唇を柔らかく重ねた。
アニエスの柔らかい手を握る手には、自然と力が籠る。
彼女の小動物のようにひどく熱い体温が、クラウディウスの分厚い虚無を全て崩すように、溶かして遠くへ遠くへと、押し流す。
「愛してる……私の……アニエス」
クラウディウスはゆっくり立ち上がると、ドアの外の転移陣へと歩き、陣を踏む。
「おやすみ。よい夢を……」
その言葉に返事はなく、静かなアニエスの眠る気配だけがクラウディウスを見送った。
カサンドラの賑やかな夜に比べ……別荘は人の気配がなく、どこまでもただただ静かでアニエスはその夜。
深く深く眠りについたのだった――。
お祭り編は終わりです。
夏休みも大詰めになります。




