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アニエス嬢はご苦労されてます  作者: ちゃ畜
カサンドラの夏休みとお兄様
69/227

69、軍事共同演習と二人の監視された少年 ※あとがきに【おまけ閑話】あり


 空が澄み渡る……真夏の半ば。


 本日から超大国ヴァルハラ帝国の大祭が開催される。

 その賑わいにいつも人の溢れかえるカサンドラは、それこそ紙さえ挟めないような人が押し寄せていた。


 本来ならこのことに誰よりもテンションが高くなろうであろう人物。

 おなじみ我らの主人公アニエスは、逆に開催してしまったことに頭を抱えていた。


「~~~~~~~!!」


 それこそ、食べ物もろくに喉を通らない位、彼女は悩んでいた。


「お嬢様プリンを作りました。これならまだ食べやすいのでは?」


 アレクサンダー特製。

 ほっぺが落ちちゃうプリンが、ぷるーんっとアニエスを誘惑するように置かれた。


「アレクサンダーさん……食べさせてください。あーーーん」


「馬鹿を言ってないで、しゃんとしてください。お立場があるんですから!」


 それにアニエスはぷくぅっとフグの様に頬を膨らませる。


「~~だって、プレッシャーに押しつぶされそうなんだもん!」


 そうジタバタと藻掻(もが)く。


「女神さま役ねえ……確かにちょっと恥ずかしい気持ちも、わからなくは無いけど」


 エースは、やれやれとチキンとサラダを挟んだクレープを、お上品にナイフとフォークで切り分けて口に運んでいる。 


「……しかも神話の内容聞いた!? うぅうぅ……どんだけなんだよーー!!」


 アニエスは髪をぐしゃぐしゃと乱暴にかく。


「まあ、でも確かに未婚の女性ならアニエスが一番適役かも。皇帝陛下の実妹だもん」


「でも私はローゼナタリアの人間で、ヴァルハラの人間じゃないのに……」


「アニエスの女神姿なら、是非とも私は見てみたいがな」


 アニエスはそう言ってきた人物の顔を、上目遣いに睨んだ。


「……セオドリック様、お知り合いに、私の代わりになるような、素敵なお嬢さんをご存じないですか?」


「うーん。今は既婚者としか付き合っていないから……いないな」


「……色んな意味で聞くお相手を間違えました。はあっ」


「皆さん、おはようございます」


 そう言って食堂に入ってきたのはマリオンだった。その姿に皆がざわめく。


「…………マリオン…………すごく、素敵!!」


 アニエスが思わず絶賛する。

 マリオンは今日はいつもの格好とは違う。巫女とも天女とも思えるような……清らかなエンパイア風のドレス姿で立っていた。


「本日の催しは、ローゼナタリアとヴァルハラの軍事共同演習から開催がされますので……そこで歌うために私も今回、出演するのです」


 王宮宮廷行儀見習いであると同時に、国軍の歌姫であるマリオンは、場を盛り上げるため、華を添えるため、そこでの独唱を担当する。


「そうなのね……きっと盛り上がるでしょうね! こんなに綺麗な上に、歌まで素晴らしいんだから!?」


 アニエスがそう言うとマリオンがツンと返す。


「そんなのは歌姫として求められる……最低ラインで、当たりまえのことです!」


「……しかしその中でもひと際、目を引くでしょうね。これは楽しみです」


 アレクサンダーがそう言うとマリオンはパッと赤くなり、もじもじとしだした。


「……アレクサンダー様のご期待に応えられるか……けど! 精一杯頑張りますので、アレクサンダー様、どうか見ていてください!」


 そう潤んだ上目遣いでアレクサンダーを見る。


「何この扱いの違い……?」


 アニエスが絶句する中、それに対しアレクサンダーはにっこりと微笑む。


「はい、最前列で拝見させていただきますね?」


 と実に紳士的に爽やかに応えた。


「おーーーい、君たち! それでは私達も会場に向かうとしよう」


 そう言ったのはカサンドラの領主でもある『ロナ』の公爵、イライアスである。


 ここでの全権は彼にあるので、もちろん祭りでも彼の名のもと席は特等席である。

 しかもこのカサンドラの別荘に招かれている客は皆、例外なくその席に入れることになっていた。


 さすがは特権階級! お貴族様万歳だ!




◇◇


 無事に港に到着すると、そこには別荘の客人にして、アレクサンダーとエースの監視役。

 二メートル強はありそうな大変大柄な人物。国軍最高司令官ロズウェルハード将軍が待っていた。


「将軍、塩梅は如何ですかな?」


「結構ですな……準備はもう万端です。ああ、ところで公爵閣下、例の二人はご一緒ですかな?」


「一緒です。アレクサンダーそれからエース……ちょっと来てくれるか?」


「「はい」」


 二人は何事かと思いつつも呼ばれるままに前に出た。


「やあ、せっかく別荘にご招待いただいたのに仕事でバタバタしてちっとも別荘におられませんのでな〜?

……本当はもっと二人と交流を持ちたいと思っていたのです。ですので……この二人に共同軍事演習のメインとして出て頂きたいのです。……はっはっは!!」


「「!?」」


 急にそんなことを言われ二人は困惑する。


「何っ、別に大したことはない。襲ってくる二十人程度の大人をよけて、奥の旗を取るだけだ。――絶対に捕まらにようにね? 捕まったら即退場だよ!」


「「……………」」


 大の軍人の男二十人に襲われることの、一体どこが大したことがないのだろう?


「大丈夫! まずは襲う側の魔法は防御以外使わないルールだ。君たちは普通に魔法を使用して構わない」


 ロズウェルハード将軍がそうウィンクする。


「ただ、魔法を使う度に回数、魔力量によって点数は減点されていくんだ……注意しておくれ。なぜなら一番点数が高い方が優勝だからね!!」


 そうニッコニコと相貌を崩した。


「しかし、どうせなら優勝を目指しローゼナタリアを勝利に導いてほしいものだ! この軍事大国でもあるローゼナタリアとして……ね?」


 それに異を唱えたのはエースである。


「……申し訳ございません。僕等がロズウェルハード将軍と親交を深めるのと、軍の共同演習に参加することに関連性が見えないのですが……? どうして、それをいきなり強要されなければならないのでしょう!」


 それにロズウェルハード将軍はエースの肩を叩いて、ハッハッハと機嫌よく笑う。


「ははは、エース君は良い少年だね! 私のような大男にも決して物怖じしないで、はっきり意見が言えるのだから。……さすがは未来の公爵閣下、結構結構! ……そもそも、なぜこの私が君たちに積極的に関わるか……それは、言わずともわかるね?」


 それにはすぐさまアレクサンダーが目をそらさずに答えた。


「僕等だけが()()()と契約しているからですね」


 ロズウェルハード将軍は、うんうんと(うなず)く。


「そうだ、その通りだ!! だがな、君たちは学業に忙しく、私にも山ほど仕事がある。この不器用な巨体でも国は必要としてくれていてな。――ゆえに、関わる以上は君たちの力量を見極めねばならん」


 ロズウェルハード将軍は豪快で気の良い人物だ。


「何が出来て、どこまで制御できるのか……そこを見極めねば、今後の距離は決められん。率直に言おう。優秀なのは認める。だが、まだ子供だ。力を持て余しているのではと、案じぬわけにもいかん」


 リアクションも大きく、話も実に分かり易い。


「学校の演習は素晴らしかったよ。だが、しょせん学生相手だからね?」


 目はキラキラと少年のようだ!


「もし力を持て余していると判断すれば――学校には戻れん。この休暇が終わり次第、正式に軍籍へ移ってもらう。最重要危険要素としてな?」


 ――だからこそ、恐ろしくて後から震えてくる。


「「………………」」


「つまりは完全に力を制御し、上手く使いこなせれば、今まで通りの学生生活が送れるということで宜しいですか?」


 アレクサンダーはロズウェルハード将軍に向かい、いつもの冷めた抑揚の少ない話し方で言う。


「そうだよ。君は頭の回転も早いね!」


 アレクサンダーとエースは互いに視線を交わし、頷いた。


「わかりました。そういうことなら演習に参加いたします……」 


「がはは! これは楽しみだ。期待しているよ!」


 二人はロズウェルハード将軍との話が終わるといったん見学席へと戻る。


「二人ともずいぶん将軍様と話し込んでいたね……どういうお話だったの?」


 アニエスは戻った二人に質問した。


「観客席から丸見えの、あの橋続きの埋め立て島で軍事演習に出ろ――そこで実力を見せてみろ、だってさ!」


「えっ! そんなの平気なの!?」


 それにアレクサンダーは目を鈍く光らせる。


「平気です。簡単だ……目にもの見せてやればいいだけでしょう?」


 そう淡々と言った。

 アニエスは、こっそりとエースに耳打ちする。


「アレク怒ってるよね?」


「……あいつ予告なく、こっちの都合も完全に無視して、こんな急に試されるとかそういう勝手が、本来、大嫌いだからさ……」

 

 ヒソヒソとエースが返した。


「へえ、共同軍事演習に君たち二人も出るのですか? それは楽しみです。軍の制服も良く似合っている」 


 二人は見栄えのため、軍服へと着替えさせられていた。

 ……というか、少年二人のサイズぴったりなのがまた、良からぬ憶測を呼ばなくも無い――。


 その姿を目にした超大国ヴァルハラ帝国皇帝クラウディウスは、面白そうに二人を見比べている。


「で、まずは誰が出るのかな?」


「僕です」


 まず前に出たのはアレクサンダーだった。


「へえ、麗しのアレクサンダーが、まずは最初ですか……期待していますよ」


 アレクサンダーは黙っている。

 そしていよいよ開始の合図。

 だが、その瞬間すでにアレクサンダーの姿は目の前には無く……。


「終わりました」


 二十人の軍人の後ろで旗を取った少年がいた。

 い、いったいいつの間にーー!?


「あ、アニエス、あれはどういうことか分かる!?」


 タニアが尋ねると、それに二人をよく理解するアニエスが自分の立ち位置を理解し、すぐに解説役へとまわる。


「――アレクサンダーの得意魔法『音速(ソニック)』です。始まりの銃声とともに、きっと移動したのでしょうね!」


 アレクサンダーは涼しい顔をして旗を審判に渡すと

待機の席へと戻っていった。

 それを見ていた、エースは「げっ」という顔をする。


「あいつ、いきなりアレを使うとか、どんだけだよ……」


 思わずぼやく。

 次はエースの番である。


「……さて、と……僕はどーしよっかな?」


 エースはとりあえず使用する魔法を考えた。

 

 うーーーんうーーーーん。


「使用回数と魔力量を減らすか……なら、アレかな?」


 開始の合図。

 今度は、いきなり消えるなどということは無い。だが何故かラグビーのように突進してくる軍人の間をエースはスルスル、スルリとすり抜け、そこに存在するのが不確かに思える動きを見せた。


 そして、アレクサンダーほどでないもののあっという間に旗を無事にゲットしてみせる。


「……アニエスあれについても分かるかしら?」


 タニアがアニエスに再度質問をした。


「あれは、『(シャドウ)』ですね。……自分を影のようにして、どんな狭いところも通れるようにする上に攻撃も受けにくい。……おまけに比較的魔力消費が少ないんです! 周りじゃなく、自分自身に掛ける系の魔法ですね」


 本来、人混みを移動するときに使ったりと、便利だが地味な感じの魔法だが……なるほどエースの方が高得点だった。


 観客席は、まさかの軍人相手の美少年の圧勝にどよめいている。


 中には八百長と決めつけ、国軍に「情けないぞー! ちゃんとやれ、それで国を守れるのか!?」とヤジを飛ばす一般席の声もあった。

 だが、演習はその声を無視して粛々と進む。


「では、残ったのは十二組中六組、今度は二十名が火か水魔法を使用!! ……旗は二十名のうちの誰かが持っていますので、それを見つけて、ぜひ奪ってくださ〜い!」


 何だか、いきなり難易度が上がっているのだが!?


「あの……相手は魔法が使えないことになっているはずでは?」


「ああ、……()()()とちゃんと言ったであろう?」


「…………」


 アレクサンダーはため息をつきながらも、スタート地点に立つ。

 やがて開始の合図が鳴る。その瞬間……。


「ううわわあああああああああああああああ!! いぎゃあああああああ!!」


 皆が耳を押さえだした!

 ……不快な不協和音が自分の耳の中で鳴り響き、魔法どころではない!!

 頭の中で黒板を引っ掻いたような音が永遠繰り返される。


「ぎゃー。……俺、あれやられるの嫌いなんだよなー。うわあ、かわいそー……」


 されたことのあるエースが思わず顔を(しか)めて感想を述べた。

 そんな中、アレクサンダーはひょいひょいと人の中を渡り歩き旗を探す。


「……あ!」


 アレクサンダーはそこでようやく旗を持っている人物から旗を取った。


「……終わりです」


 こうして、無事にまた旗をゲットした。


「――アニエス先生!」


「うむ、タニア君っ!! あれは『悪音(ノイズ)』相手に対し……不快な音で身動きを取れなくする魔法だよー!」


 そして何だか、この二人はもはや遊んでいた……。


「……というかさり気なくやっているし、魔法の発生源自体は小さいかもしれないけど……二十名全員にかかるような全体魔法を掛けるだなんて、すごいわ……」


 タニアはいたく感心している。

 次はエースの番である。


「つうか難易度も高くなったし、考えなきゃいけないじゃん……」


 エースは、ふむ。と口の前に一本指を立てる。


「……さっきは、基本。――次は応用」


 合図があった。

 エースはなんと正面から突っ込みだした。突っ込まれた方は当然、水や火魔法をエースに向けて放つ。

 だがエースは、水蒸気のようにぶわっと消えた。


「!!?」


 消えたと思っていたエースが皆が前方を向くその横で舌を出して「やーい!」と挑発して立っている。

 あっちが本物かと皆がそっちを追いかける。だから皆、影には気付いていなかった……。


「……はーい、げっとーーー!!」


 エースは二つ目もクリアした。


「え、え? 今度はどういうこと?」


「あれは『陽炎(イリュージョン)』を囮にして『(シャドウ)』で自分は、移動して旗を探したのだと思います」


「魔法を二種類同時に使用するだなんて……ものすごく脳への負担が大きいのに……エースは本当に頭の回転が早いのですね!?」


「属性は似通っているので、その点はやりやすいかもしれませんが、おっしゃる通り……私も凄いと思います!」


 ……というかさり気なく使用しているが、二人の使う魔法はいわゆる『亜種』系と呼ばれるもので、わかりやすい水や火魔法と使用難易度が違う。


 特にもともとその属性に属している使用者でもない限り、通常は中学生くらいの二人が使いこなせるものではないはずなのだが……。


「あの二人……たとえ『竜』を所持していないとしてもあまりに恐ろしい天才だと思うわ……!」


 多種多様な魔法を使いこなすスーパーマン、セオドリックの存在に慣れているタニアですら、そんな感想を漏らさずにはいられない。


 この辺りから、彼らの実力が分かりやすく目に見えるものになったためか、先ほどそこそこ上がっていたヤジが、徐々に鳴りを潜めはじめる。

 かわりに、皆の一種の恐怖と、固唾を飲む静かな興奮が観客席を覆っていく。


「残るは帝国組一組と王国側一組になります。いよいよ決勝です! 最後は合わせた四十名全員魔法制限なし。旗は全部で五名が所持。一発逆転あるか!?」


 おい、おーい、何だかもはやルールがとんでもないことになっているぞ!?


「より獲得……もしくは守り抜いた旗の数が多い人物とチー厶が優勝となります! 無論、捕まったら即失格。では始め!!」


 ……これは一応、ローゼナタリア連合王国VSヴァルハラ帝国となっているが……見ての通りアレクサンダーとエースVS両国連合軍と言っていい戦いだった。


 この二人を止められるのか?

 そしてこの二人の実力は以下ほどか?

 ……それにばかりを、皆がいま注目している。


 まず動いたのはエースだった。

彩色(ペイント)』を使い、まずは旗を持つ五名を色付けする。

 五名は全身綺麗なショッキングピンクになってしまった!


「エース、探す手間が省けた。……ナイス!」


「ペイントの元になる旗が、さっきのと同じ形状で助かったよ!」


 けれど、その五名を守る様に他の者が襲い掛かってくる。

 しかし、魔法は二十名ずつの仲間同士もお互いに当たらないようにするため、最初に出来るのはごく単純攻撃しかない。


 それをアレクサンダーとエースはしなやかな体術でヒョヒョイと(かわ)していった。

 エースとアレクサンダーはお互いがお互いをサポートしつつ、旗を勢いよく二人あわせて順に一本ずつゲットしていく。


 それからいよいよ魔法の出番である。


 ――相手も一斉に魔法を構えた。


 けれどその内の五名が急に一列に並び、いきなり将棋倒しになった。

 ……これは決まった動きしかできなくなる『従順(ドミノ)』の魔法!


 その五名の一番下にはペインターは伸びていて、エースはその旗をゲットした。


 また、アレクサンダーも旗を取るべく魔法を発動させる。

 『超重低音(ヘヴィメタ)』で人を圧縮するような上から重い圧力をかけて下へと押しやる。


 そうして、ペインターの旗を取ろうと近付く。

 が、ペインターが抵抗すべくアレクサンダーの腕を強く掴んできた。

 けれどアレクサンダーは、その顔を空いていた手を拳にしガンッと遠慮なく殴りつけ、気絶させてしまった……。


 ……まるで容赦がない。

 

 将軍がギラリと静かに副官に目配せした。

 副官も意を得たりと頷く。


 そして、いよいよラストの一本。


 アレクサンダーは『潜在意識(サブリミナル)』で自分を見た者が動く事をためらう暗示をかけ、ペインターから旗を、すっ……と奪った。


 これで旗は全部回収され……。

 演習は無事に終了となった!


「優勝者が決まりました! ローゼナタリア王国側……『アレクサンダー・ライザーマン』!!」


 多様な魔法を駆使した見事な戦いぶりに、会場はとんでもない歓声や口笛。

 中には太鼓やラッパを持ち出す人まで現れ、沸きに沸いた!!

 

 この二人の活躍ぶりに思わず釘付けになっていたヴァルハラ帝国側四天王の一人。

 外征担当のベアトリス・ポルシェ・ハーンが目を丸くした。


「あれで……十三歳ですって!? なんて驚異的なんでしょう! 早速スカウトしてこようかしら!?」


 それに同じく四天王の外務大臣メルヴィン・ロイズ・ベントレーは眉を下げる。


「いやー、王国側が手放さないでしょう? 見てくださいよロズウェルハード将軍殿の今にも笑いだしそうなあの顔を!」


 また余興を心から楽しんだクラウディウス皇帝陛下は頬杖をついて頷く。


「フフフ……アニエスの周りには本当に、有能な者が集まり大いに力を得ますね? ……さすがは女神役。……なあ、レティシア?」


「はい。本当に左様でございますね……陛下」


 と若干、不穏で意味深な会話を皇帝第一妃のレティシアとかわした。


 優勝したアレクサンダーは壇上に上がり本物の金のメダルを授けられ、各国のそれぞれの歌姫が花束を抱えて前に立つ。


 マリオンは赤くのぼせたような表情で、瞳だけ濡れたように潤んでいた。


「アレクサンダー様……父から聞いていましたが想像以上でした……とっても、か、かっ……す、素敵でした」


 そういい、アレクサンダーに花束を渡した。


「ありがとうございます……マリオン様」


 今度は帝国側の歌姫、宝石ピンクトパーズのような美しくウェーブのかかるピンク色の長い髪と、きらきらとした碧い瞳の美少女が花束を持ち前に出る。


「とっても興奮いたしましたわ。私は『ロゼッタ・プル・トリーシャ・カラス』と申します。アレクサンダー様、以後お見知りおきを……それから、どうか私からのこの祝福を……お受け取りになって!」


 帝国の歌姫ロゼッタはいきなりアレクサンダーに抱き付き、その唇を熱く奪う。

 それに隣のマリオンは絶句し、アレクサンダー本人は固まり、エースは驚きつつも「おおっ……」と感嘆の声を上げ、会場に集まる人々はそれこそ、どよよっと大興奮だ!


 暫くしてアレクサンダーはハッと正気に戻り、自分からロゼッタの肩を掴んで無理やり離すと、青い顔でおそるおそる遠く……アニエスの方を見る。


 そんなアニエスは、いま起きた出来事に目を丸くして驚いている様子だった。


 み、見られた―――!!


「あらあら、さすがは『スキャンダル姫』の異名を持つロゼッタ姫ですね?」


 ベアトリスは口の端を上げ、事の成り行きを面白がっているようだ。


「帝国の自由な気風ならいざ知らず……怖いもの知らず過ぎますね?! ……というか一応前々皇帝の末姫でらっしゃるのに良いのでしょうか?」


「でも……情熱はそう押さえられるものではないわ? いいんじゃない……これでアレクサンダー殿を落として下されば、堂々と彼を軍にスカウトできるというものだわ!」


「けれど、その、彼は……」


 メルヴィンはそこで言い淀んだ。


 メルヴィンから見てもあきらかにアレクサンダーは主人であるアニエスに入れ込んでいる。


 だが自分の上司であるクラウディウスもアニエスには相当入れ込んでいるため言葉を濁した。


「ふふふ、別に今はバカンス中なのだし……姫君も好きにすればよいでしょう。私は特別、咎める気はありません」



 こうして数々の思惑と、波乱含みの大祭は幕を開け……お祭りが始まったのであった!






【おまけ閑話・マリオンの挫折】

 ロゼッタの行動にマリオンは打ちのめされた。なにしろ目の前で恋焦がれる生まれて初めて好きになった人物の唇を奪われたのだ。

 一瞬にして心臓から全ての血を抜いたように冷たくなる。

 こんな感覚は初めてだった。


 さっきまでは、うっすらと仲間意識すら抱いていた相手が、今は不倶戴天の敵に思える。

 

 しかも腹が立つのがこのキスシーンがまさに少女が憧れるような、それは美しいものだったことだ。

 なにしろ……マリオンは正直、周りが自分とアレクサンダーがお似合いと言うことに静かに得意になっていた。


 むしろ、もっともっと正直にいえば「そうでしょう。そうでしょうとも!」と大きく頷く自分がいる。


 何しろ、このあまりに美しすぎる少年は横に並ぶだけでもかなりの覚悟を要する。

 何なら女の尊厳を根こそぎ奪いかねない劇薬である。

 

 そんな彼とただ並ぶだけ……どころかお似合いと言われる少女が世界広しといえど、果たして何人いるだろう?


 マリオンは自身の類まれな美貌への自信と自覚を、世間の認識とのほぼズレ無く、正しい形で持っている。

 これは人に見られるお役目ゆえの特徴ともいえた。


 だから、アレクサンダーが現在恋するアニエス以外の周りはライバルとして視界にすら入らない。

 それだというのに、同じようにアレクサンダーと並んで絵になるこの美しい少女の華麗なる登場は、自分にそんな驕りが実はあることを残酷にも気付かせた。


(……絶対に歌では負けない!!)


 マリオンはショックと悔し涙を目の端に溜めながら、密かに怒りと闘争に胸を燃やす。


 しかし、軍事演習に続いての歌姫達によるライブ・コンサートでロゼッタの歌声を先に耳にしたマリオンは、頭を拳銃で撃たれたようなショックを受けた。


 なんという圧倒的な歌唱力。表現力。音域なのか!?

 しかも、それを彼女は笑顔でサラリと歌いあげるのだ。

 あんなびっくりするほど細いウエストのいったいどこにあれだけの空気を大量に溜めこみ、爆発させるように放出させることができるのか!?


 ……そのすぐ後に歌うマリオンの歌声も、それはたいへん素晴らしいものだったし、ほとんどの人はその差には全く気付いていない。


 だけど、ずっとずっとそれに真剣に向き合い、我が身と時間と心を真摯に捧げ続けた自分だからこそ……! ……その歴然たる実力の差に震えた。


 もちろん、その実力から恐らくマリオン並みか……あるいはそれ以上の何かを、ひたすら歌に捧げ続けたに違いないロゼッタ姫がそれに気付かぬはずがない。

 現にマリオンが歌い終わりステージからタラップを降りるマリオンの顔を見ながら、ロゼッタは小首をかしげた。


「……年齢の割には悪くありませんが……なんだか思ったよりも期待外れなんですのね? まあ、これだけお可愛らしいのなら、それでも良いのかしら!」


 マリオンは血が沸騰するかと思った……。


 それはマリオンが何よりも何よりも憎む言葉である。普段なら実力で説き伏せるが、今は逆にロゼッタの実力にマリオンの頭が床に押し付けられた状態だ。


(悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しいクヤシイ!!!)


 マリオンはドレスを破けそうなほど握りしめた。


(絶対に…………この人にだけはもう、負けたくない!!)


 ……こうして、この夏、数々の挫折を味わったマリオンは二人の最大のライバルを前に、今後、大きく変わろうとするのである。



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