66、デートと三年後の約束
ミスリルの問題はロナ公爵イライアスが預かることになり、ひとまずアニエスの肩の荷は下りた。
事の顛末は気になるものの、元々の権力があるのはイライアスである。
だからアニエスもこれ以上はでしゃばるべきでは無いと判断し、本来の夏休みを大いに楽しむことにした。
まずは先日の約束したエースとの二人きりのデートに出かけることにする!
「………………」
「何故に無言?」
エースはアニエスの格好を上から下までジロリと観察する。
アニエスの今日の格好はカンカン帽に三つ編み。流行りのセーラーカラーのドレスと、別に特におかしいところはない。……はずだ。
「ちょっとメイドを連れて義姉さんの部屋に入ってもいい?」
「え……うん」
アニエスは取りあえず、弟の申し出を受け入れると
エースは真っすぐにアニエスの部屋のクローゼットに向かった。
「開けても?」
「あ…………はい」
アニエスが了承すると、エースはクローゼットを開け選びだす。
「……これと、これと、これ……あと靴はこれ」
エースはその中から迷いなく衣服を選んだ。
「アクセサリーはこの間、お義父様から貰ってたアレ。髪型は(※メイドに指示を出している)こういう感じに……」
メイドは「かしこまりました」と言うと、エースはひらひら手を振った。
「第一応接間で待ってるからね」
そうドアを閉めた。
残されたアニエスは隣のメイドに聞く。
「……ねえ、この格好……変かしら?」
そう問われたメイドはうーんと首を傾げる。
「……十分可愛いと思いますがね?」
と答えるものの、言われるままに着替えた。
そして……。
「エース……これでどう?」
「!! アニエス、どうしたの!? いっつもかわいいけど今日はとびきり可愛いわあ!!」
応接間にいるタニアが絶賛すると、タニアと一緒に話していたアニエスの母ディアナもにこやかに頷く。
「いつもと雰囲気が違うけど素敵じゃない? アニエスによく似合っているわよ!」
そう満足気な顔を見せた。
「え……そ、そうですか?」
アニエスが思わず照れる。
「エースがこれがいいって言ったんです……」
そう答えると、二人はエースを振り返り絶賛した。
「エースは、本当にセンスがあるのね! そうね、確かにいつも小物使いとかエースは洒落ているもの!?」
それに同意するようにディアナも褒める。
「確かにエースは昔から美意識が人一倍高かったわ! 昔、絵画や彫像がコンテストで賞に選ばれたことも何度もあったし……それにしても女の子のオシャレがわかっていて素晴らしいじゃない!」
大絶賛の雨が止む気配がない。
「今日はとびきり可愛くするって約束だったので……ねっ、アニエス?」
人々を蕩けさせる極上の弟スマイルで可愛さを見せつけてから、エースはアニエスの前に進み出て膝をついて右手を差し出した。
「では参りましょうか? マイ・レディ」
そんな風に来られてアニエスはしどろもどろと赤くなる。
「……宜しくお願いします」
としか、だから言えなかった。
だがそれに異を唱えるはセオドリックとアレクサンダーである。
「二人で出かけるのか?」
「お嬢様、先日レティシア様に男女二人きりは宜しくないと言われたばかりでは……?」
それにアニエスは二人を振り返り答えた。
「これは先日ミスリルの件で頑張ってくれたエースとの約束なの。……それに男女二人きりと言ったって義弟なのだから、それの何か問題があって?」
いやいや! デートな時点でそいつ(※エース)は、微塵も弟のつもりでなんて誘っていない!!
「たまには姉を弟が独占して、いったい何が悪いんですか? ほら、だって僕は、超シスコンなんですよ!」
((だから! お前の向けている目はシスコンのそれじゃなくて男のそれだろーがっ!!))
「そういうわけなので今日は二人だけで出かけてきますね」
そう言い二人は部屋を出ていった。
「私は実はあいつを一番警戒している……!」
「……そのお考えは間違っておりません。エースは策略に関しては軍師と言っていい!」
不安に駆られる二人を前にタニアはディアナと話し出す。
「……ロナ公爵夫人的には、もしこのまま、あの二人が恋人関係になる可能性については……どうお考えでらっしゃるんですか?」
それにロナ公爵夫人ディアナはにこやかに答える。
「とくに干渉しようとは思いません」
「そ、それは、またどうして?」
「……もともとはアニエスに婿を取らせる案もありました。ですがご存じの通り、あの子は魔力無し。公爵家を継ぐに足る子を望むのは難しいと判断し……エースを養子に迎えたのです」
ディアナはお茶で口を濡らしながら、さらに続けた。
「エースが当主である以上、側室や妾との間に子が生まれても継承は揺らぎません。必要であればその子をアニエスの子として迎えれば、直系の体裁も一応は保てます」
ディアナのお茶はレモンを添えるとブルーから神秘的な紫へと変化した。
「アニエスが別に嫁いでも、跡取りはエースですから家は安泰です。……あの子たちの未来を縛らないために、エースを迎えた。それが私たちの本心です」
タニアはその返答に驚いた。
「随分と柔軟なお考えなのですね。古くからの名家はその辺りがこだわりが強いものなのに……?」
「……色々ありましたので、手段は選べなかったというか……。それに夫とは子供の教育方針に関して、私に権限がある様、一筆書いてもらっております」
「え!? そうなのですか……まあ、それはまた何故……?」
それにディアナはにっこりと笑う。
「それは色々…………本当にいろいろよね? あなた」
それを陰で聞いていたらしいイライアスはビクッと肩を震わせ、気まずそうに部屋に入ってきた。
「そうです。まあ……この件に関しては私は妻に一切、頭が上がらないもので……」
……なんだか、ロナ家内部のピラミッドの構造を見た気がする。
「でもアニエスはその手のことには本当に疎いのです。女の子の方がませてると言いますけれど、あの子はまだ幼くて……男女の間違いなどまず起こらないでしょう。ですから心配には及ばないでしょう!」
「「「…………」」」
その見解はかな〜り甘いと思いますよ。ロナ家の奥方。と、三人は思ったが、あえて黙っていた。
「わあー、見てみて! テーマパークみたいになってる!」
ヴァルハラ帝国のお祭りが船に乗ってやってきたためか、お祭り自体はまだ先なものの、大道芸人や出店や見世物がそこら中に港に集まっていた。
ちょっと眺めただけでも、なんだかワクワクしてくる。
「アニエス見て、ミラーハウスだって行ってみる?」
「うん! 行きたい」
見物料を払い二人はミラーハウスに入った。
そこには太った二人や痩せた二人、縮んだ二人や伸びた二人が映る。
よくある半身だけ鏡に反射させて、ぼよんぼよーんと宙に浮いてるみたいなポーズをとって遊ぶ。
「あはは、変なの~!」
アニエスは無邪気に口を開けて笑った。
「こっちは万華鏡の間だって!」
中に入ると、まるで万華鏡のように中はキラキラと色んな光が飛び交い。本当に万華鏡の中に飛び込んだみたいだった。
アニエスは色んな光を捕まえようと手を伸ばし、テテテッと走る。
光は床にまで連動していた。
「……綺麗」
アニエスが思わず脚を止めて、ぼそりと呟く。
「本当……まるで、アニエスの瞳みたいだね」
エースが言った。
「え。私の目ってこんな感じ?」
「いや、もっと綺麗だけど。イメージはこんな感じだよ」
「そうなのかぁ……」
アニエスは自分の体のことなのに、よく知らなくて不思議な思いで見つめた。
二人はミラーハウスを出ると今度は動物が芸をしている集団に混じって見物をする。
見ると、犬や、猿やロバが器用にいろんな芸をして見せている。
「わあ! うちのアザクワにも、あんな芸をさせられないかな?」
「……超大型犬のアザクワがあんなことしたらみんなが怖がりそうだけど?」
次は占いだ。
「あれ? アニエスは占いも出来るだろう」
「敵情視察ってことで!」
「敵情って……」
そう言いテントの中に入ってしまった。
「何をお占いいたしましょう?」
口元を布で覆い、手や首にジャラリとアクセサリーをつけた占い師がにこやかに尋ねる。
「う~~~ん、では金運を!」
「一番いらないやつだよねソレ」
世界的大資産家のロナ家令嬢には、今更過ぎるだろう。
「えー? じゃあ健康運!」
「もう……それもいらないでしょう? 今は風邪だってめったにひかないんだから!」
「じゃあ……エースは?」
「…………この後どこへ行ったら、より盛り上がりますか?」
それに占い師は双六のような絵とサイコロを振って占った。
「……二人で劇を観ると“よい”と出ております」
「劇?」
「中でも笑えるものが良いようです」
「あ! 確かにそれは観たい!」
占いのテントを出た二人は早速、喜劇小屋に向かう。
「スナックを食べながら観れるのね。お母様に叱られそうだけど楽しい! ねえ、別なのを買ってシェアしてもいい? これもお行儀悪いかな」
「いいよ、飲み物もシェアする?」
「うん!」
いよいよ喜劇が始まった。
憲兵と泥棒がいつの間にやら立場が逆転する劇やコメディアン、魔法じゃない仕掛けのあるマジックなど、意外にも値段の割に内容は充実していた。
「あはははっはっははっはははは!!」
アニエスはケラケラとお腹を抱えて笑い。エースも声を出して笑っている。
そんな満足感に浸りながら二人は小屋を出た。
「占い当たったね!」
「まったくもっと色々聞いとくんだった!」
「ねぇー!」
さてそろそろランチの時間が迫ってきた。
「何か食べたいものある?」
エースが聞くとアニエスは顎に手を当て考える。
「うーーーーーん」
特に希望が無いため逆に悩む。
するとエースが指を指した。
「だったら、いつもは食べれないアレにしない?」
指差したのは、いわゆるホットドッグとフィッシュ&チップスのようなもの。
普段食べている堅苦しい食事の真逆のファーストフードである。
「え! 食べたい」
「じゃあ、まずは席を確保しよう」
二人はたくさん並んだテーブルと椅子の中で、やっと埋まっていない席を確保すると、アニエスは席に残ることになりエースが買いに走った。
「お待たせ」
「ありがとう!」
大きな大きなホットドックと満載のフィッシュ&チップス。
それにLサイズのドリンクはとても二人分では収まらない量だったが、今の二人ならいけそうな気がする!
「あはは、マリオンが見たらきっと眉を顰めるでしょうね?」
そう言ってアニエスは大口を開いてかぶりつく。続いてエースも大口でかぶりついた。
「~~~!! 何その顔!」
アニエスが噴き出す。それにエースが噛みついた。
「人のこと言える? アニエスだってカバみたいだったよ?」
そう言われアニエスは今度はわざとカバの様に鼻を膨らませて歯茎を出してかぶりついて見せた。
「っっぷははっ、ひど過ぎる!!」
その姿にエースは思わず噴き出す。
つられて、アニエスも笑いだした。
「~~~ははは、なんか今日ずっと笑ってるや……可笑しい!」
「そういえば確かに!」
エースも同意する。
「不思議だね……エースといるとずっと楽しい!!」
そう、ふいに好きな子に言われてエースはドキッとしてしまう。
アニエスはニコニコと揚げたポテトを口に運ぶとエースを見て視線を止めた。
「エース、口にソースがついてるよ?」
そう言うと細い指をのばし、エースの口元を拭うとそのままその指をペロッと、小さな口を開いてピンク色の舌で舐める。
「…………」
思わずその様子をエースはじっとみつめる。
「……? どうかしたのエース?」
「別に」
さっきとは打って変わってエースは静かに答えた。
「?」
「アニエスは、俺に初めて会った日を覚えてる?」
「覚えてるけど……どうしたの急に?」
「いや何となく、そう言えば聞いたことないなーと思って」
それにアニエスはポテトを何個か摘まんで考える。
「……エースが来る前、魔力がすごく強い子が家に来ると聞いて…………いじめられるんじゃないかと正直怖かった」
「え……アニエスが? 継子でもないのに?!」
「だって私が役立たずだから、他から子供がやってくるんだもん。親がいる前ではいじめられなくても……陰で絶対に虐められると思ってた」
「………………」
「でも、来たのがエースで、エースは虐めるどころか、私をかばって守ってくれて…………嬉しかったなあ!」
「それはアニエスも俺に最初からすごく優しかったからだよ……俺も正直どんな扱いを受けるか怖かったから」
「ふふ、お互い杞憂に終わって本当に良かった!」
そう言ってアニエスはまた笑った。
その笑顔にエースは胸が熱くなる。
「アニエス」
エースはアニエスの手に自分の手を重ねた。
「俺は……アニエスがいつか誰かと結婚して家から居なくなるなんて嫌だ」
それはエースがずっと抱えていた想い。
「エース」
「アニエスが口にしなくても、ロナ家に思うところがあることくらい、俺には分かっている」
周りのざわめき、お祭りの高揚した空気の中、二人の間には静けさがあった。
でも、その空気は気のせいか熱を帯びている。
「だから俺は、もっと力をつける。智慧も身につける。……どれほど不可能に見えても、必ずこの家を変えてみせる。アニエスを苦しめるものを、根こそぎ正して――俺が笑わせる。………だからこれからも︙俺のそばにいてくれませんか?」
そう言い青紫の強い眼差しをアニエスに向けた。
「…………」
アニエスはキーンと耳鳴りがする気がした。騒がしいはずなのに喧騒がだいぶ遠い場所に感じる。
アニエスはどう応えていいかわからなかった。
それは心の奥底でロナを変えるなんて不可能ではないか? という声と、でもエースなら可能かもしれない。という思いが、お互いに心の中で絡み合って身動きが取れなくなっていく。
それを見抜いたかのようにエースは続ける。
「でも、まだ答えなくていいよ。――五年、いや、三年俺に時間をください。それまでに必ずアニエスの望む方向に何か一つまずは変えてみせるから……!」
そう言っていつの間にか重ねた手に力を込めた。
アニエスは、そのエースの手を手繰り寄せると両手でぎゅうっと握り締める。
「どうして、分かるの……?」
それに、エースは優しく握り返す。
「だってずっと見てきたもん。……僕の一番大切な君だけを」
そう言いエースももう一つの手を重ねた。
帰り道、二人はずっと手を繋いでいた。
アニエスもエースも帰りは言葉少なに話すくらいだったが、何だかそれだけで十分な気がする。
そして、最後にアニエスが締めくくるように話した。
「エース。デートって初めてだったけど楽しいね! よかったら今度また誘ってね?」
そう楽しかった今日を振り返る。それにエースは応えた。
「……もちろん! あ……待って」
そう言うとエースはおもむろに、アニエスのおでこへチュッとキスをする。
エースがニッと笑った。
「デートの最後は、やっぱりキスでしめるのが定番でしょう?」
そう小悪魔な表情をする。
それに、アニエスは複雑な表情をして考えた。
(エース……こんなに義姉をまるで恋人みたいな扱いをして、彼女とか出来た時に、果たして面倒なことにならないかなあ……?)
アニエスはそんな大好きで自慢の義弟のシスコンっぷりを、姉として思わず心配するのであった。




