65、【閑話】マリオンの初恋
中庭で朝から植栽に水をやる姿……それをマリオンは寝間着のままカーテンの隙間からそっと覗いた。
銀色の髪が日の光に照らされキラキラしている。
その、不思議な色の眼差しは遠くにいても吸い込まれてしまいそう……。
神様が千人を作る集中力をたった一人に込めて作り上げたのか、マリオンの見つめる相手は特別に美しい。
「はあ……」
思わずため息をつくと、マリオンのヤング・レディーズ・メイドであるパルが声を掛けた。
「アレクサンダー様でらっしゃいますか?」
マリオンは黙って頷く。
「……もっと、お話してみたいなあ……」
思わずつぶやいていた。
「でしたら……今お声を掛けに行ってはいかがです? 誰もお側にいないようですし……」
「そ、そんなはしたないこと出来ないわよ!! そ、それにどうせなら綺麗な姿でお話したいし……!」
「それほど、人の見かけに頓着される方では無さそうですけど……?」
「私が嫌なの!! ……あっ」
そう言って窓に視線を戻すと、アレクサンダーのそばには動きやすい格好に身を包み、ロードワークから戻ったばかりの恐らく汗だくのアニエスがアレクサンダーに話しかけていた。
「!! ……!」
軽い挨拶だけのようで、アニエスは少し話したらアレクサンダーからすぐに離れて行く。
だがアレクサンダーはアニエスが去っていった方向をかなり長いこと見つめてから、また水やりを再開した。
その横顔は先程より何だか機嫌が良さそうである。
「………………………」
「お、お嬢様…………」
確かに……アレクサンダーは子爵家への養子縁組は決まっているものの、もとは平民でアニエスの第一従者である。
……一緒にいるなという方が無理な話なのだ。
いや、しかし、そうじゃない。
彼は明らかにアニエスに対して並々ならぬ想いを抱いている。その熱いまなざしがマリオンの心臓をつぶしそうなくらいには……。
「初めて好きになった方に他に想い人がいる場合……いったい皆はどうしているのかしら?」
そう、つぶやくマリオンにパルが返事をする。
「それについては人によるかと……さっさと諦める人もおりますし辛抱強くお慕い続ける方もいます。……時には強硬手段に出られる方も」
マリオンはパルを見ながら次の話が気になった。
「……強硬手段?」
パルはハッと口を抑えて慌てだす。
「失礼いたしました!! 出過ぎた真似を……」
「構わないわ続けて、強硬手段とはいったい何なの?」
「……た、例えば色っぽい格好で相手を誘惑したり、何かしらの手段でお二人を近付けないようにしたり、時には媚薬を使う……とか?」
「び……やく……?」
「はい、所謂『惚れ薬』のことでございます」
マリオンは驚きながら、確かに……と思う。これだけ世の中は多様な魔法で溢れているのだ。
媚薬位あってもいいだろう。でもまずは……。
「媚薬ね……でも、まずは自分で頑張りたいわ」
「でしたらまずは相手の好みを知ればよろしいのでは? それだけでもだいぶ違うかと……」
「好み……」
◇◇
「アレクサンダーの好みですか?」
マリオンが聞いたのは、アレクサンダーと幼馴染でアニエスの義弟エースだった。
エースはその問いに思わず『アニエス!』と、答えそうになったが、いや待て待てとその思考をいったん流し少し考えた。
「……髪は長い方が好きだと思います。あと瞳が綺麗な人が好きかな……?」
エースは、アニエスとアレクサンダーを思い出しながら、何とか『アニエス』の名を出さないようにする。
「食べ物の好き嫌いがほとんどなくて、表情が豊かで、自立していて……人の気持ちに実は敏感で繊細な人も……」
マリオンはその話に真面目にメモを取る。
「本人も本が好きなので本をよく読む人も……あと、指が長くて綺麗な人。それから……」
「……胸が大きな女性!」
えっ!? と顔を上げるとそう言ったのはエースでなくアニエスだった。
「ね、義姉さん……!?」
「な、何ですかいったい!!」
マリオンが噛みつく。アニエスはそれに微笑んだ。
「あれ? アレクサンダーの好きなものを聞いていたんじゃないの? 違ったかな?」
違ってはいないが……マリオンはぎゅっとこぶしを握る。「貴女には聞きたくないんですよ!」と念を込めてマリオンが睨む。
「義姉さん、だからって、いきなりそれは……」
「因みに好きな香りは確かスズラン系だったよねエース?」
「貴女には聞きたくありません!」
アニエスは不思議そうな顔をする。
「どうして? 確かにエースとアレクは仲が良いけど私の方が付き合いが長いから、なかなか参考になることを言えると思うのだけど?」
「……じゃあ貴女はそれを参考にして、もし、私がアレクサンダー様と私が、貴女より仲良くなっても構わないというのですか!?」
それとも負ける気がしないとでもいうのか!? キッとマリオンが睨むとアニエスはコクコクと頷く。
「ええ、だって応援しているもの二人のこと!」
「「…………………………」」
それにマリオンとエースは言葉が出なくなる。
「それは、またどうして……」
「え、だってすごくお似合いだし……アレクサンダーだって男の子だもの。可愛い彼女が欲しくなってもちっとも変ではないでしょう?」
「……あ、貴女はアレクサンダー様のことをどうお思いなんですか!?」
「大切な腹心にして親友……というかもう大事な家族かな?」
「……ほんの少しでも!」
異性として意識したことが無いとでもいうんですか!? と問おうとして、喉の奥に引っかかる。
「……そうなったら貴女は寂しくはないんですか?」
マリオンの喉からやっと出てきたのはその言葉だった。
「寂しいと思うわ。もしかしたら……しばらく毎日泣いて過ごすかもね……?」
マリオンはそんな矛盾にさらに噛みつく。
「では、っどうして!?」
それにアニエスは寂しげに微笑んだ。
「どんなに大切に思って慈しんだとしても、雛が大きくなったのに空に帰さないのは、間違っているからよ」
「…………………!」
「アレクサンダーはもう立派な美しい鳥でしょう? 私がいなくても……広い空をどこまでもいける力と人脈、それに魅力を彼はもう十分過ぎるほど持っている」
「………………」
「そういう事」
マリオンは何だか心臓がヒリつくものを感じた。
アレクサンダーのアニエスに対する想いを思って……。
そして、この人も同じように胸がヒリヒリと傷ついて痛むのを抑えながら、このことを言っているのではないかと感じて……。
「そこに義姉さんの本音はあるの?」
たぶん、エースも同じように感じたのだろう。
マリオンが聞きたかったことをエースが聞いてくれた。
それにアニエスは胸を叩く。
「もっちのろん!! 真心本心そのもの!」
そう胸を張った。
「だからマリオン頑張ってね! ……マリオンは私には手厳しいけど本当はいい子だと思うし、アレクサンダーと並んで中も外も釣り合う女の子なんて、きっと貴方くらいのものだわ。……それってもはや奇跡じゃない?」
晴れやかに笑ってアニエスが言った。
「あ、タニア様と約束してるからもう行くわね? ではでは、お邪魔しました~!」
アニエスがそのまま風の様に去って行く。まさに台風一過。
「……あの人、本当にわけがわからない!!」
思わず怒気を含んでマリオンが言った。一方エースは何か考えているように黙っている。
「エース様も……よくあんな方について行けますね?」
それにエースは笑って答える。
「ははっ、バレましたか? ……って、バレますよね! あんなに露骨じゃあ……」
マリオンは続けて言った。
「……苦しくはないのですか?」
エースは微笑みながら肩をすくめる。
「苦しくないわけじゃないけど、もう止められないんですよね」
そう言い、宝石、タンザナイトのような青紫の瞳を、静かに輝かせた。
「エース様ならどんな相手でも望めば愛してくれそうですが……こんな風に言葉を選んで気遣って下さいますし?」
「……なんかそれ最近よく言われます! ……でもどこにいるのか知れないそんな人に想われても、仕方がないと思うんですけどね?」
恋を知ってしまったマリオンも、エースの言ったその言葉が痛いほどよく理解できた。
他の人ではまるで意味が無いのだ……。
「エース様、私あんな人に負けたくも諦めたくもございません!」
それにエースが頷く。
「ご自分が納得するまで、とことんやってみると宜しいと思いますよ? とはいえ僕もまだ恋を叶えたことが無いから……有用なアドバイスは出来ずに心苦しいのですが」
マリオンは笑って首を振った。
「いいえ!! とても参考になりました! お話を聞いていただきありがとう存じます」
マリオンは頭を下げ、部屋に戻っていった。
エースはそれを見送った後、何となく中庭に降りて行くとアレクサンダーが熱心に植栽の世話をしている。
エースはアレクサンダーに声をかけた。
「庭師がいるんだから……アレクがこんな暑い中、世話しなくてもいいんじゃない?」
アレクサンダーがその声に振り返る。
「これはお嬢様の呪い草や薬草や毒薬だから……他の人には任せられないんだ」
そんないつもの静かな抑揚のない声で答えた。
「……何でそんな物が、すでに別荘の中庭に?」
「毎日、摘んで乾かして、挽いて、調合して……色々作っているみたいだぞ? 城でもさすがに今は控えているみたいだけど、因みに今日は『媚薬』を作るって、言っていたよ」
「……何でまた?」
「お嬢様曰く『需要が有りそう』ってことらしい。……果たしてこれは合法なんだか」
そう言って肩をすくめたアレクサンダーは、枯れた葉をむしり、丁寧にその世話を続ける。
「放したとしても、鳥が飛んでいくとは限らないよな」
「何か言ったか?」
「……別に、俺もなんか手伝う!」
遠くから人々のざわめきが聞こえる。
夏はこれから盛りを迎えて、更に暑くなりそうである。
それに合わせて人々の動きや心も更にせわしなく動き出そうとしていた。
皆の恋を叶えてやりたくて切ないです。




