63、ミスリルの鍛冶場とロナ公爵
「え、……今なんて?」
エースが思わず聞き返す。
それにアニエスは静かにこたえた。
「うん、だから、五人必要な現場に三人しかいないと言ったの」
「え、じゃああと二人はどうするの?」
「決まっているわ。私たちが一人二役をこなすのよ」
「……今から、誰か新人を」
「エース、分かるでしょう。……そちらの方が結局はずっと手間がかかるってことを……!」
「え、……でも、でもさ!?」
「ごめん。……諦めて!」
カサンドラのミスリルの鍛冶場&精製所でアニエスとエースはぶ厚い作業着に着替え、すでに四十二度を超える中、ミスリルを鍛え直すべくまさに現場に立っていた。
「それで…………この数を?」
目の前に山と積まれたミスリルの粗悪品を前に思わず、たじろぐエース。
「大丈夫! ……わずかだけどちゃんと魔脈は見えるから、上手く剥がせるはず!」
だが、すでに覚悟を決めたアニエスはそう言い、今度は厚い防護マスクとゴーグルをヒュンッとエースに投げた。
エースは戸惑いつつもそれらをしっかりとキャッチする。
また、アニエスも自らゴーグルをカチャッと装着し、厚手の特殊なグローブに手を入れると、一部ベルトをがっちり止めた。
「ただ、毒は出ると思うわ」
「流石は『生きている』金属。ミスリル様……」
クラウディウスやセオドリック達の前で言わなかった話がある。
ミスリルの最後の特徴。
ミスリルは金属だが、まるで脈打つ生物のような『生きている』金属だということ……。
それゆえに、他の金属に比べ精製が難しく、厄介であり、だからこそ魔力と魔法を断つことが出来るということ。
これはミスリルを鍛え、携わる人間だけに許された共通認識だった。
「機嫌よく剥がれてくれればいいけど……たぶん怒って暴れに暴れて毒や魔法をまき散らすわ。……今日こんな風に人数が足りなくなっているのは、つまりは、そうゆうことだそうよ」
「なーる……」
「でも、こんなことになっているのが、ほぼカサンドラだけだったことは不幸中の幸いだった」
クラウディウスの魔法により、ミスリル含有率十五パーセント未満の製品を扱う店と、それを製造している鍛冶場が、全国土および一部近隣国家に至るまで検出された。
そしてその位置が、テーブルいっぱいに広げられたローゼナタリア全土の地図と周辺地域に次々と反映されていく。
スーパーコンピューターも「あらまあ」と言い出しそうな、規格外に便利な魔法である。
地図は瞬時に色分けされ、真っ赤に染まったカサンドラとその周辺以外は、すべて潔白と証明された。
とはいえ、今回の件で終わる保証はない。
再発を防ぐためにも、公爵家はミスリルの取扱いに関する法令と魔術的拘束を、改めて強化する必要があった。
――だが、それでもなお、最悪を回避できたこと、そして対策を前倒しできたことは、素直に喜ばしい。
「これもアニエスのおかげだ……ありがとう!」
「お願い、お願い。そのことは忘れて一刻も早く。今っ!」
そしてその陰には、アニエスのまさしく尊い犠牲があった。
黄色いエプロンワンピース(※スカート短め)に縞々のニーハイソックスを身に付け、髪を下ろし、亜種の不思議の国のアリスのような恰好をしたアニエスは、クラウディウスの座る足の間にちょこんと座る。
目隠しをされた状態で「えー?だれかなあア?」と言い、「うーん、うーーーん(汗)」と悩んだそぶりを見せ、「あ!もしかして私の大好きなクラウディウス兄様ではありませんか??」とひらめいた真似をし「もお! お兄様のいじわる! でも、だーーーい好き♡」とクラウディウスに抱き付くという演技を顧客(※皇帝クラウディウス1世)が満足するように演じ切らなければなかったのだ……。
アニエスはもちろん一発で終わらせるべく、自分に眠る全才能を指先に至るまで集中させ、それこそ途中までは、完璧な素晴らしい演技を見せた。
けれど、ふいに触られたことにより、ビクッと身体が拒絶反応を示したために……。
「おやおや……残念。では始めから!」
と、その後も思わぬクラウディウスのアドリブに対策しなければいけなかったり、なんだりと、様々な妨害工作を乗り越えて、……ようやくの想いで、セブン・テイクでフィニッシュを迎えることがかなった。
「んん! 今のは素晴らしかった。合格です!」
そんな苦労の末に、ようやく合格をもぎ取ったのである。
それを最初から、最後まで見学していた面々(※タニア、アレクサンダー、エース、セオドリック、ノートン)は、思わずそれに無言で熱い拍手をおくった。
「クラウディウス皇帝陛下……これから『師匠』と、お呼びしても宜しいですか?」
「うむ。好きに呼んでくれて、構いませんよ」
「師匠……!」
そして、アニエスを振り回す見事な手腕に心から感服したセオドリックが、上記のようなアホなことまで言い出す始末だったのである。
アニエスはそんな顛末を思い出して、思わず床を転げまわった。
「死にたい! 恥ずかしくって死にたい!! ……というか……今すぐ、殺して!!」
「ううっ……!! もお、お嫁にいけないっ!」……と思わずむせび泣く。
「よしよし……お嫁にいけないのなら、俺が一生面倒見てあげるから、どうか元気を出して?」
エースに抱き起こさこれ、アニエスは思わずエースにしがみつく。
「うう、なんて優しい弟なの……? 好き!」
そう言うとエースはアニエスの髪を撫でて、抱き返しながら囁く。
「うん、俺も好き……」
そう本音が漏れた。
――で、それは置いておいて、今、問題なのは目の前のコレである。
サポートは熟練の腕を持つミスリル職人のハードただ一人。
「「……………」」
これから、きっと想像を絶する現場になることが容易に予想され、暗澹たる気持ちで二人の胸がいっぱいになる。
「エース。……せっかくの休みなのに、本当にごめんなさい」
「何言ってんの? 俺は跡取りなんだから後始末をするのは当然でしょう?」
「でも……」
「どうしても気になるなら、そうだなあ……丸一日アニエスを独占させて? 他の誰も入れないで」
「え?」
「つまりデートってことで……それでどう?」
アニエスはいったんゴーグルを外す。
「……そんなので、いいの?」
それにエースは二っと笑う。
「めっちゃかわいい格好をしてね。……アレクや殿下が妬いちゃうくらいに!」
エースはそう約束を取り付けると、やる気が出たのか気合いを入れ直して「ヨシッ」と声を上げる。
「エースがそれでいいのなら……分かった。よ〜し、じゃあ早速、始めるよーっ!」
粗悪品のミスリルを灼熱の炉に入れる。
アニエスとエースはその時をひたすらに待った。
アニエスは魔脈の動きを見るためギラギラと炎に網膜を焼かれながら、ほとんど瞬きをせずに目をすがめた。
「――今だ!! エース、出して!」
言われてエースは真っ赤なそれを出すと、鋏のような器具を入れる。
鋏が入ったままハンマーを打ち付けると、ポロンと小さな丸いパチンコ玉のようなものが転げ落ちた。
「……来るわ! エース!」
やがてパチンコ玉はぶるぶると震えだし、パシュン! と鉄砲玉のように飛び出ていく。
「エースッ! 当たったら真面目に死ぬから、とにかく避けてっ!!」
「ていうか、これ、まんま弾丸じゃんっ?!」
当たったら即死のジ・エンド。
二人は必死に“彼ら”に当たらぬように並外れた身体能力で避けまくった!
アニエスが一度大量にミスリルの粗悪品を炉に入れた……。
金属のフライパンのような形のラケットを構え、飛んでくる『ミスリル』を……ある一点に向けてひたすらに、打つべし! 打つべし! と打って、打って、打ちまくる!!
飛んでくる“彼ら”を見て、厚い防弾チョッキ仕様で作られた特殊なグローブで、エースが素早くキャッチをする。
「『箱』! 早く『箱』へ!!!!」
エースはそう言われるより先に水のような……空気のような……そんなもので満たされる箱に素早く掴んだものをグッと押し込んだ。
すると暴れていた彼ら……『ミスリル』はしゅうううううっと徐々に熱が抜けて大人しくなる。
「これを……あと、まだ、こんなに……」
「考えては、っ、駄目!!」
しかも、ミスリルに魔法は効かない。
ひたすらに己の肉体のみで戦わねばならないのだ!!
「えーい!! ……儘よ!」
その後もミスリルは、時に毒を出し、時に火を噴き、時に幻惑し、時に重力を反転させた。
……二人と熟練の職人ハードは、HPを限りなく削られ、息が上がりきり、心臓は限界へと近付く。
「……も、もお……だ……」
ついに意識を失いかけたその時。
誰も入れないよう固く閉ざした鍛冶場のドアが、ゆっくりと大きく開いた。
「おおー! やってる、やってるな!!」
それは聞きなれたナイスミドルな声。
その人物は三人が倒れているところまで来ると、アニエスとエースの頭を乱暴にぐしゃっと撫でた。
「もう結構、溜まっているじゃないか! 偉い、偉い! ……二人とも今回は本当にお手柄だったぞ」
そう言って立ち上がり、とびきり上等な上着を脱いで入り口のポールハンガーへかけると、腕まくりをする。
「さーてと、……軽い運動でもしますか?」
鼻歌を歌いながら、粗悪品のミスリル刀をひょいひょいと炉の中にまとめて無造作に入れた。
「あ、!! お父様、お、お一人では……!!」
そう心配する娘に、ロナ公爵イライアスは振り返り、優雅に微笑む。
「アニエス。大丈夫だ! 私のこの『ロナ公爵』の名は伊達じゃない」
そう、ニヤッと笑うイライアス。
しばらく粗悪品を炉に入れているとミスリルの反応があった。 しかしイライアスはそのままそれをほっとく。
軽くパイプをふかしながら、何やらメモをし、よそ見をしている。
しかし、やがて炉に入れっぱなしのミスリルがそれに怒りだし炉の中で膨らみだした。
「「!!」」
危機感を覚えた二人が最後の力を振り絞って立ち上がろうとすると、炉の中のミスリル達がそれこそ勢いよく飛び出すっ!
(来る!!)
……………。
…………………?
だが次なる衝撃が何も来ない。
見るとミスリルはいくつかの丸い空気の玉のようなものに掴まっていた。
「ッ!! ミスリルに魔法は効かないんじゃ……?」
「私が魔法を使用したのはミスリルの周りの空気で、ミスリル本体じゃない」
だが相手は一時と止まってくれない。
正に鉄砲玉のそれだ。
それを相手に攻撃する隙をあたえず、いったいどんな動体視力と、魔法の瞬発性でこれを行ったというのか!?
「それと一応、罠も張っておきましょうか?」
イライアスはそう言い空中にしゃぼん玉の様に無数の空気の玉を浮かべた。
「それじゃあとっとと終わらせて、休んだら観光をしますよ? お二人さん!」
あんなに沢山あったミスリルの粗悪品の山が無くなりミスリルの回収は無事に完了した。
残りは、いらなくなった鉄くずが転がるばかりだ。
イライアスは、それに何やら魔法を掛けている。
「「……?」」
イライアスは箱から比較的大きなミスリルを取り出すと、先程の鉄くずをそばに持っていく。
するとミスリルはそれをむしゃむしゃと美味しそうに食べだした。
「おお、こいつは……中々食欲旺盛でいい子だ」
イライアスの明るい声に、座って飲み物を飲んでいた二人とハードは、目の前の光景が信じられずに呆然とする。
「………………」
「……? どうしたんだ。皆して?」
「ミ、ミスリルが、そんな風に鉄を食べるなんて……」
「えー、あれ? 言ってなかった?」
逆にイライアスが驚いてる。
「ミスリルは魔力を食べるんだ。だから魔法を破くことが出来る。しかも、こうして金属に魔法を込めるとその金属ごと取り込んで、その身を太らせることも出来る」
「!!」
「まあ、相応の魔力は注がねばならないがね。鉄に魔力を染み込ませ、磁性を与えるのが最も穏当かな? ……ただし、ミスリルは偏食家でね。お気に召さなければ、見向きもしない」
その話にエースはすっと立ち上がった。
「僕にもやり方教えてください!」
そう懇願する。
それでイライアスが鉄くずへの魔力の込め方を教えてエースは早速やってみて、手のひらサイズの磁石を作った。
アニエスは魔法が使えないので、やってみたいもののどうしようもなく、俯いていた。
するとエースが声をかける。
「義姉さん! 出来たよ。一緒にミスリルにあげてみようよ!」
そう誘ってくれ、アニエスはそれに弾かれるように立ち上がり、二人のそばまで行く。
「……あれ? こいつ義姉さんから、もらった途端にめちゃくちゃ食いついてる」
「オスなのかもな、そいつは」
「……性別まであるんですか?」
「いや、……知らない」
ロナ公爵がそんな適当を言うと、ぷっと二人は吹き出し、イライアスも一緒に三人は笑った。
「せっかくだから、このミスリルでエースとアニエスと……あとアレキサンダーのナイフでも作ろうか? エース。もしよかったら何か属性特化型ミスリルダガーも作れるが、何の属性がいい?」
「え……う~~~ん」
エースは真剣に悩みだした。
「アニエスはどうする?」
言われてアニエスは考え、ハッと何かひらめき、イライアスにそっと耳打ちした。
「可能だと思いますか……?」
アニエスが尋ねると、それにイライアスは考え込むふりをするが、すぐに片目を開けてニヤリとする。
「……やってみる価値はあるかもしれない。面白そうだ!!」
イライアスは目をキランと輝かせて同意した。
こうしてミスリルダガーを鍛え直していたら、早朝からずっと作業していたのに、辺りはすっかり夜もふけ、暗くなっていた。
一緒に作業をしてくれたハードには礼をいい、特別手当を渡すと三人は別荘に戻った。
別荘に戻ると何やら屋敷の使用人たちは遅い時間にもかかわらず、酷くあわただしい様子を見せていた。
「将軍や……あと親戚の子達も実は私と一緒に別荘にやって来たんだ。いきなり人数が倍以上になってしまって、使用人達には悪いことをしたよ」
別荘の部屋は余りに余っているので、人数が増えたところで屁でもない。が、世話をする側と迎える側はそうはいかない。
イライアス達も何人か使用人を伴っては来ているが、その使用人同士でさえ色々とルールや伝達事項など一筋縄ではいかず、どうしても空気はバタバタとしてしまう。
「なんだか、マリオンとかがイラつきそうな状況ね」
「クラウディウス陛下とか大丈夫なのかな?」
そう、二人がぼやいていると……。
「おい!」
ふいに声を掛けられた。
アニエスが振り返るとそこには仁王立ちをして不敵な笑みを口もとに浮かべた十四、五歳の少年が立っていた。
その少年はアニエスに向かって……。
「久しぶりだな? ドブス!」
そう声を掛けたのだった。




