62、ロナ家直系の仕事と偽ミスリルの分析
「――義姉さん話を聞いたよ。ミスリルの偽物だって!?」
別荘に戻ると、義弟であり次期ロナ家公爵であるエースが厳しい顔でアニエスたちを出迎える。
「ええ、しかもあんな大通りの大店のミスリルの偽装よ? おそらく憲兵や知事側の贈収賄事件も絡んでくると思うわ……本当に、どうしてこんなことに?」
はあっと、アニエスは頭を抱えた。
「……取りあえず、いつからそんなことがまかり通っているのか今は過去に遡って調べてもらっている。ミスリルは高級品だから、購入した人を調べるのは容易だけど。あのお店の売り上げで偽物を購入した人への返金が間に合わない場合は、ロナ家で補償するしかないでしょうね」
それにエースは眉間にしわを寄せる。
「ええっ!? 何それ……大損害じゃん!」
それにアニエスはくたびれた表情で言った。
「信用は絶対に崩してはならないインフラも同じ。無くすくらいならこれくらいお安いモノよ。……手痛くはあるけど」
ミスリルのナイフは通常、安くとも四頭立ての新品の馬車を購入できるくらいの値段がする。
ものによってはお屋敷が買える値段にもなる。それくらい……非常に高価なのだ。
「それにしてもアニエスはよく見ただけで偽物を見破れたわね!? ……王家にもミスリルの武器はいくつかあって、私も何度か拝見したことがあるけれど……とても見分けがつかなかったわ?」
それに、アニエスはふっと力を抜いて笑う。
「それはそうでございましょう。普通はそうだと思います。私のように実際ミスリルを鍛えたことがある者以外、専属の鑑定人でもない限り、使用してみるまでは、それが本物か偽物かだなんて誰にもわらないものです」
その答えにタニアは驚いた。
「アニエスはミスリルを鍛えられるの!?」
「ロナ家の直系の血を持つ者と、次期跡取りは、九歳になると公爵自らその技術を相伝されるのです! 他言無用の絶対秘の技術として……ですので、私もエースもミスリルを鍛えることが出来ます」
その話に面白そうに乗ってきたのは、アニエスの実兄クラウディウスだった。
「ほお、……じゃあアニエスを帝国に攫っていけば、世界唯一のミスリルの生成の技術を得られるのですね?」
それにアニエスはクラウディウスを睨みつける。
「相伝される際は、他者に漏らさない様に、その秘密を口外に至ろうとした場合、猛毒の呪いで死ぬように最初から縛られています。……ですので、攫っても面倒な死体しか残らない結果に終わりますよ?」
クラウディウスはそれにも、なんだか嬉しそうにする。
「アニエスが死んだとしても私は君を剥製にして近くに飾り、毎日、愛でるだろうが……やはりアニエスにはこうしてその可愛い声や態度で返してほしいですね。それでは貴女にミスリルの秘密を聞くはやめておくことにしましょう」
そう言いながらアニエスの頬をその長い指で撫でる。しかし、アニエスはそれを面倒なハエを追い払うように手で払う。
「気安く触るのはやめて頂けますか? 特にこんなイラついている時に!」
暫く話を黙って聞いていたエースがそこで手を上げた。
「……回収したそのミスリルの偽物……粗悪品はどうする?」
「含有率は低いとはいえミスリルは含んでいるから、出来るだけ中身を回収したいと考えているけど、ミスリルは精製前だって扱いが非常にデリケートなのに、一度製品になったものは果たして鍛え直せるかどうか……こればっかりはやってみないことには……」
「カサンドラに鍛冶場はあったっけ? ……そこはもう調べたの?」
「私もそれについては怪しいと思ってる。……そもそもミスリルの加工は相当の熟練の腕が無いと難しいから、例え低純度とは言えミスリルを含む製品が作られているということは、どこかの公都公認の鍛冶場が何者かによって囲い込まれている可能性が高いと思うの」
「……けどその技術者だって、僕等のようにミスリルを扱う時点で呪いは必ずかけられることになっているはず。……もしこちらが何か、その彼らに非を感じた場合、可能性だけで裁判にもかけずに彼らを処すことが出来るという、絶対契約魔術を交わされているから…………普通そんな呪いを持って詐欺の片棒を担ぐ者がいる?」
「もしかしたら、その彼らは弱みを握られているのかも……例えば家族を人質に取られているとかね?」
「全く、君の現れる所にトラブルありだな。アニエス」
いきなり話に割って入ってきたのはセオドリック王太子その人である。
「……セオドリック様、今は真面目な話をしています。茶化すのは後にしてくださいませ?」
「しかし、知事の贈収賄事件が絡むのかもしれないのならそれは国にも関わってくる。私も話に加わるは正当ではないだろうか?」
「その、規模もまだまだ不確定なのです。……下手に動いてことを大きくするは公爵家にとっては望むところではないので慎重に動きたい。一応、間者は何人かもう放っております」
「用意周到だな」
「ミスリルはロナ家の『心臓』ですもの」
「失礼いたします。お嬢様、お嬢様にお目通りしたいという者が尋ねてきたそうですが、お通しいたしますか?」
「名を伺った? アレクサンダー」
「アルド・デキンスという者です」
「わかったわ。すぐにお通しして」
間もなくアレキサンダーに伴われてアルドという男が応接間までやってきた。
「お初にお目にかかります。アニエス様。こちら回収した一部をお持ちいたしました」
「見せて頂けますか?」
そう言うと、男はテーブルいっぱいに清潔なシルクの敷物をし、その上に恭しく一つずつミスリル製品を並べていった。
その一つを無造作にエースは取ると鞘を抜いて分析する。
「なるほどね……アニエスが怒るわけだ。これは酷いな」
「……それだけで何かわかるのか? エース」
セオドリックの質問にエースは頷いた。
「まずこれはミスリル含有二十五パーセントを謳っているもののようですが……重い。ミスリルはそれこそ純度が上がれば上がるほど手に馴染み、まるで体の一部のように扱うことが出来ます。だから重さはあっても羽のように重さを感じないはずです」
エースはさらに刃先を指の腹に当ててみる。
「そして、指先で歯に触れた際……ほら、切れていないでしょう? こんなに切れ味が悪いなんて普通有り得ない。ミスリル刀は多くの場合、その切れ味は手術に使用するメスにも匹敵する」
さらにエースは柄ではなく、刃の部分を手のひらに置いた。
「最後にミスリル最大の特徴である。『魔力・魔法を破き、切断が可能な唯一の金属』という点において……僕が指を触れた時点で冷たく感じたり、熱く感じたりするはずなんです。ほんとにわずかではありますが……でも、それもこれには感じない。だからこれは、ミスリルと語るには不十分な品だということが、僕にはすぐに分かりました」
さらにアニエスが加える。
「他にもこまごまとした特徴はありますけど、もっと抽象的な話をすれば、……ミスリルはもっと美しいはずなのです。『月の光を集めた剣』と言われるように、ミスリルは本来それくらいの神聖な美しさがあります。……磨ききった銀器より白銀に輝いているはずなのです。だけど、ここにある物は――」
そう言った瞬間。
アニエスはいきなり広げられた敷布の一部を引っ張り乱暴に翻し、偽物や粗悪品のミスリル刀を床にぶちまける!
「醜悪な物ばかりを!! 反吐が出るわ!」
「義姉さん、取りあえず落ち着いて……で、実際にはこうゆうのを扱っている店は何件だったの?」
「はい、二十三件中七件です」
「約三割か……えー、やだなーセオドリック様の御世話になりそうで……」
「おい随分じゃないか、学校の後輩でもあるエース君?」
「果たしてカサンドラだけなのかしら……? お膝元である公爵領でこれでは、それこそ他の土地だったら……」
その時、今まで静かにしていてくれたクラウディウスがつんつんとアニエスの肩をつついた。
「……今度は、如何されました? 陛下?」
「その洗い出し、私が引き受けましょうか? 最悪、国境を越える可能性もあり、年単位で人員を割く厄介な仕事でしょう? ……でも、私なら一瞬で片付きます」
「え゙……!?」
クラウディウスは妖艶に微笑み、アニエスの長い髪を弄びながら楽しそうにする。
「それに今なら、まだ内政干渉にはならないでしょう?」
「そんなことが……可能なんですか?」
「神が出来ることは、私は大抵できる」
何だそれ、カッコいい。
しかし、アニエスはここで眉間にしわを寄せ一瞬言い淀んだ。
「……タダでは無いのでしょう? 条件は?」
「アニエスは賢くて助かるよ」
長椅子の背中に寄りかかり座りながらクラウディウスはにっこり笑った。
「限度はありますが……伺いましょう?」
「そうですね……まず、私がその長椅子に足を開いて座ります」
「はい」
「その間にアニエスがちょこんと座る」
「……はい」
「で、私がアニエスに目隠しをすると『えー?だれかなあア?』とアニエスが言います」
「…………はい」
「そしてしばらく『うーん、うーーーん(汗)』と悩んだそぶりの後……」
「…………………はい」
「ポンとひらめいた仕草を見せ『あ! もしかして私の大好きなクラウディウス兄様ではありませんか??』と言い」
「……………………は…………い」
「私がパッと手を離したら「はは、当たりだ♪」と言うので、最後に『もお! お兄様のいじわる! でも、だーーーい好き♡』と、振り返って私の首に抱き付けばフィニッシュです。……あ、因みに感情込めて丁寧にやらなかったら減点の上やり直しですよ?」
「……………………………………………………あの」
「何ですか?アニエス」
「こんな事は言いたくはないのですが……」
「ふむふむ」
「超〜〜〜〜〜く、だ、ら、な、く、ないですか!!?」
思わず叫んだ。
「ははは、当たり前でしょう? 妄想とはかくもそうゆうものです! ……あ、もし可能なら衣装の指示もしていいですか?」
それにアニエスは、ぐぬぬっとどうしても納得できない表情になる。
「皆さんだってこんなのは、あまりに馬鹿馬鹿しいと思うでしょう!?」
と、タニア、アレクサンダー、エース、セオドリックに同意を求めた。
「「「「………………」」」」
あれ、あれれ?
「……な…………何ですか……その反応?」
「おやおや、もしかして私が関わる云々はともかくとして……ちょっとそんなアニエスも見てみたいかも、なんて……君たちも思ったのではありませんか?」
ギクリッ。
「よし、じゃあまずはこの衣装に着替えて……」
と魔法で出したのが、可愛らしいエプロン付きのワンピース(※ちょっとミニスカート。しましまニーハイ付き)が現れた。
「むだ! 正に才能の無駄の無駄遣いなのですが!?」
「なるべくテイク・ワンで済ませるように、頑張りましょう! まあ、私は演技にはかなり煩いですけどね?」
「まだ! まだやるだなんて私は一言も……!」
「放っておいたら損害額はいかほどになるかな……? それに反比例する信用の失墜がどこまで行くのか……?」
「なっ、ななっ……!」
「しかも、今このカサンドラ公爵領で最大の権限を持つは長子であるアニエス。君ですよ? ………権力を持つ者は等しく責任が伴うものです。この判断で、このカサンドラ及びその他の公爵領の未来が大きく変わってしまうんですね……? はああっ!」
「………!!」
「……で、アニエス? どうしますか」
クラウディウス。ニッコニコである。
「………………」
アニエスは、クラウディウスの手から衣装をふんだくると後ろを向いた。
「……ぜっ、たいに…………ワン・テイクで、終わらせてやる?!」
「あー、あとそれから……――」
「ここからの追加は無し! 追加は無しですっ!!?」
そうして、アニエスはその日クラウディウスの要求を飲み上記の行為に及んだが……結局それは、セブン・テイクまで、及ぶことになるのであった……。
お兄様絶好調で! そして、万能!




