59、【閑話】貴公子の着替えとメイドたちの噂話
「ねえ! 今からカプス山に何人か行ってちょうだい!」
「えーーーーーー!?」
カプス山は、カサンドラの秘湯中の秘湯で、知る人ぞ知る名湯だ。
標高が中々に高く、たぶん重い荷物を持って山中を歩かなければならないため、聞いた使用人たちは一様に渋い顔をした。
「馬車に乗っていいそうよ? ……お願いよ!」
そこで、メイドたちは全員でじゃんけんポイをした。
その結果、専用の側仕え以外のボーイを二名、メイドが十八名が選出される。
言われた通り、確かにギリギリまで馬車には乗れた。だが、結局最後は大荷物を持っての登山である。
「何でよりにもよって……!」
思わず愚痴が出た。
それでようやく、カプス山の秘湯にたどり着く。
そこで待っていたのは……。
世に選りすぐられた美男子達だった!!
御貴族様は、総じて顔の整った清潔な方が多いが、ここにいる方々はその中でも桁違いの極上の殿上人。
思わず拝みたくなる美しい男たちに、メイドたちはポ―――――ッとのぼせ上った。
「本当にまるで大天使様方が、カプス山で集会するために降り立ったよう……」
そうつぶやいたマルゴの相手は正真正銘、本物の王子様。
「よろしく」
(……!! せ、セセ、セオドリック王太子殿下!?)
マルゴは思わず固まった。
だってだって……マルゴは学生だった去年まで、実はセオドリック王太子のブロマイドや記事や姿絵を集める、密かな熱狂的ファンだったのだ。
けれどそんなマルゴも就職にあたって、いい加減、社会人になるのだから……いつまでも学生気分じゃいけないわ!! と、上京する時に、それらは全て実家に置いてきている。
これを後々まで引きずるほど、実はひどく後悔をしていたのだ。
それが、何の因果か今……彼女の目の前に本物がいるではないか?!
しかも、そのお方のお着替えを手伝うために………!!
まずは、時計や指輪、帽子などの装飾品を預かってからネクタイや手袋、上等な上着、ベスト、シャツと脱がせ預かっていく。
(あ、ああ……神様!!)
ついに最後の下着まで預かってしまった。
目の前には国営美術館のメインを飾るにふさわしき、引き締まった背の高い肢体。
宝玉の様な玉の肌の憧れの人が立っている。
……マルゴは思わず膝を折りそうになった。
「礼を言うぞ?」
セオドリックはそう爽やかに笑って言うと、湯へと浸かりに行った。
マルゴはこの時、ロナ家にメイドとして就職して本当によかった……!! と思わずむせび泣く。
しかも気付けば鼻の毛細血管が破裂して、鼻血をダラダララと流していた。それを慌ててハンカチでおさえる。
そうして一端後ろに下がると、そこにはセオドリックの護衛が何人も控えていた。
(!? やはり、あの方は本物なんだ……)
マルゴは、その物々しさで改めて実感する。
貴人たちの個人的な話が聞こえないくらい下がると、仲間たちの一部もそこに控えていた。
「誰の担当だったの……?」
「……アレクサンダー様。あの方、本当に恐ろしいほどの麗しくて、羽根が見えそうなほどの清らかさだったわ!」
「私はノートン様! 控えめで野に咲く花のような方だけど、笑うと朝の風を連れてくるの。しかも実は脱ぐとものすごいのよ? あんな腕に抱きしめられたいっ……!」
皆一様に深い感嘆の息を吐いた。
「あんな方々に、愛されるご婦人やご令嬢はどのような方なのかしらね?」
「あんな方々に見つめられたりしたら、それこそトキメキすぎて蒸発してしまいそうだけど……?」
「うちのお嬢様は、よくあんな方たちと冗談の掛け合いができるものだわ……慣れるとそういうものかしら?」
「ああ、……お嬢様は髪もアレクサンダー様や、エース様に結ってもらうみたいだものね?」
「えーーーー! 何それ羨まし過ぎる!!」
「けど……ここだけの話、そのお二人はかなりお嬢様にご執心なご様子じゃない?」
「私はカサンドラで就職したから、お嬢様にお会いしたのは初めてだったけど……不思議なところはあるけど……気さくで良い方よね。うちのお嬢様って? わたし前は中流家庭のお医者さんの家のハウスメイドをしていたけど、そこのお嬢様はもう……それはヒド〜く気取っていて、メイドなんて人間とすら思われてなかったわよ!?」
「普通は大体そんなもんよ。私達なんてアッチからすれば透明人間なんだから!! ……でも、ここのお嬢様は会えば絶対に自分から挨拶してくださるし、何かすればお礼を言われるし、ちょっとしたことも心から褒めてくださるでしょう? ……本当に些細な頑張りまで気付いてくれるのよ!」
「……やっぱり本物のお嬢様ってのは、中流のそれっぽくしているお嬢もどきとは格が違うのよ! 育ちが良いからかしら? よく目が行き届いてるけど、『監視』されてるというより人間観察が好きみたい。……だって決して、こっちに不都合になることや、余計なことはおっしゃらないんだから!」
「セオドリック王太子殿下も今回の休暇をご一緒だけど、……やっぱり、お嬢様とそういう仲なのかしら!?」
「えええっ!! そうなの!?」
「私、実は前にお二人が中庭で一緒に蛍を見ていたのをチラリと見てしまったのだけど……あれは絶対に何かあるわよ? お嬢様が王太子の手を取って……」
「いやああ~~~聞きたくない~~~!!」
「マルゴは王太子殿下のファンだものね? でも、あれは、どちらかというと王太子殿下の方がお嬢様に入れ込んでいるわね。残念ながら……」
「じゃあ、それだけの貴公子と王子様に思われているお嬢様はいったい誰が本命なのかしら?」
「……やっぱり、アレクサンダー様じゃない? 随分信頼しているし、一時は部屋の鍵すら、アレクサンダー様に渡していたわよ?」
「えーーー? エース様じゃない。だって気が合うしじゃれ合うし……この間もお嬢様が本を読んでいる膝を枕にしてエース様が本を読んでいたんだけど、まさに理想のカップルだったわ?」
「いやいやいや……マルゴには悪いけど、私はセオドリック様を推させてもらうわ! だって、なんだろう……喧嘩してるけど、はたから見ているとイチャついているようにしか見えないのよね? あのお二人……。お互い言いたい放題なんだけど、ああ、この喧嘩のあと、きっとすごく盛り上がるんだろうな……みたいな?」
「そんなわけ無いでしょう〜、やめてよ馬鹿~!?」
マルゴは思わず両耳をふさいだ。
「……私は、お嬢様はタニア様が本命だと思うわ」
え…………?
思わぬ名前に、皆がそう言うメイドを振り返った。
「だってお互い信頼し切っているじゃない? お部屋も隣だし、水着やドレスだってお揃いで作ったりするもの! いつもは、おっとりしているタニア様がお嬢様のことになると勇ましくなるし……お嬢様だって、いつも『タニア様が!』『タニア様は?』と慕っていて、正直どちらかが異性だったら、とっくに婚約していると思うわよ!?」
という言葉に、た……確かに……!! と皆が納得した。
もう、あの二人はどこからどう見てももう相思相愛なのである。
「言われてみれば納得だわ!」
「確かに他のお相手より一歩前に出ている感はあるわね……?」
「思わぬダークホースだわ!」
メイドたちは頷いて、お互いの顔を見た。
しかし、そこで声が上がる。
「でも、あの噂知ってる……? エース様とタニア様との婚約の話が上がっているっていう」
「あ、私も聞いたそれ! ……でもそれ本当なの?」
「どうやら本当らしいわよ? ねえ、それってでも当人達の心情としては……かなり複雑よね??」
「とくに、お嬢様はいったいどう出るのかしら?」
それは誰にも予想がつかなかった。
その時である。
メイドたちの頭上に素早く光るものが走り、一瞬流れ星のようにキラめいて見えた。
「……何今の?」
そう発した次の瞬間。
大きなキツネがこちらを駆け抜けた! と思ったら、それは人の姿をしていた。
「え……お嬢様ぁ!?」
それはすぐまた風のように姿を消す。
今のはいったい……?!
それに他も気付いたようで、一糸まとわぬ貴公子たちが数人こちらまでゾロゾロとやってくる。
まるで、ダビデ像のごとき素晴らしき裸体に、メイドたちは一気におしゃべりを止め、一心に凝視してしまった。
「……あれは、お嬢様ですよね?」
「いったい、また何を……」
「大体の予想はつくけれど……こっちももう上がって様子を伺うが、良いかもしれませんね」
そう言い、貴公子一同はメイドたちを見る。
「……と、いうわけで着替えたいんだが、今いいかな?」
それにメイドたちは、それこそ我先にとお互いを押し退け、へし合い、突進するように駆け寄るのであった。
おしゃべりに夢中のメイドたち。
恐らく、お屋敷のようなお目付け役がいないため、私語が多いです。
ところで、アレクサンダーは別荘のお屋敷で指揮もしているのに裸を見られてやりにくくなりそう……。




