56、四天王はその内の二人とヴァルハラ帝国の今。
超大帝国ヴァルハラはその居城を空に浮かべ、周りからは大きな滝がいくつも流れている。
どうしてそうするのが可能なのかは誰にもわからないが、このような魔法をこの城に施したのは、現皇帝クラウディウスⅠ世だ。
クラウディウスは万能な自分の能力に、限界はないのかと常に研究と探求をしており、日々膨大な仕事に加えて数々の書籍や古文書も読み漁っている。
また時にその結果が、世の法則性を大いに無視するのも決して珍しくはなかった。
「相変わらず、あの方のお力には驚愕せずにはおれませんね」
そう言うは濃いビリジアン色の髪に、黒の瞳の宰相のシュバリエだ。
「ふふ、そうですか? まあ、珍しい魔法ですからね」
そう応えるのは、何とここにいないはずの皇帝クラウディウスその人である。
「完全なる自分のコピーを二十四時間、実体化し続け……しかもそのコピーは意思を持ち、はては魔法まで使えて、今こうして自ら影武者として玉座に座っている。神殿や教会連中が皇帝を異端審問へと騒ぐのも頷けます。本当、神様っているんですね? うちの陛下のことですが……」
そう言うは、赤褐色の短い髪に明るい緑の瞳の第一国防将軍アナトスだ。
「アナトス、そういうことは大きな声で言うのはよしなさい? 神殿や教会を刺激しても面倒なだけですからね。それより新作が出来上がりました。本体が本人に久々に会いましたから今回は力作ですよ?」
そうしてコピーが二人に見せたのは、まるで、ア〇タ―の看板商品のような素晴らしい出来栄えの妹フィギュア『アニエス』である。
「……やはり凄すぎる人って、どこか歪むっていうけど本当ですね」
アナトスが言うと、シュバリエが頭を抱えて答えた。
「皇帝は近親婚も特例として許されていますが、それも相手が皇帝に負けず劣らずの魔力の持ち主であることが条件だと……あの方もわかっておいでのはずなのに!」
「まあ、いいんじゃないですか? レティシア様でもなかなか子供が成せないくらいじゃ……ほぼほぼこの世の女で、陛下の子供を成すことが出来る者など皆無だと思いますよ?」
「それでは困るのです!! また先のような後継者争いになれば陛下がV字回復し、歴代最高の力と豊かさを得て栄華を極めしこの国が、また未曽有の危機にさらされてしまう。……何としても陛下の血を分ける御子が必要です!」
コピーが二体目の違うポージングの妹フィギュアを完成させようと手を動かす。
「皆、本当にせっかちですね? ……大丈夫、本体はアレでもちゃんと色々考えています。シュバリエの懸念解消を含めてね? はい出来た」
出来上がった二体目の妹フィギュア別バージョンも『神いぃ!!』な出来栄えである。
「引き続き国を頼みます。今ここを守る四天王のお二人さん。国民も三年に一度の大祭を楽しみにしていますから、そちらもつつがないように……まあ、準備はするだけしてきましたが」
「そうお思いでしたら、ご本体がお残りになるべきでは?」
「三年後はアニエス本人をこの国に呼ぶから、私もちゃんとそこにいますよ。だから今回は大目に見てくれくださいシュバリエ?」
「本当、妹君の事になると見境が無くなるのですから……四年前にあんなことをされた時は、相当に肝が冷えました」
四年前アニエスが九歳の時。初めて会ったクラウディウスはあろうことかそんな子どものアニエスにディープキスをかまし、しっかりアニエスのトラウマになった過去があった。
「でも私は正直、妹君と出会った後の陛下の方が、
とっつきやすくて親しみが持てるようになったので好きですけどね? 仕事も楽しみが出来たからか以前よりバリバリとこなして、今までの三倍をこなすようになったし」
アナトスがすかさずフォローを入れる。
でも、実際クラウディウスはアニエスに出会って変わった。
それが最も分かる指標として、国民の反応がある。
それまで国民は、クラウディウスをひたすらに恐れ、畏怖の対象としていた。
それが四年前からその人気は徐々に高まっていき、現在に至っては国民の七、八割が皇帝陛下の熱狂的大ファンという有様だ。
「~~そうですが」
「それに変に隠してないから妹君のグッズまで最近は街で売られています。中には二人の仲を応援している国民までいる。……流石に少数派ですけどね」
「そこは全力で隠して頂きたかったですがね!? ほんとう第一皇帝妃であるレティシア様が、出来た方で良かった」
「レティシア様こそ、陛下のファンクラブ会員ナンバーワンって感じですよ。 『陛下が好きというのなら、私もそれを全力で愛します!!』って感じの筋金入りの……まあ、あんな足腰立たなくなるほど毎晩毎晩、骨抜きにされたら夢中になるのも頷けます」
「お言葉が過ぎますよ!! アナトス!」
「ただ怖いのは他の妃たちですね。特に、第十九、二十位の妃は、いつその地位を追われてもおかしくないですから必死でしょう。陛下の通いもどうしても滞りがちになりますから……」
七百名いる妃の中でも、実際に皇帝の禁城付近に部屋を与えられた妃二十名は別格とされている。
しかもその二十名は最後の皇帝の砦として高い魔力を誇り、高位魔法の使い手で最終皇帝親衛隊でもあった。
ゆえにその高い地位を守られているのだが、十九、二十位辺りはどうしても変動が激しい立場にある。
第七位まではそれこそ別格中の別格で、ほぼ不動の地位にいるが……それから下は、魔力魔法能力共にその差は僅差の場合も多く、さらには二十位以降の押し上げが常にあって、その地位を虎視眈々と狙われていた。
政治への参政権に、毎月支給される多額の生活維持費に美容服飾費や遊興費。将来の年金。
それから皇帝自ら妃の細胞劣化と老化を魔法で止めて、半永久的に若く美しくいられるという、特別特典付きである。
つまり最高二十妃は、まさに特権階級中の特権階級。これだけのメリットがあって望まぬ者はまずいないだろう。
さらに皇后にでもなろうものなら……。
これで皇帝の子を簡単に成すことが出来るのなら、第十九、二十位にも一発逆転もあったのだが……アナトスは続ける。
「後宮の問題は常に城が抱えている案件ですが……。しかし規模が大きくなり過ぎた今は、無くすのも容易ではないですからね」
宰相であるシュバリエは正直、後宮などさっさと解体してしまいたいが、それは相当激しい反発が予想された。
だから、クラウディウスもあえて後宮については何も言わないのである。
アニエス以外の女には、ほとんど興味などないにもかかわらず……。
「二十位までの妃は後宮からの外出も魔法を結ぶか、皇帝陛下とご一緒であれば可能です。ですが、今回はレティシア様だけ連れられ、カサンドラに赴いたのも、その妹君への懸念があるからでしょう」
シュバリエはギロリとアナトスを睨む。
「本当に貴方は見かけによらず下世話な話が好きですね……。いいから仕事に戻ってください!」
アナトスは「へーい」と返事をして、行ってしまった。
「まったくもう……」
一人残されたシュバリエはコピーへと近付いた。
本当に精巧で本人が今そこにいるようだ。
金の流れる髪と長い睫毛に彩られたアクアマリンの明るく輝く瞳。
太陽神の異名を持つその美貌をシュバリエはじっと見つめる。
この方に数多くの女達がその腕に抱かれている。
「女達がどれも貴方様の子を成せないのなら……」
初めてお会いしたのは彼が七歳の時だった。
子供でありながら、クラウディウスの圧倒的な存在感に、当時七歳上の十四歳だったシュバリエは衝撃を受ける。
強く、美しく、誰より気高い。
それを彼は七歳にして体現していた。
礼儀正しく周りへの配慮は常に完璧であったが、彼の瞳はいつも何物も映さない。
周りに願われたことに彼は他の願いとぶつからない限り、どんなことでも『否』を唱えたりしなかった。
だから、年頃になった際には言われたままに妃を娶り関係を持っている。
しかしその瞳に愛などというものは基本一切なかった。
シュバリエはそのことに、事の他自分が安堵し、喜んでいることに衝撃を受けた。
それで気付いてしまったのだ。
「……私でも良いのでは?」
自分がいかにこの青年皇帝に入れ込んでいる事実に……。
性別を超え、抱いてはならない想いを抱いてしまった。
だが、このような相手を想ってしまったらどう気持ちを止めることが出来ようか?
チラリと、コピーの手元に立った妹フィギュアに目を落とす。
兄妹だけあって見た目はなかなか似ていると思う。
しかし、彼女は『魔力無し』で、それこそ言葉の通り『月とすっぽん』だ。
その差は地上空間を飛び出している。
なのに、まさか「月の方がすっぽんに恋焦がれる」とは誰が予想できただろう。
「私は行かなくて済んで、本当に正解だった」
皇帝陛下のそばにいられなくて辛くはあったが、果たしてその何も映っていなかった瞳に、彼がアニエスだけを映しているのを見て、今度こそ自分は耐えられないかもしれない。
隠しおおせても、骨身を切るような苦しみに悶えたに違いない。
「陛下……我が唯一の太陽」
シュバリエは皇帝陛下のコピーに口づけをした。
このコピーは意思はあっても単独であり、受信はしても本体とは繋がってはいない。
「何の真似だ……シュバリエ?」
コピーが無表情にシュバリエに問う。
「申し訳ございません陛下。私は陛下のことをとやかく申し上げられない程に……狂っているのでございます」
コピーはそれ以上の言及をシュバリエにはしなかった。
シュバリエが、今度は妹フィギュアをみつめると、ビキッと最初に大きくひびが入り、そのあとはまるで圧縮機にでもかけられたように、めっしゃっと上下から潰され粉々に粉砕する。
その塵をコピーは悲しそうに見つめた。
「陛下、私が妹君を壊さないように……どうか妹君と間違いがございませんように」
突然のBL




