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アニエス嬢はご苦労されてます  作者: ちゃ畜
デビュタント
5/227

5、写真撮影と三人のドラゴン ※あとがきに【おまけ閑話】あり

「お嬢様、手袋はこっち……いいえ、こちらの方が――」


 アニエス専属の侍女が、写真撮影の直前まで細やかに身支度を整えている。


 だが当の本人は、朝から続く……テニス、謁見準備、そしてデビュー本番――。

 すべてを終えて仕上げに甘い物まで食べたせいか、今は椅子にその身を沈め、うつらうつらと舟を漕いでいた。


「……お嬢様。起きてください。あと少しです」


 そう言って彼女の肩に手を触れたのは、銀髪の少年だった。


 赤と碧が交差するアレキサンドライトの瞳。

 恐ろしく整いすぎたその顔立ちは、見る者が膝をつき、その奇跡に畏怖し、早々に信仰と布教を始めても何ら不思議ではない。


「……アレクサンダー……でももう……瞼が……」

「この有様なら、さっさと負けるのが正解でしたね。申し訳ありません」

「は!? 何それ? それしたら絶交だからね!!」


 一気に覚醒したアニエスが思わず噛みつく。


「貴女は今日から成人でしょう。……子供ですか?」

 

 呆れたように肩を掴み、軽く制止される。

 

「だって今日も手加減したでしょ! アレクのばかー! 超美人!」

「怪我をされたら困ります」

「……しないわ!」

「いやいやテニスコートの地面に、ボールの焦げ跡が模様になってたよ義姉(ねえ)さん」

「エース、どっちの味方よっ!?」


 そこに割って入ったのは、もう一人の少年。


 虹色に輝く黒髪、吸い込まれそうな青紫の瞳……。

 アレクサンダーが光の美を体現するならば、彼は心や精神まで全て奪う、深き闇を現す美貌だった。


「まあまあ。今日は義姉さんの晴れの日なんだからさ!」


 この二人が並ぶと、空間そのものの“美の平均値”がぶっ壊される。


 そう……絶賛されていたアニエスの美貌が、うっかり背景と同化すほどに……。


 そんな二人はアニエスが屋敷へ戻ってからというもの、ぴったりと影のように彼女のそばを離れない。


 銀髪の専属従者――アレクサンダー。

 アニエスと同い年でありながら、常人の域を超えた魔力を持ち、近く名門子爵家の跡取りとして迎えられる運命にある少年。


 そして、義弟のエース。

 同じ年に育ち、同じ時を過ごし、やがてロナ公爵家を継ぐ者として迎えられた少年であり、その魔力もまた規格外。


 当たり前のように三人はずっと一緒だった。

 幼馴染み、姉弟、悪友で戦友――その全てを担う特別な関係。

 何をするにも相手のことなら阿吽の呼吸ですぐに分かる。

 

「俺はさ、いつだって義姉さんの味方なんだよ?」

「ウソ。恋人ができたら、私なんてすぐ後回しになるくせに!」

「ならない。義姉さん以上に好きな人なんて、この世にいないもん」

「……そんなの、ある日突然変わるものよ。朝起きたら、って」


「……お嬢様。僕も最優先は常にお嬢様です。目を離したら何をしでかすかわからない貴方を放って、他の女性を見る余裕など……一生ありません」


「ええ……ちょっと、二人とも? それ、優良で健全な男子としては、だいぶ人生の迷子になっていない?」


 大切にされているのは、嬉しいし理解もする。

 けれど姉として、主人としては、その返答はちょっと不穏で胸がざわついた……。


「はあー……義姉さんは、本当に何もわかってないよね?」

「ええ。致命的なほどに……」

「え、何なに、ひどいわ! 今日の主役は私よ? これでも一応!」


 ふてくされた声に、二人は顔を見合わせ、どこか余裕があり実に楽しそうだ。


「ほら、前を向いて。もう限界でしょ?」

「撮影が終わったら、すぐ寝ましょう。子守唄ならいくらでも」

「……どうして、いきなり子供扱いなの?」


 文句を言うが、実際にこの眠気には抗えない。

 アニエスは素直に背筋を伸ばし、カメラの方を向いた。

 その瞬間(とき)――胸で、何かがほどける。


(……そうだ。私たちは、ドラゴニスト)


 そう簡単に恋をして、簡単に未来を選べる立場ではなかった。

 アニエスは『魔力無し』で不人気だからあまり考えなくてよいとして……二人は人気者ゆえに、きっと将来、迷うに違いない。

 十二歳の時から、この三人は“竜”と共に生きている。

 祝福されし力と、逃れられられない檻。


 自由はある。

 けれど、未来――特に“結婚”という選択には、必ず影が差すだろう。


(それに巻き込んだのは―――他でもない私)


 だからこそ、アニエスは心の中で二人に謝罪せずにはいられなかった。


 やがて撮影は、三人で、個人で、家族で、使用人を交えて滞りなく、満足のいく形で終わる。


 その後の賑やかな祝いの夕餉も終わり、笑い声が遠ざかると、屋敷には夜だけが静かに残された。


 その頃――。


 湯浴みを終え、薄い寝間着に着替えたアニエスは、一度だけベッドに身を沈める。


 ごろん……ゴロンゴロン。


 だが、なかなか眠りは訪れなかった。


 今日一日、胸に溜め込んだ想いが、どうしても暴れて静まらない。


「………………」


 デビュタントとなった今夜から、彼女は社交シーズンのあいだ、王都のロナ家タウン・ハウスで過ごす。


 本来なら、エースとアレクサンダーはすぐに学校のへ戻るところだ。

 だが今夜だけは特別に許可を得て、この屋敷に泊まっている。


「…………よし」


 それを知るアニエスは、そっとベッドを抜け出した。


 向かった先は、アレクサンダーの部屋。


 扉に耳を当てると、静かな声が二つ届く。

 うん。予想通り、二人は課題に取り組んでいるらしかった。

 アニエスは軽くノックをする。

 扉が開き、室内の灯りが廊下に流れ、光の線になった。


「……やはりお嬢様でしたか。こんな時間に、レディが男の部屋へ来るなど――!」

「エースもいるのでしょう? 少しだけ、お話がしたいの」


 しばしの沈黙のあと、アレクサンダーはすっと奥へ引っこみ、戻ってくると、厚手のガウンをアニエスに向けて差し出す。


「……着てください。でなければ入れません!」

「初夏よ? 暑いわぁ!」

「……変に襲われるよりはマシです」

「ええ? 恐ろしい野獣でも飼ってるの?」

「まあ、一柱は身内にいますね……だけど問題はそっちじゃない!」


 有無を言わさず羽織らされ、細い腰に帯が二重に結ばれる。

 その仕草はわざと粗野にぶっきらぼうだったが、なぜか彼は少し緊張しているように見えた。


「これで、いい?」


 くるりと回り、軽く上目遣いで尋ねると、アレクサンダーは視線を逸らしたまま赤くなり、すぐには答えない。


 ……とりあえず、これは拒絶ではないと判断しよう。

 アニエスは都合よくそう結論づける。


「お邪魔しまーす」

「は〜い……次回からここは立ち入り禁止でーす!」

「……えー、エースもいるのに?」 

「まあね? そのかわり俺の部屋はなら大歓迎だよ!」

「……却下だ、ド阿呆!」


 アレクサンダーがエースのその計画を阻止した。

 軽くじゃれ合う二人を横目に、アニエスはアレクサンダーの使い慣れたベッドにギシッと腰を下ろす。


「椅子に――」

「どっちも同じだわ。それに、アレクサンダーの匂いがして落ち着くんだもん」


 アニエスがそう言ってベッドに身を預けるだけで、空気が変わった。

 無防備に目を閉じ、呼吸に合わせてその胸が上下する。 

 その姿が周りの心拍にどう影響するかなんて彼女は知りもしない。


「……本題を話すね」


 そして、彼女が再び目を開くと、唐突に話がはじまる。

 その声は驚くほど静かだった。

 

「ごめんなさい。私のせいで……無理にドラゴニストにして、自由を奪って」


「「……」」


「償えるだなんて思ってない。……でも、私に出来ることなら何でもするつもりなの。私は今日から大人なのだから、多少のどんな無理だって――!」


 覚悟ゆえに……言葉が詰まる。


 灯りに透ける白金の髪。

 化粧を落とした素肌は、むしろ危ういほど鮮やかで……潤んだ瞳が、まっすぐ二人を見つめる。


 ――無自覚な献身。


 それが、最も危険を(はら)んでいた。


 アニエスの言葉にそんな含みは無いと二人は知りつつも、体温が勝手に上昇する。

 喉が渇き、心臓が耳のすぐ横で激しく打った。


「……お願い。言って?」



 長い沈黙。

 けれどやがて、エースが大きく咳払いをした。


「あー……アニエス。忘れているようだけど……俺たちは勝手について行ったんだよ?」


 エースがアレクサンダーをチラリと見ると、アレクサンダーも同意して(うなづ)く。


「そうですよ。責任を背負うのは、だから当然の僕らの役目です」


「でも、人質になるって言ったのは――!」


「それも正解でした。隠し続けるなんてきっと出来なかった」


「そうそう。今の方が、なんだかんだお気楽で自由だしさ?」


 重なる言葉に、アニエスは何だか拍子抜けしてしまう。


「二人とも私に甘すぎるよ……でも……そんなのは……やっぱり」


 そう言ってアニエスは立ち上がり、息を一度大きく吐いて床を見つめてから顔を上げ、ぐっと胸を張った。

 また息を吸っていよいよ口を開く。


「なので、改めてここに宣言いたします! 何かあったら、無理難題、何時(いつ)でもこのお姉さまに………任せなさい!?」


「「……」」


 宣言のあと、(しばら)くの間をとって返ってきた返事は……。


「……ポンコツが何を言ってるんですか」


「もうちょっと“大人しく”しようね? “大人“なだけに……」


「二人とも全然、本気にしてないでしょう!? ひっど〜いっ!!」


 こうして最後に三人の笑い声だけが、夜の星空に小さくこだました。





◇◇


 ――いつからか、時と万物を司る神に等しき存在、それを皆が“竜”と呼んだ。


 また、かつて彼らと契約した伝説的な人物を人々は畏敬の念を持って『ドラゴニスト』と称した。


 その『ドラゴニスト』に……たったの十二歳で至る“人類最終兵器”とも呼べる少年、少女等こそ、このアニエス、エース、アレクサンダーの三人。


 自ら望み、彼らは“国家の人質”となる。


 そんな三人を軸にした、“恋と呪いと青春”の数奇なる運命……それをこれより最初から振り返りたい。


 それでは……この壮大なる竜たちの物語のはじまり、はじまり!

 

 

 十六歳の彼らはいったんここでお別れ。

 次回からはアニエス達が十二歳の頃からのお話がスタートいたします。

 







 





【おまけ閑話・写真の仕上がりとアルバム整理】 


 エースは現在、深刻な顔でテーブルを睨んでいた。


 そこには――先日発売された、デビュタント特集一面飾りの新聞が三社分。


 そして、それとは別に、屋敷で正式に撮影された写真の束と、それを整理するためのアルバム。


「……うーーーーーーーん」


 唸り声は、完全に悩める男子のそれである。

 そこへ、多目的室に用があって通りかかった寄宿学校の学友が声をかけた。


「おーいエース! どうしたんだよ? 珍しく険しい顔して」

「ああ……うん……ちょっとね」

「あ! その新聞、俺も見たぞ! すごかったよな! アニエスさん!」


 学友は親指を立てる。


「めちゃくちゃ綺麗だった! 正直、見た瞬間二度見した!」

「……だよね?」

「いや、ほんと。ロナ公爵家、恐るべしって感じ」

「……だよね?」


 エースは何度も頷く。


「ははは……っていうかさ、相変わらずの超シスコンぶりだな?」

「いや、今回はそういう話じゃなくてさ……」

「え? じゃあ何?」


 学友がテーブルの上に視線を落とす。


「……で、そっちの写真の山は何?」

「これ」


 エースは無言で、屋敷で撮られた写真を数枚、すっと差し出した。


「……ん?」


 学友は写真を見て、首を傾げた。


「…………何だこれ?」

「だろ?」

「え、もしかして『コレ』……アニエスさん?」

「うん」


 学友は写真をひっくり返し、もう一度見る。


「……全部、半目じゃない?」

「うん」

「顔色も、なんか……やたらと悪くない?」

「うん」

「……え、待って。まさか……」


 エースは重く頷いた。


「全部、これなんだ」

「ぜ、全部!?」


 学友の声が裏返る。


「いやいやいや!? さっきの新聞と全くの別人じゃん!?」

「それなんだよ……」


 エースは頭を抱えた。


「何であの人、隠し撮りとか自然な写真だと完璧なのに……」

「……」

「かしこまって“撮られてる”って意識した瞬間、こうなるんだろう……?」


 写真の中のアニエスは、どれもこれも絶妙に眠そうで、微妙に力が抜けていて、姿勢も真っ直ぐなはずが歪んで不安を誘い……ひたすら残念で――でも、妙な愛嬌があった。


「意識しない方が美人って、どういう仕様なんだよ……」

「……いや、それはそれで可愛いと思うけど?」

「まあな?」


 エースは、ふっと笑った。


「こう……完璧じゃないところがさ?」

「……」

「ほんと、うちのアニエスらしいっていうか……愛おしいというか……?」


 そう呟いてから、ふと別の写真に目を落とす。


「……あれ?」


 よく見ると――写り込んでいた母親の写真も、どこか同じ雰囲気だった。


「……え」

「なに?」

「ちょっと待って……もしかして、この“残念さ”って……」


 エースはゆっくりと顔を上げる。


「……遺伝?」


 学友は吹き出した。


「ははは! そんな馬鹿な――」

「いや……」


 エースは真剣だった。


(昔から薄々思ってたけど……)



 神の愛玩人形。

 幻影の佳人。

 妖精の王と謳われるエルフの血筋。


(……もしかして、エルフって……)


 やっぱり……実はかなり『致命的に惜しい』種族なんじゃ……?


 エースは一瞬黙り、頭を抑え、フルフルと振り、失礼な考えをいったん外へと追い出す。

 そしてエースは一呼吸つくと、改めて新聞を見て、その一面をそっと撫でた……。


「……まあ、どんな顔でもさ」  

「?」

「俺にとっては、一番可愛いんだけどね……」


 そう言って、少し照れたように笑う。

 学友は肩をすくめた。


「はいはい、ごちそうさまでした!」

「なにが?」

「え……まさかの自覚無し!?」


 こうしてエルフが多大に失礼な疑惑を抱かれつつ……エースによって写真は丁寧に、まるで壊れ物を扱うように、アルバムへと収められたのであった。

 

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