48、【閑話】ヤング・レディーズ・メイド、コーラから見たデビュー前(※2話直前)
こんにちは、覚えている方がどれ程いるか……些か心配でございます。
私はロナ家アニエスお嬢様付きの日常のお世話をする特別な上級使用人。
……いわゆるヤング・レディーズ・メイドをさせて頂いてます。コーラと申します。
どうか以後、お見知りおきを!
すっかり、アニエスお嬢様と言えば十二~三歳の少女という感じになっている今日この頃……。
今回は時間を進めて十六歳の社交界デビュー目前の十五歳のお嬢様のお話をさせていただきます。
一般に社交界デビューをしたご令嬢は、そこから成人という習わしになっております。
そして、成人すると舞踏会や晩餐会への参加が許され……それら様々な目も眩むような華々しい催しの中で、将来の伴侶を探すことになるわけでございます!
つまり『デビュー』イコール婚活スタートというわけです。
お嬢様も例外ではなく、王宮での行儀見習いを経てお屋敷に戻られてからも、毎日、花嫁修業に明け暮れていらっしゃいます!
……とはいえ貴族のご令嬢ですから、一般の料理や家事と言った花嫁修業はいたしません。
なにせ、そんなことを本来一生涯することが無い御身分ですからね?
だから、貴族のご令嬢の花嫁修業はその美貌を磨いて、知識や教養を身につけ、習い事に明け暮れるというのが常なのでございます!
「まあ、お嬢様、王宮ではハープを弾けるようになられたのですか!? 流石は名誉ある王宮宮廷行儀見習いですねー!」
上流階級のお嬢様は、王宮で行儀見習いをしていたとなると価値を数段、上に見てもらえるほど周りからは高い評価を得られます。
そのため年々、入るための競争の倍率はかなり過熱しているようでして……。
でも、いざその高倍率を勝ち残り王宮に入ったとしても、恐ろしい女社会に過酷な軍隊を合わせたような厳しさから、一年後には四分の一以下に大きくその数を減らしてしまいます!
ですから、お嬢様のように三年以上勤めあげたとなればもはや快挙なのです!!
もちろん、私はアニエスお嬢様ならそれも当然だと思いましたがね? フンスー!
魔力も無い貴族失格令嬢とお嬢様を馬鹿にする方も多いですが……冗談じゃない。
私はお嬢様こそ貴族令嬢の中の貴族令嬢……トップオブ令嬢だと思っておりますよ!?
……確かに破天荒なところも多くお見受けできます。
けれど、きちんとTPOはわきまえ、そのような場に立てば、その場においてお嬢様以上の振る舞いを出来る方は、そーうそうはございません!!
生まれついての育ちの良さや気品に加え、王宮で磨きに磨かれ洗練された立ち居振る舞いは、それだけで注目の的と言えるでしょうっ!
「別に、王宮での科目にあったわけでは無いのだけど、可愛がってくださったアナスタシア様がハープの名手でいらしたのよ。それで、ご親切にも私にも惜しみなく熱心にお教え下さったの……」
そう言ってつま弾くハープの音にため息がこぼれます。
なんて胸に迫る音色でしょう?
「あ、お嬢様、連絡が遅れてしまい大変失礼いたします。王宮から今朝お手紙が届きました」
それにお嬢様はハープを弾く手を止め、手紙を受け取りました。
「セオドリック様からだわ……いったい何かしら?」
ペーパーナイフをご所望したためお渡しすると、封を開け中をチラりと見て、ああ、と合点がいったよう。
「何が書かれていたのですか?」
「本日、こちらに御用があって来られるみたい」
そう言ってお嬢様は、さてと……、といった感じでまたハープにさっと向き直り、引き続き熱心に練習を致します。
「……王太子様が参られるのに、お嬢様はすぐに準備をされないのですか?」
「ええ、準備するものなんてないもの」
はっ!? それには私もとても黙っていられません!
「お嬢様! わざわざ訪問されるお客様に……それも王太子殿下に、そのような普段着で会わせるなど……例え天が許しても私が許しません!! さあ、今すぐ湯あみいたしますよ!?」
「ええ……でも非公式の訪問だし、よく見知った方だし、そ」
「言い訳は結構!!」
そんな私の激しい剣幕に、お嬢様はすぐに、……はいっ、と了承してくださいました。分かればよろしいんです! 分かれば!!
セオドリック様が訪問されるまで、あと六時間……完璧に仕上げなくては……!
そして約束の時間ぴったりにセオドリック様が屋敷をご訪問となりました。
旦那様の執事であるアーネストさんが応接間に、セオドリック様をご案内します。
「セオドリック様、お久しぶりにございます」
肩を出し、袖がクリオネのようにひらひらとしたレースを重ねた上品な絹のドレスに身に纏い、髪は柔らかく上を結い、垂らした後ろの髪を肩の片側に流したお嬢様のその姿は、艶やかそのものです。
お嬢様はすぐに殿下に席を勧めると、フットマンにお茶を用意させたました。
今回アレクサンダー様は学校があるため、他の者が給仕しているのです!
「早速ですが、私の個人事業にご出資とご依頼下さいましたこと、ありがとう存じます」
アニエスお嬢様はそう言い、殿方がグラッと来るような、ちょっと小悪魔っぽい微笑みを見せます。
最近、お嬢様は富みに薫るような華やかさが出てまいりました。
しかもそんな手の届かない高嶺の花のように見せておきながら、どこか、つけ入れそうな所があるというかなんというか……。
デビューを控えている御身のため、正直むやみに殿方を刺激しかねないそのご様子には周りはハラハラいたします!
はたして、ご本人はわかっておいでなのか?
「君のために出す金に惜しい物などない、気にしないでくれ」
そう言うセオドリック様のお言葉は、まるで口説いているかのように聞こえるのは、こちらの気のせいなのでしょうか?
……セオドリック殿下は、冬生まれで今は十九歳になられ、お嬢様より三、四つ年上の王太子にあられらます。
もともとかなりの美形でいらっしゃいますが、特筆すべきは、その圧倒的なまでの雰囲気。
この方の、このいかにも周りがほっとけなくさせるやたらモテる雰囲気と……遊ぶのが大変お上手そうな少し悪いご様子の両方が、近くにいる女性達をムラムラゾクゾクとさせます!
「この方とベッドにご一緒したらどんなだろう?」
「この方になら遊ばれてもいいかもしれない……ううん、むしろ遊びでもいい、どうか遊んで! お願い!!」
……と、このように女性を悪い好奇心に誘う引力の、なんとまあ凄まじいことか。
また、私のような年上からすると、その品行方正な顔の下に隠れたちょっと狂暴そうな不良っぽい顔が、逆に変な母性本能をくすぐり、つい構いたくなってしまいます!
私は、一目見た瞬間から「……ああ、これはモテてしまう」と思わず唸って納得いたしました!
ですがその魔王のようなあまりに強い魅力……なぜか我がお嬢様にはいっこう届いていないご様子で、お嬢様は殿下に会っても、ピクリともその雰囲気になびくそぶりすら見せません。
ほらだって今も……。
「それなら、こちらも遠慮なくお話を進めますね?」
はい、……実に業務的です。
「そういえば……デビュタントのための拝謁用の衣装はもう作ったのか?」
セオドリック殿下が世間話を始めました。それに、お嬢様は口元に人差し指を置いてうーんと考えます。
「一応これかこれ……といったデザインの候補は上がって採寸も済んでいます。……詳しいことはこちらのコーラに任せておりますが?」
そうお嬢様は急に私に話を振りました。
「へえ、ではそちらの女性に話を伺っても?」
そう言われ、一介の使用人である私が王太子殿下と口をきいて良いものどうかたじろいでいると……。
「……コーラ、良かったらお話して差し上げれば?」
とお嬢様が口添えして下さいました。
まさか、あの王太子殿下と直接口を利ける日が来るだなんて!!
「アニエスの衣装なら、さぞ選びがいがあるのではないですか?」
そう言われ、私は嬉しくてウキウキと答えます!
「差し出がましいかもしれませんが……まったくその通りであると……! お嬢様は何でも本当によくお似合いですから!」
それに、お嬢様は恥ずかしそうに「コーラ?」と、慌てて私をお止めになります。
「アニエスはスタイルが良いからな」
そんな言葉に、私は胸の内を隠すのがいよいよ難しくなってまいりました。
「はい! お嬢様はそれはそれは、類稀なる素晴らしいスタイルをお持ちです!?」
興奮気味に前のめりで言うと、お嬢様は再度「コーラ!?」とお止めになりますが、もはや自分でも制御不可能です!
「特にそのヴィーナス姿は、色といい、形といい、大きさといい、バランスといい、その吸い着くような触り心地といい、控えめに言って、もお…………もお本当に史上最高だと思われます!!!!」
「コーラ……!!!!」
お嬢様は、遂に叫ぶように私の名前を叫びました。
……だってこの素晴らしさ、本当に世間にもっと分ってほしいんですもの!!?
「コーラありがとう。もういいわ……こちらに下がってもらえるかしら?」
お嬢様は頭を抱えながら、私に『ハウス!』を命じます。……退場でーす。
「吸い着くような触り心地……」
殿下はボソッとこぼすと、じっとお嬢様をみつめました。
「ん、んんっ(※咳払い)!! ……セオドリック様……宜しければ、視線を私の顔まで上げて頂いても?」
そう言われ殿下の視線はお嬢様の顔に戻ります。
「世間話はこれ位にして本題に移りますね。……では、ユニコーンの角を取ってくれば宜しいのですね?」
「ああ……本当に可能なのか?」
「はい。会えさえすれば大丈夫だと思います。私のミスリルならユニコーンの首もスッパリ切れるはずですから」
「君は個人的にいくつも会社も興しているし、そんな個人で動く余裕があるのか?」
「会社は優秀な頼れる人材が、実質ほとんど私の代わりに回しておりますから大丈夫ですよ。さらに私の秘書はその中でも特に優秀ですからね」
「アレクサンダーか……あいつは化け物か? 国の軍にも貢献して学生身分で働いているのに」
「彼は特別な私のご自慢ですから……あ、でも、だからといって、あげませんよ?」
「そうだな。もらう時は君ごともらおう」
「そういうわけで、私は思っているよりはいくらか暇をしておりますので、どうかご安心を!」
……今、華麗にスルーされましたが、お嬢様プロポーズされていませんでしたか?
「わかった見積書はすぐに出せるか?」
「はい、ご用意できています!」
あら? でも普通に話が戻ってますね……私の気のせいなのでしょうか?
「……内容に対し、ずいぶんと安くはないか?」
「名も無い個人冒険稼業なら、これが今は妥当かと」
「君を危険な目に合わせるんだ、正当な額を支払う」
「いえいえ、あまり最初に値段を跳ね上げると殿下以外、依頼する者がいなくなってしまいますから」
「別にそれでいい。他の奴の依頼なんか受けるな」
「あははは、また、そんなご冗談を? ……ではサインをお願いします。あ、ユニコーンを運ぶ人出はお貸し頂けるのですよね?」
「冗談じゃない、他の奴が君に何かあっても私のように守れないだろう? ……サインをしたぞ。ああ、人手は貸す。あと、やはりこの値段は個人的に容認しかねるから私にできることだったら、何か別の報酬を何でも用意しよう」
「え……それでしたら、私は一切遠慮いたしませんよ?」
「わかった。善処しよう」
そう言って渡された書類をお嬢様が取ろうとすると、その手に自分の手を重ねられました。
え、いったいこれはどうなっているの!?
……本来なら、お目付け役でもあるヤング•レディ―ズ・メイドは間に立つべきですが……このまるで縫うように愛の囁きを見事にかわすお嬢様に気を取られ、すっかり出るタイミングを見失なってしまいました!?
しかし、重ねられた手を何事も無いかのようにするりと外されるお嬢様。
「では、控えをお渡ししますね! 少々お待ちくださいませ♪」
そして、にっこりと笑うお嬢様。
……うう、ここまでくると、なんと不憫な!!
ですが、セオドリック殿下の攻撃はまだまだこれからでした!
「取りあえず、好きな宝石を教えてくれないか?」
「……宝石ですか? それは、またどうして?」
「ブローチを作るからさ」
異性が特別なブローチを渡す=プロポーズなのですが、え、それって……つまり……。
「私ではなく、差し上げる方に直接伺うべきかと?」
「え? じゃあ間違っていないな?」
「え、プロポーズをするために用意するわけでは無く私への報酬ですか? なら大丈夫です。他にいただきたいものは考えてありますので、それと他の方だったらきっと勘違いしてしまうところですよ? お気をつけくださいませ殿下!」
「私は、そのまんまの意味で言ったんだ。世間一般の意味で」
「え、ブローチって他の意味があったんですか? それは不勉強でした……。今度、アレクサンダーに聞いてみます!」
怒涛のプロポーズを破竹の勢いでなぎ倒していくお嬢様。
それは、まるで歴戦を勝ち抜く戦士のよう!
「最近はこうして、大人しくしているのに……もうどうにも逃げられない事実を作ってしまおうか?」
「何だか、セオドリック様イラついておいでではないですか? ……もしや寝不足なのでは? ……体に優しいハーブティーを用意させますね」
お嬢様! お願い気付いて、お嬢様あ!!
……そうしてお嬢様は何事も無いかのように、最後にセオドリック殿下が乗った帰りの馬車をお見送りされたのでした。
セオドリック殿下は去り際にこう言い残しました。
「……今度来る時は、どうか心の準備をしておいてくれ」
目に鋭い光を宿しながら……。
お疲れ様です。
私はお嬢様を見ます。
その横顔のなんと雅やかで美しいこと……なのに……それなのに……!!
このお嬢様がデビューされるという事実に、「本当に、大丈夫なのか?」と私は、身震いせずにはいられないのでございました。
……デビューはもう目の前にございます。




