49、軍関係者とアイドルのマリオン
その人物を目の前にして、アニエスはヒクつく頬をおさえ、震える身体を鼓舞して笑顔を向ける。
濃い紺色の艶やかなストレートの髪に、大きく輝く星空のラピスラズリのような瞳。
小さな顔に整った目鼻立ち、薔薇色の肌に小さくて柔らかな桃色の唇。
そこに佇むは、まるで『可愛い』『愛らしい』を具現化したような真の美少女だった。
「ハロー! ようこそマリオン!! よく来てくれたわね。歓迎するわ!」
アニエスはひと息でそれを言い切る。
すると、明らかな「チッ」という、舌打ちが聞こえた。
「父に言われて先にここまで来てみれば……どうして魔力無しで、先輩面の貴女様がここにいらっしゃるのですか?」
……もう、これだけで、アニエスは泣きたくなった。おうち帰る……あ、ここ家の別荘だった。
「まあまあ……マリオンせっかく来てくれたのだから、自分の家だと思って寛いでね?」
マリオンは呆れて言う。
「はあ、馬鹿なんですか? 他人の家で自分の家のような振る舞いができるわけないじゃないですか? 貴女のような図々しいお方ならいざ知らず」
アニエスはダメージ三十五を食らった。
「ずいぶん可愛い顔をしてるのに……きっついなあ……」
思わずエースがこぼすと、隣でアレクサンダーも頷く。
マリオン・ロズウェルハードは、国軍最高司令官ロズウェルハード将軍の一人娘である。
さらに、新しく入った王宮宮廷行儀見習いであり、アニエスを地獄のように苦しめている張本人でもある。
アニエスは半年に一度入ってくる辞めていった王宮宮廷行儀見習いの代わりとなる、予備募集生の新人に初めて指導をするはずだった、あの日――。
そう、数ヶ月前のその日のことを思い出していた。
「後輩に優しくしてあげよう! 行儀見習いはキツいけど、楽しく過ごしてもらうよう努めよう!!」
そうウキウキと部屋に向かった。
だが、そこに待つのは……もぬけの殻だった。
一瞬、部屋を間違えた、あるいは時間を間違えたのかと思ったがらそんなことは無い。
他の行儀見習いをマリオンが先導し、なんと初日からボイコットしたのだ。
もちろんこのことは上に報告され、マリオンは早々に王宮宮廷行儀見習いのお役目ごめん! となるところだったが、ロズウェルハード将軍の取り計らい(※権力によるプレッシャー)により無かったことにされてしまう。
しかもこのマリオン、辞めさせられることなど怖くないとばかりに、その後も度々アニエスの授業をボイコットし、他の王宮行儀作法女官にも歯向かい怒らせた。
なのに新人王宮宮廷行儀見習いたちは、先輩たちよりマリオンのことをよほど慕っている。
そのあまりのカリスマ性に、先輩王宮宮廷行儀見習いたちは戦線恐々とし震えあがった。
特にマリオンは何故かアニエスを酷く毛嫌いしており、マリオンのもともとやたら気の強い性格が、もともと気の弱いところがあるアニエスを食ってしまう様子は王宮でもよく見られた。
……新人王宮宮廷行儀作法見習いからは「本当、どちらが先輩か、わからないわね?」と陰口言われ、アニエスを今もかなり苦しめている。
アニエスは陰で色々された場合の、のらりくらりとかわす術には優れていた。
けれど、こんな風に怖いもの知らずな真正面からの全力攻撃をかわす術は、まだ十分に習得していなかったのだ。
というか、目の前でガーっと批判されると、どう返すべきなのか……アニエスは誰かを強く批判したり、悪口を言って相手を傷つけるのが、例えこんな目に合わせる相手であってもしたく無かったのである。
だから、そうゆう場合のほとんどが、ただただ防戦する形になってしまう。
しかし、その態度に不満を募らせたのが、王宮宮廷行儀作法指導女官や先輩王宮宮廷行儀見習い達だった。
「なんで、アニエス様は言い返さないのです!? 貴女の方が半年以上やってきて、しかも一番優秀な成績を修めています!! 先輩なのだからしっかりしてくださいな!」
「貴女のような身分・立場の方が、そのように弱気だから、周りも強く出られないのですよ? ……なぜ言い返さないのです!? このまま調子に乗らせて、秩序を乱すのを良いとでもお思いなのですか!?」
……そう、なぜかアニエスが一番に責められ、その板挟み状態にアニエスはひどく苦労していた。
そんな中ようやく夏休みを迎え、「やったやった!ようやく解放される!!」とアニエスは内心、本当に喜んでいたのである。それなのに……。
タニアはこれ以上アニエスを前に出すは酷と思い、皆へのマリオンの紹介を買って出た。
アニエスはタニアの手を煩わせてしまったことに、これまた内心たいへん凹んだが、ここは素直にお願いするべきだろう……。
「皆さん! マリオンはサポート系の魔法の腕前が素晴らしいのよ? 魔力も高くって、主に軍で兵士を鼓舞する歌を歌いながら魔法を発動させているの。……昔から軍人関係者の女性にはそうゆう魔法を使う女性は多いけど、マリオンはその実力、人気共に群を抜いているのよ? ……ねえ、マリオン!」
紹介され、さすがにタニアに対しては分をわきまえているようで大人しい。
「……そんな彼女が宮廷行儀見習いですか、それではセオドリック様の婚約者候補の一人なのですか?」
エースが質問するとそれにタニアは首を振る。
「いいえ、マリオンは…………フレイ叔父様の婚約者候補だと聞いているわ」
フレイはセオドリックに次ぐ、王位継承者である。
「だろうな……ロズウェルハードは、表立っては言っていないが、あちら側の派閥だ」
セオドリックがぼそりとつぶやく。
それにしても、マリオンは黙っていれば本当に可愛らしい。
「荷物はこちらで宜しいですか?」
アレクサンダーがマリオンに話しかけた。
「……あの、貴方は使用人ではないのでは?」
半分その通りだが、半分違う。
アレクサンダーは子爵家へ養子入りが決まっているのでどちらかというと貴族側だ。
……しかし、いまもこの建物の運営指示は、アレクサンダーが一手に担っている。
「この家の者で、僕はアレクサンダーと申します。荷物は他の者に運んでもらいますが、何がどこにあるのかわからずご不便でしょう? そちらも一緒にご案内いたします」
そう言い、思わず見入ってしまう様な笑顔を浮かべて、左の肘を差し出した。
マリオンは少し赤くなり、素直にその左肘に手を置く。
「絵になるな。……お似合いだ」
思わずセオドリックが呟くと、周りも二人を見て確かに……と頷く。
小柄で愛らしいマリオンと並ぶと、どんな美女にも負け知らずの美貌のアレクサンダーもしっかりと男子に見え、絵に描いたようなお似合いのカップルである。
「そんなことを申し上げるのは、マリオン様に失礼でしょう。僕のような者とお似合いだなどと……」
それに対して、アレクサンダーはあっさりと否定して、マリオンを案内するために彼女の歩幅に合わせ歩き出した。
ドアを閉め、足音が遠ざかっていくのを確認すると、エースがくるりとアニエスの方を向き、手を広げる。
「義姉さんよく我慢したね。偉かったよ、ほら、おいで!」
と、自分の胸へと誘った。それにアニエスはぶるぶる震えてから声を上げる。
「え゙ーーーーじゅーーーー!!」
がばっと、その胸に泣いてしがみついた。
「おい、何どさくさに紛れて君がアニエスを抱きしめているんだ!?」
セオドリックが嫉妬を込めて睨むと、エースは飄々と答える。
「落ち込んだていたら、慰めるのが家族でしょう?」
アニエスの滑らかな白金髪をゆっくりと撫でながら、エースが得意気に言う。
「普通、家族と抱擁した時に髪は撫でないのでは……?」
「え〜、そうなんですか? ……当たり前にしていたので、まるで気付きませんでした! だってアニエスの髪は滑らかで触り心地がいいから、ついつい癖になってしまって」
テヘペロと舌を出し、エースはなおもセオドリックにマウントを仕掛ける。
おい、てめ、このやろ……と怒りに震えるセオドリック。
「それにしても本当に、何でマリオンはアニエスを目の敵にするのかしらね? もともと『魔力無し』嫌いなのかしら……?」
そう言ってため息をつくタニアにノートンが、もしかして……と何か思い当たる節があるのか、そんな素振りを見せた。
「なに? ノートン心当たりがあるのなら話してみて!」
「憶測を抜けないお話なのですが……」
ノートンの話はこうである。
もともと国軍を鼓舞する魔法の歌い手は、本当に魔力の高い実力が伴う人間しかなれなかった。
……のだが、時代か、流行りかなんなのか、最近は実力も魔力も無い者が顔が可愛いとか、スタイルがいいだとかの理由で国軍の歌い手に抜擢され、かなりチヤホヤとされているらしい。
だがマリオンは、それこそ十数年ぶりに現れた実力の高い歌い手として、真摯に歌を捧げているらしく……本人もこのことに関しては、父親が国軍最高司令官であることから、幼いころから涙ぐましい努力をしてきたそうだ。
ところが幸か不幸か、彼女の容姿は可愛すぎた……。
つまり、本当に実力があるのにもかかわらず、いままでの魔力も実力も無い歌い手と、同等に見られてしまう憂き目に合うことが、しばしばあったのだとか……。
それこそ「そんなに可愛いから、あなたも選ばれたんでしょう?」というように……。
これには、もともと国軍最高司令官ご令嬢という、すこぶるプライドの高い生き物であるマリオンは、大変傷つき怒り狂った。
そしてそれ以来、彼女は『魔力無し』や『可愛いだけ』の『実力のない』者を憎んで目の敵にしている。
と一部でかなり有名なお話らしい……。
「ですから……本当はアニエス嬢は実力派なのに、授業をボイコットされてそれを見せる機会もありませんから、言われても言い返さないのも、きっと実力が無いからと判断されている可能性が高いのかと」
さらにノートンは話を続けた
「あと、マリオン嬢は可愛いからと、チヤホヤされている者にも我慢がならないようでして……しょっちゅうセオドリック殿下にちょっかいをかけられているアニエス嬢を見て、さらなる誤解を重ねている可能性も無きにしもあらずというか……」
それにアニエスは思わず叫んだ。
「またなのですか、セオドリック様!?」
去年も誰かさんのせいで、アニエスはいじめられたのに!!
「ちょっかいをかけているのは、アニエスだけじゃないぞ!」
いや、そこは偉そうに言うな!?
「でも、それは別としても、何も言わなかった私が悪かったのですね。……うう、我が身の内弁慶が憎い。猛省いたします」
基本アニエスは、心許した人や場所以外では普段とても大人しい。
まあ、基本は、だが……。
これに関しては……好奇心や興味関心、物事の合理性、企みや手段が気持ちを上回れば、その限りでは無い。
「まあ義姉さんは基本、優しくて甘いからな。そこがいいところでもあるけど……そうゆうのを舐めてかかる連中は少なくないよ」
そう言い、エースはいま抱き締めている義姉のおでこに優しくキスをする。
「おい、おい、おい。今、本当に何をした……?」
「え……? 何かしたかな俺、ねえ義姉さん?」
エースはとぼけてアニエスに聞く。しかしアニエスはというと……。
「……うん? それよりエース、もっとぎゅうってして」
おでこにキスなど日常茶飯事なのか……まるで気付いておらず、甘えん坊モード全開になっているアニエスは、更なるスキンシップを義理の弟に要求する始末だ。
「アニエス、義理の弟への過度の接触はだいぶ外聞が悪いぞ? 肌恋しいなら俺が胸を貸してやろう」
「セオドリック様は、大人の殿方のような良い香りがしますが……エースの匂いの方が今の私には落ち着くので、このままで大丈夫です」
その答えにエースは本当にいい笑顔になる。
さらには……。
「アニエス〜、次は私の胸にいらっしゃい。私も慰めてあげるわ!」
と、まさかのタニア参戦である!?
それに、アニエスは光の速さで返事をした。
「はい、喜んで!!」
笑顔満面だ。
……セオドリックだけ、K.O.惨敗である。
「お前ら……あとで覚えてろよ?」
ほんのちょっぴり、王太子は悔し過ぎて涙目になったのだった。
◇◇
さて、一方のアレクサンダーとマリオンはというと……別荘内の案内は大体済み、マリオンの泊まる部屋の前へと来ていた。
「では、マリオン様。何かありましたら部屋のベルでメイドをお呼びください」
「ありがとう存じます。……あのアレクサンダー様、ずっと気になっていたのですが、もしや寄宿学校で父にお会いしませんでしたか……?」
そう問われアレクサンダーはしばし考える。
「学校の軍事教練の特別授業で、そういえば軍のお偉い方が何人かいらしてはいましたが……?」
「やっぱり!!」
マリオンは目を見開き、興奮したように語りだす。
「魔法の実力はもとより……動きが格段に違う年若い少年がいて目を奪われたと、父が珍しく興奮して話しておりました! その少年の名前が『アレクサンダー』と『エース』だと語っていたので、もしやと思っていましたが……」
「僕と同じ名前の者は確か我が校に他にいないので、そうなのかもしれませんが……実に恐れ多いです」
アレクサンダーは少し戸惑い気味に答えると、マリオンはさらに聞いた。
「……卒業後は士官として軍に入られるのですか?」
その質問には、それこそアレクサンダーが驚く。
「いえ、そのプランは考えたことも無かった!」
「え、そんな! ……そのように実力があるのに燻らせるのは自分のためにも、国のためにも大変もったいないですわ!!」
拳を握りマリオンが力説する。アレクサンダーはマリオンのその様子をみて急に笑い出す。
「? え、どうかされまして!?」
「いやだいぶ、軍に思い入れがあるのだなと……流石は国を代表する国軍の歌姫でいらっしゃいます!」
マリオンは途端に恥ずかしくなったのか、プイッと横を向き赤くなった。
「別に……ただ、私は………」
その時だ。
軍歌の中でもとりわけ有名な歌が、透き通った素晴らしき歌声に乗ってマリオンの耳に届く。
驚いたマリオンが振り返ると、その歌声の主はアレクサンダーだった。
「歌詞は合っていたでしょうか? いい曲なので昔よく諳んじてたのです。……けど、それもだいぶ前なので……とは言え、マリオン様のお耳汚しでしたね。失礼いたしました」
「い……いえ……あの、その先は覚えておいでですか?」
そう問われアレクサンダーは少し考えてから続きを歌い出す。
その声に、いつの間にかマリオンも自分の歌声を乗せる。
二つの素晴らしい歌声は、自然に辺りの空気を震わせ廊下に反響し、一瞬そこをコンサートホールに姿を変えた。
そうして、第一章を歌いきると、しいいんと廊下の静けさが一層肌に感じ、二人を余韻の中に包み込んだ。
「なんと……美しい声だろう! 本当に天使の歌声というものは存在するのですね。とても感動いたしました!!」
アレクサンダーは思わず、マリオンに社交辞令ではない本物の笑顔を見せる。
「い……いえ、そんな……私こそ、男性のこんな綺麗な歌声を聞いたのは生まれて初めてですわ。……あ、男性に綺麗だなどと、嫌な気分になりますわよね!? ……どうか、お忘れください!」
マリオンは耳まで赤くなる。アレクサンダーは首を振り、笑った。
「マリオン様は、本当はお心遣いの細やかな方なのですね。……大丈夫です。歌声をお褒め頂いたことは純粋に嬉しく感じます。ありがとうございます!」
「…………」
アレクサンダーはマリオンの泊まる部屋のドアを開け最後までエスコートする。
「……荷物は無事に届いている様子ですね」
アレクサンダーは中をさっと見回して頷く。
「後日来られるロズウェルハード卿のお部屋も、同じ階になっておりますので、どうかご安心ください。では夕食は七時になりますので、なるべく遅れないようにお願いします」
ニヤッとアレクサンダーはいたずらっぽく微笑んだ。
「ここのコックの料理は、はっきり申し上げて……最高です。だから冷めてしまったら勿体無い。では、僕はこれで失礼いたします」
アレクサンダーが立ち去ろうとしたその時、袖を引っ張る手があった。
「は、はしたない事を……! 申し訳ありません!」
袖を引っ張ていたのはマリオンだった。
マリオンは慌てて手を引いたが、アレクサンダーは少し驚いている。
「いえ、申し訳ありません。何か至らぬ点がありましたか?」
優しく尋ねれて、マリオンはうつむいた。
「い、いえ! そんなことは全然……あの……アレクサンダー様。もしよろしかったら、またこのように一緒にお話ししたり……歌を歌ったりしてくださいませんこと?」
少し震えるように、途切れ途切れ尋ねるマリオン。
「……それはもちろん! それと、もし急ぎの用事がありましたら、僕は離れの部屋を私用で使っておりますので、いつでもお訪ねください」
そう返答すると、マリオンの顔がまるで薔薇のような華やかな笑顔になった。
「は、はい、わかりました! ありがとう存じます」
アレクサンダーはその様子に、優しい顔と声で繰り返す。
「では、また七時に」
アレクサンダーはマリオンに少しだけ手を振り、そのまま廊下の奥に消えて行った。
マリオンはそれをただただ見送ると、ドアを静かに閉め、赤い顔を両手で覆い、パタパタパタと足踏みをする。
「はあ……アレクサンダー様」
◇◇
で、部屋に無事に戻ったアレクサンダーだったが、まずそこで目にしたのがアニエスを抱きしめるエースである。
「お前、人が席を外している隙に、どさくさに紛れて何やってるんだ!?」
そうセオドリックと似たようなセリフを吐きながらも、セオドリックとは違い、遠慮なしにエースのその頭を小突いたのであった。
可愛い女の子キャラクター増しまし。
ラブコメ度も増しましです!




