42、新事実発覚と病院送り
食堂室ではセオドリックとノートンが既に朝食を取っていた。
ノートンが給仕しているところは見たことがあるが、一緒に食事をする姿は初めて見るのでとても新鮮に感じる。
「おはようございます王太子殿下。ノートン様」
アニエスが挨拶すると、セオドリックが嬉しそうに口角を上げて振り向いた。
「おはようアニエス……と、アレクサンダーも?」
だが二人が朝から一緒なことに、その笑顔が一瞬揺れ動く。
「昨夜は長旅お疲れ様でございました。本日から宜しくお願いいたします。そして、おはようございます」
主人が挨拶を済ませたので、従者としてアレクサンダーが続いて挨拶をする。
これがこの世界のマナーだ。
男より女が、目下より目上が先に挨拶の声を掛ける。
「タニア様はまだ見えないということは、やはりお疲れなのですね?」
「タニアは基本的に公務でも遠征は少ないから、たぶん昼には起きてくるだろう。ゆっくりさせてやってほしい」
「もちろんです。セオドリック様もゆっくりなされば宜しいのに?」
「私は一日の時間で朝が一番好きなんだよ。それよりアニエス。その髪型は初めて見るな……綺麗だ」
女性を褒めることに抵抗のないセオドリックは、さらりとアニエスの姿を褒めた。
……これがまさか地獄の手引きになるとも知らずに……。
「ありがとうございます! アレクサンダーに結ってもらいました。とっても上手でしょう?」
アニエスは単純に髪型そのものを褒められたと思い、その功績が誰のものかをしっかりと伝えねばと、アレクサンダーの名前を出した。
それによって、セオドリックの周囲の空気圧が変わったことに彼女は気付いていない。
「ほお……」
セオドリックが、手にしていた水のグラスを静かに置いた。
「……こ〜んな朝早くから、二人は部屋で一緒だったのか?」
セオドリックのオーラが一気に黒くなる。
「ええ、朝もアレクサンダーが起こしてくれましたから」
「……彼は、アニエスの部屋に、君の許可もなく出入りができるのか?」
アニエスはアレクサンダーに朝食の準備をしてもらいながら、それにのんきに返答した。
「ええ、もちろん。何なら私の部屋の鍵は基本アレクサンダーがいつも管理しておりますよ!」
アニエスは日課の白湯を口にし、口と胃の中を温め、顔を緩める。
「……それに抵抗は無いのか?」
「え、またどうして?」
アニエスは本当に意外なことを言われて驚き、セオドリックを見返し、目を見開いた。
「普通、淑女は年頃の男性をそう簡単に部屋に上げない」
アニエスは、うんうんとセオドリックの言葉に同意するように頷いてみせる。
「それはそうでしょう。私だって知らない殿方は絶対に入れませんもの!」
「……見知っていても男は大体同じ性質を有しているが?」
セオドリックは目に黒い光を宿し、顔の前で手を組む。……まるでそれは、己の牙でも隠しているみたいだった。
「別にアレクサンダーには何を見られても平気ですよ? というか昔、お風呂に入れず、身体を拭いてもらったこともありますもの」
「……お嬢様」
堪らずアレクサンダーがアニエスに声を掛けた。けれど、もはや遅すぎたのだ。
「……それは小さな頃の話だろう?」
「十二歳になったばかりの時のお話です」
割と最近だった!!
「……それは、また……何故」
「竜を倒した時に、私は両腕を骨折したんです。でもどうしても汗と汚れでベタベタギトギトして身体が気持ち悪くて我慢ができなくて……それに怪我をした状態で、いったいどんな恐ろしいバイ菌が潜んでいるかもわかりません。……もちろん、そんな所にメイドを連れてはいけないでしょう? そういう理由でして、アレクサンダーに手伝ってもらうに至りました!」
「……お、嬢…………さ………ま!!」
その時、バァアンっと乱暴にドアが開いた。
皆が振り返るといつも飄々と余裕があり、逆にある意味ポーカーフェイスのエースが青い、それからなんだかひどく不機嫌極まりない顔でつっ立っている。
「あら、エースも起きたのね。おっはようー!」
そんな彼にもアニエスはほのぼのと朝の元気な挨拶をした。
「……俺も、それ初耳なんだけど?」
……余裕が無いのか一人称がよそ行きで無くなっているぞエースよ!
「ああ、エースは疲れていて、すっかり眠っていたものね? そういえば!」
アニエスは懐かしそうに、そうだった、そうだった。と、一人納得した。
爽やかだった朝の食堂室が、今とんでもない史上最悪の修羅場の空間と化していることをわかっていないアニエスは、朝ご飯のメニューをそのままアレクサンダーにリクエストしだした。
「アレクー、今日は私は軽くオートミールがいいなぁ。あ、蜂蜜添えで!」
と、今まさに朝食のことしか考えていない……。
そこに割って入り、ずずいっと隣に座ったエースがなおも詰め寄った。
「いやいや……マジで、冗談抜きでどういうことなの?」
「え……昨日食べ過ぎたから、朝は軽く済まそうかな……と?」
「いや、朝食の話でなく!!」
本当にもはやアニエスは朝ごはんのことしか頭にはなかった。
「……アレクサンダーに体を拭いてもらったことにつてだよっ!」
不機嫌ゆえに、語気がつい荒くなる。
「言葉の通りだよ? 何か問題がある? だって、あのままじゃ不衛生で病気になってしまうわ」
「……なんで、アレクに?」
「エースは寝ていて起こすのも悪いと思ったし……それに人からお世話をされても、したことは基本ないでしょう? だからアレクに頼んだのよ!」
「………アレクに体を触られても平気なの?」
「別に嫌だったら頼んだりしないわ。それにアレクは拭くのがすごく上手なのよ? うっとりする位とっても気持ちが良かったもの!」
ゴンっっと、まるで堅い野菜が床に落ちたような音が鳴り響いた。
見ると白いテーブルクロスを敷いたテーブルにセオドリックが顔を突っ伏している。
「ちょっ、セオドリック様、大丈夫ですか!? え、貧血!? だ、だれかー!!」
「……俺も、倒れそう……」
「え、エースまで!? ど、どうしよう熱中症!?」
アニエスはオロオロとノートンを見た。
「アニエス嬢……それは……なかなかのトドメの刺し方かと……?」
「へ、部屋の空調がそんなに熱いとは思ってなくて……ごめんなさい!?」
だから、そうじゃないんだ……!!!
「あ、アレク~……って、何なのその顔色!? 土気色になっているわ!?」
「……いえ」
今にも死にそうなその姿は、とても大丈夫そうではない!!
「朝から、三人も地獄に叩き落すその技術……流石だわアニエス。そして、ごきげんよう」
「……おはようございます。タニア様」
たがそこに、救世主タニアが降臨した!
「話は全て、ドアの外にて聞かせて頂きました……」
「え、何故にドアの外……?? 普通に入っていらしたら宜しいのでは……?」
それにタニアはフルフルと首を振る。
「いいえ、殺し合いになったら、私は憲兵を呼ばなくてはならないわ」
「え、殺し合い? また何で朝食の席で? 陰謀論か何かですか??」
「アニエス……はっきりお聞きします。貴女はアレクサンダーと……一線を越えたの?」
その言葉にセオドリックもエースもむくりと顔を上げる。……どうやら生きていたようだ。
「一線? 国境ですか?」
「そうね、ある意味国境だわ。わかりました。もっと踏み込んだお話をしましょう。……お互いに下半身の触れ合いはあったの、アニエス?」
アニエスがそれには、ますます困惑する。
「よく解りませんが……そんなことあるわけも、するわけもございません」
一体どんな状況?? アニエスは訳がわからず変な顔になった。
「なるほど、なるほど……アレクサンダーが先んじてはいますが決定的なゴールには至っていないということですね。……というかアニエス本人が無垢で無知で多少抜けているのに対し、その天性の魔性と婀娜やかさは、いつもかなり危うい状況にあるということが、今よく理解できました」
「あれ? なんだか私が馬鹿だと罵られている気が……?」
アニエスのその問いを、とりあえず一旦さくっと無視してタニアは続ける。
「ということで公平性を得るため、アニエス。まずはアレクサンダーよりアニエスの部屋の鍵を預からせていただきます。……また、アニエスは私の隣の部屋に移動してくること」
「……別に、いっこうに構わないのですが……それはまたいったいどうして?」
「王太子と大貴族の子息たちがうっかり新聞紙面を飾らないためによ?」
「……それは栄誉なことなのでは?」
今現在、話している内容には、その意味に多大な齟齬が生じていた!!
「それで良いですかお兄様?」
「……ああ」
「エースもそれで宜しい?」
「深い御心遣い感謝します」
「えーと、では、お医者様は、もう呼ばなくても宜しいでしょうか?」
アニエスが恐る恐るタニアに聞く。
「いいえ、それは呼ばなくてはなりません」
「すっかり、もう平気そうですが……念のためにですか?」
そこで、タニアはアニエスの肩を掴んだ。
「アニエス……その鈍感さは、もしかしたら何か重大な病かもしれないわ……一度、精密な検査を受けましょうね?」
「へ……??」
アニエスは周りに助けを求めるべく、周囲の人物に視線を送る。
でも何故か皆一様に真剣な表情で、黙って頷いていた。
(なんで!?)
こうして夏休み二日目にして、何故か元気いっぱい朝食を食べに降りただけのアニエスが、病院送りにされてしまったのだった。
アレクサンダーはタニア様が匿いました。




