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アニエス嬢はご苦労されてます  作者: ちゃ畜
デビュタント
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4、宣伝広告と謀略 

 

 国王へのデビュタントたちの拝謁が無事に終わった。

 

 それに合わせ王宮に集まっていた新聞記者たちもそれぞれ自分の帰属する巣…………新聞社へと帰っていく。


 とはいえ、そのうちの幾人かは時間も遅いため、王都の夜深くまで営業しているなじみの店で、夕飯を済ませようと寄り道をしていた。


 その中には、先ほどアニエスにすっかり魅せられた新聞記者二名の姿もあった。


 厚切りでカラリと揚げた大量のジャガイモと、衣をつけてサックリと揚げた大ぶりのタラの身に軽く塩をまぶし、横に少し甘めのタルタルソースのようなものとモルト・ビネガーがつく。

 それに眠気覚ましに濃い目の紅茶をその二人の記者は注文した。


 ここで取っていたメモをある程度まとめ、帰ったら記事に起こして、デビュタントたちの写真と共に一面に飾る準備に入る……。

 デビュタントの記事は華やかなため購買層にもたいへん人気だ。


 だがそれより何より、彼女たちのバックに付く貴族や資産家の親類縁者が、可愛い『うちの子』のためにこの社交シーズンの期間だけ強力な新聞社のスポンサーになってくれるのは、新聞社にとってかなり大きな収益の一つになる。


 だが、これがなかなかどうして……神経を使う仕事なのだ。

 彼らが、自分の家の子の写真を新聞に載せたいのは何も()()()()()()がしたいだけ……というわけではない。


 これは彼らの立派な宣伝行為なのだ。


 どういうことかというと、貴族や資産家の娘が社交界にデビューするのは、成人したことだけを意味するのでは無い……。


 それは彼女たちが『貴族や豪族、資産家の花嫁になる資格を得ましたよ!』ということも意味していた。

 つまり、令嬢たちがデビューすることはイコール彼女たちが婚活市場に本格的に出されることを意味する。

 

 ……昔ながらの貴族というものは、莫大な資産を長男ただ一人に相続をさせる。


 なぜなら彼等は基本的に自分達の所領を、自分の()()ではなく、自分が先祖から代々受け継ぎ、未来の子孫に渡し()()()()()()()()()と根本的に考えているからだ。

 その土地を一時のお金のために売ったり、分割して先祖から預かる土地を小さくするようなことは絶対にあってはならない。……してはならないのだ。


 だがそれにはある問題が一つ付随してくる。


 長男ひとりが全ての財産を受け継ぐのなら、他の兄弟、姉妹はいったいどうなってしまうのか? 


 もちろんほとんどの長男以外の貴族子息は、重々そのことを理解して、幼い頃から勉強に習い事に、魔法・魔術にと専門の家庭教師を付けられ必死に勉強する。


 有名な寄宿舎学校。特に栄えあるエリートの中のエリートだけが通うことを許された、魔術魔法王立寄宿舎学校『エールロード』に入学し、国の高級官吏や議員、裁判官、騎士、軍の士官になることを彼等は第一目標として目指す。


 ではもう一方の貴族令嬢たちはどうだろう……?


 貴族の令嬢でも姉妹しかおらず、その中でも長女に類まれな魔法能力の発現があるならば、所領管理も十分ということで特例として相続することを国も認めている。

 あるいは一代だけ男子が生まれるまでの繋ぎに領主になることもあった。


 だが、それ以外のほぼすべてに近い貴族令嬢は親がいなくなったあと、その身を保証するものは一切ない。

 そう、『結婚』それ以外には……。


 別に、女性が働いていけないわけでは無い。

 実際、国の管理の役職は開かれており、王宮の女官は男性に負けないくらいバリバリと仕事をこなすキャリアウーマンも多い。

 または、親に支援してもらって事業だって起こしたって構わないのだ!


 けれどいまだ社会の風潮として貴族令嬢は奥ゆかしく、いずれは女主人として夫を支え、家庭を守らねばならない……という空気が根強く流れているし、実際強く望まれている。


 歴史や土地に染み付いたそんな考え故に『バリバリ』と『婚活』は非常に相性が悪かった。


 だから、よっぽど優秀な人物とか男顔負けのはねっかえり以外は、生き残るために『結婚』……とくに貴族としての名を保持し続けたいのならば『貴族の跡取り』との結婚は死活問題であり急務。


 少しでも彼女たちが彼らの目に留まるためにも、できるだけ顔が知られていなくてはならない……。

 ゆえに、今年のデビュタントとして新聞に載せて、わざわざ宣伝するというわけだ。


 で、話を戻すと、新聞社としては記事の情報は鮮度が命。

 出来れば翌日にはバーンとデビュタントの記事を載せたい……だがスポンサーの彼らが載せる写真を選別し、納得してからでないと記事は出せない。


 もちろん時間制限は設けている。


 というかそうしないと相手が写真を決めきれず、下手すれば撮り直しを要求し、永遠に記事が出せなくなる懸念があまりに強すぎるのだ。


「ああああっ! くそくそくっそう……美人過ぎるよなあ! どの写真もいつでも問題なく一面を飾れるレベルだぞコレッ!?」


 意地悪なことを言っていた記者が溢れる気持ちを悪態のようにぶつけながら、写真のフィルムを確認して吼えるように声を上げた。


 いくつか撮ったスナップ写真が、全部使えるということはまずない。例えプロのモデルであろうともだ!


 三六〇度どの角度から見ても満足のいく容貌なんて、それこそ細部まで作りこまれたお人形のように、全てが整っていなければ、まず不可能な話だろう。


 しかし、アニエスは堂々とされた隠し撮りといっていい、そのどの写真においても実に完璧だった。


「これ、どうせ記事に出来ないのだから、フィルム代を払って俺が貰ってもいいよな?」

「おいおい、職権乱用かよ!?」

「でも君だって、捨てるのは惜しいとは考えているんだろう?」

「そりゃあ、まあ、確かに……」


 そう言うと、揚げたてのポテトをふてくされたように乱暴に口につっこむ。彼はもうすっかりアニエスに夢中だ。

 そんな二人のやり取りを静かに観察していた隣の席の男が、ふいに声をかけてくる。


「もし……よろしければそちらの写真の広告料をお支払いしますので、新聞の記事にお使いいただけませんか? その写真を次のデビュタントの記事の一面に使って頂けるようでしたら、その先一年の広告費も(あわ)せて保証いたしますよ?」


 いきなり声をかけてきた見ず知らずの男に、二人はぎょっと驚いてそちらにふり向いた。

 こんなふうに声をかけて来るだなんて、あまりに怪しい。


 ……怪しい男だが、何故かその男はきちんとプロの手で整えた口髭をたくわえ、所作は見るからに洗練され、身に着けているものは大人しめでありながらも質の良さから上等なものだということが一目でわかった。

 こんなに怪しいのに、信用の置ける人間の見本のような男の姿に、二人は逆にますます(いぶか)しむ。


「失礼、身の保証の無い者にいきなりこのように声を掛けられても、警戒を深めるのは至極(しごく)()(とう)。では、これを見ていただければ信用していただけますかな?」


 そう言って男が胸元から出した彼の身の証明に、新聞記者である二人は目を見開いて驚き、固まった。

 その様子に満足したように男は上品に笑うと、穏やかに先を続ける。


「……それでは、具体的なお話を(いた)しましょう。主にビッグマネーと契約についてね?」



◇◇


「そうですか……では、そちらの新聞の買収も成功したということですね。わかりました。ご苦労様です」


 一人の青年が部下の報告を聞き終え、受話器を静かに戻した。

 そして持っていたメモのリストから、最後の二つの新聞社の名にサッと横線を引く。

 彼は改めてメモを見返し(うなづ)くと、隣の部屋で首を長くして待っているであろう主人の元へと急いだ。


 隣の部屋とは言ったが、部屋と部屋の間には身なりをサッと整える小さな部屋を挟んでおり、二つの扉を通らねばならない。

 しかしその扉も人払いでもしていない限り、彼が取っ手に手をかけるより先に従者が二人、黙って観音(かんのん)(びら)きで開けてくれた。


「遅かったな? ノートン」


 彼が来るのを待っていた主人が、座っていた椅子をくるりと回転させ彼の顔を眺める。

 亜麻色(あまいろ)の髪にエメラルドのようないたずらっぽい瞳。

 上品な口元の端を楽し気に上げれば、人好きのする非常に魅力的な青年の姿がそこにあった。


「妥当なところだと思われますよ殿下。それに全て滞りなく上手くいくなんて……そんな保証もないでしょう?」

「上手くいったから……ノートンは今こうして私のもとに報告しに来たんだろう?」

「確かにそうですはありますが……」

「ふふふ、今度の新聞にアニエスの写真がでかでかと一面を飾ることになるんだな? 実に楽しみだ!」


 ノートンの主人は大変な上機嫌で、鼻歌さえ口ずさんでいる。



「全く本当に無茶をなさいますね。セオドリック王太子殿下!」



 名を呼ばれた青年は、自分の従者のその言葉に軽く肩をすくめた。


「本当の無茶は早々しない。私は勝つための準備に手を抜いたことは一度もないだろう? 知っているはずだぞノートン!」

「……ロナ家が勘付いたら、どうするおつもりですか?」

「大丈夫。そこもしっかり調査済みだ。アニエスと一緒であの家はこういう事にいちいち、がっついてはいないからな?」

「こちらは肝が冷えっぱなしですよ」

「まあまあ、そう言うな。……王都の全新聞社の一面をアニエスが飾れば、アニエスの国民の認知度は国内で一気に跳ね上がる。『魔力無し』に抵抗感の薄い一般の中産階級(ミドルクラス)労働者階級(ワーキングクラス)は、彼女の姿に一気に夢中になるだろう……」

「ええ、確かにアニエス嬢の姿は人目を惹きますからね」


 ノートンもそれには同意する。彼女の姿はこの王宮内でも実際目立っていた。


「人気が高まれば、いずれ彼女の能力の高さも世間に広まるだろう。そうすれば身分にも問題はないし、国民は彼女に王太子の花嫁候補、つまりは未来の王妃を期待する気運が高まるのは、ごく自然な流れだとは思わないか?」

「そうなれば、まさに殿下の思惑通りですね?」

「まだ第一段階だ。徐々に外堀を埋めていく」

「実に見事な手腕です」

「第二弾、第三弾と随時、計画は進行中だ。ああ、本当にワクワクするな!」

「私はわりとキリキリしています。主に胃のあたりが。殿下、失礼して胃薬を飲んできても宜しいでしょうか?」

「王宮に謀略が張り巡らされるのは十八番(オハコ)だろう? 新聞社を買収しておけば今回の件以外にも役に立って一石二鳥。無駄も無し!」

「殿下の場合、アニエス嬢が絡むと余計な(はかりごと)が増えている気がするのですが……?」

「……え、だって相手はあのアニエスだぞ?」

「はあぁっ……」


 アニエスが絡むとセオドリックは見境が無くなる。しかしその計画遂行には一部の隙も無かった。

 だが、その計画のために自分が奔走することになるであろうことを予想し、ノートンは思わずため息をつく。


 けれどこれも仕方が無いのだ。


 ……彼はやると言ったらやる人間であるのを、ノートンが誰よりも承知しているのだから……。


 こうしてアニエス本人の想像しえない別の場所で、アニエスの将来についての謀略は、油断ならない未来の為政者によって、着々と進められているのだった。









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