39、ノートンと港のランチ
王室専用車両の列車で、港町カサンドラに到着した一行は山と集合させた馬車に大荷物、およそトランク各百二十五個(※その大半は大人の男性がすっぽり収まるサイズ)を乗せロナ家の別荘に向かう。
その途中で町の中心街を通ると、港町らしく異国情緒に溢れたこの街には、様々な肌や髪や目の色、中には獣の耳や尻尾や鱗が生えた動物そのものに近い人々が、開放的な装いで肩がぶつかるスレスレの大賑わいで往来を行き来していた。
店先にはいろんな色や形の果物や、カラフルな魚や土産物が並べられ大きな声でお客を呼び止めたり、大道芸が芸をしている。
ここの匂いは海と果物と太陽の薫りがした。
そんな様子を見ていたら、ちょうどお昼に近いこともあり皆のお腹がすいてくる。
荷物は先に別荘に運んでもらい、アニエス、タニア、セオドリック、ノートンの四名は、街の高級レストランで急遽ランチを取ることになった。
だがレストランはとっても人気でぞろぞろと人が並んでいたため、タニアとセオドリックには馬車で一度待ってもらって、ノートンは一人で平気だと言ったが、そうゆうわけにはいかないとアニエスも一緒に列に並ぶ。
「凄い活気ですね! 想像以上です」
まだまだ先が見えない長い列に並びながら、ノートンは感嘆の声を上げる。
「地元民にも熱愛される本物の老舗ですから! ……というのも父の受け売りですが。……それにしても事前に予約を取ればよかったですね。ノートン様、申し訳ございません!」
そう言い見上げるピンクの建物の老舗レストランテは、そんな色なのに歴史と威厳からかちっとも軽薄に見えないのが不思議だ。
「公爵閣下がおっしゃられるなら間違いないでしょう。あとお店も急に決めましたし……入りたいお店にパッと入るのもバケーションの醍醐味ですよ。殿下方もそれは嬉しそうにされていたでしょう? ……アニエス嬢はこれまでカサンドラに来られたことは……?」
そう問われアニエスは照れながら答える。
「前々からここはうちの所領ではあったのですが……何しろそうゆう所がたくさんございまして……」
ノートンは笑顔で頷いた。
「ロナのような特に大貴族だとそうかもしれませんね! 皆さん新鮮な気持ちで楽しめて、最高ではないでしょうか?」
ざわざわとする人の話し声や笑い声の中で、ひとり物静かで涼しげな清潔感あるノートンの横顔を見ていたら、アニエスはふといままで疑問に思いつつ聞けていなかったことを思い切って聞いてみることにする。
「あの単なる興味本位で、違かったら聞き流して下さって構わないのですが……質問を一つよろしいでしょうか?」
優しげに笑ってノートンが小首をかしげた。
「何でしょう?」
「もしかして……ノートン様はタニア様を女性として好いていらっしゃるのですか?」
ざわざわざわざわ……。
まわりのざわめきが意識から遠ざかるのを感じる中。長い沈黙になり、二人の時が一瞬止まった。
「…………! ……!! ……!?」
「違うのですか?」
答えるより先にノートンの顔がみるみる赤みを増していく。
「………………何故そう、お思いに?」
「もともとお二人は気が合うなと感じていたのもありますが……一番はその眼差しでしょうか? ノートン様はもともと優しく紳士の殿方らしいお方ですが、タニア様をご覧になるその瞳が…………本当に慈しむように優し気に感じたのです。あの、もし私の想い違いでしたら本当に申し訳ございません」
だがノートンは観念したように、はああっとため息をつきつつ顔を両手で覆った。
「いえ……違いません。恐れ多い事ですが……その通りです」
「……やっぱり!」
ノートンは顔から手を放して、アニエスを不安げに見つめた。
「ご安心ください。変にからんだり、からかったり、無理にくっつける気は私には毛頭ございません。あ、でも別に、ノートン様がタニア様にふさわしくないと考えるからというわけではなく…………気になることには、さっさとその答えを得ないと落ち着かない厄介な性分でして……。それで他の目も無く、今ならノートン様のご迷惑に一番ならない状況では? と判断し、今このような質問をいたしました。どうかご容赦ください」
アニエスは聞いたあと、行列の窮屈さに周りに当たらないように気を遣いながら、小さく伸びと深呼吸をする。
「……それにあれほど素敵で、お可愛らしいタニア様のような方がそばにいれば、気にするんじゃない! という方がだいぶ無理な話だとは思いますしね?」
そこまで言われノートンは白旗を上げるしかなかった。
「アニエス嬢の観察力とお気遣いには、まったく感服いたしました。……しかし、それだけの観察力がおありでありながら、どうして自分に向かっている矢印に無関心でいられるのですか?」
そう言われ本当に何のことか解っていないようでアニエスは眉間に皺を寄せる。
「それは、何かの謎かけですか?」
そしてずいぶん見当違いな答えが返ってきたのだった。
そんなやり取りをしているうちに、二人は列の先頭まで来ていて無事に席を確保すると、四人はテラスの一番良い席でその日の記念すべき最初のランチをとることができた。
どの料理も王都では食べたことのない味がしたが、それはすこぶる美味しくて、皆お腹がはち切れそうなほど料理を堪能する。
また、長旅の疲れかその日はお腹もいっぱいだったため、別荘に着くなり四人はすぐにベッドへと潜り、次の日の朝までぐっすりと誰も目を覚まさずに無事にカサンドラの一日目が終了したのだった。
明日からはいよいよ、カサンドラ旅行の本番である。
アニエス関係以外の恋の矢印の話でした。
旅行のトランクの数ですが、大げさではなく、これは十九世紀末の英国貴族の実際の荷物の数を参考にしています。九十九個から多いと百七十個。そのほとんどが大型のものだったそうです。
そう考えるとむしろ質素? な量なのです。