38、夏休みの突入と片付け
王室専用車両の列車に乗ってタニアとアニエスは南に向かっていた。
向かうのは国有数の保養地『カサンドラ』。
温泉と真っ青な海、白亜の建物が連なる港町だ。
ロナ家が領有するその地は年間を通して温暖。歴史もあり数多くの遺跡を残していた。
地元の名物――とくに魚介類やトマトの発酵技術で知られ、美食家たちがわざわざ足を運ぶ土地でもある。
またここでは、石を投げればすぐに灼けた肌の美女たちに当たり……怒られるどころか「ハ〜イッ!」とウィンクが返ってくるような天国だ。
そんな街なので国の内外問わず非常に人気のある観光地なのだが、そこは我らのご領主様であるロナ家。
ホテルの部屋一つ。予約に一年待ちの中……一等地にプライベートビーチをドーンと保有し、その真ん前に自分たちの別荘を建てていた。
しかも近隣の大小数百の島々も全てロナ家の所領である。
本当にこうして見ると、やはりロナ家は桁違いといえた。
けれどそんな家の生粋のお嬢様であるアニエスは、実はこの別荘を訪れるのが今回初めてだった。
なのになぜ、夏の休暇にこちらを使うことにしたかというと、それはひとえに休暇を共にするタニアやセオドリックのためである。
折角の休暇を竜持ち三人の監視で潰すのは申し訳ないと感じたアニエスが、父に相談したところ、カサンドラなら人気のある観光地で、遊びも食事も治安も良いから、きっとお二人にも楽しんでもらえるのではないか? という提案からだった。
ゆえに、こちらで休暇を過ごすことに決定した。
アニエスが初めてのところなら、セットで育ったアレクサンダーとエースももちろん初めての場所。
二人は今日まで学校。明日、現地に到着する予定となっている。
「ところでセオドリック様、確か学校は今日までと私は伺っていたのですが……?」
タニアとアニエスが並んで座っている列車内とは思えぬ豪華な座席の向かい座席に、セオドリックとノートンが鎮座していた。
同じように学生なのだから、学校は今日までではないのだろうか?
「今日は別で休みを取った。明日から休みなのは我が母校ばかりでは無いからな。人が溢れると私はなかなか身動きが取りにくい……」
スーパー有名人で超人気者の王太子は、それこそパパラッチの類や一般の高等教育学校の女学生ファンなんかに付きまとわれがちだ。
夏休みや夏休み前日は張り込まれ、狙われていたりする。
「ですから学校に事前に許可を取って、こうしてご一緒している次第です」
セオドリックの側近であるノートンが、わかりやすい説明を補足してくれる。
「有名人というのは大変なものですね。でも、それなら別荘にも張りこまれていたりするのでしょうか……?」
そのアニエスの疑問に答えて、タニアが首を振った。
「さすがに領主の邸宅に張り込んだりはしないわ。下手したら領内への立ち入りを今後禁止されて、憲兵に捕まってしまうもの。王室は公的立場だから、報道の自由を基本は制限しないことになっているけれど……貴族にその義務は一切無いわ」
「なるほど、そうなのですね!」
「だから今回、ロナの領内で休暇を過ごせるのは、正直かなり有難い。これでゆっくり羽が伸ばせる」
セオドリックは背伸びをし、何だか本当にリラックスしているご様子だ。
何だかそうされると連れてきた甲斐があり、アニエスも嬉しくなる。
「そう言っていただけると、こちらも嬉しゅうございます」
アニエスは小さくほくそ笑んだ。
「……あ、見えてまいりました!!」
窓の外を見ると、そこにはもう目の前いっぱい一面の海が広がっている。
青い雲の影すら無い空には、白いカモメが悠々と飛び、旅人達を誘うかのように先導していた。
「まあ、なんて清々しい色なのかしら!!」
青く輝くまさにトルマリンの海に、皆一様に見惚れる。
いよいよ、アニエス達の忘れられない夏休みが始まろうとしていた……!
◇◇
……一方、寄宿舎学校ではそれぞれの寮の部屋で持ち帰る荷物をまとめたり、大掃除が執り行われていた。
それは、長い二ケ月以上の夏休みが終われば進級があり、部屋も移動になるからだ。
アレクサンダーは古くなった雑誌類をまとめる。自分たちの部屋が終わったエースもアレクサンダーの片付けを手伝っていた。
「あっ……」
その整理中、例のエースが友人のトーマスより譲り受け、最終的にアレクサンダーのもとにたどり着いた健康な思春期男子らしい……ある意味健全な、しかし不道徳的な雑誌が出てきた。
アレクサンダーは、これは持ち帰れないな……と、他の雑誌とまとめて捨てようと、さっきまとめた雑誌の紐を解こうとする。
ところがその手をエースがガシッと止めた。
「それを一緒にまとめて捨てるのはよしとけ……寮のハウス・マスターに見つかったら事だぞ?」
そう言われてアレクサンダーはしょうがないと、他の雑誌からそれだけを外す。
「……行きがけにどこか適当に捨てるほかないか」
アレクサンダーはとりあえず自分の旅行鞄の中にそれを放った。
……しかし、それがあんなことを招くということを、この時はまだ誰も知らなかったのである。




