35、セオドリックと魔力の疑い
王宮管理資料室で、セオドリックの側近ノートンはある数字を、ひたすら追っていた。
「確かにおかしい……」
過去数十年分のデータをここ十日程みてきて、その違和感は数字を追うごとに増していく。
作業は今も続けているが、進めば進むほど『疑惑』は『確信』へと変わっていった。
「ノートン、どうだ?」
後ろから急に声を掛けられ、ノートンはビクッと驚いて振り返ると、そこにいるのは主であるセオドリックだった。
「まだ途中ですが……殿下のおっしゃる通りかもしれません」
そう言い、セオドリックに資料の一部を渡して見せる。
「数十年前から行われている全国魔力測定に関する全国民のデータをここまで調べましたが、確かに殿下の言うように……魔力数まったくのゼロを数字に挙げているのは、アニエス嬢ただお一人です!」
涼しげだが硬い表情で、セオドリックが「やはりな……」と一言呟いた。
ローゼナタリアは数十年前から、全国民に対し、零歳、五歳、九歳、十三歳、十八歳の年に魔力測定を義務付けている。
それは魔法研究と人材育成、魔力の成長比率の研究及び国家対策のためだ。
その結果は測定した個人にも二十四段階位で知らされる。
その最低段階位に達することの無い、魔法の発動が不可能であり、圏外扱いの魔力数値である人々を、一般的に『魔力無し』と呼ぶ。
だが測定における細かい数値については個人には知らされておらず、国家のみがその情報を有していた。
しかも高段階位では細かい数値も差は考慮に入れられて細かくみられることもあるが……『魔力無し』の微々たる数値においては、今の今まで研究する国家側も『必要なし』として、大して研究がなされていなかったのである。
だからこそセオドリックが今回強く感じた違和感をこれまで誰も持つ事はなかった。
「……どんなに魔力が無い人間でも一とか二……あるいは零コンマ何々でも微々たる数字は計測される。それなのに、これまでの計測でアニエスは全てまったくの『ゼロ』なのはあまりにおかしい」
セオドリックは静かに告げる。
「自然界に真円が無いように、粉をすくって、一粒たりともこぼさない……もしくはポットの水を注いだ後に一滴も縁に垂らさない。そんなことは、普通まず、あり得ないだろう? ……『ゼロ』という数字には、まさにそんな気持ちの悪いほどの不自然さがある」
ノートンも同意して頷く。
「まるで何かでピシッと意図的に魔力を密封するみたいに、封じ込められでもしているようではないか?」
自然でない……それならそれは、意図的な力が働いている結果ではないのか?
「そもそも魔力階位が中途半端な人間ばかりがアニエスに違和感や不快感を感じているが……なんでそうなる? アニエスの周りには魔力最高階位の者ばかりいるのに、彼女に違和感どころか、彼らは彼女に親しみと愛着を持ち……非常に好意的だ」
セオドリックは自分をはじめとする、タニアやアニエスを密かに高評価する女官長や最高女官、ノートンなどを思い浮かべる。
アニエスの家族にしたって、国を脅かすほどの魔力保持者ばかりでだ。
エールロードの六月の催しを見る限り、その家族がアニエスを愛しているのは明白だった。
「違和感とは互いの中にある差異で決まるから、普通は距離が開けば開くほど相手を異質なものと捉えるはずだ。特に魔力はその傾向が色濃いからな」
それとも、違い過ぎるからこそ惹かれるのか……?
いいや、今回はそうじゃない。
それよりも――。
「彼女は本当に、魔力が『無い』んだろうか? ……むしろこれは、その逆の可能性さえ見えてくるぞ」
セオドリックは胸中にある強い疑惑を自分でも整理するため、ノートンに思いついたこと、自分の仮定をどんどんと出していく。
そしてノートンも散々自分の目で数字を見てきた結果から、その考えには、強く賛同せざるを得ない。
けれど……。
「ですが殿下、そうは言っても……『そう』だとしても、では、じゃあ何かできるかというと……」
「……確かにな」
セオドリックは難しい顔で腕を組んだ。ノートンは真剣な主人の顔を見ながらポツリと漏らす。
「殿下は、アニエス嬢に何かして差し上げたいのですね……」
そのノートンの顔はどこか嬉しそうだった。
「不謹慎ですが……殿下が他人にそこまでご執心になることを嬉しく思います。今まで他人との触れ合いに、殿下はどこか、誰にも期待していない節がございましたから」
「……そんな風に余計な気を回して、お前も大変だなノートン。もっと手を抜いて仕事してもみんな許してくれると思うぞ? 何しろ信頼が厚いからな」
ノートンは苦笑してそれに言い返す。
「殿下こそ仕事のし過ぎでございます! ……私もそうですがタニア様も心配されていますよ? それなのに、まるでご自分を痛めつけるように享楽的にお過ごしになってみたり、周りの期待に応えすぎたり」
ノートンは主人に何もできないのが、時に歯がゆかった。
「時々見ているのが苦しくなります。……対して、アニエス嬢とご一緒の時は、心からお楽しそうで、リラックスされているので見ていて安心いたします」
その言葉は彼の本心だった。
様々なしがらみが無ければ、正直ノートンはアニエスがセオドリックの伴侶になってはくれないだろうか、と最近ではよく考えている。
「…………」
セオドリックはノートンがそんな風に考えているとは思いもよらなかった。
一緒にいるようになって長くなるが、彼がセオドリックの女性関係で、こんな風に肯定してみせたのは初めてである。
「……ノートンから見て、私はアニエスをどう思っているように見えるんだ?」
ノートンはその問いにあきれた顔になった。
「……最近、殿下ははやたら差し入れを持ってタニア様の部屋をお訪ねになりますよね? やれ『異国の珍しい織物や着物が手に入ったから』とか、やれ『特別な茶葉が贈られたから』とか、……以前は別段そんなことはされていませんでしたよね?」
セオドリックはこれまでも、あらゆる数々の豪華な献上品やプレゼントを貰っていたが、処分はほぼノートンをはじめとする、側近へ丸投げ。
わざわざそれを口実に、妹のもとへいそいそと出向いたりなどしなかった。
「タニア殿下にも先日言われていたではございませんか。『お兄様、悪いけどアニエスなら席を外していてよ?』と……それを客観的に見て殿下はどうお思いですか?」
セオドリックは宙に目を泳がせる。
「……まるでそれでは私が彼女に夢中みたいじゃないか?」
「そうですね。私とタニア様も同感でございます」
セオドリックは少しわざとらしく咳払いをしてみせた。
「確かにノートンの言うようにアニエスといると楽しいし心地いい……会うと笑わせたい。でも同時に困らせたいし、つい触れたくて手が伸びる。姿も声も薫りもやたらと好ましく感じてしまうし――これはいったい何なんだろうな?」
ノートンは小刻みに震えている。
「おい、大丈夫か?」
「す、すみません。何だかあまりに……こそばゆくて……気恥ずかしくて……申し訳ございません」
「おいっ」
セオドリックはノートンを睨んだ。
「コホン……失礼しました」
「だが同じ王宮にいるのにアニエスとは全然会えないんだが……何でなんだ? 学校に通っているのを差し引いても会わなすぎじゃないか? エンカウントパーセンテージ驚異の一桁だぞ!?」
ノートンは気の毒そうに眉を寄せた。
「アニエス嬢は今年から新人の教育を任されたり、他にも外国語や数字に堪能な彼女が、タニア様に関わるそう言った書類関連を肩代わりしていて、やたらお忙しいみたいですよ? ……お休みも月に一度あるかないかみたいです」
「……月に一度? あまりに過重労働過ぎやしないか、それは!?」
「月のものが重い時は別に休みを頂けるようですが、タニア様の年齢が上がり、任される公務が一気に増えたのに、……人員がいてもそれを担える実力のある者が不足しているため、どうしてもそうゆう者に負担が回ってしまうようです」
……そう、正直、急成長した組織の管理が追い付いていない部分を、いまは一部が急ごしらえで、支えに回っている状態なのだ!
「……アニエス嬢は不平も言わずに、頼まれると黙ってにっこりと引き受けてくれるので、余計に周りも彼女に頼みやすいのではないかと……。強烈なところがある方なのに、押しには弱いみたいですから」
セオドリックは、ああ……と納得した。確かに、そうゆうところがあるな。うん……と。
「……私の文官の何名かをタニアのところに人員異動するよう言い渡してくれ、うちなら人材は育って十分に揃っているし、多少減っても問題なく回せるのだろう? ……そもそも、そういった書類仕事は行儀見習いの領分を超えているからな」
「承知いたしました」
「それにしても、せめて休みが分かればな……」
セオドリックがボソッと呟いた。
すると気の利く出来る男子ノートンは、すぐさま手帳をぺらぺらと捲りだす。
「殿下、もしかしたらそのお休みは今日かもしれません。何しろ、宮廷全体会議の割り振りに、アニエス嬢の名前が無いようですから」
「!」
「本日のエンカウント率が大幅に上がるかもしれませんね!」
「ああ、だが、私は別にレア・モンスターを探しているわけでは無いのだがな?」
「殿下も午後は珍しく空いてらっしゃいますね?」
「…………」
セオドリックはいそいそと久しぶりに『探索』魔法を発動させる。
「……ちょっと、庭にでも出てこようかな?」
庭の奥にあるガラスでできたガーデンハウスにそれらしい人物を探知した。
その様子をノートンがやたら生暖かい目うんうんと見つめている。
「その目をすぐさま止めろ?」
セオドリックはそうノートンを睨んだが、そうはいってもはやる気持ちは抑えられず、思わず前に出す足取りは弾んでいた。
そう。
その庭に、いったい何が待ち受けているかも知らないで……。




