31、公爵夫人の過去と愛する者(一)
物語の要にもなるお話です。
複数の街を呑み込めそうな広大な敷地。
その中心に鎮座する、そここそがロナ公爵家のカントリーハウス。
――すなわち本邸である。
時代を超える設備が整い、なおかつ完璧に機能し、隅々まで手入れが行き届くその様はもはや一つの王国。
そんな敷地内にはもちろん教会も建っており、裏手には白亜の墓標が整然と並んでいた。
その墓前に、侍女アンを従え、公爵夫人ディアナ・ロナ・チャイルズ・アルティミスティアが静かに立っていた。
「奥様……こちらが最後の花輪です」
花輪を受け取り八番目の墓に供える。
「……この子たちも生きていたら、もうとっくに社交界デビューして結婚もしていたでしょうね」
ディアナは、ポツリと言った。
「私の子として生まれてこなければ、きっと幸せな人生を歩めたわ」
「奥様……小さな子供の死亡率はもともと高いですわ」
「普通は確かにそうよ。とはいえ……この子たちが亡くなったのは、人間の『分』に余る常識外れの魔力を得てしまったゆえだわ……」
ディアナが静かに語った。
名家中の名家のロナ家に嫁ぎ、その類まれな美貌に膨大な魔力……。
実の息子が超大帝国ヴァルハラの『現皇帝』という一部の隙も無い華やかな幸福を、ディアナは周りから一切疑われていない。
しかし、ディアナの半生の実態は壮絶なもので……その歩んだ道には己の血がべったりと引かれた……背中を後ろから刺され続ける、まさに生き地獄そのものだった。
そう、それというのもディアナの生まれがその呪われた運命を決定づけたからだ。
「半神半精……ハイ・エルフの末裔の血を引くなんて、人間としてはそれは幸せには生きづらいわよね?」
ディアナは最後のエルフ種との混血、『ハーフ・エルフ』であった。
ディアナにはエルフである母の記憶がほとんどない。
ただ、やたら人間離れして綺麗で儚げな優しい人というおぼろげな記憶。
ディアナには他に兄弟がいたが彼らは皆、父の後妻の子でディアナは幼いころから肩身の狭い思いをしてきた。
けれど父はディアナをことのほか大事にしており、母の話もよくしてくれた。
父は若い頃は貴族でありながら、その天才的な魔力量と魔法センスで冒険家として活躍し、旅行記を書きながら世界中を飛び回っていた。
――その中で出会った一番の宝が、エルフの王族の最後の末裔である母である。
そんな彼女と愛し合い、異国の貴族と偽ることで、無理やり結婚した父。
しかし、母はもともと遥かなる時間をすでに過ごして寿命が近かったのと、どうしても馴れない人間界の生活に次第に弱り、ディアナを生んで、たった数年で帰らぬ存在となった。
だからディアナの父は奇跡的に授かった、母の生き写しのようなディアナをとても慈しんで、愛していた。
そんなディアナは、父がディアナには母親が必要と思い、再婚した後妻には、明らかに煙たがられることになる。
人間離れしたとんでもない美貌と魔力が、継母を余計にそうさせていた。
「この娘はろくに嫁に行くことも出来ないのよ? ……とんだ、ごく潰しの化け物だわ」
魔力は主に母から遺伝すると言われている。
だから普通は魔力の高い娘は貴族間では両手を上げて大歓迎されるはずだ。
しかしそれも二十四段階『規格内』に収まればの話……。
半神半精のエルフのハーフであるディアナの魔力は、人間の枠をとっくに超えたあまりに凄まじいサイズにあった。
大き過ぎる魔力差は難産を招く。それゆえにディアナは結婚が絶望的だった。
「お父様、私を神殿に入れて下さいまし……せめて何か少しでも世の中の役立ち、死んでゆきたい」
父は最後まで猛烈に反対したが、遂には娘の幸せを考え、ほとんど泣きながら折れてくれた。
義母はコレにほくそ笑むでいたが、出ていくディアナにはもはやどうでもよい。
むしろ彼女は静かに義母を軽蔑し、この人を伴侶に持ち続けねばならない父を憐れに感じ、それだけが出ていく気掛かりだった。
こうして、ほとんど滅私奉公のような形で、ディアナは神殿で祈りを捧げ、魔法を循環させる歯車としての生活を送ることとなる。
そうこの国の……偉大なる魔女に出会うまでは……。
その人はある日こつ然と現れた。
あまりの美しさと、言いしれない災いをまとっているような彼女に、寒くなるほどの恐怖を覚えた初体面。
現在の姑にしてロナ家の前公爵夫人に出会った時。ディアナはこの人は人間なのだろうか? と本気でそう思った。
肌が粟立つ。その理由はわからない。ただ、本能が一歩だけ距離を取ろうとした。
「貴女が……ハーフエルフのお嬢様ね? 良かった……ようやく息子の妻に敵いそうなお方にお会いできました」
エルフの血が流れていることは、実家でも一部しか知らせず、ディアナの兄弟ですら知らない。
なのにどうしてこの夫人は、国にも報せていないそんな一大事を知っているのだろうか!?
「まあ後は本人次第だけど……一度会ってはみてくださらない?」
……今から思うと意外なことだが、この時、彼女は強要したりしなかった。
そのようにして、セッティングされたあくる日、初めてイライアスと出会う。
早々に神殿に入り、男性とまともに会話したことのないディアナだったが、はたして何を話したら良いのか……解らず迷って不安になった。
だが現れた彼にディアナは不覚にも、ときめいてしまう。
「はじめまして、イライアス・ロナ・チャイルズ・アルティミスティアです」
サラサラとした美しい黒髪。
優しく涼し気な金色の目元。
それはそれは彫刻のように素晴らしい顔立ちの青年だった。
彼はもしやお伽噺の貴公子か、あるいは王子様なのかもしれない。
「………………」
「どうか、されましたか?」
「み、見たことがないような美しい殿方で、びっくりしてしまって……!」
それに最初は驚いたように目を見開き、そのあと子供のような笑顔になったイライアスが、あはははっと笑った。
「あの、し、……失礼でしたでしょうか?」
「いや、失礼。今のは、私の目が悪いのかと思ったほどで……。これほど神々しく美しい方に――私の理性の方が現実を疑い始めましてね。……まだ夢の続きを見ているのではないかと?」
イライアスは明るく屈託のない人だった。
それでいてスマートでセンスがピカイチときている。
ディアナは神殿に祈りを捧げながら毎週、彼が会いに来てくれるのを次第に指折り楽しみに過ごすようになっていた。
魚釣りや、ピクニック。
山登りをしたり、時にはチェスやゲームをして相手をやり込めたり、イライアスが料理をしてくれることもあった。
またイライアスは、来る度に神殿に惜しげもなく金銭や物資を寄付し、その年の冬の神殿は改築工事がだいぶ進み……神殿で預かる身寄りのない子も新しい服を着て、たらふく食べて、自分専用のプレゼントを貰う。
イライアスは私たちで言う、まるでサンタさんだった。
彼がいることで皆の心に余裕が生まれ、誰もが明るく過ごしやすくなっていく。
イライアスは、子供も大好きで、付属の孤児院で子供たちと本気で遊んでくれた。
勉強を見て、本気でふざけ、赤子のオムツ替えさえ進んで「はーい、やるやる!」と自分で手を挙げて行い、大貴族らしい嫌らしさや、傲慢さというのが全然無い。
そうするうちに神殿で存在が浮きがちだったディアナも……イライアスが間に立って皆と自然と話し、笑うようになると、友達が増えて、ディアナ自身も性格が明るくなっていった。
人生で初めて心が温かな、優しい日々を手に入れたのである。
そうやって二年ほどたった時にイライアスは、ディアナに正式なプロポーズをした。
その頃には、もうディアナはこのイライアスと結婚しない未来を想像することが出来ず、迷わず彼の申し出を受け入れた。
実家の父にも許可をもらい、正式に神殿籍から抜けて貴族籍へと戻り……ディアナとイライアスは盛大な結婚式を迎え、いよいよディアナはロナ家へ入ることとなる。
――しかし本当のディアナの地獄は、そこからが本番だったのである。




